仏教的な時間をあらわす「(さん)()」という考え方があります。

 衆生は地獄から天の世界までの六道(ろくどう)(りん)()(てん)(しょう)しながら生まれ変わり死に変わってゆきます。そして()()(かん)()という修行位にいたって()(はん)(悟りの世界)に入り、再び(よっ)(かい)(欲望にとらわれた世界)・色界(しきかい)(物質的存在にとらわれた世界)・()(しき)(かい)(かたちを持たない精神世界)という、悟りに到達する前の迷いの世界(三界(さんがい))に生まれることはなくなると考えられています。

 

 つまり私たち(しゅ)(じょう)は涅槃に入るまで「(かい)(だい)」(三界の内)を輪廻しながら様々な形で存在し続けます。(げん)()における有りようは過去(かこ)()での行いを原因とする結果であり、また現世における行いが()(らい)()での有りようの原因となってゆきます。生命体が遺伝しながら進化してゆくように、現世における個を越えて長い(いん)(ねん)()(ほう)の旅路が続くのです。

 

釈迦の光明により六道が照らされる。

(「金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅」大長寿院蔵)


次回「中尊寺落慶900年 ⑧過去世へのまなざし」へ続く。



し」へ続く。