MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』23日目~24日目のまとめ。
【23日目】 2018年10月18日(木)放送
旅の内容:●三重県松阪市[山岳修行]★むかえら史上最恐の山岳修行!?
スタートは三重県松阪市・『うきさとむら前』バス停。目標地点は三重県松阪市・飯福田寺。約3キロ(+山岳修行4キロ)のコース。
午前8:30、三重県松阪市柚原町にある、ネコバスが来そうな『うきさとむら前』バス停からオープニング。「トットロ、トット~ロ。」と、ジブリ大好きなくっすん登場。さらに、「今日から河田さんのこと、サツキちゃんと呼んでいいですか?」とメイちゃん役のくっすん。
柚原町はJR/近鉄『松阪駅』からバスで40分、人口約70人の山に囲まれた小さな町。今回は、このバス停から3キロの飯福田寺を目指す。目標地点までは短いが、そこから山岳修行で山をぐるりと一周するので、長丁場になる。岩登りの難所があると聞いたくっすんは、「一番僕が不得意な分野ですね。」とコメント。河田アナに「まあ、あなた逆に何が得意なんでしったけ?」とお約束のツッコミを受ける。
まずは、バス停から50メートルの飲食店に立ち寄る。1992年に開店した『うきさとむら』で、柚原村唯一の飲食店。道中に食べるお店はないので、予約していたお弁当を受け取る。
朝から作っていたお弁当の中身は、松阪市のグルメ盛りだくさん、中でも味噌ダレの鶏焼き肉は人気の一品。2人はお店の代表から、綺麗に風呂敷で包まれたお弁当を手渡してもらい、お昼が待ち遠しい。
ロケ日の天気予報は、曇り時々雨。雨が降らないことを祈りつつ、飯福田寺を目指し北へ歩く。色づきはじめたモミジや実った柿に、季節の移ろいを感じる。柿を見て、「柿食う、柿客・・・なんかありましたよね・・・。」とくっすん。河田アナが「隣の客は、よく柿食う客だ。」と早口言葉を即答。
くっすんは「今日は人に会わなさそうですね。」と感じる。案の定、誰と出会うことなく歩くこと20分、
スタートから1.5キロ、側溝に久しぶりに蛇を発見し、都会っ子の2人は道の端から飛びのいてビックリと声を出す。蛇を見てかわいいとくっすんは言うが、見るからに毒をもってそうなフォルム。
さらに歩くこと20分、山の上に修行場の難所が見える。ポッコリと外に突き出た巨岩の上に登る行場とスタッフさんに知らされ、危険や恐怖のハンパなさに目を見張る2人。
スタートから3キロ、午前9:40、目標地点の飯福田寺(いぶたじ)に到着。ここまで、出会ったのは蛇1匹と寂しい。平安時代に創建された真言宗のお寺で、その修行場・伊勢山上は701年に役行者が開き、100日間修行したとされる。
今回修行に同行してくれる修験者の福森さんに、伊勢山上の修行についてうかがう。
行場は全長約4キロで、これ以上厳しい行場は全国でもあまりないとのこと。普通の人以下の体力のくっすんが耐えられるのか聞いてみると、「厳しいですね。」ときっぱりおっしゃる。くっすんは深刻な顔になるが、「修行の道を与えられたということは、非常に幸せなことです・・・。」と諭され、進むほかない。
弱気なくっすんは御守に、福森さんから修験者の装備品・袈裟と引敷を借りる。
いよいよ、伊勢山上での山岳修行開始。
スタートは標高210メートルで、前半2つの難所があり、標高380メートルの山頂を経由し、山を下りてくる途中に、後半さらに2つの難所が待ち構える。
始めに、伊勢山上の麓にある薬師堂で、修行の無事達成を祈願する。
午前10:30、薬師堂の横にある入口から入山する。歩きながら、伊勢山上での修行の目的をうかがう。それは深山幽谷に分け入って、自分の煩悩を克服し身体を鍛えて、他人を助ける修験者になること。
山に入ってから400メートル、小さな祠・女人堂に着く。その昔、伊勢山上は女人禁制で、女性はここまでしか登れなかった。
お堂の真横にあるのが最初の難所・『油こぼし』。高さ30メートル・傾斜60度の、油をこぼしたように滑る岸壁を、鎖を握って登る行場。これを登りきれば、真の行場の入口を認められたことになる。
