1967年生まれのラグナロク -37ページ目

1967年生まれのラグナロク

…ような気がする。世の中そんな簡単に楽させてくれないけど。

クルマの話


僕のクルマ好きは父親の血らしい。

僕の父親は、まだ運転免許証自体が珍しかった昔、いち早く運転免許証を取得してダットサンを買った。

生意気なマイカー持ちの若造となった父親は、会社で唯一のマイカー所持者となり、不本意ながら社長のおでかけの足として運転手代わりに使われ、そのこと自体は父親にとって良いこと(つまりは若くして社長のお気に入りになった)だったのだけど、後々それが巡り巡って社内の不興を買うことになり転職に至る。


このあたりの気の短さというのは、一見して正反対の性格のような僕と父親(僕は容姿も性格も完全な母親似だ)とに共通して流れる気質である。


僕が最初に乗ったクルマは18歳で手に入れた通称ハチロク、トヨタ・スプリンター・トレノ。

4気筒twincam16バルブ1600ccで、とにかくよく走りよく曲がるクルマだった。


あの頃は、女の子にモテようと思えば必ず高い身長と高い学歴と高い収入(社会人は)と、カッコ良いクルマが求められた時代で、クルマのグレードというのは自分がどの階級に属しているのか、あるいはどういう趣味趣向を持った人間なのかをあらわす記号みたいなものだった。


時代は華美で豪華でスノッブであることが良しとされていたのだけど、僕はわりにストイックにクルマに接していたと思う。


当然、マニュアルシフトだったし、運転しているときには音楽は聴かない。エンジン音とかタイヤやボディが発する音に耳を澄ませる。

基本的には一人で運転するのが好きで、あまり積極的には他人を助手席には乗せない。


M君は大学時代、毎日のように違う女の子をクルマに乗せてたよね~と甚だ不本意なことを言う同級生がいるけれど、おそらく彼女の見間違えだと思う。たぶん。


今も続く、小さなクルマ好きというのは、この1台目のハチロクで確かに培われた。


その後、社会人1年目に神戸で開かれた輸入車ショーでランチア・デルタ・インテグラーレを間近で見て感動し、絶対これ買うと心に決めた。


当時、ローンでクルマ買うという発想もなく(今も無いけど)、デルタ代金500万円を貯めようとして頑張っていたのだけど、不幸なタイミングで結婚することが決まり、僕のデルタはホンダ・シビック+結婚資金に変身してしまった。


僕の人生がほのかに狂い始めた不吉な予兆だったのかもしれない。


シビックで軽井沢に向かう碓氷峠で軽自動車(たぶんワゴンR)にぶち抜かれ、ぶち切れた僕はシビックを売り払ってアルファロメオに乗り換えた。

最初からデルタ・インテグラーレに乗っていれば碓氷峠であの屈辱を味あわずに済んだのにと、今でも思う。


まあその後は、歳なりの落ち着きとか、もうマニュアル車はやめてくれという家人の願いとか、実用性とか考えて今のクルマになったのだけど(アルファ156→BMW X3→5シリーズ)、今でも本当はハチロクみたいな小さくてキビキビ走って、あくまで僕個人のものとして一緒に過ごせるキュートでスパルタンなクルマに乗りたい。


小さいけどキビキビしてて、キュートでスパルタンって実は僕の女の子の好きなタイプだったりして。


僕にとってクルマと女の子は、僕の歴史的に見ても潜在意識的に見てもどちらも僕には必要不可欠なもので、この煩瑣な人生において僕が唯一幸せを感じることができるものかもしれない。


まあどちらもある程度の期間で乗り代わっていくのだけど。


今のクルマもおねいさんも少し対話が足りないかも。



…と、なにかについて書いてみたけど、なかなか難しいですね。気の利いたこと書けないや。




牡蠣フライ的文章を書こうとは思うものの、いざ書こうとするとどうしたら良いのやらでなかなかに難しい。


週末とか暇なときに考えないとダメですね。



確たる約束ができないからといって、思ってもいないカッコつけたこと言って、また怒らせてしまった。。。


そんなこと言わないで、、、って言う可愛げが相手にあれば話は収まろうものを、


そこはお互い意地っ張り、天邪鬼どうし、一歩も引かずに逆に過激な言動に走る。



ああ、最悪のパターン。



このところ、隠してはいるけれど不機嫌でイライラ心がささくれ立っているので、ついつい対応が悪くなる。



離れている上にメールでのやりとりなので、せめて電話でもしよう。



なんかぜんぜんダメ。。。






村上春樹の『雑文集』を読んでいるのだけどなかなかに興味深い。



一つは、村上朝日堂などにもよく登場する、安西水丸氏(漫画家?)がなかなかの人らしいということ。


安西水丸の著書なんて手に取ったことがないけど、見てみようかな~と思う。



二つ目は、作品のとある章で、『自分について原稿用紙4枚で書くなんて無理だから、そういう時は「牡蠣フライについて」書いてみたら良い』と言っていること。


読者の『原稿用紙4枚なんて無理ですよね?』という問いに、『そういう時、僕だったら牡蠣フライについて書きます』と言っている。


要は、なにか客体について著述することを通して、自分というものを表現し、あぶりだそうという姿勢なのだけど、まさしく小説家というのはそういう作業の連続なわけで、なる~と思った。


