1967年生まれのラグナロク -36ページ目

1967年生まれのラグナロク

…ような気がする。世の中そんな簡単に楽させてくれないけど。

もう少しちゃんとやっとけば良かったよなあということが、誰しもいくつかあると思う。勉強とか語学とかお稽古事とか。




僕の数ある結局どれもモノにならない中途半端な才能の中で、もしかしたらこれで生計を立てることができるかもしれない、もっとちゃんとやっときゃ良かったと、かすかに思ったものが、、、ピアノ、、である。




ピアノで生計を立てると言っても、僕のピアニストとしての才能は日本代表の決定力不足以上に決定的に欠如していて、おまけに手が小さいという物理的欠陥を抱えていたので、ピアニストになれるとは露ほども思わなかった。




僕が師事していた先生は国立音大からミラノに留学して帰国後何度かリサイタルを開いた本物のピアニストだったし、本当にピアノがうまい人を何人か目にして、彼ら彼女らの持つ絶対的才能には到底追いつけなかった。




なので僕はピアニストになりたかったのでは無い。




実は、のだめカンタービレの千秋みたいに指揮者になりたかったのだ。




しかし僕はいつも思うのだけれど、ある道でプロとして特殊な才能を生かしてやっていくのに必要なことは、実は才能の有る無しではなくて、その道に賭ける一途な思いなのではないのか、と。




世の中の大半が普通の学校を出て普通の企業に勤めたり専門職となる中、人生の価値観を図るモノサシは画一化されていってしまう。




つまりは僕がまさに生きてきた世界、高学歴、一流企業、高収入、安定、家族、持ち家など。




日本社会全体がそうだとは言わないけれど、一つのステレオタイプとしてこういう換金性の高い価値観が存在することは確かだし、多くの人たちがそこへ向かって不毛な白兵戦を繰り広げている。




世の中そうした単純な価値観だけで生きている人ばかりではないことを大人になってから知ったけれど、結局のところ僕の友達もほぼほぼこの価値観世界の住人ばかりだ。




この狭隘かつ狭量な世界から飛び出して、別のステージで勝負する度胸というかモノの考え方を持っていなかった、僕の若い頃は。




まあもし僕が人生を賭けてみたところで、果たして僕が指揮者として成功したかはとても怪しい。




今頃、どこかの高校の音楽教師をやりながら吹奏楽部の指導でもしていただろうか。(音楽教師を軽んじているわけではないです。決して。)




でも、それはそれで何かに全力でトライした心地よい疲労感とか負けて潔しという感があったような気がする。




あるいは、「ああ、やっぱ勉強して一流大学行って一流企業入れば良かった」と落胆していただろうか。




まあ人生いろんなところに分岐点があって、都度選択を迫られるわけで、何かを選択するということは何かを選択しないということであり、そういう意味では人生はある時期から喪失の連続であるような気がする。




その喪失感を深刻に抱え込みすぎれば人生は後ろ向きになるし、選択したものに全力を傾けて自分を納得させる以外に道は無いのか?




などという焼け付くような焦燥感を、ショパンの『雨だれの前奏曲』を弾きながら癒すわけです。




ショパンは温かみのある励ましなどくれはしないけれど。

なでしこで盛り上がってますが、意外とコパ・アメリカの試合が面白い。


中でも面白いのがコロンビア。


コロンビアは90年代にバルデラマやアスプリージャを擁して一時代を築いたものの、ここ3大会連続でワールドカップ出場を逃していた。


コロンビアの試合を見たけれど、組織的かつフィジカルの高い守備から、サイドの豊富な運動量によるショートカウンターと、トップのファルカオの決定力でなかなか素晴らしいサッカーをしていた。


見るものをハッとさせるようなサッカーは久しぶりのような気がする。



今週、熱中症にかかって暑いのがイヤなので、ひそかにクルマで通勤中。


電車だと1時間20分くらいかかるところ、クルマだとわずか35分。


高速代と駐車場代はかかるけれど、この快適さはたまらないですね。


(高速代はオヤジ殿の会社経費に付けさせて頂いておりますが。。。)



上海にいたときは、通勤に朝バスで20分、夜タクシーで10分と楽してたので、日本の通勤はツライですよ。



なんだかツライことが多いような気がして気が滅入るけれど、あまり考えないようにしよう。



今日は上海現法の売掛金の内容精査に巻き込まれて、エンドレス覚悟。


あまりに数字に弱くて無責任な輩が多すぎる、この会社。



まあ遅くなってもクルマで帰れるからいいか。




占い師を信じるわけじゃあないんだけど、「こだわりがストレスを生む。こだわりを捨てれば全てはうまくいく」と、松涛のおばちゃん占い師は確かに言った。


僕の今のこだわりは『上海に戻る』ということ以外にないので、これが捨てるべきこだわりだし、ストレスの元なんだろうと思う。


じゃ、これを捨てれば全てうまくいくのか?


