ちいさな、おはなし。 -54ページ目

荻窪にて

『当店は時間のかかる店です』

とわざわざ書いた貼り紙を一瞥しながら店内に入ると、空席があるではないか!

時間のかかるこの店に、今日は18時に着いた。
出先での仕事が思いのほか早く終わり、なおかつ、
会社に戻ってもビルのメンテナンス作業とかで停電の日だ。
そこで夢のような「直帰」である。心が弾まないはずがない。

この店のおばちゃんは無愛想だが、それでもその所作に心はこもっていて、
水を持ってきて目の前に置いてくれる時、蚊の鳴くような小さな声で「お待たせ」という。
その、ほんの一瞬見せる、精一杯の笑顔が可愛くて大好きだ。

なにしろ水を持ってきてくれるのにも時間がかかる。
しかも、それまで勝手に注文してはいけないのだ。でも客はそんなことに腹を立てない。
とにかく、この水をいただくときが「さ、注文してちょうだい」という合図なのである。

おばちゃんの愛するご主人がこれまたいい。
その面差しは、失礼ながら赤塚不二夫さんの描くなにかのキャラのようである。

おじちゃんは、ひとサイクル分の麺ゆでが終わると、茹で湯を全部大鍋から出してしまう。
そう、新しく水を入れ、また沸騰させ、それから次のサイクルの麺を茹で始めるのだ。
これがこの店の「時間がかかる」最大の理由であり、この店の麺が最高に美味しい最大の理由でもある。

茹で湯の入れ替え作業が終わり、その沸騰を待つまでの間、おじちゃんは「つけそば」のつけダレの製作にとりかかる。湯呑茶碗と大して変わらない大 きさの器に、特製のタレを投入、そこにザラメのようなものを投入、さらに少量の化学調味料を投入、そしてお酢も投入、その他何だかよく分からないけどいろ いろ投入し、最後にゴリゴリとごまをするように混ぜる。混ぜるというより、練る。

この練り練り作業のときのおじちゃんの顔が大好きだ。
心を込めるとはこういうことをいう。
薄汚れた店内の薄汚れた厨房で、薄汚れた調理着を着たおじちゃんが、
ウットリした表情でつけダレを練る。

芸術でしょうこれは。

時間が止まったこの店では、これが最大の見せ場である。

さ、麺が茹で上がった。つけそば(つけ麺)だから、このあと水でぬめりをとる。
それはおばちゃんの役目である。

その間に、おじちゃんはさっきのつけダレに、熱々のスープを注ぎこむ。
このサイクルのお客さんの人数分のそれをつくると、最後に具の盛り付け。
竹の子(メンマ)がどっさり入ってるのが、僕が頼んだ竹の子つけそばだ。

おばちゃんが、
一方の手で、水で締めた山盛りの麺を、
もう一方の手でつけダレを持って、こちらにやってくる。
この時のうれしさといったら心臓が止まりそうなほどである。

麺をつけダレにくぐらせ、ほおばる。

至福。。。

言葉が出ない。

一気に麺をすすりこむ頃、おじちゃんと目が合う。
「ん?いる?」という表情をしてくれる。
で、こちらも「うん、いる。ちょうだいスープ」という表情をする。
おじちゃんは黙ったまま、あのウットリした顔でスープを注いでくれる。
ながーいひしゃくを使って。

麺を食べ終わったあとの、割りスープの時間である。そば湯のようなものだ。

もともと濃い目にできているつけダレを、最後に出汁のきいたスープで割る。
これをふうふういいながら飲む。

至福。。。

この味と、おじちゃん・おばちゃんに会うために、また仕事がんばろう、そういう気になれる。


繰り返すが、
この店のおばちゃんは無愛想だが、それでもその所作に心はこもっている。

お金を払って「ごちそうさまでした」というと、最後におばちゃんは、
思い切り不器用な笑みを浮かべながら、

「ありがと」

という。

蚊の鳴くような声で。