MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』43日目のまとめ。

 

【43日目】 2018年03月14日(木)放送 [最終日] 

 

旅の内容:●熊本県玉名市「功徳行」▲ネタばれ注意?!日本マラソンの父■今も受け継がれる博愛心に感動★総決算?!死亡遊戯的五重塔の試練

 

スタートは熊本県玉名市・JR『新玉名駅』。目標地点は熊本県玉名市・誕生寺[奧之院]。約9キロのコース。

 

午前8:00、熊本県玉名市にある、JR『新玉名駅』の駅舎前からオープニング。朝から雨降りで、ロケ日の天気予報は雨時々曇り。

 突然ですが、河田アナから重要なお知らせ。永らく続いた日本修行場めぐりシリーズ、本日が最終回です。「僕、クビですか?」と、くっすんにとっては晴天の霹靂。安心してください、修行場めぐり編が終了するだけで、河田アナとくっすんの旅は、まだまだまだ続く・・・。

 

 本日の修行は、修行場めぐりシリーズの総決算となる、功徳行。五重塔を登りながら、各階で違う修行をおこなう。

 

 玉名市は、熊本県の北西部に位置する、人口66,000人の市。JR『新玉名駅』の前には、玉名市ゆかりの人物・金栗四三の銅像が建っている。マラソンランナーの金栗は、初めてオリンピックに出場した日本人。

 

午前8:10、のどかな田んぼ道を西へ歩き、

午前8:45、スタートから2キロ、『玉名市立歴史博物館 こころピア』にて、『日本マラソンの父・金栗四三』展を観覧する。こころピアは平成6年にオープンした博物館で、古代から近世までの玉名の歴史を学べる。

 

 開館時間前に、特別観覧させてもらう。技術主任の佐藤さんに、案内と解説をしてもらう。佐藤さんのネックストラップのIDカードの上に、金栗の文字の入った手作りアップリケが付いている。

 

 朗らかに笑っているおじいちゃんの写真は、誰であろう金栗四三。生まれは玉名市のお隣の和水町で、父が43歳のときに生まれたので四三と名付けられた。その後、玉名市の池部家に養子に入り、晩年を玉名市で過ごした。

 

 明治45年にスウェーデンで開催された、ストックホルムオリンピックにマラソン選手として出場した。ところが、レース中に意識不明となり、コースアウトして途中棄権した。

 そして、あろうことか、棄権の手続きをとらずに帰国してしまった。だから、ルール上は、ずっとゴールしてない状況になっていた。

 

 そこで、金栗はストックホルムに55年ぶりに招待され、オリンピック委員会の用意したゴールを切った。ストックホルムでは、行方不明になった日本人として有名だという。そのゴール時のポーズが、2代目グリコマークのモデルの1人となった。

 

 金栗は地理教師をしながら、子どもや学生にマラソンを教えた。玉名市の小学校のマラソン大会のスターターも務め、生涯にわたってマラソンの普及に尽力したことから、日本マラソンの父と呼ばれている。また、いつもニコニコ笑顔なので、『仏の金栗』とも呼ばれた。

 

午前10:00、歩きながら、くっすんに大阪マラソンで番組代表ランナーとして参加してみてはどうか、と提案する河田アナ。

 

 マラソンの話しで盛り上がること15分、

スタートから3キロ、大正14年に創立した、玉名女子高等学校を取材する。 教頭先生に案内され、中庭に移動すると、『日本赤十字社 発祥之地』の石碑がある。発祥之地はいくつかあって、そのうちの1つとされる。

 

 学校から車で20~25分のところにある田原坂では、1877年に西南戦争最大の激戦・『田原坂の戦い』が繰り広げられた。佐野常民が、日本赤十字社の前身となる博愛社の設立をこの辺りで提案し、戦いの負傷者を敵味方なく助けた。

 

 看護師を目指す、看護科1年生の実習授業を、特別に見学させていただく。生徒さんに、看護師になりたい理由をインタビュー。

 「苦しんでいる人が多いから、寄り添っていけるような、優しい看護師さんになりたい。」とか、お母さんが看護師でカッコいいなと思って・・・とか。ピュアな生徒さんたちの語りを聞いて、心が洗われて涙をにじませるくっすん。

 

