MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』39日目~40日目のまとめ。
【39日目】 2018年02月14日(木)放送
旅の内容:●奈良市柳生町「剣禅」▲知られざるコウモリの生態■最先端の組み立て式カヌー★御本尊の頭に乗れるお寺?!
スタートは京都府笠置町・JR『笠置駅』。目標地点は奈良市柳生町・芳徳寺。約10キロのコース。
午前8:30、京都府笠置町にある、JR『笠置駅』の駅舎前からオープニング。朝から雨降りで、ビニール傘を差す2人。尺八は濡らしてはいけないので、本日はお休み。ロケ日の天気予報は、雨のち曇り。
今回の修行は剣禅。一般的に知られていない言葉だが、剣術を通して禅の境地を目指す。
午前8:45、2月の冷たい雨の中、京都のJR『笠置駅』から歩くこと0.5キロ、奈良県奈良市広岡町へ入る。
歩くこと少々、『こうもり博物館』を見学する。
開館前に特別入れてもらうと、ケースに収められている、コウモリの標本を見て悲鳴をあげる2人(BGM:バットマン)。スタッフの奥村さんは、「かわいいでしょ。」というが、そうとは断定できない河田アナ。
こちらの博物館は、コウモリの標本や写真、世界各国のコウモリグッズ、生態の解説などを展示して、コウモリについてもっと知ってもらおうという趣旨。
日本のコウモリ研究の第一人者・前田喜四雄先生が笠置町に住んでいるので、15年前に自宅近くに博物館を作った。
動物全般を好きなくっすんが、コウモリは苦手な様子。それは血を吸ったり、噛んだりするというイメージがあるから。日本にいるコウモリは、蚊とかハエとか飛んでいる虫を食べるとのこと。それを聞いて、「良い子らやん、意外に。」とくっすん。
ちなみに、血を吸うチスイコウモリは、中南米に生息している。
コウモリ大好きの奥村さんから、さらにお話しをうかがう。世界にいる哺乳類約5,000種類のうち、約1,000種類はコウモリ。
日本ではあまり良いイメージをもたれていないコウモリだけど、中国では蝙蝠[biānfú]と呼んで、变福[biànfú]=招福に発音が似ていることから、縁起の良い動物とされている。そこから、長寿・富裕・健康・善良な心・天寿全うの五福を、5匹のコウモリで表すようになった。
日本でも江戸時代までは、縁起物として着物の柄などにコウモリが使われていた。
日本でコウモリが良いイメージの動物になったらいいですね、と河田アナ。奥村さんも、コウモリのイメージ向上に努めたい。
午前9:30、雨がさらに激しさを増す。
奈良県奈良市広岡町から、一旦京都府笠置町へもどる。
スタートから1キロ、フジタカヌー研究所を取材する。研究所では、カヌーの中でもコックピットの部分だけ開いた、カヤックを主に製造している。昭和51年創業で、社長の藤田さんにお話しをうかがう。
先代社長がカヌーを普及させようと場所を探したところ、木津川の流れに惚れ込み、ほど近い笠置町に会社を設立した。
せっかくだから、最新のカヤックを拝見。一見すれば、ただの大きな四角いバッグ、と空気入れ。バッグのファスナーを開けると、キャンプのときのテントのようなシルバー色の骨組みが出てくる。これがカヌーになるとは到底思えないと河田アナ。
藤田さんは工具を使うことなく、手際よく骨組みを組み立てていく。骨組みを組み上げると、カヤックのフレーム部分が完成。そのフレーム部分を、防水シートでできた袋状の船体の、コックピットにある穴から突っこむ。
仕上げに浮力をつけるため、空気入れで船体に空気を詰め込む。船体が膨らみ、12分でカヤック完成。
