MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』9日目~10日目のまとめ。
【9日目】 2018年07月05日(木)放送
旅の内容:●京都市 明暗寺[尺八]▲くっすんは地獄行き?!■初夏の風物詩は観音様の化身?!★尺八で虚無僧の歴史も学ぶ
スタートは京都府京都市北区・尺八池。ゴールは京都府京都市東山区・明暗寺。約12キロのコース。
午前8:00、京都府京都市北区・尺八池の畔からオープニング。尺八池は、平安時代は綿子池と呼ばれ、灌漑用の池として造られた。名前の由来は、水の流れる音が尺八に似ているからともいわれる(諸説あり)。
今回の修行は、虚無僧の尺八修行。一般の人は行っていないが、特別に体験させてもらう。
千本通を南へ歩き、佛教大学の横を通る。
スタートから2キロ、佛教大学3回生のとても慇懃な女性に声をかけてもらい、いっしょに記念撮影する。将来の夢を聞くと、有休休暇がとりやすそうな、自分のペースで働ける所を探すとのこと。
女性と別れた後、くっすんが「河田さんはどんな大学生やったんですか?」と尋ねる(台本?)。するとやっぱり、スタッフさんが隠し持っている、大学時代にラガーマン姿でロン毛の河田さんの写真が、画面にインサート。
スタートから3キロ、『千本ゑんま堂 引接寺』に到着。小野篁が平安時代に、閻魔法王を祀るため建立した。小野篁には、この世とあの世を行き来する力があり、昼は朝廷に、夜は閻魔様に仕えていたという伝説が残っている。
ご住職に案内され、御本尊の閻魔法王像を拝観する。閻魔様の御前には扉があり、
閉ざされている。閻魔様の顔の前の部分だけ、扉に穴があって、普段は顔だけしか見えない。毎月16日のみ御開帳だが、特別に扉を開けてもらう。
閻魔像は1488年に再現安置された、高さ2.4メートルの坐像で、恐い表情をしている。閻魔様は地獄行きか極楽行きを決める。例えば、「くっすん、地獄行き~。」といった感じだと、ご住職が嬉しそうに話す。
また、閻魔様は地獄の沙汰でウソを一番嫌うという。その話しを聞いて、ウソをついた心当たりのあるくっすんは、ドキッとする。先日4連休だったとき、ヨメに「仕事行ってくるわ~。」と言っときながら、なにわの湯(日帰り温泉)に行ったのだ。家族を安心させるため、そして家族の頼まれごとを避けるためで、ご住職と河田アナにちっぽけなウソだと笑われる。
閻魔様の真正面で手を合わせ、ゑんま堂を後にする。
午前10:10、気温31℃に上がり、暑さに参る。
自転車に乗った昔偉ファンのおかあさんに声をかけてもらう。コテコテの関西のおばちゃんで、一方的にしゃべってくっすんをペチペチ叩いて、台風のように過ぎ去っていった。
午前11:10、千本通から四条通を東へ進む。日光に体力をじりじり奪われ、ガードレールで休憩する2人。河田アナは座って、くっすんは奇妙なストレッチを行い、ふとももの筋肉を伸ばす。
午前11:40、四条河原町にて、昼ご飯の店を探す。よりどりみどりの食べ物屋さんの中で、くっすんはメニューポスターの『京の夏味』のフレーズに魅かれ、お店へ取材交渉に乗りこむ。交渉に少々手間取ったが、無事オッケー。
『京風スパゲッティー 先斗入ル(ポントイル)四条河原町本店』にて昼食。河田アナは『京のもち豚の冷しゃぶとしば漬けのスパゲッティー(鴨川セット)』を、くっすんは『合鴨と加茂なすと蓮根のもろみ醤油香味野菜添え(鴨川セット)』を食べる。くっすんは、洋風にした焼きそばみたいだとコメントし、焼きそばのごとく箸ですすって食べる。
午後1:10、四条大橋を渡っていると、河田アナの後輩のスポーツアナで、B'sの大ファンである、金山アナにばったり出会う。ちちんぷいぷいの駅前シャーターチャンスのコーナーで、これから大友康平さんと、この界隈をぶらっとするとのこと(2018年7月11日放送)。大友さんはまだ現場入りしてなくて、もうすぐ到着予定。
金山アナに行く先を聞かれ、「修行するんですよ。」と簡潔に答える。「あーあー。」と返す金山アナに、見下されていると思う河田アナ。
河田アナが「どうなの、駅前シャッターチャンス・・・。最高なの。」とパスを出し、「駅前シャッターチャンス・・・。サイコー。」とB'sのモノマネで答える金山アナ。
午後1:30、四条通から花見小路通へ入り、
スタートから9キロ、建仁寺に到着。副住職に、境内にある両足院を案内していただく。両足院は、1357年に創建された建仁寺の塔頭で初夏の特別拝観中。