思った以上に角度がきつく、凹凸の少ないすべすべの岩壁は登りにくい。昔は鎖を使わず修験者が登っていたが、明治時代に女性にも行場が解放され、鎖がとり付けられた。
鎖を登りはじめて5分、河田アナが崖の上に到着。さらに3分、くっすんも到着。崖の上は、突端に役行者の像が建ち、周囲の山々が見える。
山に入ってから500メートル、突き出た巨岩・鐘掛岩の下にある『岩屋本堂』に着く。江戸時代に建てられたお堂で、役行者を祀る。この場所で、役行者が100日間の修行をしたと伝わり、2人が飯福田寺到着手前で仰ぎ見たハンパない行場。お堂におわす役行者像に、格子越しに修行の達成を祈願し、まずは右手にある登り口を登る。
高さ8メートルの岩壁を、ボルダリングの要領で岩の突起を手がかり・足がかりに登っていく。2人は普通の運動靴を履いているが、硬い登山靴よりかえって登りやすいそう。
命の危険もある行場なので、2人は命綱をつけて登る。まずは河田アナから。登りはじめて3分、身体能力がやや高く高所も苦にしない河田アナは、詰まることなく岩壁を登る。しかし、くっすんが登れるかと心配になる。
続いてくっすんの番。足の置き場が分からず、なかなか登れない。河田アナと福森さんにアドバイスをもらいながら、ちょっとずつ登ること5分、恐怖心に打ち克ち岩壁をクリアする。
安堵するのもつかの間、続いて雨も降りだすなか、鐘掛岩の12メートルある垂直近い岩壁を、鎖を握って登る。しかも、下を見れば高さ50メートルの絶壁で、落ちたらひとたまりもない。やはり河田アナから。鎖に掴まって最初の一歩は、バランスがとれず進めない。昔の修験者は、鎖も使わず登っていたというから驚嘆するほかない。進み方のアドバイスを受けながらなんとか登りきり、安堵のため息をつく。
そして、心配なくっすんの番。河田アナと福森さんに激励されながら、またも恐怖心に打ち克ち岩壁をクリアする。鐘掛岩のてっぺんで「よっしゃー。」と叫び、恐怖感や達成感などで、涙と鼻水が溢れ大号泣のくっすん。
命を懸けた修行を乗りきった2人は、鐘掛岩のてっぺんからご褒美の絶景を眺め、この修行を振り返る。今後の人生において、困難に直面したときに、この修行のことを思い出せば道が開けるであろう・・・とエンディングっぽいトークをする3人だったが、まだ伊勢山上の4分の1の地点であるというのが現実。笑っている福森さんと河田アナに、「笑いごとちゃいますよ。」とマジでツッコむくっすん。
午後0:25、山に入ってから600メートル、山頂を目指し、険しい山道を歩く。
午後0:35、山に入って初めて、平らな場所に出る。
午後0:50、山に入ってから1.5キロ、山岳修行定番の『六根清浄』の掛念仏を、福森さんの後に続いて唱える。
掛念仏を唱え初めて10分、疲れが溜まってきたくっすんの声が続かない。
山に入ってから2キロ、伊勢山上の山頂『大天井』に到達。標高380メートル。
午後1:05分、区切りのよい中間地点で、昼食。朝一で受け取った『仕出し弁当』を食べる。2段のお重で、ボリューム満点。人気ご当地メニューの鶏焼き肉をさっそくいただき、下鼓をうつ。ヨモギ・オオバコ・アザミ・ドクダミ・たんぽぽ・フキの薬草てんぷらは、さくさくで香り豊か。死ぬかもと覚悟した修行の後のご飯に、格別感謝するくっすんであった。
午後1:45、昼食を終え、山道を20分下る。足が滑りやすいので、カニの横歩きで移動する。
左側は断崖絶壁で、足場が不安定な岩場を慎重に歩く。急な下り道が続く。
山に入ってから2.7キロ、後半1つ目の行場・『鞍掛岩&蟻の戸渡り』に着く。足を滑らせないよう、小股で歩くことが大切。馬の背に鞍をかけたように見えることからこの名がつき、狭い岩場の上を歩いて渡る。鞍掛岩は、一番狭いところで幅1メートルしかなく、左右両側は滑落すれば大惨事の崖となっている。崖の下まで見えるので視覚的に怖く、恐怖心に打ち克って進む。
鞍掛岩から、『蟻の戸渡り』へ続く。蟻が1列になって歩くような狭い岩場を歩き、やはり左右両側は滑落すればジ・エンドの崖。ここまで恐怖に打ち克ってきた2人は、だいぶ『良い修行』を積んできたので、割と平気に進む。だが、雨で岩場が濡れているので、慎重に歩く。
