2018年09月24日(月・祝)、阪急電車さんとミッフィーがコラボしたイベント・『miffy and Hankyu スタンプラリー』でスタンプを集めた。期間が08月01日(水)~09月24日までで、今回最終日だったが、けっこう家族連れのスタンパーがいた。もっと早くに行きたかったが、ついついズレこんでしまった。

 スタンプを集める場所は阪急電車の駅4つ。西宮北口駅・豊中駅・宝塚駅・茨木駅で、4つ集めたら、ゴールのポイントの『miffy style 大阪梅田店』or『そごう神戸店・本館8F』でゴール印をもらい、ミッションコンプリートとなる。参加賞のネームホルダー(非売品)をGETできる。

 

 

 阪急『神戸三宮』からスタート。阪急の案内所で『阪急阪神1Dayパス』を購入(阪急・阪神・神戸高速全線乗り放題)。1,200円なり。

 

西宮北口駅』東改札内エレベーター横

 

 

パチられないよう南京錠付き。スタンプ設置時間は10:00~20:00で、時間外にスタンプはおいてない(いたずら防止?)

 

 

豊中駅』南改札外

 

 

最近あまり大阪に来てなかったのですが、有名人の等身大ポスターがあちこちに貼ってありますね・・・

 

豊中駅外観

 

駅構内に『高校野球発祥の地・記念公園』の案内が出ている

 

駅から近いので行ってみた

全国高校野球の100回大会を前に、キレイに整備された(2017年)。普通の住宅街にある

 

 

ホームベース型のおしゃれな椅子

 

 

宝塚駅』(改札内)

鉄腕アトムの駅メロがステキ

 

 

改札外階段

 

フォトスポットの宝塚ゆめ広場

 

 

茨木市駅』北改札外・横

 

 

茨木市駅外観

 

寄り道

茨木市駅から阪急本通を通って

 

茨木神社

 

茨木神社社殿の裏にある、天石門別神社

 

 

 4駅すべてのスタンプを集めて、ゴールの『miffy style 大阪梅田店』(阪急三番街 北館B1階 キデイランド内)へ向かう。

 

梅田駅

 

ゴールポイント(キデイランド・レジカウンター横)

ゴール印と参加賞をGET。スタンプ台紙に参加賞はなくなり次第終了と書いてあったが、最終日でももらえた

 

 

 

これにてコンプリート!!あと西宮北口駅のスタンプだけ、インクが薄かった・・・。インク補充してほしかった・・・

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』17日目~18日目のまとめ。

 

【17日目】 2018年09月06日(木)放送 

 

旅の内容:●徳島・慈眼寺[穴禅定]▲番茶じゃないよ晩茶だよ高齢者にやさしい葉っぱの栽培★チーム一丸で突破する修行

 

スタートは徳島県上勝町・正木ダム湖。目標地点は徳島県上勝町・慈眼寺。約7キロのコース。

 

午前8:00、徳島県上勝町にある正木ダム湖のほとりからオープニング。朝のお天気は晴れで、ロケ日の予想最高気温は36℃。

 

 今回の修行は穴禅定。鍾乳洞を巡ることで精神を鍛練する。そのルーツは明らかにされてないが、江戸時代にこの修行が行われていたという記録が残っている。

 しんどいこと、高いところと苦手なモノが多いくっすん。もちろん暗いところも苦手で、子どものときに押し入れに入れられる度に、おしっこを漏らしていたと自ら語る。

 

 まずは巨大なダムを渡る。正木ダム湖の別名は美愁湖で、公募で決まった。カヤック体験の人気スポットでもある。

 

午前9:00、スタートから2キロ、役場帰りの地元の男性に出会う。徳島でも『ちちんぷいぷい』はバリバリ放送されていて、よく事務所で見ているとのこと。それならばと自分たちに見覚えがないか聞いてみると、きっぱり「ない。」と言われズッコケそうになる。背中の笠を見せると、今度は反応がある。顔は覚えてないが、笠は覚えていた。

 

 上勝町で9月の終わりに開催される、晩茶祭りのパンフレットを見せてもらう。ばん茶の『ばん』の字が、一般的な番でないことに気づく河田アナ。上勝町のお茶といえば晩茶しかなく、とても有名らしく、そう聞けば飲みたくなる。近くにある上勝町の教育委員会に行けば、飲ませてくれるかもしれないというので、男性とお別れした後、早速お邪魔させてもらう。

 

 委員会の方に晩茶についてお話しをうかがう。小さい頃から、友達の家もおばあちゃん家も晩茶を栽培していて、お茶漬けは晩茶に限るらしい。

 いつからか定かではないが、上勝町では古くからお茶栽培が盛んだった。晩茶は茶葉を発酵させて作り、日本茶よりも紅茶や中国茶に近い製法である。一般的な日本茶では新芽を摘むが、発酵した茶葉を摘むので、時期が遅い『晩』の字をとり、晩茶と呼ばれるようになった。

 

 くっすんが単刀直入に、晩茶を飲ませてくれないか聞いてみると、すぐに上司さんのオッケーがもらえたので、テーブルに座って、水出しの冷たいのと温かいのをいただく。

 

午前10:00、上り坂が始まり、標高600メートルの山頂付近にある修行場までずっと続く。

 

 坂の途中で、スダチっぽい緑色の柑橘のなる畑を発見する。手入れをしているおとうさんに聞いてみると、ユコウという柑橘でポン酢の原料になるとのこと。柚子やスダチと比べて、若干甘みがある。おとうさんのジイさん・バアさんの代からユコウは存在していた。

 

 柚子より甘いと聞いて、たった今もいだばかりの、まだ栽培途中のユコウを試食させてもらう。チャレンジャーのくっすん、スダチのように(かじって口の中で)果汁を絞ってみる。すると、「やっばぁ。やっばいこれ。」とお笑い芸人が罰ゲームで苦いお茶を飲まされたような表情を浮かべる。皮の渋みと酸っぱさで、本来そのままでは食べられたものではく、おとうさんは不敵に笑っている。

 

 ユコウの収穫時期は実が黄色くなる10月中旬~下旬。栽培はほぼ徳島県に限られ、その大半を上勝町が占める。

 おかあさんからお口直しにと、絶妙なタイミングでペットボトルに入った『ゆこうどりんく』の差し入れ。さっぱりした味で飲みやすく、「初めからこれ出してほしかったですね。」とくっすん。

 

午前11:00、『葉っぱ』農家の山西さんご夫妻を取材する。葉っぱは『つまもの』のことで、料理を飾りつける花や葉っぱ。自然に生えているものを採ってくるのではなく、全部畑で栽培している。

 