両足院の縁側からお庭を眺めると、半夏生が見頃。さらに畳の部屋に移動して、座ってじっくり観賞する。半夏生の白く美しい部分は、花びらではなく葉っぱである。葉っぱが半分、化粧をしているように見えることから、半化粧とも書く。
両足院では、仏教的な観点から、当て字で汎下生と呼んでいる。その意味は、観音様が池辺へ降りてきて、まるで御身の姿を緑から白へ変化させているようだというもの。
人は人生で多くの出来事に直面するが、その状況に応じて、自分の姿を変えていけばよいと、汎下生は教えてくれると副住職。そこで、「伸び悩んでいるのは、どうしたらいいですか?」と副住職にくっすんが教えを乞うが、「それは自分で考えてよ。」と河田アナに一蹴される。
スタートから12キロ、東福寺に到着。そして境内にある、修行場の明暗寺へ向かう。明暗寺は普化正宗の総本山で、尺八根本道場。
門前で立っていると、虚無僧がどこからともなく現れ、尺八を吹きながらゆっくり近づいてくる。そのまま2人の前を素通りして、明暗寺の方へ進む虚無僧。門の前で頭にかぶっていた天蓋をとり、お顔が見えた。くっすんが無視した理由をうかがうと、虚無僧がお寺の門を出て天蓋をかぶると、世俗の世界から修行の世界へ入って、人と話すことも禁じられるとのこと。
虚無僧
お経の代わりに尺八を吹き、お米や金銭をうけて回る、托鉢を行う僧侶。その元祖が、南北朝時代の武将・楠木正勝。顔を隠すために天蓋をかぶり、尺八を吹いて行脚したのが始まりとされる。正勝の法名だった『虚無』が、虚無僧の由来とされる。
門前で虚無僧の深田さんにお話しをうかがう。昔は半分武士・半分僧侶の『半武半僧』スタイルで、現代は半分僧侶・半分一般人の『半僧半俗』になった虚無僧。深田さんも、普段は高校の先生をしていて、生徒さんにに虚無僧をやっていることは秘密にしている。河田アナが「テレビでビックリしているちゃいます?天蓋とったら、『先生や~。』なってるんちゃいます?」とコメント。
明暗寺のお庭に移動し、そこに『吹禅』と書かれた石碑がある。尺八を吹くことは禅の修行になり、1つの音に一所懸命に徹することで悟りを開けるという考えを示している。
尺八を吹くのは容易ではないが、くっすんは「僕はやっぱり、耳コピとかできるタイプなので・・・(吹ける)。」とDJ風タレントな部分をアピールする。
室内に移動し、尺八修行開始。ここからは、虚無僧の小林さんにも参加してもらう。河田アナに深田さん、くっすんに小林さんが横につき、一対一で教えてもらう。
まずは、尺八のイロハを知る。今回使うのは、スタンダードな一尺八寸(約54センチ)の尺八。尺八には表に4つ穴があって、裏側に1つ穴がある。尺八の基本の音、ロ・ツ・レ・チ・ハ・イを吹いてもらう。
くっすん・河田アナは見よう見まねで、尺八に息を吹きこむが、カスカスの音・スースーの音で、全くなって(鳴って)ない。実は、尺八の息を吹きこむ先端部分が、少し斜めに切り落としてあり、その部分で息は外と内側に分かれて、音を出す。それを踏まえて吹いてみると、一応音が少し出た。
ここからが尺八の難しいところ。俗に『首振り三年ころ八年』といい、マスターするには8年は最低でもかかるとされる。一朝一夕で音が出るワケないが、それでも果敢に挑戦する2人。
2人とも尺八で音を出すだけなのに、あまりの難しさに挫折しそうになる。
修行すること30分、息の吹き過ぎで疲弊し、ちょっと休憩する。河田アナは「ロケとして大丈夫かしら・・・。」とテレビ的な心配をさっきからしていたという。そいう邪念を捨てて、一矢報いたい。
打開策として、2人は天蓋を被って環境を変えてみる。見た目はどこからどうみても虚無僧だが、「でも、この姿で音スースーいってたら、すっごいダッサイね。」と河田アナ。
江戸時代、顔がばれずに托鉢できたため、偽物虚無僧が横行した。偽物とばれると、二度と尺八が持てないように手の指を切り落とされた。という小林さんの話しを聞いて、「我々完全に偽虚無僧です。」と自らツッコむ河田アナ。
修行するすること1時間、河田アナは、微かに1音を奏でることができた。そして、最後の最後でくっすんが覚醒、きれいに聞きとれる音を数音奏でる。河田アナ・虚無僧のお二人もビックリの上達で、思わず拍手で祝福。才能か、諦めない努力か?結果が実った。尺八でただ音を出すという修行は、一生懸命1つのことに集中する忍耐力を磨き、それを乗り越えたときの達成感を味わわさせてくれる。それを生かすのは・・・、くっすん次第?