 せっかくだから、いつも体の不調を抱えている、くっすんが患者役としてベッドに横たわる。体験するのは手浴で、手首や親指の付け根を注意しながらマッサージして、患者さんにはリラックスしてもらう。

 くっすんを手浴中の生徒さんにも、看護師になりたい理由をうかがうと、病気で亡くなった自分のお母さんのように、苦しい思いをして亡くなる人が少しでもなくなるように、看護師としてたくさんの命を救いたいとのこと。ステキな博愛に、そんなこと自分は思ったこともないと、またも感動して涙するくっすんであった。

 

スタートから3.5キロ、午前11:30、ご当地ラーメンの玉名ラーメンが食べられる、『中王ラーメン』にて昼食。河田アナは『中とろラーメン(煮玉子・チャーシュートッピング)』を、くっすんは『並ラーメン』+揚げ豚足の『韋駄天』を食べる。ラーメンは、焦がしニンニクの香りがブワァーと広がる。くっすんがかぶりついた豚足は、食感がすごいプニプニしている。一口かぶりついた豚足を、「食べます?」と聞くが、断る河田アナ。

 

 CM明け・・・午後0:00、雨の熊本県玉名市。修行場を目指して、北へ歩く。

 全く人気のない山道へ入り、出会いもないまま歩くこと4キロ、

スタートから8キロ、石でできたミニ五重塔の横に、目標地点まであと1.3kmの案内板がある。

 

 雨の強まる中、険しい山道を登りながら、1キロ歩き、

スタートから約5時間30分、

スタートから9キロ、午後1:30、目標地点の修行場・誕生寺[奧之院]に到着。真言律宗の修行場として、昭和53年に建立された。玉名出身で平安時代の高僧・皇円上人を、ご本尊・皇円大菩薩として祀る。

 

 修行を行う五重塔・『五重の御堂』近くの軒下で、お世話になるご院代の川原さんに、功徳行についてお話しをうかがう。

 行いを積み重ねる修行で、五重塔の1層~5層まで、地・水・火・風・空と5つの功徳を重ねていく。最上階の『空』にたどり着いたときには、2人に仏さんの姿になっていただきたいとのこと。

 

 これまでの修行の集大成、功徳行を開始。川原さんら3人のお坊さんに後に続き、修行着に着替えた河田アナとくっすんは、五重の御堂に向かう。

 

第1層:地の修行

 悟りを得る決意を示すため、ご本尊にお経を唱えて戒律を授かる。両膝・両肘・額を畳に投げ伏せる、五体投地で仏に帰依する気持ちを表す。

 戒律を授かり、ご本尊の名を唱えながら階段を登る。

 

第2層:水の修行

 墨を含んだ水で、般若心経を写経することで、仏の知恵を授かる。1字1字を仏様と思って、仏様を描く気持ちで丁寧に書く。いつもはスピード重視で書くくっすん、最終回に至って初めて、1字1字丁寧に書く。

 

 しかし、敵は足元から忍び寄る。長時間の正座にともない、足がしびれてたまらず崩す2人。川原さんに写経を終えるまでは正座、と注意される。修行を受ける子供たちも正座のまま写経するので、大人として見本になれるよう、しびれと戦わねばならない。

 

写経開始から1時間、しびれに耐えながらなんとか書きあげる2人。ようやく足を崩し、つかの間の休憩。「こんなに正座したの初めて。生まれて初めて。」と足ガクガクの河田アナ。

 最後だから少しでも成長を見せたいと気合を入れて書いたくっすん、河田アナもその丁寧さを認める。

 しびれをとる間も十分とらせてもらえれず、フラフラの足取りなロボットの如く、次の層へ登る。

 

第3層:火の修行

 護摩行煩悩を焼き払う。炎の熱と煙の中で、一心不乱に御本尊の名を唱えることで、体を清める。

 1層~3層まで正座が続き、足のしびれのダメージも積んでいく2人。まともに歩くこともできず、ヨロヨロのままですぐに次の層へ登る。

 

第4層:風の修行

 真言宗の瞑想法・阿字観を行う。大日如来を表す、『阿』の言葉を発しながら息を吐く。呼吸を整えることで自然と心も整い、悟りの境地を目指す

 『阿』の字を観ながら瞑想を行うことから、阿字観と呼ばれる。阿字観で心を落ち着かせ、ついに集大成の集大成へ向かう。

 

