ちいさな、おはなし。 -14ページ目

髪を洗う日


先生の教えで最も印象に残っているのはこんなセリフだ。

「一刻もはやく辞書を引きなさい。まだまだ遅い。意味を知りたければ、とにかく一刻もはやく探しなさい。ページをめくりなさい。」


いつの間にか僕は、凄まじいスピードで目指す英単語に行き着くことができるようになった。


教育学部生の彼はずいぶんと松田優作に入れ込んでいて、当時のテレビドラマ『探偵物語』の主人公のような出で立ちで、北の街からコートをなびかせて前橋までやってくるのだった。もちろんスクーターに乗って。


今にして思えば風貌もなかなかのものだった。

本物と違っていたのは、スクーターがベスパではなく国産のだったことと、彼が本物以上に童顔だったことだ。

僕は中学校の教師には心を開かなかったが、家庭教師の彼には開いた。

彼は、皮肉屋なところがあった僕の言葉をじっくり聞きながら、ときおりポツリと、

「それは君が悪いな。そういう考え方は好きじゃない。傲慢だ。」


といったようなことを言うのだった。


何か特別なやり方というのではなく、ふたりで淡々と英文を読み、辞書を引き、発音し、問題を解いていく。

なぜか英語の成績は伸びていった。

熱血漢というわけでもない。僕と違って皮肉屋でもない。

とくべつ優しい人でもない。さりとて冷たい人ではもちろんない。
ほんの微かな温かさがある。
冬の終わりの、春を予感させるようなほんのりとした風のような人だった。
しかしそうかと思えば、気づけばあっという間にどこかに行ってしまうような、つかみ所のない人だった。

◇◇

進学が決まった東京の高校は第一志望のところではなかったが、僕はただ東京に引っ越すというその一点に浮かれていたから、もはやそんなことはどうでもよかった。

最後の授業で優作先生は「合格祝い」として一冊の本をくれた。

どんなときでも「理由」や「趣旨」や「意図」を知りたがるのが僕という子どもであり、それは今でも変わらないのだが、
そんなことを聞いても答えてくれる人ではないことが分かっていたので、僕はただ「ありがとうございます。」と言ってそれを受け取ったのだった。

とにかく、読んでほしい。君はよく頑張った。


そんなような言い方を、先生は、したような気がする。


その後の約30年近い年月のあいだ、何度かこの本を開き、しかし何がそうさせるか分からないが、すぐに閉じてしまうことの連続だった。そうしていつしか僕は、この本を開くのをやめてしまった。


人の厚意をいつまでもいつまでも踏みにじっている自分を責めたが、それでも読む気にはなれなかった。


そんな、何か重苦しさを感じさせるこの本を、ようやく久しぶりに開く気持ちになった。


それが今日である。おそらく最後まで読むだろう。


あの先生だったらこんな意味のことを言うと思う。


別に30年経ってからようやく読み始めたっていいんだ。

それがたとえ爺さんになってからだっていいんだ。

受験英単語の意味は一刻もはやく調べるべき。

指に覚えこませるほどに。辞書がヨレヨレになるほどに。

しかし珠玉の言葉を味わう(感じる)のは、一生かかったってよいはずだ。



ちいさな、おはなし。