おしまいに9か所目の御朱印、明暗寺の御朱印(吹禅の文字入り)をゲットし、9日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:京都府京都市北区・尺八池 → 『千本ゑんま堂 引接寺』(3km) → [昼食]:『京風スパゲッティー 先斗入ル四条河原町本店』 → 建仁寺 [両足院] (9km) → ゴール:東福寺 [明暗寺] (12km)
【10日目】 2018年07月12日(木)放送
旅の内容:●福岡県 圓應寺[礼拝行]▲ういろう売りの河田?!■くっすん不老不死になる?!★心身虚脱の境地へ
スタートは福岡県福岡市博多区・福岡空港。ゴールは福岡県福岡市中央区・圓應寺。約9キロのコース。
午前8:30、福岡県福岡市博多区・福岡空港の建物軒下からオープニング。本日は朝から快晴で、河田アナもにっこり。くっすんは、「やあもうほんとに、しろしかじゃなくて、よかったばってん。」と博多弁であいさつし、河田アナはハテナの顔。しろしか=うっとうしい(雨のとき・特に梅雨)の意味で、おそらく使い方は間違っていないであろう。
福岡空港は、市街地から約4キロと近い場所にあり、『日本一アクセスの良い空港』といわれる。
今回の修行は、礼拝行(らいはいぎょう)。一般的にあまり知られてない通な修行であるが、くっすんの辞書にも『らいはい』の文字はなく、いくら考えてもイメージすら浮かばない。
歩道橋を歩いていると、河田アナが思わせぶりに立ち止まる。何事かとくっすんに尋ねられたら、セミが鳴いていただけ。
セミも元気いっぱいな暑い朝、2人は迫りくる大きな飛行機を指さし、子供のように大興奮。まるで翼に手が届きそうな低い位置で、2人を通り越し滑走路へ降りてゆく。
福岡空港は滑走路が1本しかないので、短時間で効率よく離発着を見ることができる。ド迫力な飛行機の着陸を見る機会はあまりないので、「せっかくなんで、もう1機だけ見ていいですか?」と河田アナがおかわりプリーズ。結局15分かけて、さらに3回の着陸シーンを楽しんだ。
午前9:10、スタートから3.5キロ、京都出身で社会人2年目の女性に声をかけてもらう。現在は大分県在住で、出張で福岡に来ているとのこと。社会人になってから実家を離れて、寂しい(特にお腹が空いたとき)。
実家で『昔偉』を見ているお父さんお母さんに向けて、「がんばってます。」とビデオレターを送る。
スタートから4キロ、妙楽寺に到着。1316年に創建されたお寺で、鎌倉時代の博多周辺が書かれている『博多古図』を見ると、海のすぐそばにあった。
和菓子の『ういろう』が伝来した場所とされ、前住職の渡辺さんに詳しいお話しをうかがう。室町時代に中国から、透頂香(とうちんこう)という名前の薬が伝えられ、後に日本で『ういろう』と呼ばれるようになった。ちなみに薬のういろうは、消化器系・呼吸器系など体のあらゆる疾患に効く万能薬で、滋養強壮効果もある。
ういろうを伝えた陳さん
中国が明の時代、陳延祐は日本に亡命した。妙楽寺に身を寄せ、『陳外郎(ういろう)』と名乗った。陳が日本に伝えた『透頂香』は、いつしか通り名のういろうの名前で呼ばれるようになった。
透頂香は非常に苦かったため、その口直しにお菓子のういろうが作られた。当初は売るためではなく、大事なお客さんをもてなす接待用であった。
室町時代に陳延祐の子孫が小田原に移住し、薬とお菓子の『ういろう』を販売した。江戸時代には両方のういろうが、東海道・小田原宿の名物になった。
河田アナは渡辺さんのお話しを聞いて、アナウンサーの駆けだし時代に練習した、歌舞伎の演目・『外郎売』の早口言葉を思い出す。同じく、くっすんもタレントの駆けだし時代、DJスクールで練習したという。
そこで、くっすんのお手並み拝見。「拙者親方と申すは、寿限無寿限無、五劫の擦り切れ・・・。」と間違っていたので、河田アナがストップをかける。
続いて、河田アナのターン。「拙者親方と申すは、お立会いのうちにご存じのお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今は剃髪いたして円斉と名乗りまする。元長から大晦日までお手に入れまするこの薬は、昔ちんの国の唐人・外郎という人わが朝へ来たり。帝へ参内の折りから、この薬を深く籠めおき、と用いるときは一粒ずつ、冠の隙間より取り出す。よって、帝・・・よってその名を帝より”とうちんこう”と申す・・・。」と、スラスラ言葉が出てくる。
