MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』27日目~28日目のまとめ。
【27日目】 2018年11月15日(木)放送
旅の内容:●広島県呉市[滝行]▲海軍の街を歩く■呉のご当地メニューで町ぶら気分★覚悟を決める修行
スタートは広島県呉市・大和波止場公園。目標地点は広島県呉市・『白糸の滝』。約11キロのコース。
午前7:00、広島県呉市にある大和波止場公園からオープニング。「あれ?くれくれ(クラクラ)してきた・・・。」とくっすんのあいさつ。
本日は修行場めくりで3回目となる滝行。前回までの滝行は・・・
1回目・2018年06月21日放送 栃木県『マックラ滝』落差20メートル
2回目・2018年09月13日放送 神奈川県『夕日の滝』落差23メートル
そして3回目は『白糸の滝』は落差38メートル。修行場とされている滝としては、日本トップクラスの落差。
呉は呉鎮守府が置かれ、東洋一の軍港と称された。また、呉で戦艦大和が造られた。それを聞いて、「アニメ見てました。」とくっすん。河田アナが「えーと、それ。宇宙戦艦の方ですね。・・・あれはイスカンダルに向かってとんでいくから。」とツッコむ。
大和は1941年に造られた史上最大の戦艦で、全長263メートル。大和波止場公園は、大和の甲板全部左半分を実寸大で再現して作った公園。公園のそばにある大和ミュージアムには、戦艦大和の1/10サイズの模型が展示されている。
午前7:15、公園を出るとすぐに『てつのくじら館』に到着。1986年から2004年まで海上自衛隊で実際に使用された潜水艦『あきしお』が乗っかった資料館。
潜水艦の中を無料で見学でき、開館時間前に特別見せてもらう。海上自衛隊呉地方総監部の土肥さんに案内してもらい、潜水艦内部を見て回る。
士官は3人1部屋で、3段ベッドで寝る。狭くて閉塞感のあるベッドなので、「なかなか疲れがとれないですね。」とくっすん。「慣れます。」と答える土肥さん。ちなみに、潜水艦で個室が与えられるのは、艦長だけ。
潜水艦では、すぐ潜望鏡を覗いても外の様子を確認できるように、日没から日の出まで照明を赤色にする。人間は明るいところから急に暗いところを見ても、目が追いつかないから見えない。
河田アナが、潜望鏡で天気のよい外を覗く。海上に浮かぶ船、飛ぶ鳥のすがたがくっきり見える。子供のようにはしゃぎながら潜望鏡を回し、海から街へ景色が変わる。すると、人の家を覗くとプライバシーの侵害になるので、ストップの声がかかる。
潜望鏡のある部屋の奥まったところに操縦席がある。河田アナは操縦席に座って、操縦桿を握る。操縦桿を引くと艦体は上昇し、押すと下降する。操縦席の前の壁には、様々な計器・レーダー・スイッチが並んでいる。普通の乗り物は景色が見えているのに、窓が全くないところで操縦するのはどんな気分だろうと河田アナ。
潜水艦搭乗中のクルーは、機密保持のため家族に連絡を取れない。だから、家族はどこで何をしているか分からない。潜水艦に乗る苦労のあれやこれや知って、感心する2人であった。
午前8:45、小春橋を渡り、
スタートから2キロ、田舎洋食が食べられる、『いせ屋』を営業前に取材する。海軍の軍艦の元コック長が大正10年に創めた洋食店で、海軍発祥とされる日本の定番料理をいただく。
『海軍さんの肉じゃが』で、海軍大将東郷平八郎がロンドン留学中にビーフシチューを食べて気に入り、日本風にアレンジして海軍で作られたのが、肉じゃがの起源の一つとされる。100年も前の日本では、フォン・ド・ヴォーやワインなど材料が調達できなかったので、代わりに砂糖やしょうゆで味付けした。
お店の壁に張ってある当時のレシピには、『甘煮』という料理名が使われている。
肉じゃがの味は、言うまでもなく最高。船ではお水が貴重なので、野菜の水分だけで煮たため、汁気がほとんどない。
ところで、肉じゃがの発祥は、京都の舞鶴という説もあると河田アナ。東郷平八郎が1901年に舞鶴鎮守府の初代司令官を務めたときに、肉じゃがを創らせたという。
