MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』13日目~14日目のまとめ。
【13日目】 2018年08月02日(木)放送
旅の内容:●大阪・三津寺[絵写経]▲菅原道真公をおもてなし■大都会のビルでダイビング?!★大都会で気軽に修行
スタートは大阪府大阪市北区・國分寺。ゴールは大阪府大阪市中央区心斎橋・三津寺。約10キロのコース。
午前8:00、大阪府大阪市北区・國分寺の門前からオープニング。ロケ日の予想最高気温は37℃で、またまた1日酷暑。
國分寺は、奈良時代に長柄寺から名を改めた。摂津国八十八所巡礼第9番札所。そしてゴールの修行場は、摂津国八十八所巡礼第2番札所の三津寺。今回は、くっすんのお膝もとで、大都会を行く。
國分寺で旅の安全を祈願して出発。
天満橋筋を南へ歩く。
午前8:20、気温30℃だが、コンクリートジャングルの都会では、アスファルトの照り返しなど、体に厳しい。
そんなワケで、スタッフさんから『空調機能付きジャンパー』が2人に配られる。ジャンパーには4つの小さなファンが付いており、バッテリーをUSBで接続すると、中を循環する空気で、体感温度を下げる。早速装備して作動させると、ダウンジャケットの如くモコモコ膨らむ。
昨今のハイテクグッズに感心していると、『空調機能付きジャンパー(高級品)』を着たおにいさんがちょうど通りかかる。地球温暖化・異常気象と叫ばれるこのご時世、建築業で作業するときに暑いし、熱中症対策に着ているとのこと。建築・工事現場では、空調機能付きジャンパーは流行っていて、めっちゃ売れてるみたい。
ジャンパーの力で格段に涼しく感じるとおもいきや、如何せんファンで送る空気があったかいので、汗は止まらないし、やっぱり暑い。
午前9:10、スタートから2キロ、提灯で飾られている、桜宮橋を渡る。ロケ日の7月25日(水)は、天神祭の本宮。天神祭は大阪天満宮の例祭で、菅原道真公の御霊をお迎えする。御神輿で町の中を練り歩く陸渡御(りくとぎょ)、船で大川を渡る船渡御(ふなとぎょ)などが行われる。951年に始まったとされ、日本三大祭の1つ、大阪三大夏祭りの1つに数えられる。
天神祭のそもそもの目的は、道真公に民衆の生活を見てもらって、更なる繁栄を祈願する。西日本最大級の花火も、道真公に見てもらうための花火で、そのおこぼれを市民が頂戴している。・・・という感じの解説が終わったところで、ジャンパーを脱いでいいか、みんなに確認する河田アナ。本日は割りと吹いている、自然の風を感じたいのだが、ジャンパーが邪魔しているのだ。
午前9:30、2人はジャンパーを脱いで、いつもの半袖・ジャージ姿にもどって、大阪市内を南へ歩く。
午前9:50、大阪市都島区から中央区へ入る。
スタートから3.5キロ、大阪城公園を通り、大阪城がお目見え。くっすんは「何度見ても、心が落ち着く。」とコメント。
大阪城は1583年に、豊臣秀吉によって築城を開始した。1615年に、大阪夏の陣で落城した。江戸時代に、2代目天守が建てられたものの、ほどなく落雷で焼失した。
現在の3代目天守は1931年(昭和6年)に、大阪市民の寄付により再建された。寄付されたお金は、現在の価値で約750億円にのぼる。
公園内で「くっすん。倒れるなよ。」声援をもらったので、
午前10:20、木陰の石のベンチで休憩。
公園内でジョギングしている、小学4年生の男の子とお母さんに出会う。野球するための体力づくりをしている。
夏休みの宿題について聞いてみると、まだまだできてない。宿題をこつこつやるタイプか、ためちゃうタイプかうかがうと、(親に)やらされるタイプとのこと。
公園内で、満員御礼のロードトレイン(汽車)が目の前を通る。2016年夏から運行され、有料で森ノ宮駅~豊国神社間を走っている。
玉造筋を南へ歩き、