第5層:空の修行

 ご本尊・皇円大菩薩と一体となる。撫で仏とも呼ばれる、皇円大菩薩に触れ、自分の体の同じ場所を触ることで、一体になる。御足・御背中・御顔・御頭に触れ、全身で一体化する。

 最後に、五体投地で修行達成の感謝を表す。

 

修行開始から3時間、功徳行の修行を達成。そのまま、修行のまとめに入る。くっすんは、これでけ重ねていっぺんにやると、功徳行が一番苦しかった気がする。

 河田アナも、まだまだ届かない、自分が未熟なんだなと、修行を重ねるだけ感じた。

 川原さん曰く、日常の1つ1つのことが、修行。誰も見てないところでゴミを拾ったりすることなど、功徳の積み重ねで、仏さまの世界に近づける。

 

43か所目の御朱印、誕生寺・奥之院の御朱印をいただき、修行場めぐり最後となる、43日目の旅を無事終えた。

 

 2人は五重の御堂の近くで、43回におよぶ修行場めぐりを振り返る。くっすんは、修行をやればやるほど、あーやっぱり僕ってアカンねんな、っていう謙虚っていうか・・・、ちょっと素直になれたかなと思う。

 河田アナは、自分ではなかなか1歩踏み出せないことを、体験させてもらえた。

 寒中禊では、すっごいきついのに、進んで試練に飛び込む人たちが、毎年100人もいることに驚いた。

 滝行で、高いところから落ちてくる滝の下に入っていくのが、恐ろしくて恐ろしくて仕方なかったくっすん。

 大変な修行をすればするほど、まだまだやなあ or もっと一生懸命やらなアカンねんなあと思い知らされるけど、背中をポンと押してもらって、成長する大きなステップになったのではないかと河田アナの総まとめ。

 

 2人が「お疲れ様でした。」と、あらえる者、あらえる物、あらえる機会に感謝して・・・

第16章『日本 修行場めぐり』

 

 

■簡易チャート

スタート:JR『新玉名駅』→ 『玉名市立歴史博物館 こころピア』 (2km) → 玉名女子高等学校 (3km) → [昼食]:『中王ラーメン』(3.5km)→ 目標地点:誕生寺・奥之院 (9km)

 

 

MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』41日目~42日目のまとめ。

 

【41日目】 2018年02月28日(木)放送 

 

旅の内容:●大阪・河内長野市[滝行]ナウな国宝三尊を拝観■大阪発祥のスダレを学ぶ★気合いを入れて 決意の滝行

 

スタートは大阪府河内長野市・南海/近鉄『河内長野駅』。目標地点は大阪府河内長野市・勝光寺。約10キロのコース。

 

午前7:30、大阪府河内長野市にある、南海/近鉄『河内長野駅』の駅舎前からオープニング。尺八を吹きながら、登場するくっすん。

 練習では良い音が出ていたのに、カメラが回り本番になったとたん緊張して音が出ない。河田アナがメンタルが弱いからと指摘する。修行場めぐりをしていなかったら、もっと音が出てないと主張するくっすん。その違いを実演しようとしたが、まったく変わり映えしない・・・ので、近くで2人を見ていたタクシードライバーさんも笑った。

 

 本日の修行は、滝行。午前7:40の時点で、気温は11℃。真冬の中では、まだ温かい方。

 

スタートから1.5キロ、くっすんの通っていた、小学校の先輩の女性にばったり出会う。くっすんは同窓会の総会で、いつも仕事をいただいているという。

 同窓会の司会を上手にこなしているので、テレビのときと全然違うと言われる。同窓会では、進行の台本を用意してもらい、漢字は全て振りがながふってあると明かすくっすん。漢字もろくに読めないと知った先輩から一言、「最低です。」。

 

午前8:20、スタートから2.5キロ、町のど真ん中にある、塚穴古墳に到着。横穴式の石室をもつ古墳で、現在は入口が土で塞がれている。平成7~8年に教育委員会が調査を行ったものの、誰のお墓かなど詳しいことは分からなかった。

 

 ただ、江戸時代に石室の中が組み換えられたことは明らかになった。一説には、お大阪城築城の際、古墳の石材を運ぼうとしたが、疫病の蔓延や不吉なことが起こり、元に戻したともいわれる。

