BSで86年W杯最終予選日韓戦(国立)をやっている。
僕らの世代には涙なしには見れない。
今見返すと、サッカーはモダンではないけれど、それなりに戦術的にも面白い。
昔も印象に残っていたけど、前半コーナーからの加藤のチャンスが入っていればな、、という感じ。
失点のシーンは2点とも石神の中途半端なプレーによるもので、仕方ないけどあれがなかったらとも思う。
この後、2点目を取られた後、木村のフリーキックが決まるのだけど、
後にも先にも、あれほど魂を揺さぶったゴールは無い、僕にとっては。
86年と言えば僕は大学1年生で体育会でサッカーをしていた。
この後、しばらく日本のサッカーは低迷期に入る。
88年ソウル五輪最終予選で引き分けでも出場だったのに中国に負けたり。
もちろん、90年イタリア大会予選は惨敗。。。
92年にオフトが監督に就任して、Jリーグ開幕前夜の日本サッカーは初めて国際大会(ダイナスティカップ)で優勝する。
93年にはあのドーハの悲劇が起きるのだけど、さかのぼること半年の、一次予選ホーム(神戸ユニバ)のタイ戦の異様な緊張感は未だに忘れられない。
僕は彼女と行く予定だったのだけど、彼女とうまくいかない時期で一人で見に行った。
タイなんて今でこそ絶対負けない相手だけど、あの頃は二度やったら一度は負ける相手だったのだ。
…なんてことを振り返ると、もちろんメキシコ五輪世代のオールドファンにはかなわないけど、僕だって40年のサッカー歴と40年の観戦歴を持っているわけで、そろそろ生き字引の域に入ってきているような。
86年。
日本が一番ワールドカップに近づいた日。
そして、日本であれだけの日の丸を初めて見た日。
戦後の諸派の対立が残り、未だ日の丸や君が代を堂々と掲げることが何か憚られたあの時代、あの日がある意味、日本愛が解禁された歴史的転換点であったような気もする。
ちょっとオーバーか。
アマだった先達がいて、今の日本サッカーの隆盛がある。
そういう歴史の積み重ねを感じながら、今の若い人にはサッカーをやってほしいなと思う。
ゴルフはスウィング改造がまずまず順調だけど、問題は、練習場の思い切りの良いスウィングがラウンドでもできるかどうか。
まあ、年間100回とか50回ラウンドする友人と、月一ゴルファーの僕が対抗しようとするのが土台無理なんだけど。
とはいえ、そこはセンスと能力で距離を縮める努力をしないとね。
この冬はしばらくぶりに体調不良の予兆ありなので、自愛します。
なんかそろそろ、ギューンとパラダイムシフトしないといかんなあと思いつつ、秋は更け冬が近づく。