昔かなり練習したと見受けられる、河田アナの淀みない口上を聞いて、自分もやりましたとくっすん。本当にやったのか疑う河田アナに対して、DJスクールに週5で通ってそんなしゃべりの練習をしたとのこと。そんなDJスクールのがんばりで、今のくっすんがあるんだって。
午前11:15分、スタートから4.5キロ、龍宮寺に到着。まずは、境内にある人魚のお墓の前に向かう。
もともとは浮御堂という名前のお寺で、もっと海のそばにあった。浮御堂の近くの海にて、漁師の網に人魚がかかった。人魚を食べれば不老不死になるといわれていたが、「人魚は国家繁栄の吉兆。」と陰陽師の占いで出たので、浮御堂に手厚く葬った。龍宮の使いとされる人魚にあやかり、1222年に浮御堂から龍宮寺に名を改めた。
そんな河田アナの解説を聞いて、胸に貝殻のブラジャー(水着)を付けた人魚をイメージするくっすん。しかし、江戸時代に描かれた人魚の絵図はグロテスクで怖くて、そんな可愛らしくはない。
ご住職に案内してもらい、龍宮寺の本堂にて人魚関連の品々を拝見する。
まずは、室町時代に描かれたとされる、想像で描いた人魚の掛け軸。魚の部分が多く、胸のすぐ下あたりから、ウロコが生えている。
さらに、無造作に置かれているのは、龍宮寺に埋葬された人魚の骨。ガラスケースに入れられているわけなく、厳重に封がされているわけでもなく、手ですぐ触れるような雑な扱いである。
がっちりとしていて、骨の形をしっかり保っている。ご住職にお骨を手渡され、観察する2人。人魚の骨を専門家に鑑定してもらったことはないとのこと。
明治の初めまで、不老長寿のご利益があるとして、この骨をタライに入れて水を張り、その水を参詣者にふるまっていた。
くっすんも「飲んでみたいなぁ。」とぼやいたら、ご住職は大きな骨から発生した骨の粉が入った水ならよいと、特別に許可してくれた。チャレンジ精神旺盛なのか、生への執着が強いのか、くっすんはコップに入った水に採取した骨粉をごく少量つまみ入れ、一気に飲み干す。飲んで一呼吸置くと、「肩が軽くなったような・・・。」気がする。
ご住職が「800年長生きします。」とおっしゃるので、「800年間、(昔偉で)毎週歩きます。」と人魚の骨に期待するくっすん。「いやいやいや。誰と歩くんや、800年。」と河田アナにツッコまれ、「いやもう、代々河田家の方と・・・(歩きます)。」と壮大な物語を語る。
龍宮寺を出たところで、関西人の男性に声をかけてもらう。その昔、福岡の大学に通っていて、今は大阪で勤めている。会社が休みで、かつての同級生や後輩とともに、遊びにきているとのこと。
MBSで2018年6月13日に放送された、『吉本陸上競技会 THE GOLDEN 2018』にて、ちちんぷいぷいチームの1員として出場したくっすんを見て、T.K.が出ていると思ったそう。「U.K.です。」と訂正するくっすん。
午後0:30、スタートから5.5キロ、川端商店街のアーケード下を歩く。商店街の通路のど真ん中に、アーケードの天井に届きそうな高さの、ド派手な飾り山笠が置いてある。実際に博多祇園山笠のお祭りで走る本物。
毎年7月1日~15日まで行われる博多祇園山笠は、鎌倉時代から始まった伝統あるお祭りで、300万人もの観客が集まる。開催期間中は、町のあちらこちらに豪華絢爛な山笠が置かれる。
クライマックスの『追い山笠』では、7つの地区それぞれの山笠を、男衆が粋なふんどしに半被姿で担いで、博多の街中を疾走する。
商店街を歩いていると、お祭り男3人組(お祭り関係者)に出会う。3人の中に、現在北海道で勤めていて、祭りのために3週間休みをとって博多に滞在している猛者がいた。毎年、北海道から帰省して参加しているとのこと。それほど、博多っ子は山笠命。
スタートから6キロ、専用の駐車場に止められている、屋台群の前を通る。夜の中洲で活躍する屋台たちも、昼間は駐車場で静かに眠っている。他では、なかなかお目にかかれない珍百景。