そのカヤックに、くっすんが試乗体験。座り心地が良くて、目の前にテレビがあったら生活できる、と感想を述べる。
組み立て式カヤックのお値段は30万円ほど。分解してバッグにしまえば、宅配便で送ったり、飛行機の手荷物にできたりと運搬が楽。
関西にはアクセスの良い場所に、カヌーに適した海や川が多いので、ぜひ挑戦してほしいとのこと。
午前10:20、研究所を後にする。
笠置山登山口からは、山登り。標高288メートルの笠置山は、奈良時代に僧侶の山岳修行の場であった。雨降りの急な坂道に、ヘトヘト。例によって、くっすんは弱音を吐きつつ登る。ついには、霧まで出る始末。
山を登ること1時間、スタートから3キロ、笠置寺に到着。飛鳥時代に創建された、真言宗のお寺。毘沙門堂から鎮守社へ移動し、ご住職の小林さんとおちあう。
ご住職に案内され、お外にある御本尊の『弥勒磨崖仏』を拝観する。高さ約16メートル・幅約15メートルの巨石に彫られた弥勒菩薩で、今は輪郭だけしか残っていない。
飛鳥時代(650年前後)に大友皇子の発願で、天人によって彫られたという伝説が残る。1331年に後醍醐天皇が笠置山にたてこもり鎌倉幕府と戦った際、弥勒磨崖仏も焼かれ、今の姿になった。
奈良時代の僧侶は、笠置寺の岩の間を上り下りして修行した。修行の総仕上げは、磨崖仏の頭の上に登ることだった。
スタッフさんがくっすんさんに、せっかくだからと磨崖仏の頭の上に行くことを提案する。河田アナも賛成で、ご住職も「なかなかお寺のご本尊様のおつむの上、頭の上に登ることはないですよ。ここぐらいしかないと思います。」と強く勧める。
ご住職に同行してもらい、磨崖仏の上にあがらせてもらうくっすん。
CM明け・・・午後1:30、京都府笠置町笠置寺。高さ16メートルの磨崖仏に登るくっすん。くっすんは岩場を登っていくかと思っていたら、整備された階段を登る。
約3分で磨崖仏の上に到着。ビビりながら少しずつ前進するくっすん。
くっすんの声は聞こえども、磨崖仏の下にいる河田アナから姿は確認できない。勇気を出して、磨崖仏の前方へいま1歩前進するくっすん、すると顔がひょっこり出て確認できた。
ご本尊の上に立って、すごく失礼な気もするが、なんとなくご利益がありそうと、くっすん。そして、商売繁盛・無病息災・家内安全・昔偉高視聴率を願って手を合わせる。
くっすんとご住職が、河田アナのいる磨崖仏の下まで戻ってくる。磨崖仏に上がったくっすんは、「なかなか、なかなか立派でしたよ。」とご住職にたいそう褒めてもらう。
午前11:55、柔和なご住職とお別れして、下山する。
午後0:00、正午を知らせるメロディが聞こえる。
下界へ戻ってくると、ようやく雨があがり、ビニール傘をたたむ。
再び人気のない峠道に入り、まったく出会いもないまま歩くこと1時間、
午後1:00、京都府笠置町から奈良県奈良市へ再度入る。
奈良市の道路標識のすぐ先に、『歓迎 剣聖の里 柳生』看板がある。
曇り空から太陽が顔を出す。
スタートから7.5キロ、丸裸の杉の木・『十兵衛杉』が、木々の間から見える。柳生十兵衛が柳生の里を離れるときに植えたとされる。昭和48年の2度落雷によって枯れてしまった。
ここで剣聖・柳生十兵衛について、河田アナがさらっと解説する。通称十兵衛で知られている、柳生三厳(みつよし)は、生涯で13,500人の弟子を育てたといわれる。剣術の柳生新陰流という流派を、多くの人に広めた。
スタートから8キロ、予約していた『十兵衛食堂』にて昼食。河田アナ・くっすんともに、名物の『十兵衛うどん とろろめし』を食べる。うどんにまるまるのっている2つのしいたけは、柳生家の家紋・二蓋笠を表している。しいたけ味の出汁が利いているうどんで、体を温める。
