MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』21日目~22日目のまとめ。

 

【21日目】 2018年10月04日(木)放送 

 

旅の内容:●東京都大田区[土仏]うら若き乙女の観音様■世界中で人気?!47RONIN★仏様を作る修行で慈悲が広がる

 

スタートは東京都港区・芝公園の増上寺。目標地点は東京都大田区・本寿院。約11キロのコース。

 

午前8:00、東京都港区・芝公園にある、増上寺大殿前からオープニング。「お江戸でござる、くっすんです。」と大阪から走ってきたていであいさつ。大殿の後ろには東京タワーがそびえる。「なんか東京タワー見ると、東京って感じがしますねぇ。」とくっすん。ロケ日の天気予報は雨時々曇りで、最高気温21℃。

 

 今回の修行は『土仏』作り。粘土をこねて、仏像を作る。くっすんは粘土細工が得意だそうで、今まで粘土で皿を作ったこともあり、期待が持てる。

 

 とりあえず、増上寺でお参りする。1393年に創建され、徳川家康によって現在の場所へ(千代田区→港区)移された。

 

 また、増上寺は徳川家の菩提寺で、徳川将軍家墓所を拝観する。立派な墓石が並ぶ墓所には、徳川将軍、2代秀忠・6代家宣・7代家継・9代家重・12代家慶・14代家茂のお墓がある。

 家康が増上寺を移転させた理由は、江戸城から見て南西の方角へ増上寺を配し、裏鬼門を封じるためとされる。歴代の将軍たちが江戸を護っていた。

 

 重文の三解脱門から出て、いざ出発。

 

 スタートと同時に小雨が降り、先行き不安。幸い、30分もたたずに雨は止む。

 

午前9:45、スタートから2.6キロ、魚籃坂を下り、魚籃寺(ぎょらんじ)に到着。1652年に創建されたお寺で、江戸三十三所観音霊場第二十五番札所。魚籃とは、魚を入れるカゴのこと。

 中国が唐だった時代、観世音菩薩が姿を魚売りの乙女を変えて、魚を入れた魚籃を片手に仏教を広めた。くっすんは河田アナのそんな解説を聞いて、魚売りの乙女をマーメイドと間違える。

 

 ご住職に案内してもらい、珍しいお姿の魚籃観音(お前立ち)を拝観する。魚籃寺の御本尊は秘仏のため、平素は身代わりの『お前立ち』を公開している。数々の仏像を拝観してきた2人にとっても、見たことのないような出で立ちである。

 

 魚籃観音はの時代の女性の、服装や髪形をしている。

 左手は、着物の裾を持ち上げていて、下に着ている袈裟がのぞいている。袈裟を見せることで、自分は仏だと示している。

 乙女の姿のため、女性の信仰を集め、江戸時代は大奥からの参拝者もあったといわれる。観世音菩薩は変幻自在、人々がそれぞれに望む姿に変化するので、若き乙女の姿を望む人々を魚籃観音が導いてきた。

 

 右手は、1匹の魚をのせた魚籃を持っている。くっすんには、その魚がイワシに見える。ご住職は、「イワシでもいいし、メダカでもいいし、クジラでもいいし・・・。」とおっしゃる。魚籃の上の魚も、見る人の望む姿に変わるし、観世音菩薩の変化には、質量や大きさにはとらわれないようだ。

 

 ご住職とともに魚籃観音に手を合わせてから、2人は魚籃寺を後にする。

 

午前10:30、スタートから3.3キロ、住宅街の真ん中にある、泉岳寺(せんがくじ)に到着。境内には武士の銅像があり、河田アナがくっすんに誰か分かるか聞くと、「松平健さん?」と答える。正解は大石内蔵助(ちなみに赤穂義士祭で、マツケンさんが内蔵助に扮したことがある)。

 

 泉岳寺は、1612年に徳川家康の命によって創建されたが、寛永の大火によって消失した。その後、3代将軍・家光が5人の大名に命じて再建させた。

 5大名の一人に、赤穂藩の浅野家がいて、泉岳寺は江戸での菩提寺になった。『松の廊下の刃傷沙汰』の責を負い、切腹した浅野内匠頭も、泉岳寺に葬られた。

 

 忠臣蔵の赤穂義士たちが眠る泉岳寺の境内を、お寺の方に案内してもらう。

 まずは、物騒な名前がついた『首洗い井戸』を拝見する。赤穂義士たちが吉良上野介邸に討ち入り、吉良の首をとった後、泉岳寺にある浅野内匠頭のお墓に、報告のために首をもっていった。首を墓前に供えるにあたり、首から出る血をこの井戸の水で洗ったとされる。

