ちいさな、おはなし。 -80ページ目

目に映るもの

空が碧い。

病院の窓から見下ろす武蔵野の風景は、2010年のいまでもなお緑がまぶしい。

たったそれだけのことで心がなぐさめられ、気持ちがやわらいでしまう。

食堂で向かいに座った初老の紳士は、沈み込んでいた。
身内の看護に疲れきっている、そんな様子だ。
そこへ運ばれてきた一杯のカレー南蛮。
紳士の表情が少しばかり明るくなる。
そのうち、なんともおいしそうにすすり始める。
それを見た自分も、さて午後も頑張ろうと思いつつ天ぷらそばをすする。

大丈夫、大丈夫。

長女に「また土曜日ね」と別れを告げ、
自転車で武蔵野段丘を下りてゆく。
坂道の途中は、長男がかつて通った幼稚園だ。
幼い頃の長男の顔を思い出しながら帰り道を急ぐ。

早く帰って妻と交代し、ちいさな次女と遊んであげるために。

坂を下りきってしばらく進んだころ、
歩道に座り込み、夢中で活字を追う児童を見た。
図書室で借りてきたと思われる、しっかりした作りの大きな本。

くいいるように。むさぼるように。

なんだかものすごく美しい光景に見えて、
危ないよ、というふうに声をかけるのは止めた。
たぶん自転車も彼を見てスピードを緩めるだろう。
誰もが彼の美しさに惹かれるはずだと思う。

夏日となった今日、休暇をとった自分の一日は、こうして過ぎていった。