山に入ってから3キロ、後半2つ目の行場『小尻返し』に着く。行場であるとともに眺望が良く、日本屈指の絶景ポイントでもある。
岩場の突端に立った2人は、数々の修行を乗り越えた者にしか味わえない、山々の織りなす絶景に大感動。河田アナは、「どんな4輪駆動の車でも、バイクでも、ココまでは来られないもん。人の脚じゃないと来れないよ。」とコメント。
そして、とても苦労して登った鐘掛岩や岩屋本堂が小さく見える。よくあんな険しい場所を登ったなあと、しみじみ思う。
絶景を堪能した後は、後半最大の難所が待ちうける。高さ15メートルの断崖絶壁を鎖を握って下りる。昔の修験者が恐怖心で下りれず、小尻を返して来た道をもどったことから、小尻返しの名がついた。くっすんも引き返したいと言うが、3キロの道を戻るより1キロ進んだ方が楽な計算。
まずは河田アナから。下りることに全神経を集中し、バランスを崩さないよう慎重に下りる。崖は2段階になっていて、下にいる福森さんに指示を受けながら、7分かけて下へたどり着く。
続いてくっすん。怖気づき、遺言のメッセージ?を伝えようと、スマホで妻に電話する。しかし繋がらず、「圏外や。」とうなだれる。10分かかってようやく覚悟を決め、鎖を持って下り始める。
恐怖心と闘いながら半べそで下りていくが、背中のリュックからペットボトルを落とし、下で待っている河田アナの方へ飛んでいく。幸い中身は空で、当たらなかったけど、「わざとやろ。」と叫ぶ河田アナ。
5分かけて1段目をクリア。2段目も、慎重にゆっくりゆっくり下りていく。そして、崖の下に着くと、「下りれた~。やった~。」と力いっぱい叫ぶ。福森さんが祝福のホラ貝を吹く。
午後3:50、全ての行場をクリアし、麓を目指す。
午後4:10、山に入ってから3.6キロ、元居ヶ原に着く。昔、山の神が住んでいた場所で、木々の隙間から岩屋本堂が見える。2人は修行の達成を感謝し、ホラ貝の音とともに、お堂に向かって手を合わせる。
午後4:25、伊勢山上から下界へ帰還。福森さんに満行を祝福していただく。
2人は伊勢山上での修行を振り返る。ホントにドキドキするような危険な場所がけっこうあって、くっすんは人生で一番雑念が消えていた時間が長かったと思う。河田アナも同感で、ちょっとでも油断したり集中してなかったりしたら、足を踏み外して危険な目にあう。また、そんな危険な場所に追い込まれたからこそ、得るものがあるのかもしれないと感じる。
最後に23か所目の御朱印、飯福田寺の御朱印をいただき、23日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:三重県松阪市・『うきさとむら前』バス停 → 『うきさとむら』 → 目標地点:飯福田寺 (3km) →【伊勢山上修行スタート】→ 薬師堂 → 女人堂 →『油こぼし』→『岩屋本堂』→ 鐘掛岩 →『大天井』(山頂) →『鞍掛岩&蟻の戸渡り』→『小尻返し』→ 元居ヶ原 → 下界へ
【24日目】 2018年10月25日(木)放送
旅の内容:●京都市山科区[写仏]▲閻魔大王に仕える敏腕弁護士?!■楊貴妃ゆかりのお寺で美人祈願★想いを込めて思い思いの小野小町を描く
スタートは京都府京都市中京区・菊野大明神。目標地点は京都市山科区・隨心院。約11キロのコース。
午前8:30、京都府京都市中京区の、法雲寺境内にある菊野大明神からオープニング。朝のお天気は快晴で、気温は22℃と快適。
今回の修行は、写仏。ただし、仏様ではなく、『平安時代の絶世の美女』・小野小町を描く。くっすんはそれを聞いて、「小野小町ってめっちゃ意識高い系の方ですよね?」とイメージ像をもっている(そうかもしれない)。
菊野大明神は室町時代に創建されたお寺で、小野小町にゆかりがある。本堂の中で、河田アナが小野小町を一途に愛した男の悲しい物語を語る。
小野小町を愛した男の無念
深草少将という男が、小野小町に愛の告白をした。すると、「私の元へ百夜通い続けたら、愛を受け入れましょう。」と返答した。
深草少将は雨にもマケズ、風にもマケズ、99日間連続で小町の元へ通い続けた。しかし、いよいよ100日達成かと思われた最後の日、大雪に見舞われ、寒さと疲労で行き倒れになり、亡くなった。