 そんな壮絶な歴史を知ったくっすん、「ここで頭をゴシゴシ洗ったんですか?」と怖がり、河田アナに「シャンプーみたいな言い方するなよ。」と怒られる。

 

 次に、赤穂義士墓地を拝見する。内蔵助のお墓に手を合わせ、どうして泉岳寺が義士たちの菩提寺になったのか、お話しをうかがう。内蔵助は自分が切腹か処刑された後、できれば主君の眠る泉岳寺の敷地に埋葬してほしいと言っていた。それを耳にした泉岳寺が、林だった場所を急きょ切り開いて、義士たちの墓地とした。

 

 現在では、お墓参りのために世界中から参拝客が訪れる。英語の得意な河田アナが、お墓参りに来た外国人にインタビューする。

 イタリアからきたカップルは、忠義に厚く勇敢な『47RONIN』の物語が大好きとのこと。「アリガトウゴザイマス。」と日本語であいさつしてくれた。

 ドイツからきた男性2人組も、ドイツと日本の文化の違いから、『47RONIN』にとても興味を魅かれている。忠臣蔵で特に興味深いところは、一人の男が死んだために、その後47人の男たちもハラキリで死ななくてはならなくなったというところ。

 

午前11:50、スタートから4.5キロ、昼どきで人の多い『JR五反田』駅前を通る。すると、関西出身の女性2人組に声をかけられ、大喜びするくっすん。朝からここに来るまで、誰も声をかけてくれなかったのだ。女性2人を立命館大学出身と知って、先輩の河田アナもテンションが上がり握手する。

 大学卒業後、東京の会社に就職したお二人、東京のテレビでは『ちちんぷいぷい』や吉本新喜劇を放送してないので、寂しいとのこと。

 

午後0:40、スタートから7.2キロ、直線距離にして全長1.3キロ、関東一長い商店街、『戸越銀座』を通る。歩きながら、地名の名前の由来を説明する河田アナ。江戸を出てこの地を越えると相模国に入るので、『江戸越えの村』と呼ばれ、略されて『戸越』となった。

 

 1923年の関東大震災の際、銀座で大量のレンガが瓦礫となった。そのレンガの瓦礫をもらい受けて、商店街の道路を舗装した。ついでに、当時の最先端をゆく銀座にあやかろうと、『戸越銀座』と名付けられた。これが全国300以上ある『あやかり銀座』の元祖とされる。

 

 せっかくだから、戸越銀座で昼食を食べる店を探す。修行場めぐり5日目 (2018年06月07日(木)放送)で、くっすんは東京の方々に昼ご飯を食べる店を聞きこもうとして、まったく相手にされず苦汁を飲まされた。数々の修行をこなし腕をあげたと言い張るくっすんは、そのリベンジとばかり、聞き込みを買って出る。

 

 返り討ちにあうのが目にみえているけど、案の定なかなか相手にしてくれない。小さなお子さん連れのおかあさんは、話しを聞いてくれたが、オススメの店は分からないとのこと。お子さんに「くっすんだよ。」と呼びかけたが、麦わら帽子を目深にかぶられスルーされる。

 

 敗色濃厚なくっすん、とあるお店から出てきた直後の女性たちに、オススメの店を聞いてみる。すると、流れでその店を勧められる。

午後1:00、くっすんがキラースマイル?を用いて取材O.K.をもらった、『戸越 やまなみ』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『まくろづけ丼(そば付)』を食べる。

 

午後1:45、昼食を終え、修行場まで残り3キロ。

 

スタートから約6時間30分

スタートから11キロ、午後2:45、目標地点の本寿院に到着。もとは滋賀県にある三井寺の塔頭寺院だったが、20年前に現在のご住職によって東京に分院し、独立した寺院となる。

 

 室内で、ご住職の三浦さんに『土仏』作りについてうかがう。粘土をひねって仏様を作る。笑顔が愛らしい仏様や不動明王のように怒った顔の仏様など、自分の心と向かい合って思い思いの仏様を作る。

 心を集中して仏様と向き合うことで、自分の悪いモノがどんどん外へ出ていって、自分の内の清らかな部分に気づく。

 

 ご住職は本寿院以外でも、全国10か所で土仏作りを指導している。実際に一般の人が作った土仏を拝見すると、細部まで作りこまれた本格的な作品が目立つ。

 