でも、平八郎は1890年に参謀長として呉鎮守府に赴任していたので、呉でも肉じゃがを出しとったんじゃないんかなと3代目店主さん。というわけで、呉が肉じゃがの元祖だと、皆さんの判断にお任せしているとのこと。
午前10:00、”ウクレレを弾く少年”の銅像を発見する。作者の名前・作品名・解説がいっさい書いてない。くっすんは「肉じゃが作った人かな?」などと適当なことを言い、2人であれこれ考える。自転車で通りかかった金髪のおかあさんに、銅像について聞いてみるが、知らないけどずっと前からあるとのこと。
後から呉市に確認すると、呉出身の彫刻家・水船六洲の作品だそう。
金髪のおかあさんに大阪から来たと告げると、呉にきたらメロンパンと教えてもらう。メロンパンでも今のメロンパンと違い、新しいメロンパンはメロンパンという名前でメロンパンとして出しているけど、そうじゃなくて、昔はメロンパンという・・・話しを聞き、「メロンパンがいっぱい出すぎて、分からんようになってきた。」と混乱するくっすん。
メロンパン屋さんに向かっていると、別のおかあさんから声をかけてもらう。メロンパンについてうかがうと、呉で知らぬ者はいないくらい有名で、広島のフェアに出したらもの凄い人気っぷり。あんこがたっぷり入っていて美味しいとのこと。
スタートから3.5キロ、メロンパン屋さんの『メロンパン』に到着。くっすんが取材交渉すると、即オーケー。店内に入り、ウワサのメロンパンとご対面。円形ではなく、ラグビーボールのような形をしている。
昭和11年に創業し、当時から看板商品だったメロンパンをそのまま店名にした。副社長にメロンパンについて詳しくうかがう。昭和の初め、庶民が口にするメロンはマクワウリという長細いメロンで、初代がそれをモチーフにして考案した。お店は3代目が引き継ぎ、現在創業84年目。
会話の途中、愛媛県からメロンパンを買いにきたご夫婦が来店。おとうさんの友達からの情報で初メロンパン、10コを大人買いしてお帰りになる。
河田アナとくっすんもメロンパンをお買い上げ、1コずつ店先で食べる。パンの中には、白いクリームがぎっちり入ってゴージャス。クリームは甘さ控えめなのが、会社のこだわり。先ほど出会った方は、白あんだと言っていた旨を伝えると、白あんと勘違いする人も多いけれど、よく練りこまれたカスタードクリームが入っているとのこと。
この先、道中にお昼ごはんを食べる店がなさそうなので、昼食用のパンをお買い上げ。お惣菜パンを見繕う。
午前11:00、長い坂道を登り、とても幅の狭い道を通る。
午後0:15、迷路のような道を抜け、呉市内を流れる黒瀬川沿いを歩く。
スタートから9キロ、呉市広地区にある、真光寺に到着。戦国時代後期に建てられたお寺で、黒瀬川のそばにある。約170年前に、川の対岸から参拝者に来てもらうため、黒瀬川に真光寺橋が架けられた。
本堂の前で、ご住職に真光寺橋についてうかがう。170年の間に何度となく橋は流されたが、何度も再建された。直近では、2016年に架け直された。
京都の渡月橋を手がけた大工の下で、技術を学んだ大工によって真光寺橋は造られた。橋脚以外は総ヒノキ造りで、広地区の人たちに愛された。
せっかくだから、ご住職といっしょに真光橋の近くまで歩く。だがしかし、真光寺橋は、無残な残骸を残して無くなっている。なんと、平成30年7月の豪雨で黒瀬川が氾濫して、7月7日午前8:00頃に真光寺橋はまるっと濁流に流された。
ご住職は橋が流されたときは、心が折れて言葉がなかったほどショックだった。地元の方々からも、橋を失った悲しみの声が届けられた。いつか必ず橋が再建されることを信じて願っているとのこと。
真光寺のご住職と別れ、穏やかな黒瀬川を上流に向かって進む。
午後1:30、晴天の空の下、黒瀬川の土手にて昼食。先ほど『メロンパン』で買ったお惣菜パンを、ピクニック気分でいただく。河田アナは極厚のお肉を挟んだ『牛カツサンド』を、くっすんは『チキン南蛮サンド』を食べる。
スタートから10.5キロ、滝修行を指導していただく方々と合流する。呉市にある真言宗のお寺・知足庵のご住職・柚原さんと、お弟子さん2人。