中洲の屋台は、第二次世界大戦で店を失った人たちが始めたといわれる。現在、約100店舗の屋台・約2600店舗の飲食店などが、中洲で軒を連ねる。
中州側から、昭和通りが通る、那珂川に架かる橋を渡り、天神方面へ歩く。
この橋は、江戸時代に福岡藩主・黒田長政(黒田官兵衛の子)が、城下町・福岡と商人の町・博多をつなぐために中洲に架けた。
スタートから7キロ、午後2:05、スタッフさんが予約を入れていたお店・『元祖博多めんたい重』にて昼食。河田アナは『めんたい煮こみつけ麺 煮こみ焼豚付き』を、くっすんは看板メニューの『元祖博多めんたい重』を食べる。
河田アナのつけ麺はもっちりとした太麺で、トマトの他10種類以上の野菜と明太子をブレンドしたつけ汁をつけて食す。
丸ごと大きな明太子がのっかったお重は、かけるタレを4つの辛さのレベルから自分で選べる。くっすんは、小旨辛タレをチョイス。食レポでは、めちゃめちゃ美味しい明太子+めちゃめちゃ美味しいタレ=、結果全部めちゃめちゃ美味しいとのこと。
午後3:10、夏の苛烈な日差しを浴びながら歩き、
スタートから約7時間30分、
スタートから9キロ、修行場の圓應寺に到着。1602年に創建された浄土宗のお寺。姫路出身の武将・黒田官兵衛の妻・照福院殿が建立した、黒田家の菩提寺。
一般の方でも参加できる礼拝行体験を、隔月第2日曜日に実施している。礼拝行について、副住職にお話しをうかがう。
礼拝の基本動作は、座った状態から立ち上がりまた座って深く拝む。拝むときは、両ひざ・両肘・額を地面につける五体投地を行う。その動作を、煩悩の数・108回繰り返す。平たく言えば、スクワット運動的な修行。
さらに、これを『南無阿弥陀仏』と念仏を唱えながらするかをら大変。
7世紀に中国の僧・善導大師がこの礼拝行を編み出し、その後に日本へ伝わったとされる。副住職も、修行で礼拝行をさせられたとのこと。
一般の方で、108回の礼拝セットを、平均40~45分で達成する。礼拝行中の人は、最初の50回はまだまだ終わらないなと考えてしまいがちだが、後半になるにつれて、ランナーズハイのように気分が高揚する。最後には、心身脱落の境地に達するという。
今回は、普段から礼拝行をされている、副住職の奥さんもいっしょに参加してもらい、御本尊の阿弥陀如来様の前で、いざ修行開始。副住職がマイクで唱える、『南無阿弥陀仏』にリードされながら、五体投地を1回行う間に、念仏を3回唱える。五体投地の際、てのひらは上に向け、頭より高く揚げる。そのてのひらに、足をのせる仏様から功徳をいただく。
座禅が静の瞑想ならば、礼拝行は動の瞑想である。
修行開始から18分、序盤の50回を乗りきる。くっすんに疲れの色が見え始め、河田アナの目が澄んでくる。ここからどんどん身も心も疲弊してゆき、しまいに心身脱落へなるはず・・・。
修行開始から28分、80回を達成。河田アナがますますキリリと男前の表情になり、くっすんは念仏の声がか細くなり、体がついていかない。
修行開始から36分、ついに100回を達成。くっすんはすでに、全てが限界寸前の極限状態。河田アナは心身脱落の境地に入ったのか、隣のくっすんを全く気にせず、首筋をつたう汗も気にせず、礼拝を続ける。
そして108回を達成し、礼拝行は終了。
修行を終えての感想。河田アナは、途中までしんどいという思いが強かったが、やっているうちにそんな気持ちも忘れることができた。
くっすんは、呼吸が浅くなって気絶しそうになったが、隣の河田アナを見るとちゃんと礼拝していたので、ついていかないとマズイと思い、気が付けば終わっていた。副住職が、「とにかくついてこなアカンというような、一心にというところがね、やっぱり大事ですよね。」とくっすんを称える。
最後に10か所目の御朱印、圓應寺の御朱印をいただき、10日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:福岡県福岡市博多区・福岡空港 → 妙楽寺 (4km) → 龍宮寺 (4.5km) → 川端商店街 (5.5km) → [昼食]:『元祖博多めんたい重』 (7km) → ゴール:圓應寺 (9km)