深草少将が99日間通い続けたときに、腰をかけて休んだとされる石を、菊野大明神では御神体として祀っている。かつては深草少将の無念が宿る『縁切り石』として恐れられたが、御神体として祀ることで、病気や悪い人間関係など悪縁を断ち、良縁を結ぶ神様へ生まれ変わった。
河田アナとくっすんは、御神体に手を合わせ、出発。
午前9:30、ジャージでも汗ばむロケ日和、鴨川沿いの遊歩道を歩く。そこで、自転車でおでかけしようとしている、18人連れのにぎやかな外国人集団に出会う。イギリスからの観光で、日本中を回っているとのこと。これから金閣寺にいく予定。
話しをうかがった男性は、秋葉原のメイドカフェにも初めて行ったそうで、とても面白かったらしい。
午前10:25、スタートから2.5キロ、六道珍皇寺に到着。平安時代初期に創建されたお寺で、”六道の辻”に建てられたことから名付けられた。六道とは天道・人道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道の6つの世界を表し、その辻は6つの世界の分岐点に当たる。
六道珍皇寺には、小野篁が祀られている。篁は、小野小町の祖父とも叔父ともいわれ、嵯峨天皇を始め4代の天皇に仕えたエリート官僚。
それは表向きの顔で、実は閻魔大王に仕える役人でもあったとされる。昼に朝廷で働き、夜は地獄で仕事をしていた。篁は六道珍皇寺の境内にある井戸から、地獄へ通勤した。地獄行きは『冥土通いの井戸』、帰りは『黄泉がえりの井戸』で現世に帰ってきた。
ご住職の坂井田さんに案内され、室内で『極彩食篁卿六道遊行絵図屏風』を拝観する。CGをつかったデジタルな屏風絵で、京都在住の若手アーティストコンビである、だるま商店さんの作品。小野篁の生涯を、カラフルに描いている。
篁は閻魔大王の横に描かれ、忙しそうにしている。篁は地獄で、死者の罪が軽くなるよう、弁護士を務めていた。
歴史あるものを最新の技術で表現することで、視覚的に分かりやすく、若い人にも関心を持ってもらえるとご住職。
午前11:45、スタートから5キロ、小野小町とともに世界三大美女に数えられる、楊貴妃ゆかりの泉涌寺に到着。平安時代末期に、藤原緒嗣は神修上人に山荘を与えた。その山荘がお寺の起源とされる。
皇室からの信頼が厚く、四条天皇や後水尾天皇の菩提寺である。皇室との関わりの深さから『御寺』とも称される。
泉涌寺の舎利殿には、中国から伝わったお釈迦様の歯を祀っている。
同じく中国から伝わったとされる、仏様が祀られている。執事の渡邊さんに案内してもらい、楊貴妃観音堂にて楊貴妃観音像を拝観する。
楊貴妃は唐の玄宗皇帝の妃で、『安禄山の変』で殺された傾国の美女。楊貴妃の死を悲しんだ玄宗は、その姿を観音像に彫らせたと伝わる。楊貴妃観音像は、男女を問わず美人になるご利益があり、河田アナとくっすんもお堂から出たら、別人になっているとのこと。
2人は観音様に美人祈願をして、泉涌寺を後にする。
午後1:00、くっすんの腹時計がペコペコと示す。とりあえず歩きながら、お昼ごはんを食べる店を探す。
午後1:05、だがしかし、一行は稲荷山(標高230メートル)の中へ分け入る。「こんなところにお店はなさそうやね。」と河田アナ、くっすんも「ラーメン食いてぇ。」とぼやき始める。2キロにわたって山道を進む。
午後2:00、山道を抜け、京都市山科区へ入る。
スタートから7.5キロ、地元の方にオススメのお店を聞くと、近くにある『うどん村』を紹介してもらう。
自販機で飲み物を買って取り出し口から出せないおかあさんから、取り出してほしいと頼まれる。くっすんがフラップドアの隙間から取り出そうとするが、引っかかっているのはホットの飲み物で、熱くて苦戦する。少々てこずったが、隙間を手で押し広げて、無事おかあさんに渡し、ハグし合うくっすん。
おかあさんから感謝のお言葉をもらい、歩くこと5分、
午後2:30、『うどん村』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『スタミナうどん』を食べる。具はすじ肉・天かす・ネギ・ワカメ・キンピラ・生卵。
