ちいさな、おはなし。 -29ページ目

戻る女

彼女はいつも僕より一足先に三鷹駅の総武線ホームに並んでいて、
僕が駆けつけて列に並ぶ頃には、一番前の列で悠然と三鷹始発7時30分の黄色い電車を待っている。

僕もなんとかその電車に乗り込み、四ツ谷まで揺られてゆく。


四ツ谷に着いて階段を上り、改札を出て左に折れる。

すぐにまた現れる改札を入ってさらに左へ。
彼女も同じルートである。

僕はそのホームの先っちょのほうが好きだった。

そこは視界が開けていて、自分にとって懐かしい教会の姿が見られるからだ。
朝の殺伐とした通勤時間、ほんのひとときのやすらぎである。

その頃には彼女の存在など忘れている。

外の眺めを楽しむのもつかの間、滑りこんできた赤い丸ノ内線に揺られて赤坂見附まで。

地上に出ると、なんだか落ち着かない赤坂見附の街並みである。

自分には似合いそうにないオシャレなカフェで、ハイソなビジネスマンがなにやら読みふけっている。日経なのか英字新聞なのかよく分からないけれども。

それをやり過ごしながら歩くと、溜池山王に差し掛かる。相変わらず落ち着かない街並みは、自分をイラつかせる。


理由は何となく分かっている。

一種の疎外感だ。

苛立ちがピークに達しそうになるころ、アメリカ大使館付近を通る。


ちょうどこの頃、ありがたい変化が訪れる。


「三鷹の女」である。


素っ頓狂な顔をした、いかにも野暮ったい顔の、あの「三鷹の女」が向こうから歩いて来る。


最寄り駅の二つ前で降りて会社まで歩いていた僕と、

最寄り駅のおそらく一つ向こうで降りて会社まで戻って歩いていたであろう彼女。
そのクロスポイントがこのアメリカ大使館付近なのである。

僕は戻ることが嫌いだ。

だからウォーキングのために数駅手前で降りることはあっても、数駅向こうから戻ってくることなどありえない。なんかもう感覚的にそういうのが駄目だ。
三鷹の女はしかし、それをやってるワケだ。何か理由があるに違いない。
下手したら定期代に自腹で上乗せしてまで一駅向こうで降りているのかもしれない。

いつか彼女に理由を聞いてみたいと思ったが、それからほどなくして僕の会社は事務所を移転してしまい、いまの築地(新富町)に移ってからはこの「朝の出来事」を味わうこともできなくなってしまった。


野暮ったいけれどもどこか魅力的なこのひととは、ついに言葉を交わすことはなかった。


新富町の街並みは僕をイラつかせることはないが、

その代わりに、ミステリアスで魅力的なあの出来事も、もうおとずれることはない。