46億年前に地球ができた、そして36億年前に細菌のような生物が出現したという。 そして人間の細胞は60兆個もあるらしい。 細胞の核の中には46本の染色体があり、半分は父親からそして残りの半分、23本を母親から貰って命が誕生する。


一般に言われる下等生物と高等生物の境目はどこなのか、単細胞生物は前者だろうと思う、しかしじゃあ何個から高等なのか?いや細胞の数ではなく脳を持つか否かではどうか、まぁ脳があるなら、それなりに高等生物に間違いないだろう。 脳を持つと無意識の中にあっても欲を持つようになると言う。その欲こそが種の保存本能であり、最終的には文明の発達の基礎となる原動力だろう。 脳を持った高等生物の持つ種の保存本能とは、自らを守るための自己防衛本能が進化したものかもしれない。


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では人間はどうだろう、最初は父親と母親から半分づつ遺伝子を貰って細胞1個から始まる。 勿論脳もないから下等生物からスタートだ。 単細胞生物のアメーバだって自分から餌を探しに行けるが、単細胞時代の(まあ数万個になっても大差ないが)人間はただひたすらに栄養を母親から貰っていることしか出来ないから、この時点ではアメーバに負けている。 


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しかし、やがて細胞の塊は魚のような形をとりつつ、イルカかから犬のように、そしてやがて4ヶ月を過ぎるころにはもう完全に人の形をしている。脳も大きくなり、もう高等生物の仲間入りである。 ママのおなかの外の光や周りの音に反応を始めるのもこの頃だろう。 だれも知らないだけで、実はもう何かを思い始めているかもしれない。実際には、知覚や思考など人間らしい機能を担当する脳の部分は受精してからなんと2ヶ月後くらいから急速に大きくなると言う。人間脳といわれる大脳だってどんどん大きくなって4ヶ月から5ヶ月だと、有名な脳の皺だって出来始めるらしい。 夢だって見ているかもしれない。


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数年前になるが、堕胎(掻爪:そうは)に関する問題を若者に向けてバラエティっぽくアイドルと一般視聴者参加で話し合う番組があった。 良い悪いは置いといて、人には色々な事情がある。 生まれてくるほうが悲惨な憶測も可能であれば、手遅れにならないうちに。。。と思うことも分からないでもない。 


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その時、どこかの医者が堕胎手術を安全に行うために高精度な画像処理をリアルタイムに行う、超音波画像装置を使い、胎児の様子を見ながら手術する装置を採用しその写真の一部が放送された。 最初胎児は侵入してきた異物(掻爪管と言うらしい)を恐れるように体をよじって逃げようとしている。まさに防衛本能だ。 まだ目は見えていないと思うが、そりゃぁ何か入ってくれば分かるだろう。


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次の写真は、腰から半分下を無残にも、もぎ取られた瞬間の写真だった。 その時の胎児の顔は大きく口を開け苦痛にゆがみ、激痛の中、言葉にならない声を、いや悲鳴を上げている人の顔そのものであった。 会場には嗚咽を漏らす人もいるほどそれは衝撃的な光景だった。 生きたまま体を引き裂かれるその痛みを、そして究極の恐怖を感じているのだ。 胎児は何ヶ月後からは「人である」と規定されているようだが、それは法律で決める事ではないと私は思う。


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堕胎(おろすこと)を考えていると言う女性がいた。 彼女に司会者は「これを見ても貴方はまだ堕胎をしますか?」 の問いに、その女性は何も答えず泣いていたが、数週間後それは実行されたとのテロップが流れた。


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人には他人にはわからない個別の事情がある。 望まれない子供が誕生後に地獄以上の苦しみを受けているケースが後を絶たない。 新生児が初乳も与えられず、新聞紙にくるまれて放置されたりしているというケース。 あれだけ悲惨なニュースが流され知らない人は居ないという状況でさえ、まだ虐待をして最後に殺してしまう親をみると、堕胎はそんなに悪い事じゃないのかもと考えざるを得ない。 すれば子供(命)は出来る(宿る)、だから、困るならちゃんと避妊しなさい、これは常識というより人としての最低限のモラルである。 でもどんな事情があったとしても生まれたなら(生んだなら)、自分を犠牲にしてでもちゃんと育てよう。 子供は親を選べない。