 『つまもの』の栽培は、稲作や果樹栽培に比べて力仕事が少ない、高齢者向けのビジネスモデルとして、上勝町のJAが32年前から始めた。上勝町では157軒の農家が、つまものビジネスに参加している。

 

 奥さんに、手塩にかけて育てた葉っぱをみせてもらう。葉っぱの栽培は楽しくてルンルンとのこと。

 とってきた葉っぱは適当なサイズに切り、プラスチックの容器に入れて、霧吹きで水をかけてパッケージする。

 

 葉っぱの注文はインターネットで受け付けているので、パソコンやタブレットから購入できる。上勝町の農家のおばあちゃんは、みんなインターネットを使いこなしているそう。

 

午後0:00、スタートから4キロ、灌頂ヶ滝に到着。滝のすぐそばで、河田アナが名前の由来を解説する。灌頂(かんじょう)とは弘法大師が四国で広めた、密教の儀式の1つ。頭頂部に清めの水をかけてもらい、仏と縁を結び戒律を授かって、密教の継承者となる。

 灌頂で頭頂部に注がれる水のように見えることから、『灌頂ヶ滝』と名付けられた。落差は60メートルあり、途中で流れる水が風にあおられ、ミストシャワーのよう。今でも、この滝で修行を行う行者さんがいる。

 

 すっかりマイナスイオンに包まれた2人は、滝の近くのベンチに座り、町のお弁当屋さんで頼んでいたお弁当をいただく。蓋を開けてびっくり、想像以上の豪華さ。河田アナ・くっすんともに地元の食材を盛りこんだ『仕出し弁当』を食べる。

 

 献立は阿波尾鶏の照り焼き・ハモと大葉のフライ・チラシ寿司・フルーツ盛り合わせなど。チラシ寿司はユコウの果汁を加えた酢飯で、一味違う。さらに上勝町のチライ寿司の特徴として、炒めたナスが入っている。フルーツ盛り合わせには、上勝町産のつまものが添えてある。

 

午後1:00、修行場まで残り3キロ。山頂にすすむにつれ、さらに険しくなる坂。

 

午後2:00、スタートから7キロ、修行場の慈眼寺に到着。創建は不詳で、四国別格二十霊場3番札所。ご本尊の十一面観音像は、弘法大師の作とされる。

 

 お参りしてから、穴禅定先達の金児さんに修行についてうかがう。暗くて狭い鍾乳洞を進むことで、精神統一や心を鍛練をおこなう。

 穴の中はとても狭いため、境内にある『道幅体験場』で体がひっかからないかを判定する。体験場の、2枚の石の板の間を通り抜けられないと、修行を受けることができない。

 

いよいよ穴禅定の修行開始。ごつごつした岩場にある階段を上り、かつて弘法大師が修行したとされる、自然の鍾乳洞の入口に着く。入口から向こうは真っ暗で、奥行きがあるように見えない。

 だがしかし、入口から弘法大師の像が安置されている一番奥まで、約50メートルの道のりがあり、これを往復しなければならない。道は極端に狭まっている場所がいくつかあり、様々な姿勢を取りながらでないと進めない。

 

 ロウソクをもった先達さんが、先に鍾乳洞の中に入る。くっすんは、手にもった1本のロウソクに入口で火をつけ、自分の灯りだけを頼りに進む。

 

 ちょっと進んだところで、早くもくっすんのろうそくが消え、先達さんに火を移してもらう。「勝手に消えるんです。」と、自分に落ち度はないことを示す。

 進む鍾乳洞は天然自然の岩の狭まりで、どういう風に体を通していいか分からない。狭い場所を通るときは、とるべき体の体勢を、先達さんに細かく指示してもらう。ロウソクを持った手を高くあげると、ロウが垂れて体にかかって熱い。

 一番狭いところでは、幅わずか26センチ、人ひとりまっすぐ通ることもできない。

 

 くっすんに続いて河田アナも鍾乳洞の中へ、入口から想像していた以上の狭さを感じる。

 再び、くっすんのろうそくが消え、『暗~い。』と連呼して取り乱す。先達さんに「(ロウソクを)左に持ってね、左。」とアドバイスをうけ、火を移してもらう。さらに、ロウソクの火で髪の毛が燃えたとくっすん。懐中電灯ではなく昔ながらのロウソクでは、光量は少なく火は消えやすくロウは垂れ、難易度が高い。

 

 くっすんもロウソクに苦しめられ、「もう無理や、これ。」と弱音を吐く。先達さんに「手をついて・・・足を後ろに伸ばして・・・そしてグル~っと頭から鋭角に回ってください。」と事細かく指示を受けるが、『鋭角』の意味が分からない。

 足からではなく、頭から通りぬける場所もある。狭く暗いなかを無理な体勢で進むことで、肉体と精神を鍛える。「えらいこっちゃ。」と地面をはいつくばって進む河田アナ。

 

修行開始から20分、くっすんはなんとか立ち上がれる場所に到達。河田アナは前にいるカメラマンさんに進み方を教えてもらいつつ、体を岩肌にこすって狭いところをくぐり抜ける。昔偉スタッフ一丸となって、お互いをフォローしながら進み、広い場所で全員集合。

 

 広場の天井付近の高い場所では、岩が鋭く突き出ていて、弘法大師が邪悪な竜を封じた痕跡とされる『竜の』・『竜の』が残っている。そんな伝承から、この鍾乳洞は聖地として、穴禅定の修行場となった。

 

修行開始から40分、広場からさらに奥へ進み、まだまだ狭い難所がある。今回は一本道の超閉鎖空間なので、スタッフさんも強制的に参加しなければならない修行。機材などを装備している分、むしろ過酷

 

 ようやく、鍾乳洞で一番ひらけた奥に到達。弘法大師の像が見守るなか、先達さんといっしょにお経を唱えお勤めをおこなう。

 そして、狭~い横穴で最後の難所『胎内くぐり』をくぐって、生まれ変わる。河田アナが先にくぐり、次のくっすんに抜け方を指示する。

 

修行開始から1時間30分、無事入口に帰還。久しぶりに日の光を浴び、達成感と安堵に包まれる。

 

修行を終えての感想ーーー。くっすんは手足を縛られて、小さな箱に入れられたぐらい、身動きのとれない感覚がずっと続いた。

 河田アナは普段と違う感覚の場所に身を置いて、そこを乗り越えるのは自分しかなく、自分との戦いという修行の基本を感じた。

 

 また、くっすんは先達さんの指示を信じて従えば、ちゃんとゴールへたどり着けるので、人を信じなきゃいけないと思った。

 穴禅定は修行者1人だけの力で行う修行ではなく、先達さんをはじめ、参加者全員が協力して突破することが大事。河田アナは、昔偉チームでいろいろなところのロケをしてきたが、今日ほどチームワークを発揮した回はないとまとめる。

 

最後に17か所目の御朱印、慈眼寺の御朱印をいただき、17日目の旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート:徳島県上勝町・正木ダム湖 → ユコウ畑 → 『葉っぱ』農家 → 灌頂ヶ滝 (4km) → 昼食:滝のほとりのベンチ → 目標地点:慈眼寺 (7km) 

 

 

 

【18日目】 2018年09月13日(木)放送 

 

旅の内容:●神奈川県南足柄市『滝行』リーダー不在で不安なスタート■足柄に伝わる金太郎伝説★本日も滝行日和?!

