ちいさな、おはなし。 -81ページ目

丼の中の宇宙たるもの。

惜しまれながら店を閉めた老店主のあとを受けて、一念発起、見事に店を復活させた弟子がいた。

彼が作るラーメンは、師匠とは違いどことなく繊細だ。
師匠の雑な仕事ぶりを見て、俺ならああはしない、と心に決めていたのだろうか。

他店には絶対にない独特の色と香り、そんな自家製麺をかつての店主は全くもってテキトーに茹でていた。自分が朝早くから丹精込めて打った麺をいつくしむ仕草など皆無で、ザルにあげるときなど、いかにも職人っぽく片手で麺をまとめようとするが、結局できない。一度たりともうまくいったことを見たことがない。まとめそこなった麺は無惨にもだら~りとザルからぶらさがり、老店主はそれを指でサッとつかんで何食わぬ顔で丼にいれてしまうのだった。

しかしそれでも、あの老店主の茹で上げた自家製麺はウマかった。
あっさりしたスープに実によく合っていたのだ。
そしてこの店は、隣の人の頼んだワンタンが僕の丼に入ってたりするスリルも、薄っぺらいチャーシューも、余計な味のついていない薄味のメンマも、すべてが魅力的なのだった。

その理由を、僕なりに考えるとこうなる。
第一に、経験という名の、なんというかもう愚直で、けれど最強の技術があったこと。
第二に、派手さが一切ない代わりに飽きのこない味、そして独特な麺。
第三に、これが最も重要なのだが、素っ頓狂な顔をした老店主の、「人を決して不愉快にさせない」持って生まれたような雰囲気だ。

そうこうするうちに、新たにこの店を切り盛りする巨漢店主が、師匠とは比べ物にならない鮮やかな手さばきで自家製麺をザルにあげ始めた。

芸術的なほどに見事にまとまった麺を、優雅に丼に注ぐ。

出されたラーメンは、冒頭に書いたとおり、どことなく繊細だ。なぜか物足りなく感じてしまうほどだ。

けれど僕は心配していない。

若い巨漢店主は、一見すると師匠をはるかに凌駕する仕事ぶりではある。
しかし。

麺あげに集中するあまり、彼は「ある大切なこと」に関しては、老店主とは別の部分で思い切り「雑」なのであった。

それは何かというと。

豪快な麺あげをする際、カウンターにいる僕らのほうに、
おもいっっっきり、
湯切りのお湯が飛び散るのだ。。。

あ。。。おい熱っ! あちいっての!!

さすが、この巨漢店主もあの老店主のようになれる素養ありとみた。
人間、そうでなくちゃいけない。