ちいさな、おはなし。 -48ページ目

おまじない

街はずれの公園の 水飲み場で、
目を真っ赤に腫らした男が、バシャバシャバシャ と顔を洗っていました。

男が長いことそうしていると、ふと、水飲み場のすぐ横にある ブランコのたもとに、ちいさな女の子がしゃがんでいるのに気がつきました。

ようやく手を止めた男が、ポケットから汚れたハンカチを取り出し、顔を拭いていると、女の子が近づいてきて、こう言いました。

「おじちゃん、エンエンしてたの?」

男はギョッとして、言葉を失いました。

女の子はかまわず続けました。

「おむらいす」

「え?なんのことだい?」

「おまじないよ。」

「おまじない?」

「うん。かなしいときの、おまじない。おっきなこえで、いうのよ。

お・む・ら・い・す      って。」

「・・・・・」

男があっけにとられて黙っているのをよそに、女の子は次の瞬間にはもう、駈け出していました。

ブランコの向こう側まで駆けていったところで、女の子は振り返ってこう言いました。

「いい? おじちゃん。おっきなこえで、いうのよ。  でもね、それでもまだエンエンしたくなったらね・・・」


女の子が去った公園は、少し、寒さが増してきました。
風がざわざわと吹き始め、あたりの木や花が左右に揺れ始めたからです。

けれど、これは冬だからではありません。

風や木や花は、ただもう、クスクスと笑い始めたのでした。
彼らが大好きな、なつかしい、ちいさな女の子を、久しぶりに見かけたからです。


再びひとりになった男は肩をすぼめながら、大きなくしゃみをしました。

男はつぶやいてみます。

「お・む・ら・い・す・いっちょう!ケチャップ たっぷり・・・・・・」

男の涙は、もうとっくにどこかに行ってしまいました。

そして、

「あたち? とう子」

と言い残して、再び駈け出していった女の子のことを思い、ウフフっと彼は、笑ったのでした。