午前11:10、JR森ノ宮駅の前を通る。
くっすんおすすめだが1回も行ったことがないという、巷で有名な中華料理店を目指していると、1階の大きな窓の向こうが水槽になっているビルを発見する。そのビルはダイビングスクール(&ショップ)で、くっすんがアポなし取材の許可を得る。
ショップのデスクに座っていて偶然居合わせた、創始者の会長さんにお話しをうかがう。『ダイビングショップマリン』は昭和35年創業。スクーバダイビングを日本で一番初めに習って、教えるにはプールが必要と思い、昭和52年にJR森ノ宮駅の隣りにダイビング用の小さなプールを設置した。
会長さんは今まで50か国を潜ってきた超ベテランで、85歳になっても現役バリバリ。
建物の外から見えていたプールを案内してもらう。外からは分からなかったが、全長12.5メートルある1つのプールで、最深部は8メートルあり、浅いところは足がつく。先生と生徒さんが、ちらほら練習中。
こちらでは、本格的なライセンス取得コースがあるが、初心者用の体験ダイビングコースも用意されている。
河田アナが会長さんに何歳まで潜り続けるのかうかがうと、「もう5年ぐらいいけるでしょう。」と超お元気。「知らない海、全部景色が違いますもん。」と何歳になっても新鮮にダイビングを感じ、陸の上を歩くより水の中を泳いでる方が楽、と河童さながら。
スタートから6キロ、午前11:50、件の中華料理店・純華楼にて昼食。河田アナは『四川焼きそば』+『餃子』を、くっすんは『マーボー豆腐定食』を食べる。マーボー豆腐は、本格的な辛さで山椒のパンチも効いている。野菜たっぷりの四川焼きそばも、後から辛さがやってくる。辛さでスタミナをつけ、後半戦に備える。
午後1:20、長堀通を西へ歩く。河田アナの手元の室温計は、38℃を示す。「38℃あったときって、うなされてますからねぇ。」と言うくっすんは、気温を体温に置き換えるクセがある。
スタートから8キロ、日陰を求めて『空堀ど~り商店街』を通る。すると、待ち伏せしていたおとうさんに出合う。おとうさんの元には、空堀界隈の情報がさっと入ってくるとのこと。スパイのようだと感心している2人は、いつの間にか娘さんにスマホで撮られていたので、これまたスパイだと感心する。
出会って20秒、冷房の効いたおとうさん宅に招き入れられる。皮張りのソファーに座ると、「おかん、ハイボール持ってくるわ。」とほろ酔いおとうさん。気持ちだけ有り難く受け取る。
実は、おとうさんはちちんぷいぷいのコーナーの1つ・『昨夜のシンデレラ』に、2015年に出演していて、その様子をスマホで見せてもらう。2回目のぷいぷい出演に大喜びで、前回のときは大阪城へラジオ体操しに行ったら、ちやほやされた。
大阪流のフレンドリーなおもてなしを受け、最後は、2人とスタッフ一同に汗ふきのウェットティッシュも配られた。
商店街を西へ、谷町筋を越えて、御堂筋沿いにある修行場を目指す。心斎橋商店街を超え、御堂筋を南へ進む。
スタートから10キロ、修行場の三津寺に到着。744年に行基によって創建された。創建当時の地形は今とは大きく異なり、お寺のすぐ近くまで海だった。船着き場のことを津といい、奈良時代にあった難波御津(みつ)という船着き場が、名前の由来とされる。
副住職に案内され、本堂の中に入る。繁華街にある三津寺には、仕事帰りの人や女性が多く訪れる。月2回開かれる絵写経の会では、日々の疲れを癒すために参加し、その後ミナミ界隈で女子会を行うといった、都会的なスタイルのお寺。
今回の修行は、写経と写仏を合わせた絵写経。絵写経の用紙は大小合わせて13種類あり、好きな仏様を選べる。筆ペンを使い、中央に仏様を描き、その周りにお経を書く。写仏では、仏様に考えを集中させるため、色のついた筆で自由に彩色できる。