ご住職に滝行の意義をうかがうと、覚悟の気持ちを自分自身に植えつけることである。くっすんが「覚悟っていつもないんです。」と率直に伝えると、覚悟のない人が滝行をして覚悟の気持ちを身につけるのだと諭される。そして、感謝の気持ちもうまれるのが滝行。
ご住職のお弟子さん・久岡さんに、滝行の指導をしていただく。黒瀬川に架かる橋から先は、修行のための聖域。急角度の山道を500メートル登る。途中の地蔵堂で、般若心経を唱え、修行達成を祈願する。
スタートから約7時間、
スタートから11キロ、午後2:15、目標地点の修行場、『白糸の滝』に到着。修行場の滝としては、日本トップクラスの落差38メートルで、10階建てのビルの高さに相当する。気を引き締めていかないと、何らかの問題が出る可能性もある滝行。
いざ、滝行開始。水に入る前に、座禅を組んで腹式呼吸を行う。全身の血液に酸素をたっぷり行き渡らせることで、体を活性化させる。
続いて、般若心経を唱えながら、塩で滝と修行者を清める。
滝に入るときは、両手で不動明王の印を結ぶ。そして『南無不動明王』の真言をひたすら唱え、久岡さんにしっかりと気が出ていると判断してもらえれば、杖で体を叩かれ、それが終了の合図となる。
ご住職に叱咤激励されたくっすん、気合いを入れて滝行に臨む。
滝に入る直前は、岩壁の不動明王に祈願し、久岡さんに九字を切ってもらい、魔を祓う。
まずは河田アナが先陣を切って、滝の下へ入る。滝の真下に入り、一心不乱に『南無不動明王』を唱える。白糸の滝は、その水の冷たさから昔の人が病気や傷を冷やして治していたと伝わる。気合い充分な河田アナは、水の冷たさをものともせず?、終了の合図が出るまで耐えきった。
続いてくっすん。滝の下へ入る前に、怖気づいたのか引き返し、水の外へ出る。気合いを入れ直し、再度挑戦。滝の水が当る場所の端っこに入り、一心不乱に『南無不動明王』を唱える。終了の合図が早く出ないかという感じのくっすんだが、「まだまだ(気が出てない)。」と判断され続行。
「体が痺れる。」と寒さで真言が止まると、久岡さんに気合いを入れ直してもらい、心折れそうになりながらも再び真言を唱える。くっすんは自分の限界まで、滝に打たれ、終了の合図をうけると、全身震えながら陸にあがって、ひん死の状態。
1回目の滝行を終えて、想像のはるか上いく水の冷たさだったと河田アナ。頭が割れるぐらい痛いほど、冷たい。
そして、冷えた体で2回目の滝行。くっすんは、次やったら死ぬとだいぶまいっている。2回目は導師さんの案内なしで一人で滝に入り、自分の目標と真言を唱える。自分の意思で滝に入り、自分で修行を終える。
1回目の滝行から、体の震えが止まらない2人。しかし、ここでやめるわけにはいかない。河田アナから滝に入り、「皆さまが末永く、健康でありますように。」と目標を言って、渾身の『南無不動明王』を繰り返す。全てを出しきり、見事修行をやり遂げる。
そして、くっすんの番。水に入る前にためらいをみせるが、意を決して滝に入る。「いつまでも健康に、歩き続けれますように。」と目標を言って、必死の『南無不動明王』を繰り返す。くっすんも、途中で脱落することなく、修行をやりきる。
最後は滝に向かって、お礼の言葉を三唱する。
滝行を終えての感想。河田アナは、想像以上に厳しくて、高さによる水圧と冷たさで、普段感じることのできない厳しい環境だった。
くっすんは、2回目の滝行を自分の意思で出来たことは、すごい自信になった気がした。覚悟を決めて入れてよかった。いつまでもこのコーナーが続くように思いを込めて、それが叶う気がした。
最後に導師さんからのお言葉。気を入れるということを滝行で体感できたと思うので、それを日常に生かせれば何より。
こうして覚悟の滝行をやりとげ、27日目の旅を無事終えた(今回も御朱印なし)。
■簡易チャート
スタート:広島県呉市・大和波止場公園 → 『てつのくじら館』 → 『いせ屋』 (2km) → 『メロンパン』 (3.5km) → 真光寺 (9km) → 真光寺橋(跡) → 目標地点:『白糸の滝』 (11km)
【28日目】 2018年11月22日(木)放送
旅の内容:●京都市東山区[座禅]▲ヒョウタンをお守りにするお寺■関ケ原の戦いの影の功労者★とことん妄想する修行?!