素朴だけど落ち着く味だと河田アナ。
お店を出たら、あとは修行場を目指すのみ。あいかわらず、道中誰とも出会うことなく歩き、登り階段に突入する。今日はアップダウンが多かったので、しんどい。「あかん。乳酸菌がいっぱい出ている。」とぼやくくっすん、「乳酸ね。」と訂正する河田アナ。
午後2:45、スタートから10キロ、目標地点の修行場・芳徳寺に到着(雨が止んだので、くっすんが尺八の効果音を吹く)。十兵衛の父親である初代柳生藩主・柳生宗矩(むねのり)の時代、1638年に柳生家の菩提寺として、沢庵和尚によって創建された。
本堂にて、ご住職の橋本さんに剣禅についてお話しをうかがう。剣術と禅はかけ離れているように思われるが、刀や槍など武器自体は心もなく、それを扱う人間の心の持ちようが大事。柳生新陰流では人を斬らずに活かす剣を目指し、剣術を通して心を鍛える。宗矩は沢庵和尚から禅の教えを受け、剣禅一致の柳生新陰流を完成させた。
ご住職は若い頃から修行のため、柳生新陰流に励んできた。剣禅で使用する武器は、割った竹を袋で包んだ『袋竹刀』。木刀や竹刀と違い、少々体に当たってもケガをしない、人を思いやる工夫がしてある。
くっすんを相手に、ご住職の剣術の腕前を拝見する。くっすんの打ちこみに、素早く反応し、返しの剣で動きを制する。
芳徳寺境内にある、柳生正木坂剣禅道場に移動し、剣道着に着替えて、いざ修行開始。柳生新陰流の剣禅修行を行っている、畑峰さんと池之側さんに指導していただく。
今回は初心者2人のための特別メニュー。
最初に座禅を行い、無我の境地を目指す。
座禅の修行の後は、剣術修行。教わるのは、柳生新陰流の基本にして全ての技に通じる『輪之太刀(わのたち)』。無我の境地で相手の打ちこみを防ぐと同時に、相手の剣を払う、攻防一体の技。
それぞれ先生から、ワンツーマンで技の型を教わる。見よう見まね、手取り足取りで、体で型を覚えていく。「出来ました。完璧です。」と豪語するくっすん。
傍らで温かく見守っていたご住職から、上達してきているとお言葉をもらう。くっすんが「筋はいいですか、我々。」と聞いてみると、「悪いです。」と即答。
続いて、先生を相手に実践的な打ちこみの修行。河田アナは、なんとか腕の動き、足の運びがスムーズにできている。しかし、腕の筋肉が痛くなってくる。
自信満々だったくっすんは、一発目から構えを間違える。腕の動きがぎこちなく、足も止まっている。そして、相手の袋竹刀が怖くて仕方ないから、ビビりの表情が出過ぎ。恐怖を克服するには、心を無にしないといけない。
2人は、先生相手に輪之太刀の型をひたすら繰り返す。
修行の仕上げに、河田アナ対くっすんの打ちこみ稽古。軽く打ち合わせをしてから臨んだら、河田アナの最初の打ちこみがくっすんのおつむを直撃。ちゃんとやってと駄目出しする河田アナ、痛くて泣きべそになるくっすん。さらに、河田アナの打ちこみを受け流せず、もう1発もらう。
気を取り直して再挑戦。河田アナの容赦ない真剣な太刀を、必死に受け流すくっすん。その最中、先生に「曲りなりにもできてるよ。」と認めてもらう。河田アナとくっすんは阿吽の呼吸?で輪之太刀を出し合い、修める。
最後に39か所目の御朱印、芳徳寺の御朱印をいただき、39日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:京都府笠置町・JR『笠置駅』 → 『こうもり博物館』 → フジタカヌー研究所 (1km) → 笠置寺 (3km) → 『十兵衛杉』(7.5km) → 昼食:『十兵衛食堂』(8km)→ 目標地点:芳徳寺 (10km)