副住職から、何のために修行しているか問われる。くっすんはつらい修行を我慢するすることで強くなるため。というのは表向きで、本心は売れたいがため。それを聞いて「もうあの、煩悩丸出しですね。」と笑う副住職。
本堂に用意された、長机の前のパイプ椅子に座って、修行開始。河田アナには三津寺の御本尊・十一面観世音菩薩(秘仏)の用紙を、くっすんには写経の文字数が多めの不動明王の用紙を、副住職が選んでくれた。
絵写経の最中は、願い事を思いながら行う。かいている間に願い事が変わることもあるので、一番最後に心の中に残った願いを添える。
まずは、一筆一筆丁寧に写経を行う。昔の修行僧は自分の意思の強さを示すため、一筆三礼・一字三礼といって、1つ書くごとに3度礼拝する心構えで写経した。くっすんの高速な書きっぷりを見て、「なんかマジックで書いてるみたいに速いな。」と河田アナの意見。ご住職も、「筆がのってるなぁ~。」と同意見。
なぜ写経・写仏を行うのか心の中で自問自答し、自分自身と向き合い、そして自分を見つめ直すのが絵写経の意義である。
修行開始から25分、くっすんはボリューム満点の写経の大半を書き上げる。河田アナが速さに驚嘆していると、「ああ、アカン。スピードあげてる自分がいました。」と自己分析するくっすん。
平安時代に、流行していた疫病を治めるため、嵯峨天皇は写経を行い、その表紙に檀林皇后が仏様を描いたのが、写仏の始まりともいわれる。
2人とも写経を終え、写仏にとりかかる。色のついた筆などを使って、自由に描く。細かい線に苦労しながらも、集中してなぞっていく。
河田アナは、1時間43分かかって完成させる。集中していたのか、自分では30分ぐらいに感じた。河田アナは着色をシンプルに、観音様が左手に持った水瓶に生けてある蓮華に赤を、光背に黄色を塗っただけにとどめる。
河田アナから遅れること5分、くっすんも完成。不動明王をド派手に、たくさんの色を用いて塗りあげた。明王の後ろの炎は、たくさんの感情、邪念・怒り・悲しみなどを燃やして、その結果青色になった明王・・・というくっすんのイメージ。
絵写経では、絵のうまい・へたより、自分の心と向き合えたか、心の変化に気づくことが大事。河田アナは家族やみんなの健康を願ってかき、くっすんは最初の売れたいという願いが、世界平和に変わった。その変化は、自分が売れたい→家族のため→子どもの平和→世界平和という経緯をたどった。河田アナが「すげースケールアップしたね、なんかね。」とビックリする。
最後に副住職のまとめ。写仏体験を日常に持って帰って、そこで感じたことを日常の中でどれだけ継続してもっていくことができるか。それまで含めて修行。だが人間は、すぐに忘れてしまいがちなので、三津寺のようなアクセスの良い場所で、気軽に修行体験することで、忘れないようにすることが大事。
かいた絵写経は持ち帰ることもできるが、お寺に奉納すると、毎年7月の終わりに開催される、『灯籠ナイトイン三津寺』の灯籠に使われる。2人の絵写経も、灯籠になった。
おしまいに13か所目の御朱印、三津寺の御朱印をいただき、13日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:大阪府大阪市北区・國分寺 → 桜宮橋 (2km) → 大阪城公園 (3.5km) → 『ダイビングショップマリン』 → 昼食:純華楼 (6km) → 『空堀ど~り商店街』(8km) → ゴール:三津寺 (10km)
【14日目】 2018年08月09日(木)放送
旅の内容:●京都府 狸谷山不動院[火渡り]▲新選組発祥の地で河田大興奮■井伊直弼と女スパイの数奇な愛?!★火渡りでゼロから始めよう
スタートは京都府京都市東山区・法観寺。ゴールは京都府京都市左京区・狸谷山不動院。約9キロのコース。
午前9:00、京都府京都市東山区・法観寺境内にある、八坂の塔の前からオープニング。
