ちいさな、おはなし。 -24ページ目

なぜか香港

庭にいた鳩が、たまった雨水をぐびりぐびりと飲んでいる。
鳩もぐびりぐびりと飲むんだね水を。

邪魔をしないように通りすぎようとしたけれど、やはり相手は鳩、僕のことを見てぶったまげたのか、あっというまに羽ばたいて飛び去ってしまった。

あまりの雨続きにうんざりした僕は、近くにある小さな図書館に出かけた。
借りていた紀行ものの本を返すためである。

新たに借りる本を物色していたところ、今の僕におあつらえ向きの本が目に飛び込んできた。

『なぜかいい町 一泊旅行』
『日本縦断 個室寝台特急の旅』
『香港のおさんぽ』

僕は不思議と、小説というものはほとんど読まない。
なんというか集中力が続かないのである。
例外的に、一時期島田荘司に凝って、ついでに推理小説を何十冊か読んだことがあるが、本格ミステリは読んでも本格文学はほとんど読んだことがない。

とはいえ、
梶井基次郎の檸檬は読んだ。短いから。
芥川龍之介の鼻とか芋粥とか羅生門は読んだ。短いから。

でも長いのは駄目である。気力が続かないのである。
並み居る素晴らしい文学作品を前に気力が続かないのだから、しょせんその程度の能力なのだろう。しかし続かないものは続かないのだ。

さて、借りてきた本はすべて旅もの、紀行ものである。
なぜなら、僕の究極の夢が旅ぐらしだからだ。

自分の性格からして、旅に出ると家に帰りたくなり、
家に帰ると旅に出たくなる。

そうに決まってる。でも旅に出たくて仕方がないのだ。

香港には家族を連れて行くつもりだ。

これまでの無茶苦茶な生き方のせいで、
たいていの人なら一度くらいは海外に行っていてもおかしくないこの時代、
パスポートの作り方すら知らない親である。

けれどあるとき立(りゅう)が、香港に行ってみたい、と言った。
スシローに行けば「中トロ食べていい?」と気を使うヤツである。
価格が均一だからこそスシローに行ってるから何を食べてもらっても一向にかまわないのだが(笑)、それでも気を使う男である。

そんな彼が自分の希望を述べた。珍しい。

連れていかないわけにいくものか!

僕は必ず彼を香港に連れて行く。だから『香港のおさんぽ』を借りてきた。

その前にキミは2年後、高校受験に勝たなければならない。

言うまでもないが、カネはない。
塾講師は父だ。


帰宅したら、庭には再び鳩が訪れていた。
俺のことはいいから、ゆっくりしていけばいいのに。