 ご住職に見守られながら、土仏作りの修行開始。粘土をこねる前に準備。最初に、お香の粉を口・額・体につけ身を清める、塗香(ずこう)を行う。続いて、左手に念珠をつけて、合掌し黙とうすることで心を静める。

 次は、用紙に祈願したいことを決めて記し、般若心経から一文字選んで書く。河田アナは心身健全を願い『無』の文字を選び、くっすんは子供の成長を願い『』の文字を選ぶ。

 

 河田アナは全然構想がまとらないまま粘土を手にとるが、くっすんはすでに自分の理想の仏様が心に浮かんでいると豪語する。河田アナは、出来れば背の高いキレイな仏様を作りたい。

 

 2人は粘土をこねくり回すが、表面がボコボコになって、なかなか滑らかに整わない。

 くっすんは、頭頂部のあたりを竹串でつついて無数の穴を空ける。そして、ご住職に何の仏様か聞かれて、お釈迦さまと答える。無数の穴は螺髪だと言い張るが、河田アナには全くそうは見えない。

 

 河田アナは指先で繊細に頭部パーツをこねていくが、自分の思い通りの形にならず、納得がいかない。土仏は手と竹串のみで形成していく。くっすんは竹串で大胆に頭部パーツの目や歯を彫りこむ。厳しい表情?で、子どものためなら鬼にも、仏にも神様にもなれるというイメージだそう。ご住職曰く、お不動様のように怒った顔の仏様は、がんばれよと言ってくれる応援団長。

 

 河田アナも徐々に心に描く仏様のイメージが固まってくる。お地蔵様のような繊細で美しい仏像をぼんやりと目指す。

 

ご住職の教えを受けながら、修行開始から1時間。

くっすんの土仏が完成。父親であるくっすんはお釈迦さまの姿で、右手に息子の入ったカゴを手にしている。そして、息子の大好きな鮭が、くっすんの足元に落ちているという構図。独創的な作品だが、「今日魚籃寺さん行ったからやろ。」と河田アナにパクリを指摘される。

 ご住職にくっすんの土仏を見ての感想をいただく。我が子を守ろうとするすごい心が入っていて、20年30年後、息子さんに「オヤジが俺のためにこうやって作ってくれたんだ。」と思いが伝わるだろう。

 

修行開始から1時間30分。

河田アナの土仏も完成。お地蔵様をイメージした土仏をご住職に見ていただく。すると、思わず手を合わせてくれた。

 河田アナの感想。わずかなへこまし方や線の入れ方の違いで、仏様の表情がガラッと変わる。何度も何度も顔を作り直すうち、少しずつ自分のイメージする表情に近づけていった。もっといろいろ作りたいと土仏作りにハマりそう。

 

 最後に、土仏を修行としての意味を、ご住職に語ってもらう。仏様を作り、その仏様にたくさんの人が手を合わす。誰かが嫌なことがあったときには、河田アナの仏様に「そうか、そうか。」と話しを聞いてもらう。誰かが落ち込んだときには、くっすんの仏様に「もっとがんばれよ。」と応援団長のように励ましてもらう。

 土仏を作る修行から出会いが生まれ仏様の慈悲がどんどん広がっていけば素晴らしいことになる。

 

 出来上がった土仏の背中に、一文字写経で選んだ文字と製作年月日・名前を刻む。仕上げは、お経を唱えて土仏に魂を入れる。

 その後、乾燥させてから窯で焼き上げ、約3ヶ月で完成する。

 

おしまいに21か所目の御朱印、本寿院の御朱印をいただき、21日目の旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート:東京都港区芝公園・増上寺 [徳川将軍家墓所] → 魚籃寺 (2.6km) → 泉岳寺 [赤穂義士墓地] (3.3km) → 『JR五反田』駅前 (4.5km) →『戸越銀座』(7.2km) → 昼食:商店街内『戸越 やまなみ』→ 目標地点:本寿院 (11km) 

 

 

 

【22日目】 2018年10月11日(木)放送 

 

旅の内容:●石川・白山比咩神社[禊]日本最大の磨崖仏を拝観■ラーメンが人気のうどん屋?!★100年前の地下水で身を清める

 

スタートは石川県白山市・守郷白山神社。目標地点は石川県白山市・白山比咩神社。約11キロのコース。

 