 

スタートは神奈川県南足柄市・伊豆箱根鉄道『大雄山駅』。目標地点は神奈川県南足柄市・『夕日の滝』。約10キロのコース。

 

午前10:30、神奈川県南足柄市にある伊豆箱根鉄道『大雄山駅』前からオープニング。なぜかくっすん一人だけの登場。なんと、ロケ前日の台風(21号)の影響でJRの在来線の電車が止まり、河田アナは大阪からこちらに向かっている最中。河田アナの到着を待ってからのスタートでは、タイムリミットまでゴールに着けない恐れがある。そこで、自らを『ヒロ寺平さんの申し子』と言っているくっすんが、リーダー到着まで孤軍奮闘することに・・・。

 

 今回の修行は2回目となる滝行。前回のマックラ滝は落差20メートルで、今回の『夕日の滝』は落差23メートルと少々グレードアップしている。

 

 『大雄山駅』駅舎の入口横にあったのは、熊にまたがりマサカリ担いだ、金太郎の銅像(前掛けは、なぜか布製を合わせ2枚重ね)。くっすんは、昨日家族で金太郎の話しをしたばかり。

 足柄山は金太郎のふる里で、『夕日の滝』は金太郎の産湯に使われたといわれる。

 

 大阪に甚大な被害をもたらした台風21号だったが、関西だけでなく関東にも影響があったと聞いたくっすん。滝行を行う『夕日の滝』の水量が、めちゃめちゃ増えているかもしれないと危惧する。

 

 滝行のことを考えると、なかなか足の進まないくっすん。

スタートから1キロ、スタッフに休憩するか聞くが、まだ早いと却下される。一人で歩いていると、話す相手がいなくてさみしいと嘆く。

 

河田アナの到着を待ちわびながら、ゆっくりゆっくりと歩くこと30分、

午前11:25、スタートから2.5キロ、非常に珍しい涅槃図を所蔵している、弘済寺(こうさいじ)に到着。室町時代初期に建立されたお寺で、通常は非公開の涅槃図を特別に拝観させてもらう。

 

 ご住職に案内されて本堂の中へ入ると、内陣の脇に涅槃図がかけてある。涅槃図とは、釈迦がインドのクシナガラで亡くなるときの様子を描いた図のこと。この涅槃図の隅っこに動物たちが描かれていて、その中に一匹の黒猫がいる。

 日本全国に数多くの涅槃図があるが、一般的には釈迦の使いであるネズミが描かれ、ネコが描かれたモノはまず見当たらない。

 

 住職がいろいろなところから聞いた話しによると、なんでネコを入れないんだというネコファンが少なからずいて、涅槃図を描いた絵師もネコ好きだったという。

 それを聞いたくっすん、「トム&ジェリーも最後は仲直りしますからね。」とコメント。

 

 弘済寺の涅槃図は毎年2月15日だけ一般公開され、ご住職から絵解きをきくことができる。

 くっすんは意外にそつなくご住職とお話しして、無事歴史ポイントの取材を終えた。

 

 スタートから3キロ、午後0:15、スタッフさんからお昼過ぎだと知らされ、驚くくっすん。巻いてほしいというスタッフさんに、「やだ、ゆっくりいきたい。」と拒否。制御装置の河田アナを失ったくっすんは、わざとゆっくり歩く。

 

午後0:35、スタートから4.5キロ、前方の遠くで、くっすんを呼ぶ声がする。遅れていた河田アナが到着し合流する。くっすんはあまりのうれしさに猛ダッシュして抱きつく。河田アナは交通の乱れで遅れた経緯を説明し、謝る。

 くっすんはここまでの撮影はめちゃめちゃ順調で、スタッフさんから「さすがですね or プロですね。」という称賛の声があがったなどと、河田アナに報告する。

 

 合流して早々、歩きながら足柄山の金太郎について解説する河田アナ。

 金太郎が生まれたと伝わる足柄山は、神奈川県と静岡県の境にある山々の総称。平安時代、金太郎は足柄山に母と2人で暮らしていた。山の動物たち相手に相撲をとり、自慢の怪力で負け知らずだった。

 そんな姿が源頼光の目に止まり、家来として取り立てられた。金太郎は名を坂田金時と改めて、京都へ向かった。そこで大江山に住む酒呑童子退治などで活躍、天下に名を馳せた。

 

午後1:15、遅れを取り戻すため、とりあえずはお昼ご飯を抜いて、急ピッチで歩く。

 

スタートから9キロ、地蔵堂に到着。室町時代には創建されていたとされ、中に金太郎の母・八重桐の像が安置されている。八重桐は豪族の酒田氏と結婚したが、酒田の一族で争いが勃発したため、足柄山に避難して金太郎を産んだ。そして、女手一つで育てた。

 

 普段は閉まっている地蔵堂の中へ特別に入れてもらい、八重桐の像の前で南足柄市役所の方から詳しくうかがう。

 八重桐は金太郎を産んだ後にヤマンバになってしまい、街道を通る人たちをトッ捕まえては食べてしまったとのこと。また、金太郎が彼女との間に産まれたという説が伝わっている。

 

 地蔵堂を出ると、くっすんが目の鼻の先に『手打ちうどん』のノボリを発見する。

午後2:50、『万葉うどん』にて遅ーい昼食。河田アナは『つけカレーうどん』+『おでん(こんにゃく・大根)』を、くっすんは『カレーうどん』+『おでん(たまご・大根)』を食べる。

 

午後3:40、山の中を歩き西へ。金太郎が遊んだといわれる大きな岩、『金太郎の遊び石』を見物する。丸いのが『たいこ石』、三角のが『かぶと石』で、それぞれ太鼓と兜に似ていることから名付けられた。

 

スタートから5時間30分、

スタートから10キロ、午後4:10、轟音とどろく『夕日の滝』に到着。山の中腹・標高500メートルにあり、落差は23メートル。夕日に映える美しさから名付けられた。この滝の水を金太郎の産湯に使ったという伝説から、『金太郎産湯の滝』とも呼ばれる。

 