昨日のblogに書いた「牡蠣フライ」というのはこういうことです。


なので、僕もこのつまらない僕的日常をだらだらと露出するのは止して、なにかのメタファーを利用することによって自分というものなり、今考えていることなりを表現したら面白いのかなあとも思った次第。


文学的才能がないと難しい作業(そもそも、村上春樹の牡蠣フライ的対象を探し出し、それを今の僕の状況なり心象に結びつけるのが難しい)だと思うけど、そのくらいの遊びを、たまにやってみるのも面白いかも。


そのうち、『○○について』みたいな文章書いてみます。けど、なんの結論も面白味もないかも。



三つ目は、村上氏がイスラエルでエルサレム文学賞を受賞した際のこと。


ガザ地区への砲撃で民間人が大量に死んでいるのが問題になっていたときのことで、賞を受けるべきかどうか随分と議論があった末に、氏は賞を受けることを決めイスラエルの授賞式でスピーチをした。


そのスピーチの一部である、『壁と卵があれば、卵がどんな卵であろうと、僕は常に卵側にいたい』みたいなことは日本でも報道され、、、、というか、その部分しか報道されなかった、、、、氏のスピーチはイスラエルによるガザ地区砲撃を批判した、、、、みたいな報道だったと記憶している。


けど、雑文集に掲載された氏のスピーチ全文は、そんな簡単なイスラエル批判、暴力否定みたいなことではなかった。


氏の小説の一つのテーマであるところの、『システム』との対峙ということ、その『システム』はどこにでも存在し、ある場合には僕らはシステムにもなれば卵にもなりうるし、壁(システム)につぶされる卵が常に正しい存在なのかというとそうとも限らない、けど僕は正しいかどうかは別として、常に卵サイドにいたい、と言っている。


僕の勉強不足かもしれないけど、当時、どこのメディアも彼のスピーチ全文を掲載し、報道したところは無かったように思う。


まあメディアの在り方というのは議論の的でもあり、今僕がここであげつらう話ではないけれど、情報をメディアに頼ってたら駄目だなと再認識。



ベルンハルト・シュリンクの新刊「週末」というのを新聞の書評で見つけたので、村上春樹が終わったら読む。


シュリンクはちょっと微妙~なんだけど、まあ好きな作家です。


カズオ・イシグロの新刊出ないかなあ。。。



日本に帰ってきて一番良かったことは、本が好きなだけ読めること。


上海で日本の本を入手するのはなかなかに難しいので。



土日は家族がヨーレンキンなるウィルス感染で寝込んでおり(約1名の感染源女児を除く)、久々に料理などした。


僕も相変わらず体調がなんとなく悪いまま。



仕事はそれなりに忙しく、日々、何事もなく過ぎているわけじゃあないと思うけど、毎日何事かがあるわけでもなく、そういう忙しさに埋没した日々を過ごすと、やっぱりそこはかとない焦燥感を感じます。



とはいえ、まあ焦らずにというか、じっくり機を待つしかないですが。



牡蠣フライ的文章でも書く構想練って日々過ごそう。



あらかたの企業の総会も終わり、ちょっとほっとして心機一転したい今日、7月1日。


なんだけど、金曜で疲れてるし、雨模様だし、いまいちテンション上がらず。。。



といいつつも、新しい話がちらほら出てきたり(アプライするかは別にして)、月が替わって動き出した感じ。



関西圏でも今日から節電が始まったらしく、朝の電車が暑かった。


まあ首都圏と比べれば、劇的に電車は空いているので、蒸し風呂みたいになることはないのだけど、


今日隣に座ったおにいちゃん(軽く太っちょ)から、肉まんのにおいがしたので声出して笑いそうになった。



人に匂いかいで笑っちゃだめですね。



昨日猛烈に腹の立つことがあったのだけど、腹立てるだけ損な相手だし、低次元の話なので忘れた。


しかし、どうにも理解できない人間がこうも存在するものかと思うと不思議で仕方ない。


僕はどうでもいいのだけど、仮にも奴らにも部下がいるわけで、そういう若い人たちが不憫。



久しぶりに横浜帰るのだけど、やっぱりエアコンかけたりしたら非国民と突き上げられるのだろうか?


プリウスとかリーフとかって充電するじゃないですか。


充電行為もやはりNGなんでしょうか?


…などと、ひねくれたことを考えますね。



環境に良い=二酸化炭素排出量を下げるor化石燃料を使わない


原発=二酸化炭素排出量が少ないand化石燃料を使わないbut放射能リスクがある


脱原発=放射能リスクから解放されるbut代替エネルギーは化石燃料になる、当面は



何が正しいのかよくわかんなくなってきた。



正しい政策というのは『最大多数の最大幸福』であると昔習いました。



少数にも別の形の幸福があるのでバランスが取れていたのだろうけど、そのバランスが狂ったんでしょうね。



直接的な恩恵を受けていない(と思っている)最大多数も被害に遭っているし。



誰が総理大臣だとか、どこが与党だとか、政治だ官僚だとかそういうことではなく、


この現代の日本社会を運営するひとつの方針というか考え方というか哲学というか、


そういうものを今一度きちんと議論した方がいいんじゃないですかね。



大きな方向性を見失わなければ、大いに妥協すべし。