ちいさな、おはなし。 -61ページ目

彼女は、慈しむように僕の目の前に丼を置いた。

最近は立ち食いそば屋のレベルアップが著しい。
立ち食いそばであるにもかかわらず、何分かおきにそばを茹でることにより、
タイミングがよければ茹でたてを食すことができるからである。天ぷらもまた然り。

しかし、
いわゆる「駅そば」はいまだに蚊帳の外である。

それもやむをえまい。
だって、駅そばはスピードを常に要求される以上、茹でたてなんか出してる余裕はないのだ。
つまり、常に「ゆで麺」を使わざるを得ないのだ。
そしてまた、最近では「つゆ注ぎマシーン」なるものまで登場し、
店員さんが、まるで給水器よろしくマシーンのボタンを押してつゆを注いだりしている。

何とも味気ないではないか。

ところがだ。

そんな駅そばに「あきらめの境地」でいた自分に、ある日衝撃が走った。

場所は総武線のとある駅のホーム。
ここの駅そばもまた、かつて、上記のような味気ないものであった。

しかしここに最近入ったおばちゃんはちょっと違う。
いわゆる「誰にでもできる」作業を、実に真摯にこなすのだ。
ゆで麺をお湯に通し、丼に入れ、マシーンでつゆを注ぎ、具を盛り付ける。
ただそれだけの工程で、正直、誰にでもできるはずのものである。

しかしこのおばちゃんは違う。本当に真摯に、慈しむようにそばを作り、提供してくれるのだ。
だって表情の柔和なことときたらもう。
一つ一つの挙動も実になめらかで、楽しそうだ。
その一方で、「こんなありきたりの作業にもコツはあるのよ」と自己主張しているかのようにも見える。

ゆで麺特有の、いかにもコシのないそばに、マシーンで注がれた妙にしょっぱいつゆ。
それなのに、このおばちゃんが作ってくれるそばはウマい。

そう、ウマいのだ。

仕事とは、楽しむべきものだ。
そして、相手のことを思いやりながらするものだ。

おばちゃんは、そう教えてくれる。この僕に。