 夕日の滝で一般の人に滝行体験を指導しているのが、『足柄修験の会』。今回、代表の市川さんに指導してもらう。本日の滝は、普段の3~5倍の水量とのこと。しかし、午前中に滝行をした方々は、滝に打たれて気持ちよかったそう。

 夕日の滝では1000年以上昔から、修験者が滝行を行っていたと伝わる。滝行によって神仏からパワーを授かり、罪や穢れを洗い流してさっぱりする。

 

 いよいよ滝行開始。行者服に着替えてから、お堂の不動明王の前で般若心経を唱え、滝行の達成を祈願する。塩を体にかけて魔を祓い、酒を口につけてから体にかけることで身を清める。

 そして、船のオールを漕ぐ動きをする鳥船を行う。神様が船に乗って救済にきて、心身を清めるという意味があり、同時に体を温める準備運動を兼ねる。

 仕上げに、密教の呪法である九字を切って魔を祓えば、滝に入る準備は万全。

 

 水に入ると水温19℃で、とても冷たく感じる。滝行は通常3分×3回行うが、この日は水量が多いので、状況を見てできるだけがんばってみることに。

 

 1回目は比較的水量の少ない岩の上で、座禅を組みながら3分間の滝行。

 まずは河田アナから。乱れることなく、無事に耐えきる。

 次にくっすんの番。くっすんは岩の上に座るのが恐いのか、岩の手前でしゃがみこんで滝行をうける。圧倒的な水量と冷たさに体が震えて、10秒で帰ってくる。市川さんに岩の近くに戻されたので、「エイッ。」と何度も叫びながら、根性で冷たさに耐えるくっすん。結局3分持たなかったが、自分の限界まで滝行を続けた。

 

 2回目は轟音轟く滝つぼの中での滝行。

 まずは河田アナから。とてつもない水量の水が全身に降りそそぎ、体をもってかれて水中へ倒れ込む。はたで見ていたくっすんも、「河田さん。」と本気で心配する。しかし、心折れることなく、再び水量がいちばん多い場所に自らの身を置き、無我夢中で耐える。なんとかがんばったが、30秒で限界。

 次に河田の雄姿を目の前で見ていたくっすんの番。河田アナに勇気と力をもらったのか「エイッ。」と何度も叫びながら、落ちてくる水量の少ない場所であったが、河田アナと同じ30秒を耐える。

 

 あまりの水量のため、今回の滝行はこれにて終了。

 

 滝行を終えての感想ーーー水量3倍以上の滝で、滝の下に入っている間は厳しいと河田アナ。滝行中の必死な顔が、それを物語っている。

 くっすんは、いつもつらい修行を前にして逃げ出したくなって、それでも頑張っていたけど、今回は頑張れなかったと、自分の不甲斐なさを悔しがる。そばで付き添った市川さんは、くっすんのがんばりが分かって健闘を称える。

 

 河田アナの総括。滝つぼに向かっていくときは恐怖感があり、滝に打たれている間も無我夢中で何も考えられない。だけど、そんな厳しいところに身を置くからこそ、意味がある。

 

 河田アナは最初に滝つぼに沈んだとき、思っていたよりだいぶ水の勢いがきつかったので、体をもってかれた。そんな溺れているような姿を見て、「ほんまに死んだと・・・。」と縁起でもないことを言うくっすん。

 

 最後は夕日の滝に向かって、3人で感謝の礼をして、18日目の旅を無事終えた(今回は御朱印なし)。

 

簡易チャート

スタート:神奈川県南足柄市・伊豆箱根鉄道『大雄山駅』 → 弘済寺 (2.5km) → 地蔵堂 (9km) → 昼食:『万葉うどん』→ 『金太郎の遊び石』 → 目標地点:『夕日の滝』 (10km) 

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』15日目~16日目のまとめ。

 

【15日目】 2018年08月16日(木)放送 

 

旅の内容:●静岡県・龍雲寺[砂紋引き]▲近代日本楽器の歴史を学ぶ■出世城にあやかりたいくっすん★心を整え一直線に

 

スタートは静岡県浜松市・JR浜松駅。ゴールは静岡県浜松市・龍雲寺。約10キロのコース。

 

午前8:00、静岡県浜松市・JR浜松駅の北口前からオープニング。「カ~モンベイビー、昔偉。昔偉サイコー、くっすんです。」と、DA PUMPさんの『U.S.A.』の曲に合わせて、ノリノリのあいさつで登場。前のりしたビジネスホテルで、1人振りつけを練習したという。

 今回の修行は、砂紋引き。庭にひかれた砂利に、道具を使って紋様を描き、水の流れや山などの自然を再現する、THE枯山水のわびさび。

 

スタートから0.7キロ、浜松市楽器博物館に到着。平成7年にオープンした、日本で唯一の公立楽器博物館。

 

 博物館の前で、DJ風タレントU.K.として、くっすんが楽器を演奏する。およその視聴者は初耳だと思われるが、実は日本エアギター選手権(2005年)で2位の実力の持ち主。河田アナが「参加者数は5人ぐらいやったんですか?」と実力をあなどると、13人だと答えるくっすん(本当は8人)。

 

 気を取り直して、まるでギターがそこに見えるかのような、くっすんのエアギターパフォーマンスが始まり、実況する河田アナ。ギターを空中に高く放り投げて、その間にエア料理をする。食材を包丁で切り、まな板からお鍋に移し、煮込み、味見しオッケーサインを出して、落ちてきたギターをキャッチし、再びかき鳴らしフィニッシュのポーズを決める。「これが2位の実力。×2」と河田アナ。

 

 特別に開館時間前の館内を館長さんに案内してもらう。

 まずは、国内メーカーのピアノが展示されている、国産洋楽器コーナーから見学。電子楽器と、国産の明治からの古い楽器が展示されている。 

 

 浜松に日本を代表する楽器メーカー・YAMAHAKAWAIの本社がある理由を、館長さんにうかがう。

 紀州生まれの山葉虎楠は、諸事情で浜松に来て、明治20年に浜松の小学校にある、壊れた古いアメリカ製オルガンを修理した。それを機にオルガンに興味をもち、明治22年にYAMAHAの前身となる『山葉風琴製造所』を浜松に設立した。

 

 山葉虎楠を支えた技術者のなかに、河合楽器製作所の創業者・河合小市がいた。河合は、昭和2年に仲間とともに独立し、『河合楽器製作所』の前身となる『河合楽器研究所』を創立した。

 

 2大楽器メーカーが浜松にあることから、「楽器博物館つくろうや。」と30年前の市長さん(栗原勝)が言うてんとのこと。そんな説明を聞いて、河田アナは「っていうか、館長、めちゃくちゃ大阪弁ですね。」と親近感をおぼえる。

 