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安全上の理由は別として、忙しいからとの理由で人の誕生日を薬でコントロールし、医学的な男女産み分けが盛んに研究され、胎児なら健康であってもその生死さえも裁判無しで個人が決められる、と言うか合法的とされ殺人には当たらない。 動物なら(ペット)生後8~9ヶ月になっても買い手が付かなければ、その犬や猫に明日はない。 決められた数日後には炭素になっている。 これを決めるのも人間の胸先三寸だ。 



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命は神から賜ったものだと言うなら、命を自在にコントロールできる者、すなわち神とは、いや人は神にでもなるつもりなのか。 これでもまだ人は神の子だと言うなら、神は人が行う残虐行為を何と思われるのか。


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つまり気になるのは、あのペット屋の9ヶ月になる元トイプードルだ。(今ではトイどころではない) ここ数日で店からいなくなった。見かねた誰かが救ってくれたか、今まさに生死の狭間にいるのかはさだかではない。聞く勇気も無い。 



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お酒は結構飲むほうだけど、毎日じゃない。 続く事もあるけど、飲まなくても平気。 好きなものは、バイツェンや日本のビール。 アメリカンならブルーリーで作られた濃厚なもの。アジアンビアやアメリカのバドに代表される甘くないサイダーにちょっと色とアルコールを入れました、10歳の女の子でもOKよ(いけないけど)みたいなビールは最低。



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それから日本酒も銘柄を選ぶけど嫌いではない。少し量を超えると後でひどい目にあうけどね、キャバクラの女の子とおんなじ。 そして焼酎が最後にはやっぱり一番美味しいと言うのもあるけど、酔い心ちが悪くないから長時間色々な話をつまみに飲めるところ。 でウイスキー、最近はスコッチ系のシングルモルトが落ち着いていてよい。まぁ馴染みの若くも無いけどイロッポイ系のママをからかいながら長居するときにはかかせない。 バーボンなどは美味しいけど、呑み過ぎるんじゃなくて呑まれるからほどほどにしないと。



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ラストはワイン、これは難しい。 インテリでないと飲めないというか、ワインのほうから飲み手を選びやがる。 白はあくまでもフルーティで気高く、そして透明な中に白さをイメージさせる、言わば子供の頃にイメージした女神のような神聖さを持っている。 赤はエロティックで、その味は女性の血の味と同じというバンパイアもいる。飲むほどに深くそして意味深な言葉を語りかけてくる。 言葉の罠にはまるまいと抵抗を続けるが、無意味だ。 抜け出すには、甘くはじけるシャンパンか気付け薬をイメージさせるグラッパの力を借りるしかないのだ。 締めシャンと呼ばれるそれや、グラッパの持つ魔法力は鋭く、そして強い。 だから飲むにしても気をつける必要がある。 その量によっては赤ワインの魔力から抜け出すどころか、それ自体によって自らが人でなくなる危険性を持ち合わせるのだ。 まぁ一晩寝ると元に戻る点や人から変化した最終形態が「なまこ」という事を考えると、狼男に対する「月」とは違い、かわいいものである、大騒ぎする事もない。 しかし気になる事はある、そういえば最近糸切り歯(今でもそう言うのかなぁ?)が伸びてきた。


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仕事の帰りに、「そうだ今日は回り道をしてみよう」と降りたことのない駅で途中下車した。とても可愛らしい町で到底わたしなんぞが似合う町ではない。 でもまあ歩くだけなら誰も文句は言うまい。 しばらく当てもなく歩き回っているとせまいレンガ道の歩道が左に伸びていた、なんとなく入り込むと一軒のバーを見つけた。 「青い旗」 なんだかバーには絶対つけないような名前であるが、中はやっぱりバーだ。 中に入るとそこだけ明るく見えた。 一目で恋に落ちそうな魅力的なママがカウンターにいる。他には年配の男性数人、今ならアラフォーと呼ばれそうな年代の女性が数人カウンターに陣取っていた。 私も一人なのでカウンターが良いなぁと思っていると、「カウンターここ空いてるから」と弾むようなママの声がした。 