スタートは京都府京都市上京区・北野天満宮。目標地点は京都府京都市東山区・東福寺。約10キロのコース。
午前8:30、京都府京都市上京区にある、北野天満宮をバックにオープニング。ヒンヤリした秋らしい天気で、天気予報は曇り。
今回は昔偉で何度も訪れている紅葉の名所・東福寺での座禅修行。座禅を行う場所は東福寺の禅堂で、日本最大級の座禅道場。
今まで3度の座禅修行を経験してきたくっすんは、「もう、得意中の得意です、僕は。」と豪語する。そして、今日こそ完全に無になって、警策棒のお世話にならないにがんばりたい。
旅の始まりは紅葉の名所・北野天満宮。全国に約12,000ある天満宮の総本社。北野天満宮の『史跡御土居のもみじ苑』を歩くと、ところどころ紅葉が始まっている。夜のライトアップも行っていて、放送日あたりに見頃になっているであろう。
参道を歩いていると、修行場めぐり1回目でお会いしたおかあさんとばったり出会う。今回はワンちゃんの散歩中で、くっすんやスタッフさんにじゃれつく。
おかあさんと別れた後、参道でハトの大群が河田アナの後方から飛んできてビビる。くっすんもハトにビビっていると、「ウッチャン・ナンチャン?」と参拝客のおかあさんにウッチャンに間違われる。
北野天満宮を後にして、南東へ向かう。『ねこの病院』の前を通りかかり、珍しがる2人。
午前9:35、スタートから1.5キロ、珍しいお守りがある、福勝寺に到着。平安時代に弘法大師が創建したお寺。ご住職の亀谷さんに案内してもらい、本堂にてお守りを拝観する。
ヒョウタンをお守りにした『宝珠尊融通御守(ほうじゅそんゆうずうおまもり)』である。本堂に祀られている『如意宝珠』は、弘法大師が唐から伝えたとされる、あらゆる願いを叶える珠。その珠を2つ重ねた形がヒョウタンに似ていることから、ヒョウタンをお守りにするようになった。
お守りは、明治時代までは朝廷と幕府のためだけに特別に作られた。
毎年節分の日のみ、ひょうたんのお守りは授与され、その日は2,000人の参拝客が詰めかける。
お守りはあらゆることに利益があることから、通称”融通さん”と呼ばれる。融通さんのご利益で、ある有名なお寿司屋さんは、当時大統領だったオバマさんが安倍首相と来店されて、勲章も授けられたとのこと。
くっすんもご利益にあやかろうと、融通さんのお値段を聞くと、御祈祷料1万円なり。内心高いなと思っただろうが、営業が増えたら安いもんだと買う気になる。
しかし、お守りの有効期間は節分から翌年の節分までの1年間なので、今買っても3ヶ月しか効果がないという。3ヶ月で1万円は、高いのか安いのか計算して、「元、とれますね。」とくっすんの結論。
ヒョウタンのお守りを特別に持ってきてもらう。ヒョウタンのお守りは壊れやすいので、同等のご利益のある、コンパクトな携帯用のお守りもある。両方のお守りを紙袋に入れてもらい、くっすんがマイ財布からお会計する。ところが、2体分で2万円の御祈祷料となり、驚愕するくっすん。なんと携帯用は別料金なのだ。想定外で、懐はとても寒くなるが、清水の舞台から飛び降りる思いで、財布から2万円を取り出し、お渡しする。
福勝寺を出たところで、上を飛んでいったカラスにフンを落とされ、くっすんのダウンが汚れる。「2万円で買ったばかりやのに~。」と泣きそうになるが、河田アナに「鳥がフンを落としたら、運がつく。」と慰められる。
烏丸通を南へ歩き、
午前11:35、京都市上京区から中京区へ入る。
スタートから5キロ、『世界で一番濃い抹茶ジェラート』の垂れ幕のかかった、『創業1907年(静岡で)』のお店を発見する。店長さんがお店から出てきてくれたので、看板商品の抹茶ジェラートについて聞いてみる。
抹茶ジェラートはNo.1~No.7までの7種類があり、数字が大きくなるにつれて抹茶の量が増える。一番濃いNo.7が、世界で一番濃い抹茶ジェラートといわれている。
興味津々の2人は、2018年2月にオープンした、抹茶スイーツのお店・『ななや』に入店。店頭の冷凍ショーケースに、7段階の濃さの抹茶ジェラートが緑鮮やかに入っている。