 館内には国内の楽器だけではなく、世界中の楽器が展示されている。インドネシアの楽器ガムランは、青銅製の打楽器を中心に太鼓・弦楽器・管楽器などが合わさった楽器。

 アフリカの展示コーナーでは、柱型の置物に見える巨大な楽器がある。タムタムという割れ目太鼓で、日本でいうところの木魚にあたり、棒でたたいて音を出す。

 

 国内外にはいろんな楽器がある、と学べる楽器博物館。我々日本人は、楽器は楽器屋さんで買ってただ音を出す楽器に思われているが、世界中には神様のように扱われている楽器がいっぱいある。それを見るだけでも楽しいし、音を聞けばもっと楽しいと館長さん。

 エアギター日本2位のくっすんは、「エアギターもそうですけど、楽器には魂がこもるだなっと・・・。」とまとめ、河田アナにエアだから楽器持ってないのでは、とツッコまれる。くっすんの脳内では、ちゃんと楽器を持っているらしい。

 

午前9:45、博物館を後にし、

スタートから1.5キロ、浜松名物うなぎパイを扱う『春華堂(本店)』を取材する。店頭には、ナッツ入りやV.S.O.P.ブランデー入りなど、いろいろな種類のうなぎパイが並んでいる。

 

 うなぎパイの誕生について、店長さんに教えてもらう。誕生は昭和36年。春華堂の2代目が、旅先で何処からきたか聞かれて、「浜松。」と答えたらピンとこないようだった。浜名湖の近くと伝えたら、ウナギが美味しいところだと反応があり、それならウナギをつかったお菓子を作ろうと開発された。

 

 せっかくなので、経費でうなぎパイ詰合せ(ノーマル・ナッツ入り・V.S.O.P.・ミニ4種セット)を購入し、店先で食べる。

 うなぎパイには、うなぎの骨と頭の出汁から作った粉末が配合されている。栄養価が高く、子どものおやつにぴったり。

 

 ノーマルのうなぎパイをサクサクぼりぼり、2人とも「間違いない(味)。」と普通に美味い。お酒の飲めないくっすんは、V.S.O.P.入りを食べて「ちょっと酔ってきました。」とリッチな気分になる。

 

 河田アナは、うなぎパイの包装袋に『夜のお菓子』と書いてあることが前から気になっていた。くっすんはスケベな想像をする。

 うなぎパイが売り出されたときは高度成長期(岩戸景気)の真っただ中で、大人はあくせく働き、家族の団らんの時間がなかった。そんな大人にうなぎパイを仕事帰りに買ってもらって、夜に家族団らんで食べてもらうと、このキャッチコピーをつけたという。

 

午前10:40、気温31℃。気温は高いが、爽やかな風に吹かれながら歩く。

 

 浜松市役所を横目に北に歩いていると、大阪府豊中市からやってきた、ガンバ大阪の熱烈なサポーターの女性に出会う。試合中応援するための、人の背丈くらいある大きな長い旗を持ってきていて、試しに振ってもらう。恥ずかしいと言いつつ、ガンバの応援歌を歌いながら振ってくれ、くっすんと河田アナもいっしょにノリノリでエア応援をする。

 ちなみにキックオフは午後7:00で、現在午前11:00。盛り上がるので、応援の中心で旗を振りたいとのこと。

 

スタートから3.5キロ、出世城こと浜松城に到着。元は曳馬城というお城だったが、1570年に徳川家康が入城して、増改築し浜松城と改名した。家康は29歳~45歳まで浜松城主として過ごした。

 家康は、天下統一を果たして江戸に移り住み、その後に浜松城主となった大名たちは、江戸幕府の重要ポストに抜擢された。そこから出世城の別名がついた。

 

 天守に向かう一行。出世したいくっすん、ちちんぷいぷいのスタジオで4時間座ってみたいと願う。河田アナが、生放送で4時間はちょっと厳しいとコメント。

 

 入城口から地元のボランティアさんに案内してもらう。昭和33年に再建された天守内で、若かりし頃のりりしい家康公のロウ人形を拝見する。年頃は31歳で甲冑をまとい、采配を手にしている。体形は、身長159センチ前後で筋肉質。数々の資料をもとに、歴史学者と造形作家が作り上げた人形。

 

午前11:45、お昼ご飯を食べるお店を探す。

 ラーメン・中華料理店の『濱松大王(有楽街店)』にて昼食。河田アナは『特製大王醤油ラーメン』+『大王餃子』、くっすんは『大王炒飯』+『大王餃子』を食べる。

 

 浜松市は宇都宮市と餃子消費量の1位を争う餃子王国。浜松の餃子は、たくさん食べられるよう、箸休めにもやしが添えられている。

 大王餃子は、具の野菜多めであっさり、いくつでも食べられる。

 

スタートから6キロ、これといった出会いもなく、1時間以上歩いている。残念ながら、そのままゴールまで出会いはない。

 

スタートから約7時間

スタートから10キロ、修行場の龍雲寺(りょううんじ)に到着。南北朝時代に、木寺宮康仁親王によって建立され、阿弥陀如来をご本尊とする。

 

 ご住職に砂紋引きについて教えていただく。さっそく、砂紋がきれいに引かれた、龍雲寺の庭園を拝見する。水を使わず、石や砂利などで、山や水の風景を表現する枯山水で、規則正しい起伏を作ることで美しい庭園となる。

 

 また、ただ美しいだけではなく、仏教の世界が再現される。龍雲寺の庭では、お釈迦さまがおわす極楽浄土を中心に、その前に海が広がり、左右のいる龍と亀が海を守っている、という世界観になっている。抽象的な表現で想像力が膨らみ、観る人によって視え方が変わる。 

 さらに同じ人でも心の状態によって視え方も変わるため、自分の心を見つめるための庭ともいえる。

 

 お坊さんは日常すべてが修行であり、庭を整える砂紋引きも、もちろん修行。

 龍雲寺では、企業を対象に宿泊研修・日帰り研修を行っていて、座禅・写経・精進料理といった、さまざまな修行が体験できる。

 

 砂紋引きの基礎知識を学んだところで、修行開始。曲線を引くのは、初心者にはかなり難しいということで、今回は約15メートルの直線を引く(1人当り7.5メートル)。簡単そうにみえるが、邪な心があると線が曲がってしまう。

 

 すでに引かれた直線を、ご住職が消して更地にならし、そこに2人が再び引く。まずは河田アナの番。農具のレーキのような道具を、両手でもってひっぱりながら後退し、一度に7本の線を引く。

 スタートから1メートルはまっすぐ引けたが、7.5メートルの直線を引く間に、2~3か所左右に少し曲がる。真っすぐ引こうという思いが強すぎたり、見守っているご住職に良く見られたいという欲が出たりで、乱れたとご住職の分析。

 