京都のシンボルであるこの五重塔は、飛鳥時代に聖徳太子が建立したとされる。過去に何度も焼失し、現在の建物は、1440年に足利義教によって再建された。
本日の修行内容は、狸谷山不動院での火渡り。火の上を歩き、穢れを焼き払って身を清める。毎年7月28日に開催され、普通に一般の方も参加する。くっすんは毎週修行で邪念を払っているが、なかなか取れないという。河田アナの意見は、いったん修行で悪いモノを空にしても、次のロケまでの一週間で再びくっ付くのではないか。なので、この一週間分をしっかり払いたい。
ここ最近は1日を通してカンカン照りのロケばかりだったが、今回曇りスタートで台風12号の接近に伴い、荒れる見込み。しかし少々の雨でも、火渡りは行われる。
スタートから1.5キロ、川の方から吹く風に涼を感じ、
午前10:05、京都市東山区から左京区に入り、平安神宮の前を通る。
スタートから3キロ、金戒光明寺に到着。1175年に、法然上人が念仏道場として創建した。そして、新選組発祥の地とされ、河田アナが歴史のロマンをビンビンに感じる。
通常非公開の新選組ゆかりの場所へ、執事の橋本さんに案内してもらう。襖は金色のまばゆい『謁見の間』で、浪士組(後の新選組)が京都守護職の松平容保に謁見した部屋、を復元した(昭和9年)。
謁見の間の前で、歴史のロマン?は河田アナを熱くさせ、例によって怒涛の解説が始まる。
謁見に至る経緯ーーーもともとその会津の、その藩主だった松平容保という偉いお殿様が、京都の治安を守りなさい・治めなさいと言われて、「分かりました。」とその役を買ってでて、会津からここまでやってくることになりました。だけでも「自分のその兵隊だけでは(心もとない)。」というので、一般からも「一緒に来てくれ。」と要するに「守ってくれ。」という人たちを募集するワケです。そこで手を挙げたのが、当時多摩の片田舎の道場主だった近藤勇。その壬生浪士組にいた、その芹沢鴨というこれがまた、ものすごい猛者でして。そのグループと一味といっしょになって、浪士組を会津藩のお預かりにしてもらおうというので、ここに謁見に来たんですよ。
近藤勇・土方歳三らは謁見後、浪士組から新選組に名を改めた。
2人は廊下から畳敷きの謁見の間へあがらせてもらい、どんな感じの謁見だったかをうかがう。お偉い容保さんは、2段高い上座の座布団に座り、どんと構える。その前の1段高い上段の間に、お取次ぎの者たちがいる。謁見者は最初、容保から一番離れた畳の端に座り、「近う寄れ。」と1回言われるごとに畳1枚分だけ近づくことを許される。容保が顔をよく見たいと思った者ほど、近づくことを許されたという。
勇らは、容保とすごくお近づきになれたであろうなと、そして人物を認められたこその新選組の活躍があったのだと、感慨に浸る河田アナ。そして、一般人は滅多に足を踏み入ることができない場所に入れたので、畳に手をすりすりして大満足するのだった。
お寺を後にしても興奮冷めず、新選組の話しを続けなかがら歩くこと20分、
スタートから4キロ、午前11:15、お昼ご飯を食べる店を早めに探しにかかる。
京都大学のそばで、京都大学文学部4回生の女性にオススメの店を聞くと、老舗の食堂『ハイライト』と、最近できたカレー屋さん『ラジュ』を教えてもらう。
せっかくなので、彼女にあれこれインタビューする。東京の方のコンサルティング会社に就職が内定していて、早く働きたくてうずいずしている。いつになるか分からないけど、人が各々、可能性を最大限に発揮できる社会を作りたいとのことで、感心して拍手する2人。
くっすんは「僕の可能性も伸ばしてほしい。」とコメントし、河田アナに「あの可能性がほとんどない人はどうしたらいいんですか?」と酷く言われる。くっすんには可能性だらけだが、具体的にどうしたらいいかはアドバイスできないので、とりあえず河田アナについていくことにした。