午前8:00、石川県白山市にある、守郷白山神社(もりごうはくさんじんじゃ)からオープニング。狛犬の台座のかげから「くっすんだよ。」と、ひょっこり登場。晴天の秋晴れで、気温18℃とロケ日和。

 

 今回の修行は禊(みそぎ)。神聖な水に浸かり、日ごろの罪・穢れを洗い清める。冷たい水に浸かるには、ちょっと寒い季節かもしれないが、2人は風邪をひかないよう、万全な体調で臨みたい。

 

 まずは、守郷白山神社で安全を祈願する。全国に3,000社ある城山神社のひとつ。

 

午前8:20、遠くを見れば山々が連なり、近くでは稲刈りシーズンの田んぼで、季節の移ろい感じる。

 今回目指す修行場は白山神社の総本宮で、歩いている方向に、神社の御神体である白山の稜線が、くっきり見える。

 

 白山は標高2,702メートル、石川・福井・岐阜・富山の4県にまたがる山。富士・立山とならび、『日本三名山』のひとつに数えられる。717年に、初めて白山に登ったのは泰澄大師で、頂上に奥宮を祀った。

 白山から流れてくる豊富な水は、地域の文化・産業を発展させ、麓に暮らす人々の生活を潤し、信仰を集めた。そんな河田アナの解説を聞いて、ウイスキーに白山というブランドがあるとくっすん。河田アナが白州(はくしゅう)と訂正する。

 

午前9:20、ご自宅前で、柴犬のユリさんとその飼い主さん夫婦に出会う。お家の前のプランターで、栽培しているさつまいもを収穫中。他のプランターでは、ダイコン・ホウレンソウも作っている。

 お父さんは77歳とのことで、「ラッキーセブンだ。・・・めでたいですね、おとうさん。」とくっすん、「いやあ、そんなめでたいことない。」と返される。

 

 河田アナが「でも、共通のそういう趣味(家庭菜園)があって、いいですね。」と聞くと、お母さんは収穫するだけで、もっぱらお父さんが育てているみたい。

 

 感じのいいご夫婦と別れた後、くっすんもツマと共通の趣味がほしいとおっしゃる。現在、基本はイチャイチャすることが共通の趣味?なので、それ以外の何かを見つけたい。

 

午前9:50、大自然をバックにはしる北陸鉄道の電車を、のどかに眺めつつ歩き、

スタートから4.5キロ、線路沿いにある畑を、運動がてらに世話しているおとうさんに声をかけてもらう。おとうさんの麦わら帽のヒモが顔面にかかっていたので、河田アナが気にならないかうかがうと、「歳いったら、なんでもいい。」と一応つけ直すが、そんな瑣末なことは気にしてない様子。

 

 お年をうかがうと、無言で、指を全て立てたまま、左手をひょいと挙げる。75歳?と聞くと、無言で、左手をすばやく挙げたので、85歳?とさらに聞いてみると、うなずく。85歳には見えない元気さに驚く2人。

 今度は趣味をうかがうと、無言で、両手を何かをもった状態で素早く上げ下げするジェスチャ―をする。くっすんが「剣道?」と聞くと、声に出して「釣り。」と答える。おとうさんのジェスチャ―クイズであった。

 

 そばにとめてある車から、いつも積みこんでいる釣り道具を見せてもらう。さらに車から、お友達が今朝持ってきたという”あけび”をもってきて、「これ、誰か食べろ。」とくれる。せっかくだから、その場でくっすんが美味しくいただく。あけびは初めてというくっすん、邪魔くさいと、種もいっしょに口に入れる。そして、おとうさんから種を噛んだら苦いと警告を受けるも、なぜか種子を噛んでしまい、とても苦い顔になる。

 

 最後に、くっすんがズボンのチャックが開いていることをおとうさんに教えてあげると、「年寄りの証や。」と照れながら閉めた。

 

午前10:30、スタートから7キロ、一閑寺(いっかんじ)に到着。1631年に創建された。

 ご住職の娘さんに、本堂の中にある磨崖仏を案内してもらう。建物に入るや否や、高さ8メートルもある磨崖仏の不動明王に圧倒される2人。自然の一枚岩に彫られた磨崖仏としては、日本最大とされる。磨崖仏は後ろが岩山と繋がっていて、磨崖仏の形に合わせて、後から本堂を建てた。

 