 続いて、河田アナの引いた砂紋の続きを、くっすんが引く。本人は無心で引いたというが、完全に線が大きく曲がっている。ご住職が「心が屈折している。」と的確にコメントする。無心どころか、多くの雑念に阻まれた。

 

 心の乱れを整えるため、境内の道場にて、一度座禅を行う。道場の壁には、縦4メートル・横16メートルの、世界一大きな般若心経が掲げられている。その般若心経の前で、座禅を開始。

 

そして有り難いご住職の説法も受ける。

ーーーイライラすること、いっぱいあるけど、イライラさせたアイツが悪いんじゃなくて、イライラしてる自分がいる。嫌な奴はいない。嫌だなと思う心があるから、嫌な奴に見えてくる。楽しい人生は生きられなくても、楽しく人生は生きられる。美味しいものは食べられなくても、美味しくものは食べられる。自分の心次第ですぐ幸せになれるし、逆に言えば自分の心次第で、金持ちや貧乏の心になっちゃう。全部自分の心次第だと、あんまりよろしくない。

 

 そして心を整えるため、くっすんは苦手な警策棒で4度叩かれる。思わず変なうめき声をあげ、隣の河田アナが笑いをこらえるのに苦労する。くっすんはなんとか泣かずにこらえ、砂紋を真っすぐ引ける確信を得たと話す。

 

 心の準備は万全、2回目の砂紋引きにトライ。座禅と説法でリフレッシュしたのか、河田アナは会心の出来。ご住職も真っ直ぐだと太鼓判を押す。

 続いてくっすんの番。1回目と比べ、誰が見ても明らかに真っ直ぐに引くことができて、ご住職も良いと認める。真っ直ぐにできた喜びを、全身で表現するくっすん。

 

 ご住職の総括。昔の人は経済的に豊かではなかったが、足元の幸せを見て心を整えて、楽しく暮らしていた。現代人は見習い、身近な幸せに気づき心を整えれば、充実した生活を楽しめるはず。

 

 最後に15か所目の御朱印、龍雲寺の御朱印をいただき、15日目の旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート:静岡県浜松市・JR浜松駅 → 浜松市楽器博物館 (0.7km) → 『春華堂(本店)』 (1.5km) → 浜松城 (3.5km) → 昼食:『濱松大王(有楽街店)』 → ゴール:龍雲寺 (10km) 

 

 

 

【16日目】 2018年08月23日(木) / 08月30日(木)放送 

 

旅の内容:●奈良・大峯山[山岳修行]▲母を想う女人結界ロッククライミングな修行場★断崖絶壁でヨメと子どもに懺悔?!

 

スタートは標高850メートルの奈良県吉野郡天川村洞川・母公堂。ゴールは標高1719メートルの大峯山寺。約8キロのコース。

 

午前8:00、奈良県吉野郡天川村洞川にある母公堂の前からオープニング。好評を博した?山岳修行シリーズ第2弾。「日頃の修行の成果を、今日はお届けしたいと思います。」と気合十分のくっすん。だが、内心は不安しかない。

 

 山頂まで5~6時間、下山に2~3時間かかる見込み。「やるしかないです(エコー)。」と、くっすんのカラ元気が大峯山にこだまする。だが、2015年5月に放送された『百人一首の旅』で、大峯山に登ったときの苦しかった記憶がよみがえる。そのときは台風の影響で、ゴールできずに途中下山という無念な結末に終わった。なので、雪辱を果たしたい

 

 まずは、母公堂で旅の安全を祈願する。大峯山の修行場を開いた役行者、その母親を祀っている。大峯山は修行場として、昔から今日までずっと女人禁制であり、女性は入ることを許されない。

 

 飛鳥時代に役行者が山に入って修行していたとき、心配になって大峯山を訪れた母親。母親が山の麓で大蛇に襲われたので、役行者はこの地にお堂を建てて、女人結界を張った。

 高度成長期だった昭和45年、多くの木材が必要とされ、女性の力を借りて山を開拓した。その際、お寺や村人が集まって議論した結果、女人結界門を山側に2キロ移動させた。

 

午前8:30、木々の間から青空が見え、気温21℃と快適。

 

スタートから1.5キロ、土木作業員の男性3人と出会う。「泣いたらアカンで。」と励まされ、「ちょっと今日は自信ないです。」と本音をポロリのくっすん。皆さん何べんも大峯山に登ったことがあって、後半が大変とのこと。ヘタレなくっすんは、絶対泣くと断言される。

 

 そのすぐ先、山の麓の『大橋茶屋』にて、予約していたお弁当を購入する。

 

 行者服に着替えて、山岳修行開始。

 危険な行場があるため、山先達の梶さんに案内してもらう。大峯山の山先達になるには、洞川で3代に渡って生活しないとなれない。梶さんは、1年で1,000人以上に山の案内をしている。

 

 山の入口からは、絶叫ポイントの修行場・『西の覗』と頂上付近が見える。道中の安全を祈願して、いざ出発。

 

 女人結界門を潜ると、なんだか霊験あらたかな空気を感じる2人。歩きながら、梶さんに大峰山の歴史についてうかがう。

 1300年ほど前に大峰山を切り拓いた役行者は、自らに苦しい行を課し、自分自身を高めていった。自分を高めることで、困っている世の人をも救える。

 一般の人に大峯山寺の参拝が広まったのは江戸時代で、多いときは1日1000人の参拝者が訪れた。

 

 あれこれ聞いているうち、「もう、しんどい。」と開始15分でくっすんの弱音が開始される。

 

午前10:00、石に座って休憩しているおとうさんと連れに出会う。奈良市から来た3人組で、1人は先行して上の方へどんどん登っているという。親父さんから行者講を引き継いで、かれこれ50年経つ。

 行者講は、関西を中心に昭和の初めまで盛んに結成された、大峯山へ参拝する団体。五穀豊穣を願って、地域の代表者が代参する。

 

 休憩中のおとうさんと別れて、先を急ぐ。梶さんに、山で参拝者の方に出会った場合、「ようお参り。」とあいさつするよう教わる。

 

 急な足場が続き、「休みたい。眠りたい。」とくっすんの愚痴も続く。

山に入って1時間、

山に入って2キロ、スタートから4キロ、全道のりの3分の1の地点にある『一本松茶屋』に到着。

 

 茶屋で休んでいた先客、三重県からお越しの、小学生の男の子3人と引率の大人の方に出会う。本日は山の頂上まで登る予定で、西の覗も挑戦するとのこと(子どもでも体験できる)。子供たちはここまでの道のりを、「大変でした。」とか「疲れました。」と言っているが、その割に涼しい顔をしているようにみえる。

 「おじさんも楽勝。」とくっすんはカッコつけるが、シャワーを浴びているような汗を流した険しい顔では、説得力がない

 