【40日目】 2018年02月21日(木)放送
旅の内容:●金剛山「山岳修行」▲入れ食いでニジマスゲット■凍り豆腐の歴史を知り 豆腐を食す★金剛山の十三仏参り
スタートは大阪府千早赤坂村・金剛山ロープウェイ『千早駅』。山岳修行のスタート地点は地蔵堂。目標地点は奈良県御所市・転法輪寺。約7キロのコース。※ナレーションの桂南天さんがインフルエンザになったため、桂紅雀さんが代理を務める。
午前8:00、大阪府千早赤坂村にある、金剛山ロープウェイ『千早駅』の乗り場へ続く、階段の下からオープニング。朝の気温は1℃で、冬の山の寒さが身にしみる。
大阪府の南東部に位置する千早赤坂村は、府内で唯一の村で、奈良県に隣接している。
今回の修行は山岳修行。役行者が修行したとされる、金剛山(標高1125メートル)にアタックする。出発地点から、高さ約650メートルを登る。
1966年に開通した金剛山ロープウェイは、千早駅(標高708メートル)~金剛山駅間を6分で結ぶ。千早駅を出立した矢先、ロープウェイの駅がたいそう古そうなので、「乗りましょうよ、歴史を感じましょうよ。」と提案するくっすん。乗り物禁止の昔偉ルールをほっておいて、「じゃあ、乗ろうか。」と制止するどころかのっかる河田アナ。
代わりにスタッフさんが「駄目です。」と制止。昔の人が苦労してロープウェイを作ったからと、さらに駅へ引き返そうとするものの、駄目です・・・という小芝居?が演じられる。
まずは、歩きながら河田アナの千早歴史講座。千早赤坂村出身の楠木正成は、後醍醐天皇について、鎌倉幕府の倒幕に活躍した。1333年の『千早城の戦い』では、20万の幕府軍相手に1,000人の兵で戦い、籠城して3ヶ月間城を守り抜いたとされる。幕府軍が正成らにてこずっているうちに、反幕府の勢力は挙兵できた。
その功績が認められて、正成は明治時代以降に大楠公(だいなんこう)と称され、今も楠公さんの愛称で慕われている。
午前8:35、スタートから1.6キロ、自然の川を利用した、『千早川マス釣り場』に立ち寄る。カップルや親子連れなど、若いお客さんが多いとのこと。
まず釣りざお・エサ代を払い、釣った魚の重さの分だけ料金がかかるシステム。時間制限はなし。
2人は釣りに挑戦。釣り堀の川には、放流された養殖のニジマスがようさんいる。釣り開始から1分、河田アナの釣りざおに反応があり、あげてみるとゲットできた。くっすんのさおにもすぐに反応があり、「獲ったど~。」と雄たけびながら釣り上げる。
その後も次から次へニジマスが釣れ、入れ食い状態ではしゃぐ2人。
開始から10分、魚入れには8匹のニジマスがぴちぴちしている。くっすんは釣り名人になった気分だけど、小さいお子さんでも簡単に釣れる。
釣れたニジマスは持ち帰るか、併設の食堂で調理してもらってすぐに食べられる。2人は食堂にて朝食。くっすんは『ニジマスの塩焼き』を、河田アナは『ニジマスのから揚げ』を食べる。くっすんは「おいし~。」とのけ反って雄たけび、河田アナは『皮ぱりっぱり、中はふんわり。』と食レポ。心も胃袋も満たされ、釣りを大満喫した2人であった。
午前9:50、スタートから2.7キロ、フォルクスワーゲンの自動車が、いっぱい駐車されているガレージを発見する。くっすんは大金持ちのクラシックカー集めだとにらむ。駐車スペースの奥へ行くと、主を発見しお話しをうかがう。
中古のフォルクスワーゲンを専門に修理・販売している『ガレージ辻本』さん。