2人がうどんに口をつけようとした矢先、撮影が目新しいのか、オーナーさんの息子さん登場。お腹が空いてないか、食べていいかと確認してから、うどんを勢いよくすすり、空腹を満たす。
スタートから歩くこと約7時間、
午後3:45、スタートから11キロ、目標地点の修行場・隨心院に到着。991年に創建されたお寺で、宮仕えを終えた小野小町が余生を過ごしたといわれる。境内には、小町が化粧に使った井戸や、生涯にわたって送られた1,000通もの恋文を祀った文塚が残っている。
百人一首にも選ばれた小町の和歌 (花の色は 移りにけりないたづらに わが身世にふる ながめせし間に) は、隨心院で詠まれたといわれ、境内には歌碑が建つ。
室内にて、今日すでに似た絵を見た覚えがある、カラフルな襖絵を拝観する。CGをつかったデジタルな襖絵で、件のだるま商店さんの作品・『極彩食梅匂小町絵図』。小野小町の一生を、4枚の襖に分けてカラフルに描いている。
襖絵の前で、金尾さんに写仏についてうかがい、別室で手ほどきを受ける。一般的な写仏では、仏様のお姿を写すが、菅原道真のように人々から信仰を集める偉人も、写仏の対象になる。今回は小町さんに思いを馳せながら描くことで、彼女の功徳をいただく。
畳の部屋で机を前に座り、写仏の修行を開始。
筆を使う前に、身口意(体・口・心)を清める。まずは墨を磨り、心を落ち着けることで精神を集中させる。続いて、掌の上で花びら型の容器を指で叩き、お香を出して手に塗り、身を清める。さらに、般若心経を唱えて口を清める。
ここから、手本になる小野小町の下絵に紙をかぶせて、トレースしていく。仏画用の細い筆ペン1本のみで描くので、線の太さが定まらず難しい。美しい線を引くには、雑念を捨てて集中しなければならない。慎重な河田アナは、描き直しできないので失敗しないよう、ゆっくりと筆を進める。
一方、ダイナミックなくっすんは、筆に迷いがなく、驚異的なスピードで描き進める。くっすんの描き方を、河田アナはテキトーと表現し、金尾さんは自信ハツラツと表現する。本人は「一心不乱に描いてるだけです。」とおっしゃる。
髪の毛の一本一本まで丁寧に描く河田アナに対し、くっすんは豪快に黒髪をベタ塗りする。
修行開始から30分、見本絵の小野小町のお顔は輪郭・眉・目・鼻・口が細いので、力加減を調整して筆先のみを使い、特に注意を払いながら描く河田アナ。一方のくっすんは、顔の部分であろうとなかろうと全く筆に迷いなく、線を入れる。自分が描いた小町のお姿を見て、「美しい。」とつぶやく。
修行開始から1時間、くっすんの絵が完成。まだまだ全仕上がってない河田アナは、「はやぁ。」と驚嘆する。動揺した河田アナは描くペースを上げつつ、より集中力を高め、目を血走せながら悔いの残らないように仕上げる。
修行開始から1時間30分、
午後6:00、河田アナの絵が完成。
くっすんは自分の想いをしっかりと込めて、しっかりとした線の作品となった。一心不乱さが、驚異的なスピードを生んだという。ちちんぷいぷい司会就任という願いを込めて・・・。そろそろヤマヒロさんからくっすんに世代交代のときだと、くっすん。河田アナが「ヤマヒロさんへの挑戦状ですな。」と解釈すると、どこまで本気か分からないけど、「まあ、そうとも捉えていただいても結構です。」と応える。
河田アナは家族の健康を願って、なるたけ繊細な細い線で描いた。本物の墨と筆で描くのは、線が思った通り引けず、苦労した。
おしまいに、金尾さんの総括。
同じお手本でも描かれる方によって、どういった小野小町さんになるかっていうのは、その人の心持ちっていうものが、そのまま表れるものなのかもしれません。
最後に24か所目の御朱印、隨心院の御朱印をいただき、24日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:京都府京都市中京区・菊野大明神 [法雲寺境内] → 六道珍皇寺 (2.5km) → 泉涌寺 (5km) → 稲荷山 → 昼食:『うどん村』→ 目標地点:隨心院 (11km)