 2人も椅子に座って休憩する。今回は道が険しいのに加え、往復12キロの山道に時間がかかるので、早いペースで登っているため、体力の消耗は激しい。唯一救いなことは、低い気温。

 

午前10:40、一行は再び歩き出す。山登りのウォーミングアップも済んだので、山岳修行の定番、掛念仏を行う。梶さんのリード『懺悔 懺悔。六根清浄・・・。』の後に続いて、念仏を唱える。日ごろの行いを振り返りながら、お腹の底から声を出すことで、六根[眼・耳・鼻・舌・身・意]を清める。

 

 後ろで掛念仏を行っていたくっすんに、河田アナが物申す。D.J.風タレントなのに微妙に音程を外すので、引っぱられてやりにくいと。くっすんは、一生懸命やっているのに言いがかりはやめてください、と跳ね返す。

 

山に入って2時間、掛念仏を唱えながら登っていると、くっすんが休憩を所望するが、梶さんに即却下される。どうしても休憩したいので、スタッフさんにも聞いてみるが、休憩しなくても大丈夫と答えられる。

 山の半分ぐらいまで進んだところで、疲れをみせるくっすん。立ち止まる回数も増え、「家に帰りたい。×2」と愚痴る。

 

 疲れたくっすんがとった策は、ADのタナカくんに後ろから背中を押してと頼むこと。さらに、ばれたら怒られるので「河田さんが振り向いたら、すぐ離れて。」と付け加える。しかし、スタッフさんがくっすんのズルをすぐに暴露する。

 

 ADのタナカくんは、前のリュックにみんなの飲み物、背中のリュックに三脚などを入れ、都合6キロほどの荷物を携行している。ズルの罰として、タナカくんの前のリュックを持ってあげるよう、河田アナから言われる。それはズッシリ重たく、くっすんはフラフラでひーひー言いながら歩く。

 

午前11:30、罰をうけながら進むこと100メートル、

山に入って4キロ、スタートから6キロ、標高1500メートルにある『洞辻茶屋』に到着。土日のみ営業している売店があり、各種食べ物・飲み物を取り揃えている。

 

 お茶屋で座って、麓で買ったお弁当で昼食。河田アナ・くっすんともに、『行者弁当』+洞辻茶屋で買ったあったかい『みそ汁』を食べる。行者弁当は、大きなおにぎり3つにたくわん・梅干しなどご飯のお供が付く。

 疲れた体にとって最高にうまい塩味の効いたおにぎりを食べ、至福な時間。「ここからが本当の厳しい行場になりますんで・・・。」と梶さんが気持ちを引き締めさせる。

 

午後1:20、気温21℃、洞辻茶屋を出発。そして、世界遺産の『紀伊山地の霊場と参道道』に突入する。しばらく進むと、次の目標地点・『鐘掛岩』の行場が見える。

 

 頂上から戻ってきた、参拝者の男性に出会う。一人で登山して、今回で3回目の大峯山登頂とのこと。男性からの情報では『男は(大峯山を)3回上がれ(男しか上がれないけど)』といわれてるらしく、めでたく達成。大峯山登山で「人生の道が開けそうな気がする。」と魅力を語ってくれた。

 

 次の休憩所を通り過ぎると、さらに道は険しくなる。えげつない角度の階段は、案内人でも何回登ってもキツい、と梶さんがおっしゃる。

 

山に入って4時間30分、

油こぼし』という厄介な坂を登る。雨が降った際、油をこぼしたように滑りやすいことから名が付いたとされる。ものすごく急な角度の坂を、3本の鎖に順々に掴まりながら慎重に上がる。

 

 『油こぼし』を越えたところで、ルート分岐地点。右に行けば登山道、左の脇道に行けば行場に出る。体に負担が大きい道のりで、くっすんは満身創痍。

 

山に入って5キロ、スタートから7キロ、標高1620メートルにある絶景ポイントの展望台で、一息入れる。その高さから、年に3人くらい高山病っぽい症状の人を見るという。くっすんが「僕、実は、さっきからちょっと、吐き気がしてます。」と言って、梶さんにすぐにエセ高山病だと断定される。

 

 展望台から後ろを向くと、先ほど下から見えた『鐘掛岩』の修行場。真近で見れば大迫力で、もはやロッククライミング。高さ20メートル・ほぼ垂直な岸壁を命綱なしで、鎖に掴まりながら登っていく。危険なので先達の方が同行していないと、修行はできないきまり。

 3人は鐘掛岩を登り、スタッフはう回路をとる。

 

 梶さんに「自分自身に迷いがあったりしたら、余計危ないものになりますんで・・・。」と注意を受ける。迷いの見えるくっすんに、一同の注目が集まる。「行きたいと思えるかって言ったら、思えない自分がいて、でも僕は、生まれたいんです・・・。だから、行きます。」と決意表明するくっすん。この期に及んで逃げるのではないかと思った河田アナは、それが聞きたくて、ヤキモキしていた。「だって落ちたら20メートル下で死んじゃうじゃないですか。恐いけど、行こう。」と、目をギュッとつぶり歯を食いしばった表情で拳を握りしめ、最後の覚悟を決める。

 

 勇敢な河田アナも、風が強くなって一抹の不安を感じる。山の天気は変わりやすく、晴天だった空が雲に覆われる。ぐずぐずしていると、中止に追い込まれるので、鐘掛岩に精通している山先達の梶さんが先行して、あとにくっすん、河田アナと続く。

 強風吹きすさぶなか、梶さんから指示される、手や足の置き場所にしたがい、恐怖心を振り払って、ひたすら無心で登っていく(今回の山場なので、予算を惜しみなく使い、迫力あるシーンをドローンにて空撮)。

 

 くっすんは、泣きごとや弱音を封印し、ただ上にたどり着くことのみ考えて、登る。鐘掛岩の上に着いたときは、フッと気が抜けるが、「(よ)しゃっあぁ。」と試練を乗り越えた男前な面構えになる。

 後に続く河田アナも真剣そのもの。リポートする余裕もなく、登ることだけに集中する。15分かけて、ついに河田アナも制覇。やり遂げた2人は、感動を分かち合う。

 

 鐘掛岩の上から見下ろす世界は、格別すばらしい。くっすんはゴールしたと勘違いして涙を見せるが、そうではないと河田アナが教える。「違うんですか?これを登ってまだゴール違うんですか?」と、いつものくっすんであった。

 そして、鐘掛岩の恐怖体験を早口で余すことなく語る。「あーあ、怖かった。途中ホンマに止めたいと本気で思って・・・。でも、後ろに河田さんいるから、もう迷惑かけられんし、あー登るしかないと思って。でとにかく(後ろを)見ないでいようと思いまして。」と。後ろが見えそうになった瞬間、ゲロを吐きそうになったほどである。