眼病封じの御不動様

 奈良時代に、泰澄大師は眼病に苦しむ村人のために磨崖仏を彫った。しかし、江戸時代後期にお寺が火災に見舞われ、磨崖仏も損傷した。

 そこで当時の住職が、石工の兄弟とともに磨崖仏の切り出そうとした。すると、兄弟はツルハシが折れたり、熱病にかかったりと良くないことが起こった。

 住職は霊石に魔除けの祈祷をおこない、改めて別の岩に磨崖仏を彫った。その完成には、3年3ヶ月を要した。

 

 今では、日本各地から参拝客が訪れ、その迫力に圧倒されている。2人もお不動様に手を合わせ、一閑寺を後にする。

 

午前11:20、白山比咩神社の最寄り駅・北陸鉄道『鶴来駅』の前に立つ。だが、お昼ご飯が食べられそうな、お店が全く見当たらない。

 地元のタクシーが1台待機していたので、オススメのお店を聞いてみると、駅の反対側にあるうどん屋さん・『こいしや』の情報を得る。人気メニューをうかがうと、ラーメンとのこと。

 

午前11:50、取材許可を得て、昼どきで満員の『こいしや』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『チャーシューメン』を食べる。河田アナがお店の方に、うどん屋であるか念を押して聞くと、よくそう聞かれるとのこと。

 さっぱりとしたスープで、うどん屋の人気ナンバーワンメニューがラーメンでも納得できる美味しさ。

 

午後1:20、遠足帰りの子供たちとすれ違う。そして、カラッと晴れた晴天の空を、気持良さげに飛びまわるトンボの群れと遭遇する。河田アナが、カメラマンさんに「上手に撮れる?」と聞くと、自信ないとのこと。秋らしいトンボの映像を視聴者の皆さんにお届けしたいところ。飛んでいる姿をカメラで捕えるのは難しいので、枝に止まっているところを、なんとかアップで撮影できた。

 

午後1:50、スタートから9.5キロ、伝統的な獅子を作っている、『知田工房』を取材する。40年近く加賀獅子を彫り続けている、2代目の知田さんに案内してもらう。 

 入口を入ってすぐ、玄関脇の畳に加賀獅子がズラリと並んでいる。知田工房では、飾り用やお祭り用の獅子頭の製作・修理を行っている。秋祭りのシーズンは、特に忙しい。

 

 加賀獅子は、1583年に初代加賀藩主・前田利家が入城した際に、演じた獅子舞で使ったのが初めとされる。

 

 だいぶ昔の、金沢の百万石まつりのお写真を拝見すると、なぎなたや太刀を持った長髪のカツラをかぶった人たちが、獅子と対峙している。五穀豊穣を願う獅子舞で、武器を手にした棒振りが、獅子を討ち取るストーリー。

 外様の大名である加賀藩は、表立って武芸をしては御上に睨まれるので、獅子舞という形で武術鍛錬を目立たずに行っていたともいわれる。

 

 獅子頭の製作風景を拝見。獅子頭の材料は軽くて丈夫な桐の木を用い、何十本ものノミを使い分けながら、完成には7ヶ月~1年近く要する。獅子頭は1本の丸太から切り出し、口の中心辺りに木の芯がある。

 だいたいは、元にする獅子があって、それを復元する仕事が多い。長ければ100年も使われてきた獅子頭を新調するにあたって、顔を変えるわけにはいかないのである。

 

 彫るのが最も難しいところは”目の睨み”で、子供が泣くような恐い目の獅子を作ることが親父さん(初代)からテーマとしている。

 

 加賀獅子作りは後継者不足で、現在石川県では、この工房だけしか残ってない。2代目の息子さんは、ただいま大阪の仏師さんの元で修行中で、幸いなことに、本人の意思で知田工房の3代目を継ぎたいとのこと。

 嬉しそうな2代目の跡継ぎの話しを聞いて、河田アナがくっすんに「息子が『DJ風タレントになりたい。』って言うたらどうよ?」と尋ねる。もし言われたら、何が何でも止めといてと言いたい。

 

 親父(2代目)から息子(3代目)へは、厚い信頼を寄せている。息子さんが自分で、道を選んで先生を探し、いろんなことを決めてきたので、期待できて良い仕事をするだろうと。

 理想すぎる親子関係に、河田アナとくっすんは心から拍手を送る。ベタ褒めしたので、息子さんがこのメッセージを聞いたらと、とても照れる親父さんであった。

 

午後2:30、工房を後にして、目標地点を目指す。気温19℃で、ジャージでは肌寒く感じる。

 