スタートから5キロ、午前11:45、『インド料理RAJU 百万遍店』にて昼食。河田アナ・くっすんともに『Bランチ』を食べる。大きなナンが付いてコスパがいいので、京大生さんが通うのもうなずける。
午後0:50、外に出ると台風は何処へやら、晴れて気温37℃。
スタートから5.5キロ、修行や修験者に関わりのある和菓子屋さん『阿闍梨餅本舗 満月』を取材する。1856年に創業したお店で、店先にて名物の阿闍梨餅について常務取締役の中嶋さんに話しをうかがう。
2人は、とりあえず阿闍梨餅を試食させてもらう。丹波大納言小豆を使用し、もちもちとした食感がたまらない。お餅に卵を配合しているのが特徴である。
名前の由来は、千日回峰行をおこなう阿闍梨からきている。阿闍梨とは、弟子たちに教えを伝授する高僧のことで、なるには7年間のうち約1000日を歩く過酷な修行をする。
大正時代に2代目の嶋田政吉が、阿闍梨の被る笠を見て思いついたとのこと。阿闍梨はヒノキ製の独特な形の細長な網代笠を被っていて、一般人が笠を下から見上げたときに阿闍梨餅のようなフォルムに見える。
本物の阿闍梨さんがお店を訪れ、阿闍梨餅を召し上がったお墨付き。
午後1:50、京都市左京区を北へ歩き、
スタートから6.5キロ、ベンチに座って、水分補給しつつ休憩。そこで、夏休みに何処か旅行に行くのか、河田アナがくっすんに聞くと、行く予定はないという。くっすん家の長女も中学生になり、パパといっしょに海水浴なぞ行くのは、恥かしいお年頃なのかなと、寂しげなくっすん。娘がパパと一定の距離を置きだすという、あるあるを語ったり聞いたりで、哀愁漂うパパ2人。
スタートから8キロ、金福寺に到着。864年に創建され、幕末の女スパイ・村山たか女が晩年を過ごしたお寺。たか女は、井伊直弼の愛人でもあった。
たか女について、ご住職の息子の小関さんに、詳しいお話しをうかがう。たか女は彦根藩の屋敷・『埋木の舎(うもれぎのや)』で直弼と出会い、過ごすうちに、愛人関係になったといわれる。
直弼がたか女に贈った和歌が残っていて、埋木の舎で過ごした2人の日々を想像させる。旦緩々(しゃくかんかん)『しばしと云ひて 芝の戸の もろともに いざ語らはん 埋火のもと』。
美人と評判のたか女に首ったけであった直弼は、その後彦根藩をつぐことになったので、2人は別れた。だがしかし、たか女の直弼への思いは変わらず、今度は直弼の部下・長野主膳の愛人となり、スパイとして活躍した。
その諜報活動の内容は、宮中に出入りし、反幕府勢力に加担している公家の動向を探って、主膳に情報を渡し、主膳から上司の直弼へ伝えられた。そんな変わった形の愛も、桜田門外の変で直弼が暗殺されることで終わってしまう。
たか女も、スパイだとばれて捕まった。ただし、女だということで罪を減じられ、京都の三条大橋の橋脚に縛りつけられ、3日間の生きさらしの刑に処せられた。
その後は、ここ金福寺で尼僧となって過ごし、68歳まで生きた。
金福寺を後にすると、修行場まで残り1キロ。どんどん山道を登る。山道を登ること15分、狸谷山不動院の参道に着く。本殿まで、250段の階段を登る。「修行の前に修行ですね。」とくっすんのぼやき。
スタートから約7時間、
スタートから9キロ、午後4:10、修行場の狸谷山不動院に到着。1718年に修行僧・木食正禅朋厚によって創建された真言宗のお寺。発見した洞窟に不動明王の石仏を祀り、修行場とした。
修行のお世話をしていただく修験者の河野さんに、まずはお話しをうかがう。
火渡りは修験道の秘法の1つで、熱い中を歩いて身を清める。狸谷山不動院の火渡りの歴史は古いが、いつ頃始まったかは分からない。ただ、江戸時代の終わり頃には、一般の人には非公開で行われていたらしい。
火渡り祭り開始1時間前、火渡りの参加者たちにインタビューする。
1番乗りで並んでいるご夫婦は、10年間かかさず参加しているとのこと。世の中で起こる災害などの祈願も兼ねて、自身の幸福を願いにきている。