そもそも、うまくいくの定義がよくわからないなあ。。。



うまく事が運ぶ気配は今はまったくないんだけど、なでしこJAPANもゴールの気配ゼロから劇的勝利したし、もうちょっと我慢するしかないですかね。


…などと、お察しでしょうけど、体調も悪いし、とてもイライラしてます。



かえってグータンでも見るかな。。。







金曜夜から頭がガンガンしてまったく眠れず、土日も朝はガンガン、ロキソニンでごまかしていた。


間の悪いことに僕の寝ている部屋のエアコンが壊れ、日曜夜はエアコンなしで寝たところ、翌朝、異常なほどの頭痛と倦怠感に襲われた。


病院行ったら、脱水症状による熱中症だとか。


このところずっとおなかの調子が悪くて下痢続きで脱水気味だったところへ、暑さで熱中症になったらしい。


おかげで久しぶりに点滴打ちましたよ、昨日は。


今日は少し持ち直したものの、相変わらずボーっとするし体はだるくてなにもできやしない。


熱中症なんて初めてなったけど、結構ツライものですね。



おねいさんと喧嘩というか行き違いというか、まあよくわからないこと言うし、僕も腹に据えかねたので言いたいこと言おうと思ったけど電話にすら出ず、腹立ち紛れにメールで言いたいこと書いたけど反応なし。



何考えているのか皆目見当もつかないですが、もうダメだなあという感じです。



そんなことはさておき、物事進むものは進むし、進まないものは進まないので流れにまかせますが、そんなことはさて置けるのであればもうちょっと選択肢も幅広くなるし、いろいろ進め方も変わる。



夏の間にはなんとかしたいものです。



なにより、今の仕事に対するモチベーションが維持できないし、そんな中で仕事してるのもつらいですから。



水分摂らなくちゃいけないのでポカリのデカイボトル買ってきて抱えて飲んでます。



みなさまもお気をつけください。




なでしこJAPANがそんな名前で呼ばれるはるか昔、25年くらい前、僕が大学1年生の時にサッカー部の夏合宿で静岡県清水市に行った。


ある日の練習試合の相手を見ると、「鈴与清水」という、なんと女子サッカーのチームだった。


鈴与といえば当時女子サッカーのNO.1で、代表のエースもいたのだけど、女子相手に試合なんてやってらんないよ、弱いんじゃないの?、当たったって体触ったりしたら怒られそうだし、まあ適当にやろうということで、多少バカにされた思いもあってわがチームは二軍で望んだのだけど、前半だけでボコボコにされ、急遽後半から1軍登場してなんとか面目を保った記憶がある。


僕は後半出たけど、あの人たちガチでしたよ、ホントに。。。



あれから25年、日本女子サッカーがワールドカップベスト4に入るとは。。。


試合はご覧になった方も多いと思うので、詳細解説しませんが、ゴールの予感はまったくなかったのにすごいことです。


ドイツは思ったよりも技術も戦術も稚拙との印象で、特に中盤に動きがないのでこれで世界チャンピオンか??と疑問ではあったけど、それだけ日本のフルコートのディフェンスが良かったのでしょう。


ゴールを決めた丸山選手は日体大出身で、僕が昔、日体大で特別講師をしていたときに、生徒(女子サッカー部)を介して話をしたことがある。


当時から代表には入っていたけど、レギュラーには定着できず、いつもスーパーサブ。


時に代表落ちしたりしていたので心配していたのだけど、今回やってくれましたね。


横浜のサッカー仲間の娘さん二人がU-20なでしこJAPANのメンバーだったりするので、男子フル代表よりなでしこの方が親近感あります。


しかし、ケチつけるとすると、女子サッカー界、世界のどこの国もGKのレベルだけはあまり高くないですね。


試合後の丸山のインタビューの受け答えが、若干ヤンキー風だったので、こんな子だっけ?と思って聞いてましたよ。


ボランチの阪口とセンターバックの熊谷が出色の出来でしたね。


まあとにかく久しぶりに興奮しました。



ちょっとしたやりとりの行き違いから、おねいさんと遠距離で大喧嘩。


もう今回はダメかもしれないなあ。。。



喧嘩は遠距離でするもんじゃないです。


要は、僕が早く上海に戻れば好いわけで、頑張らないといけませんね。



なでしこセミファイナル進出でもう十分だと思うけど、相変わらず「メダル取ろう!」みたいなオリンピック的プロパガンダはやめて欲しい。