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端っこに身を沈め、ウイスキーの棚を見回した。 そこには、もう手に入らないと思っていた、MonnochmoreLOCH DHU 、通称 BLACK WHISKYが堂々とおいてあった。 それは初めて飲んだ時と同じように口に甘みを残し、どことなくワインの香りを残しながら喉の奥でキリっと引き締まる。液体の色は黒という人もいるが、私はよく熟成され、凝縮し血のようになった赤ワインの色だと思う。 飲み干した後の口に残るかすかなタンニンの噛み応えは、次の杯を欲しがる。 モルトも確かに美味しかったが、なによりも不思議な事は3杯目が空く頃に私は、もうみんなが昔からの知り合いのように、ママとも、他のお客とも話していた。こんな事は初めてだ。 しこたま飲んで、話をしてママの携帯の連絡先を聞いたはずなのに、あくる朝それがどこにもない。


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それからの数ヶ月は本当に忙しかった。 忙しかったけど夕方になるとあのバーの事が頭をよぎった。 


そしてまたある日、ようやく時間の出来た私はあの駅で降りた。 胸を躍らせつつレンガ道を探す。 が、無い。 よくある小説(ファンタジー系)や漫画ではあるまいし、二度と行けないあの小道ぃい!、 な事があるわけが無い。 あの日は結構歩き回り、帰りは記憶がないし、きっとどこかにあるはず。



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今日も久しぶりにこの駅で降りた、この前は駅の北と南側を徹底的に調べた、今日は西側だ。 当分、私の散歩は終わりそうにない。 あぁ、ママの血、じゃなくてあの日、ママが奢ってくれた、銘柄も定かではないあの赤ワインがまた飲みたい。 



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ひとに幽霊を信じるかと聞くと、信じない人は(或いは信じたくない人は)「そんな質問自体がおかしい」と言わんばかりの反論が来る。 信じると言う人は逆に「あたし見たの!」とまで飛躍(いや本当にそうだろう、否定はしない)する。


今から7、8年前に家族揃ってとある先輩の家「以下ホスト家」にバーベキューパーティで呼ばれた事がある。 その家はペット好きで、ラブラドール1匹に猫が3匹いる。 みんなおとなしく良い子なので、子供たちともすぐ仲良しになった。 



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お腹も膨れ、ビールから始まった酒宴が焼酎でピークを迎える頃は、場所を庭からリビングとダイニングにそれぞれ男性陣と女性陣に分かれて陣地を持って盛り上がっていた。


その時7歳になる娘がトイレに行きたがった、しかし生憎1階のトイレは虎を通り越して、牛からナマコ状態になった人に占領されていた。 仕方なく、別のおうちの5歳くらいの男の子と一緒に2階のトイレを借りることに。



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しばらくして、2人が降りてきたとき「お2階にキレイな猫ちゃんがいたよ」「なんだか目が青できれいに光ってるの」とうれしそうに報告する。 あ、そう、とホスト家の人が言いながら1階にいる猫の数を数えると、3匹ちゃんと居るではないか。 その時ホスト家の長女の顔が真顔になり「え、ブルーの目? どんな猫だった?」 娘は「んーっと、あのね、頭とお尻しか見えないの。 とってもキレイで体が透明みたいでぇ、二段になってるベッドのお二階に上っていったよ、ねえ。」と男の子に同意を求める。 男の子も「うん、そうだよ、2人で追いかけたんだよ」と。

ホスト家の人たちは○×ちゃんだ! と2階へ駆け上がった、、、が勿論2階のどこを探してもそんな猫は居なかった。


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ホスト家のこの家の前の持ち主も猫が大好きで、5、6匹の猫を飼っていたそうだ、しかし引っ越すときどうしても一匹だけその家を動かない猫がいた。連れて行ってもどうしても帰ってきてしまうのだ。 元の持ち主は諦めて、ホスト家に「この子はこの家から離れられないようです、どうかよろしく」と言うことでそのキレイなブルーの瞳の猫○×ちゃんはホスト家の一員として仲間入りした。 


数年が経ち、ある日○×ちゃんは散歩の途中に車に轢かれてしまい、命を落とした。体を轢かれたが頭と腰から下だけが無傷だったそうだ。「あの子帰ってきてたのかなぁ、あの子だけが2段ベッドの上に登れたんだよ、他の猫も高いところに登れるのに絶対に二段ベッドの上だけには登らなかったのよ」と娘さんは涙ながらに話した。


幽霊なんか信じなくても良いけど、でもこんな一件があると、子供にしか見えないものってやっぱり有る、そのひとつが幽霊なのかも知れないと今は思えるようになった。 つまりだから、目には見えなくともいるってことだよね。今聞くと、なぜか娘はそんな事件覚えていないようだけど。



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