フォルクスワーゲンは、1937年創業のドイツの自動車メーカー。1938年に生産を開始したフォルクスワーゲン・タイプ1は、ビートルの愛称で親しまれ、2003年の生産終了までに2,100万台以上生産された。
お店にあるビートルの運転席に河田アナ、助手席にくっすんが座らせてもらう。くっすんの子どもの頃、お父さんがビートルに乗っていたので、久しぶりにビートルに座ったら、昔のことをちょっと思い出した。車から降りて、オーナーの辻本さんに、ビートルについてうかがう。
ビートルはものすごいシンプルやねんけど、よーできてるとのこと。愛好家も多く、イベントや趣味のドライブに使われるが、中には毎日乗っている人もいる。
午前10:45、スタートから3.4キロ、昔は凍り豆腐を作っていた、『山の豆腐』を取材する(坂道を登ってきたため、くっすんは息切れで効果音の尺八が吹きづらい)。1777年に創業した豆腐屋さんで、店先にて、店主の松本さんに凍り豆腐についてうかがう。
凍り豆腐は高野豆腐と同じものだが、この辺の人は高野山にライバル心があるため、高野豆腐と言うのを嫌うとのこと。
千早赤坂村では、寒冷な気候を利用して、江戸時代には凍り豆腐が作られていた。
凍り豆腐は、冬期の数日間に豆腐を冷たい空気にさらし、凍結と乾燥を繰り返して作る保存食。戦国時代、武田信玄が兵糧として用いたとされる。
千早赤坂村に、昔は何十軒も凍り豆腐屋さんがあった。しかし、機械化が進み工場で作るようになったので、どんどん減って、1970年には凍り豆腐の生産が終了した。
『山の豆腐』でも、凍り豆腐は作っておらず、普通の豆腐を作っている。国産大豆と金剛山の伏流水を使い、昔ながらの手作り。
機械化の波で凍り豆腐が無くなった半面、冷蔵技術の発展や車の普及で、より多くの人に豆腐を食べてもらえるようになった。
午前11:00、山の豆腐の向かいにある、『まつまさ』にて早めの昼食。『山の湯豆腐』を2人でシェアし、河田アナは『しいたけうどん』を、くっすんは『金剛山かつカレー(辛口)』を食べる。
『山の豆腐』の豆腐を使ったアツアツの湯豆腐で、豆腐本来の味を楽しむ。うどんは、ドでかいシイタケてんぷらが2つ入っている。カツカレーは、カツがサクッとしたお母さんの味で、くっすん理想のカレー。ストロングなカレーの匂いがシイタケの香りを消して、「カレーうどん食べてる気分になってきた。」と河田アナ。
CM明け・・・午後0:05、大阪府千早赤坂村、登ってきた坂を下る。
スタートから4キロ、金剛山の山岳修行の起点、『地蔵堂』に到着。標高470メートルにある地蔵堂から3キロ歩き、標高1125メートルの転法輪寺を目指す。
待ち合わせていた、転法輪寺のご住職の葛城さんと修験者の皆さんに、地蔵堂の前で合流する。金剛山にある登山道の中で、最も多くの人がお参りした道を登る。昔は行場として盛んだった金剛山、昭和に入ってから一般の登山者も登れるようになった。
午後0:30、いよいよ山岳修行開始。今回は金剛山の各所にある、13体の石仏をお参りして真言を唱える。江戸時代より多くの参拝者が十三仏を参ることで、極楽浄土を願った。13番目の石仏は山頂にあり、何番目の石仏をお参りしているかで、昔からおよその自分の位置を知ることができた。
地蔵堂の前にある1つ目の石仏・不動明王にお参りして先へ進む。
修行開始から0.3キロ、町の中を5分歩き、2つ目の石仏・釈迦如来にお参りする。
修行開始から0.6キロ、ふもとの集落を抜けて、本格的な山道に入る。山道の入口で3つ目の石仏・文殊菩薩にお参りする。