No.1と、一番人気のNo.7のジェラートを食べ比べ。2つ並べると、緑の濃さが全然違う。一番薄いNo.1を食べても、抹茶がしっかり主張したお味。続いてNo.7を食べたら、濃厚な抹茶でくっすんの目が覚める。苦みはそれなりに強いが、後に甘みがきてすっきりとした味わいを残す。
No.7で使用する抹茶の量は、No.1の7倍。抹茶を大量に入れる分、抹茶の品質が良くないと、苦みが強くなってしまう。そのため、No.7には農林水産大臣賞を受賞した茶園の宇治抹茶を使用している。一般的なお茶屋さんでも、No.5ぐらいの濃さのジェラートまでしか作れない。
世界中から多くの観光客が訪れる京都で、宇治の抹茶の味を知ってもらいたいという。
口の中に抹茶の余韻を残しつつ歩き、
午後0:25、お昼ご飯のお店を探す。
スタートから5.5キロ、看板の、お手頃な値段の『ぜいたく丼』のメニューが気になる。お店から出てきたおしゃれな2人連れの男の人に、ぜいたく丼を食べたか聞いてみると、ランチの寿司セットを食べたとのこと。
お二人はご近所のポール・スミスのお店で働いているそうで、せっかくだから、今秋・冬の流行りをうかがう。大きめなシルエットの服が人気で、ファッションにうといくっすんは「XLを買えばいいってことですか?」と解釈する。そうではなくて、元々大きめに作ってある。
午後0:40、道路から奥まったところにある、『すしと酒 手水や』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『ぜいたく丼』を食べる。新鮮な海産物を数種類と玉子焼きをのせた丼をメインに、赤だしと付け合わせが付く。ぜいたく丼は、魚介スープを入れてダシ茶漬けにすれば、2度美味しい。味の変化を楽しむ2人であった。
午後2:30、五条大橋を渡る。
スタートから8キロ、三十三間堂の隣りにある、養源院に到着。1594年に豊臣秀吉の側室・淀殿が父・浅井長政を弔うために創建した。一度消失した後、1621年に淀殿の妹・お江が再建した。
養源院を再建した際、武士の血痕の残る建材を用いたことから、その天井は血天井と呼ばれる。ご住職の吉水さんに案内してもらい、血天井を拝見する。天井に黒っぽく、手の形や足の裏の形が浮かんでいる。
1600年に徳川家康の家臣・鳥居元忠が、家康の会津征伐の間に伏見城の守護を務めた。家康の留守を狙い、石田三成の軍によって伏見城は囲まれた。元忠はわずか2,000人の兵で、40,000人の石田軍から伏見城を12日間死守し、最後は多くの武士とともに自決した。
元忠が三成を足止めしていたおかげで、家康は関ケ原での戦いに勝利することができたとされる。
徳川幕府は、元忠をはじめ亡くなった武士たちを弔うため、血痕が残る伏見城の床板を養源院の天井に用いた。
血天井には、元忠が自害したとされる跡が残っている。ご住職が長~い棒でその場所を指し示し、片足を踏ん張りながら堂々と自害したと解説し、「昔の人は偉かったぴったりの・・・。」と付け加える。
養源院には、絵師の俵屋宗達が武士を弔うために描いた、2枚の絵が飾られている。普賢菩薩の乗り物・白象と、文珠菩薩の乗り物・唐獅子の絵で、メイン廊下の端と端に飾られ、武士たちを見守っている。
スクールバスでお帰りの園児たちに手を振りつつ、
スタートから約7時間、
スタートから10キロ、午後2:40、参拝客で賑わう東福寺に到着。1225年に創建された臨済宗のお寺で、かつて400人もの修行僧がこちらで修行を行っていた。
東福寺は、京都随一の紅葉の名所として知られている。境内には約2,000本のモミジがあり、2人は通天橋から眼下に紅葉を見下ろす。紅く色づいたモミジの他にオレンジ・黄色・緑のモミジがあり、色のコントラストが逆にいい、とくっすん。
紅葉が見頃を迎えると、紅色がさらに濃くなり、『錦の雲海』とも呼ばれる。
紅葉を堪能した2人は禅堂の入口で落ち合い、東福寺の広報主事を務める明石さんから、今回の座禅についてお話しをうかがう。
1347年に再建された大禅堂は、通常は内部非公開だが、今回特別に入れてもらう。入口の扉を開けると、中の広さにビックリ。禅堂の広さは幅約36メートル・奥行き約16メートル・高さ約13メートル。一度に220人が座禅できるスペースを、今回2人で貸し切りと贅沢。
東福寺の座禅を一言で表すならば、『己事究明』である。自分の存在が何であるか突き詰めて知る。