 250メートルの参道を登り、山の中腹にある修行場を目指す。参道脇に湧き水が流れているので、水の冷たさを確かめるために手を浸けるくっすん。思わず「氷や。」と言ってしまうほどの冷たさ。山に踏み入れたときに感じる寒さと相まって、なんだか修行がヤバそう。

 

スタートから約7時間

スタートから11キロ、午後3:10、目標地点の白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)に到着。白山をご神体とした神社で、白山神社の総本宮。

 参拝客も多く、大阪からミステリーツアーのバスで連れてこられた、おかあさんたちに、声をかけてもらう。

 

 本殿で参拝した後、権禰宜の田中さんに、について詳しくうかがう。禊は、知らず知らずのうちに体についた、罪や穢れを水で洗い清める。体を漬ける白山のお水は伏流水で、普通の水道水より冷たいとのこと。

 

 2人は白いフンドシ・ハチマキに着替え、いざ修行開始。田中さんに指導していただく。

 水に浸かる前に、数多くの作法を行う。

作法1[振魂] 手を組み、御祓いの神様・『祓戸大神(はらえどのおおかみ)』と唱える。

 

「エッサー。」と掛け声を発しながら、禊場への階段を駆け上がる。禊場には白山の清らかな水が絶え間なく注がれ、透き通った水が溜められている。禊場の前に敷かれた石の上に立つと、思った以上に寒い。

 

作法2[鳥船] 掛け声と禊歌に合わせて、船のオールを漕ぐ動作をする。心身を浄化し、団体で禊を行う場合、団結力を高める。また、冷水に浸かるための準備運動を兼ねる。

 異なる3種類の鳥船を計10分行う。

 

作法3[雄健(おたけび)] 3つの言霊『生魂(いくたま)・足魂(たるたま)・玉留魂(たまたまるたま)』を、声を張って唱える。言霊の響きから、大先輩の田丸アナの顔が浮かんだ河田アナ。

 

作法4[雄詰(おころび)]手の指を刀に見立て、切る動作を行うことで、罪や穢れを切り祓う。

作法5[息吹(いぶき)]自然の空気をとりこむことで、体内を浄化する。

 

修行開始から30分、いよいよ水の中に入る。水に足を浸けると、想像以上に冷たい。水の中へ入ると、必要以上のことをしゃべってはいけない。

 体をこわばらせながら、顔をこわばらせながら、一歩ずつ禊場の真ん中へ進む河田アナ。続いてくっすんは、禊場への階段を2歩進み、水の冷たさで2歩戻る。再度気合を入れて、階段を下りるが、冷たさに声が漏れ、必死の形相で真ん中へ進む。待っている河田アナも、必死の形相で冷たさに堪えている。

 

 膝の少し上まで水に浸かった状態から、底に膝がつくまで体を沈める。ここが一番の試練で、河田アナは全身に力をこめ気合で乗りきる。一方くっすんは、冷たさで体が震え、呻き声をあげ、ついには咳きこむ始末。

 

作法5[身滌(みそぎ)] 紙に書いてある、神道の祭礼などに用いられる祝詞の一つ、大祓詞(おおはらえのことば)を読み上るまで浸かる(よみがな付)。白山の水で、罪や穢れを洗い清める。

 5分かけて詠唱し、膝から立ち上がり、禊場を出る。

 

この後、鳥船・雄健・雄詰・息吹の作法を、再度行い、一本締めをして、約1時間の禊が終了。

 

 修行を終えての感想。くっすんは水に浸かって途中途中意識がとんだが、田中さんや河田アナが大祓詞を一生懸命読んでいるのに、とにかく着いていこうと思った。

 河田アナは、最初は水の冷たさにビックリしたが、山の水の力で、身に覚えがある・ない日頃の過ちや失敗を、少しでも洗い流してくれるのではないかと思いながら、寒さを肌で感じた。

 

 禊の水は、約100メートルの地下からくみ上げていて、1年間で1メートル上に上がってくる。計算上、約100年前の水の恩恵を受けているワケで、自然の恩恵に感謝して、新たな世代へ水の大切さを伝える場としても、禊が大事と田中さん。

 

最後に22か所目の御朱印、白山比咩神社の御朱印をいただき、22日目の旅を無事終えた。

 

 

■簡易チャート

スタート:石川県白山市・守郷白山神社 → 一閑寺 (7km) → 北陸鉄道『鶴来駅』前 → 昼食:『こいしや』→ 『知田工房』(9.5km) → 目標地点:白山比咩神社 (11km)