 

 

 

 頂上の大峯山寺までは、残り1キロほど。しかしもう1つ、大峯山を代表する行場が2人を待ち受ける。

 鐘掛岩を越えると、すごいゴツゴツした足場で、歩きにくい。

 

足場の悪い岩場を歩くこと500メートル、

午後3:10、

山に入って5.5キロ、スタートから7.5キロ、『西の覗』に到着。早速、下を少し覗いてみると、真っ白でなんも見えない。

 

 『西の覗』は1本の命綱を頼りに、300メートルの谷底に向かって身を投げ出す行場。決死の覚悟でのり出すことで仏の世界を覗き、雑念や煩悩を断つことができる。

 自分では身に覚えがないけど、しゃべったことで他人を傷つけてしまうことがある。それも悪意のうちに入るので、そういった悪意を西の覗で懺悔して生まれ変わることが大事。

 

 断崖絶壁、行者は岩場の突端にあるくぼみに寝そべり、スーパーマンが飛ぶようなポーズをとる。河田アナが「このロープ、大丈夫っすか?」と、命綱に大きな不安を感じる。長年の使用で、使い込まれた感がハンパない。さらに、ロープ先の人の体重を支える引っかかり部分に、「グリップ弱ないっすか?」と、アナウンサーらしからぬ言葉でツッコむ。そんな頼りがいあるロープを、3人で支える。

 

 江戸時代には一日百人ほど西の覗きに挑み、大変混雑していた。渋滞を緩和するため、『東の覗』という場所でも修行が行われていた(現在、立ち入り禁止)。

 

 命綱をランドセルのように背負って、まずは河田アナの番。ほとんど躊躇をみせず、河田アナが身を乗り出す。むしろ、はたで見ているくっすんの方が、恐くて大絶叫する。

 

 梶さんの祈祷と問いかけで、家内安全・無病息災を祈願し、親孝行・嫁孝行を誓う。

 そして、日頃の行いを懺悔する。スタッフさんが河田アナのヨメから聞いた情報から、「強引に誘導して、子どもに空手を習わそうとしてるみたいですね。」ときりだす梶さん。想定外のネタに、河田アナも極限状態なのに思わず笑ってしまう。

 「子どもはあまり興味ないのに、空手の映画を見せて、『空手したら強くなる。』って、『カッコいいやろ。』って言って、洗脳しとるみたいやな。奥さんが強引すぎるって引いとるぞ。子どもの意見も聞いて、やるんやで。」と河田家の実情が明らかになる。クライマックスで、河田アナの体がさらに崖から突きだされ、最大限の懺悔をする。

 

 無事生還を果たした河田アナの感想。崖下は真っ白に見えるが、岩が百メートル下まで確認できた。空手の件に関しては、良かれと思ってやったが、結果的にはヨメさんを困らせている(悪意)。「やり方を、もうちょっと考えます」と、反省する。

 

 続いてくっすんの番。デジャビュ―の逃走・・・かと思ったら、すぐ近くに隠れている背中が見えている。

 直前、とにかく雄たけんで恐怖するが、崖から身を乗り出すと、声も弱くなり気絶寸前・・・。お決まりの祈祷と問いかけが河田アナのときと同様に行われる。

 

 そして、日頃の行いを懺悔する。スタッフさんがくっすんのヨメから聞いた情報から、「1日に何回も、急にかくれんぼ始めてるらしいな。」ときりだす梶さん。しかし極限状態のくっすんは、もう上の空。

 「お前は子どもか。何歳や。しかも、探さないとすねて、ダダこねるらしいやないか。家族みんな困っとるらしいぞ。」と、くっすん家の実情が明らかになる。

クライマックスで、くっすんの体がさらに崖から突きだされ、最大限の懺悔をする。かくれんぼはもうしないと誓う。

 

 無事生還を果たしたくっすんの感想。意識が遠のき魂も抜けてしまった、まさに虚脱状態。「も、も、も、も、戻してください。」などと繰り返し、混乱している。かくれんぼの件に関しては、ヨメさんが自分に興味があるかどうか試すために行っており、河田アナが「相当たち悪いな、それ。」と悪意を感じる。

 喉元過ぎれば何とやら・・・、くっすんが「それは、懺悔しません。」と言うので、「すいません。もう1回お願いします。」と河田アナ。

 

 行者服に『大峯山西之覗荒行済』の印をもらい、最大の難所を越えた。

 

 『西の覗き』からゴールの大峯山寺までは、残り500メートル。歩きつつ、さっきの修行を振り返る。くっすん曰く、「ホントに怖くて怖くて怖いときは、もう意識が遠のいていって、涙も出ない・・・。」。

 溜まった疲労で重い足を、気力を振り絞って前に出す。

 

午後3:50、

山に入って6キロ、スタートから8キロ、標高1719メートルの山上ヶ岳の頂上に到達、ゴールの大峯山寺に到着。参拝期間は、例年5月3日~9月23日まで。飛鳥時代に役行者が金剛蔵王大権現を祀ったのが始まりとされる。

 1691年に再建された本堂は、日本一高いところにある国の重要文化財。

 

 

 2人は、本堂で蔵王大権現を前に手を合わす。16か所目の御朱印、大峯山寺の御朱印を御朱印帳と行者服にいただき、大峯山の山岳修行を無事終えた。

 

修行を終えてのくっすんの感想ーーー

もうホントに大変過ぎて、心折れながらでも登り続けたことで、ちょっと強くなれたのかなと思いたいです。

 

 梶さんも、よく荒行をやってくれたと称えてくれる。その後に、別のルートにある『裏行場』の存在をさらりと聞かされる。聞いただけで、ヤバそうな雰囲気を感じる2人。そこは、数々の難関が待ち構えていてる1キロの行場で、メインディッシュ?の平等岩は、断崖絶壁の岩を、命綱なしでグルリと回る、究極の荒行が行われる。

 

 「3回目は裏行かねて、個人的に案内させていただきます。」と梶さんからお誘いをうける。河田アナは笑顔で3回目もあるかなといった感じで答えるが、くっすんは、「未完成なのが、僕の魅力なんです。」と、ごめんこうむる。

 

 ここから撮影はないが、2時間ほどかけて下山する。「ドローンにぶら下がって帰りたい。」とシミジミ思うくっすん、河田アナも同意見であった。

 

■簡易チャート

スタート:奈良県吉野郡天川村洞川・母公堂 → 『大橋茶屋』 → 『一本松茶屋』 (4km) → 昼食:『洞辻茶屋』 (6km) → 『鐘掛岩』(7km) → 『西の覗』(7.5km) → ゴール:大峯山寺 (8km)