くっすんは今現在、自分自身をアホだと自覚している。明石さんが、「アホだという認識も、今までの経験がアホだと思わせているワケです。」と真面目に解説する。
座禅で無になろうと考えれば考えるほど、無になりたいという欲求が膨らみ、いつまで経っても無になれない。だから、今日半日歩いてきた2人に、座禅中にお腹空いたなあ・あれ食べようかなと思いうかんだ場合、浮かんだことを徹底的に妄想してくださいと明石さん。普通の座禅なら邪念と扱われそうだが、妄想ならめちゃめちゃ得ですとくっすん。
お話しを聞いた後、座禅開始。座禅スペースは1人に畳1畳の『単』と呼ばれるスペース。昔の修行僧は、畳1畳が寝泊まりし座禅を行っていた。荷物・私物も1畳に納めた。
座禅の前に、堂内を掃除。河田アナはほうきで床を掃き、くっすんは『単』の隅っこを雑巾がけする。「やっぱりルンバって便利ですよ。」とイマドキのくっすん。
掃除開始から15分、「腰痛いな。」と河田アナの独り言。そして、ちょくちょくくっすんの様子をうかがっていて、「さっきからザボッてない?」と追及する。さらに、「カメラが映らへんとこ映らへんとこ、行ってるんちゃうのん?自分で。」と追及し、「なんでわかるんですか?」とくっすんに自白させる。
さらに10分かけて、お堂のお掃除終了。
いよいよ、『単』の座布団に座り、座禅開始。東福寺では、25分の座禅を2回行う。
開始から15分、今日は警策を受けないと言っていたくっすんが、自ら警策を志願する。力強い警策で、声が漏れそうになるが必死に我慢する。東福寺では、三黙堂[禅堂・浴室・東司(トイレ)]では私語をしてはならない。
1回目の座禅が終了。河田アナとくっすんは、休憩がてらに雑談する。くっすんは座禅中、焼き肉を食べる順番を追っていた。ネギ塩タン→ミスジ→カルビ→と食べた後に、ご飯食べるか迷いが生じ、警策を願い出た。すると、警策があまりに痛くて、焼き肉のことが頭から吹っ飛んでしまった。
2回目の座禅開始。
昔、修行僧たちはこの禅堂を生活の中心の場とし、必要以上のことはしゃべらず、常に自分と向き合ってきた。そして、自分を知り、己の中にある仏の心に気づき、悟りを開いた。
座禅に集中できないくっすんは、全部で4回もの警策をいただく。
東福寺の座禅体験は、毎週日曜日の朝から禅堂で行っている。
2回目の座禅が終了。くっすんは、警策で叩かれたときに泣きそうになった気持ちと向き合おうと思った。1回目の警策で泣きそうになったけど、泣きそうになってないと思いこもうとした。しかし、やっぱり泣きそうになったので、もう1回警策してもらった。でも、泣きそうになった。詰まる所、自分の弱虫を克服したいという気持ちだったと自己分析する。
そういう考え方もありで、「なしということはありません。」と明石さん。くっすんのそんな気持ち?が伝わって、手を抜かずに叩こうと思った。
一方河田アナは、座禅中にマイケル・ムーア監督のことを考えていた。現在マイケルの映画が上映中で見たいと思った。なぜ見たいかと考えたら、すごい発信力のある人がだと思ったから。なぜ発信力のある人の映画を見たいかと考えたら、自分も発信する仕事をやっているから。なぜ発信したいのか考えたら、皆さんに喜んでもらいたいから。なぜ喜んでもらいたいのか考えたら、人に嫌われたくないから。なぜ人に嫌われたくないのか考えたら、人と争うのが好きじゃないから。なぜ人と争いたくないのかと考えたら、心が穏やかでいたいから・・・。河田アナの心は、そんな風に推移していた。
河田アナの話しを聞いて、「ただ1つ思ったのは、僕に別に嫌われてもいいと思ってますよね?」と確認するくっすん。「それ、思ってる。」と即答する河田アナ。くっすんだけ例外らしい・・・。
最後に28か所目の御朱印、東福寺の御朱印[紅葉の時期限定ver.]をいただき、28日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:京都府京都市上京区・北野天満宮 → 福勝寺 (1.5km) → 『ななや』 (5km) → 昼食:『すしと酒 手水や』(5.5km)→ 五条大橋 → 養源院 (8
km) → 目標地点:東福寺 (10km)