修行開始から1キロ、木でできた階段が現れ、ここから山頂まで全部階段とのこと。その数、およそ3,000段。くっすんは、「僕が大金持ちになったら、これ全部エスカレーターにします。」とコメント。
昔は階段もなく、登頂者は急で滑りやすい山道を登った。
下山途中の団体の登山者さんに出会い、「ハイ、くっすん頑張れよ~。」と声をかけてもらう。上で宴会をしてきたとのこと。『山なめんなよ』と書いてある服の女性は、アルプス・北アルプスの山登りに備えて、金剛山を50回ほど登っている。
くっすんは山頂までどれくらいか聞いて、3合目と知れされガックリ。
金剛山では、登山回数を記録するシステムがあり、回数カードを購入すれば、登山ごとに山頂でスタンプを押してもらえる。スタンプの最高回数を記録している平野さんは、オーバー15,000回のつわもの。
引き続き石仏にお参りしながら登ること20分、
修行開始から1.5キロ、午後1:30、標高700メートル付近の5合目で休憩。5合目に着くや否や、寝転がるくっすん。10分ほど休憩して、先へ進む。
ここから、山岳修行恒例の掛け念仏を行う。『慚愧 懺悔 六根清浄』のフレーズを、ご住職と行者の皆さんといっしょに唱えて、穢れを清める。
掛け念仏を唱えながら歩くこと20分、
午後2:05、10番目の石仏・阿弥陀如来にお参りする。掛け念仏をずっと唱えていると、6本の大根が頭に浮かんでくる、とくっすん。六根は眼・耳・鼻・口・身・意のことで、くっすん以外の人には6本の大根のイメージはつゆとも浮かばない。
標高900メートル付近、階段に雪が、しっかり残っていている。木を見上げて、樹氷を発見する河田アナ。樹氷は、氷点下の環境で、樹木に付着した氷の結晶。大阪では、樹氷が見られるのは金剛山だけともいわれる。
落ちたばかりの樹氷を踏み歩き、
修行開始から2.6キロ、9合目に到達。山頂へ通じる近道と楽な道の分岐点で、ご住職は厳しいが近道を選ぶ。くっすんは一人で楽な道を歩くと提案するが、ご住職に却下される。
山頂まで残り300メートル、再び掛け念仏を唱えながら進む。
午後2:30、修行開始から3キロ、階段を上りきる。
午後2:40、金剛山頂に到着。山頂から見下ろす景色が、最高のご褒美。
そして、雪景色の目標地点・転法輪寺に到着。665年に役行者によって創建されたお寺で、山号の『金剛山』が山の名前になったとされる。
境内には、12番目の石仏・大日如来があったが、明治時代の廃仏毀釈により別の場所に移された。石仏の代わりに塔をお参りする。
本堂の裏を進み、13番目の石仏・虚空蔵菩薩にお参りして、十三仏参りを制覇。仕上げに本堂でお参りをして、転法輪寺の山岳修行を終了する。
本堂へ続く階段の下で、修行を終えての感想会。河田アナは、六根清浄を唱えると不思議と余計なことを考えずにいられた。くっすんは、昔から伝わっていることの大切さを実感できた。
ご住職は、1000年以上たくさんの方がお参りしている、転法輪寺で精霊たちに後押ししてくれるきっかけを、『六根清浄』が与えてくれるかもしれない。四季折々の転法輪寺の姿を、見に来てもらえば幸い。
最後に40か所目の御朱印、転法輪寺の御朱印をいただき、40日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:大阪府千早赤坂村・金剛山ロープウェイ『千早駅』 → 『千早川マス釣り場』(1.6km) → 『ガレージ辻本』(2.7km) → 『山の豆腐』 (3.4km) → 昼食:『まつまさ』→ 『地蔵堂』(4km) → 目標地点:転法輪寺 (7km)