若いカップルは、デート中にたまたま看板を見つけて、初めて火渡りに参加するとのこと。
2人は、特別にレンタルしてもらった修行着に着替える。
午後5:30、火渡り祭り開催。まずは、本堂で護摩を焚いて、不動明王に火渡りの成功を祈願する。そして、本堂から火渡りの行われる広場へ移動する。2人は今回特別に、修験者の方々が座る席に座らせてもらう。
椅子に座った2人は、河野さんにさらに詳しいお話しをうかがう。
崩した護摩壇で作った火床を、約5メートル歩く。最初に河野さんが先陣を切って渡り、次々に行者さんが渡り、その後一般参加者が渡る。一般参加者の一番最初に、我らが河田アナ・くっすんが渡る。
くっすんが、「(火渡りの)途中で熱いと思ったら、横にパッて逸れてもいいんですか?」と逃げ道を探す。河野さんは、修験者としての厳しさで腹をくくらせる。
ーーー大人の人間だったらね、やると決めたらね、スイッチを入れてください、自分で。だから、普段は冗談言っててもいいんですけど、やっぱりこの道場の中に入って、「さあいざこれからやるぞ。」ときにはピシッとスイッチを入れて。そうしないと逆にあの、火傷したり怪我したりする。なにかそこに、心の隙間があって、魔が入ってきますから。
逃げ道はない・・・。
午後6:10、修験者による火渡り前の儀式が始まる。
・三十人の修験者たちが列を作り、ホラ貝を吹いて邪気を祓う。
・弓を四方に放ち結界を作る、法弓の儀。広場に張った結界で、払った邪気が戻ってこないようにする。
・斧で木を切る動きをすることで、山の神に護摩を焚く木を使用する許可を得る。
・家内安全・無病息災を願う祈願文を読み上げる。
いよいよ巨大な護摩壇に点火。大きな炎が上がり、モクモクと煙も昇る。護摩壇の火は不動明王の化身であり、火を渡ることで明王と一体となり、悪と煩悩を焼き払うことができる。
長い木の棒を使い、護摩壇を崩して火床を作る。
午後7:30、火床が完成する。2人は、ハンパない緊張感で臨む。火床を歩く直前には、足の裏から塩で清める。河野さんを皮切りに、30人の修験者たちが厳かに渡ってゆく。直接歩く部分は火が消えているが、それでも余熱でかなり熱い。
一般の部トップバッターの2人がゆく。
まずは河田アナ。修験者の読経が続く中、勇気を出して火床を渡る。時間にして10秒ぐらいだが、修行で得るの経験値は莫大。
続いてくっすん。体が震えて見えるぐらい緊張していたが、腹を括っていたので火床に入る勇気ある一歩を踏み出し、すんなり渡りきる。終わった後は、張りつめていた緊張が一気にとけ、安堵の表情。1週間の煩悩は、空にできただろう・・・。
修行を終えての感想。河田アナは、自分を信じていくしかない、こんなに気持ちを振り絞って何かに臨むことは、日常生活でなかなかないと思った。
くっすんは、怖さを乗りきるには考えないことと思い至り、とにかく強く火床を踏んだ。そうしたら、思ったより熱くなかった(熱さを感じなかった)。
最後に、河野さんの総括。だから、変なこと考える余裕なかったでしょ。そういう気持ちが大事なものであって、そこが一番底辺になるわけです。そっから何を積み重ねていくかによって、出来上がるものが違ってくる。その根底を成すものが火渡り。その先は無限大にいろんな可能性が見えてくる。
おしまいに14か所目の御朱印、狸谷山不動院(狸谷山寺)の御朱印をいただき、14日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:京都府京都市東山区・法観寺 (八坂の塔) → 平安神宮前 → 金戒光明寺 (3km) → 京都大学前 (4km) → 昼食:『インド料理RAJU 百万遍店』 (5km) → 『阿闍梨餅本舗 満月』(5.5km) → 金福寺 (8km) → ゴール:狸谷山不動院 (9km)