 

 花よりだんごのくっすんは、古墳の後ろにひかえる、中華料理屋さんの看板の、メニューの大きい写真を見て、四川風石焼陳麻婆豆腐がメチャメチャ美味しそうとおっしゃる。古墳の解説をしていた河田アナは、「もういいよ。中華料理の話しもういいよ。」と気分を害した。

 

午前9:00の時点でも、気温は11℃。もうちょっと、気温が上がってほしい2人。

 

くっすんの先輩出会って以降、誰とも出会うことなく歩き、

午前10:10、スタートから6キロ、2年前に仏様が国宝に指定されたばかりの、金剛寺に到着。お寺の敷地は、約2万坪=甲子園球場1.7個分。奈良時代に、聖武天皇の命により行基上人が創建したとされる。

 

 ご住職の堀さんに、本堂にあたる金堂を案内していただく。普段は格子越しにしか拝観できない国宝三尊を、特別に内陣の中に入れてもらい、間近で鑑賞する。中心に大日如来、その脇に降三世明王と不動明王を配する。『国宝・木造大日如来坐像』は、台座から光背までの高さが6メートルちょい。

 

 平成21年から金堂の修復が行われ、同時に3体の仏様は博物館で保存修復された。そのとき、不動明王坐像の胎内に、彫られた年代や仏師の名前など書かれているのが見つかった。天福二年=1234年に、快慶の一番弟子である行快によって作られたと認められ、2017年に三尊そろって国宝に指定された。

 くっすんは、「(三尊が)今年の流行りの色であるゴールド・・・。だから、若い子たちにもすごくウケるんじゃないですか?」とコメント。

 

 2人はご住職とともに三尊に手を合わせ、金堂を後にする。

午前11:10、近くにお食事処がないため、特別に金剛寺で場所をお借りしての昼食。美しい庭園をバックに室内で、河田アナ・くっすんともに『仕出し林 花見弁当』を食べる。

 3種類のごはん、天ぷら・ホウレンソウの白和え・お惣菜・イチゴなどの入った、春っぽい彩り豊かなお弁当。シイタケの含め煮を食べて、「うーん。味が良く染みてる。」と河田アナ(シイタケ好き?)。優雅なひとときを過ごす2人であった。

 

 CM明け・・・午後0:20、大阪府河内長野市。金剛寺を出て、すぐ隣にある、『すだれ資料館』を見学する。併設する井上スダレ株式会社が、すだれの文化を後世に残すため、平成16年に設立した。

 

 井上スダレの中尾さんに、館内を案内してもらう。入口を入ってすぐ、天井からぶら下がっている、大きなスダレは大阪金剛簾で、平成8年に国の伝統的工芸品に指定された。

 河内長野市・富田林市・河南町など、金剛山周辺で良質な竹が採れたので、江戸時代以降に金剛簾の生産が始まった。現在では、主に神社仏閣で使われている。

 

 伝統的な製造は15工程あり、完成には1ヶ月半を要する。昭和に入り機械が導入されたので、大量生産が可能となった。竹を細く割ったヒゴを、1本1本編む作業など、重要な部分は今も職人さんが時間をかけて行う。

 

 館内に展示されているタイプの、昔ながらの織り機を使って、現在も竹ヒゴを編んでいる。竹には盛り上がった節がある。人の手で、並んだ竹ヒゴの位置を左右に

少しずつずらして織ると、節で柄ができる。単純に線でできた柄に加え、千鳥の柄などが作られる。

 

 テレビショッピングのノリで、「これってお高いんでしょう?」と聞いてみるくっすん。入口の金剛簾で、約20万円とのこと。高いといえば高いけど、職人さんのかけた時間と労力を考えれば、納得できる。

 

午後1:10、けっこうなこう配の坂道を、ひーひー言いながら登る。日差しが出て、天気回復の兆し。

 坂道を下っていると、反り返り気味の木を発見するくっすん。風の影響で木が斜めになったのかな、と考える河田アナ。その木から、くっすんはのけ反って「エディバウアーとかいうやつ。」があったと言い張る。聞いたこともない変な言葉を聞いて、笑いながら「イナバウアーや。」と訂正する河田アナ。

 

 後半はアップダウンをくり返す道のりだが、順調に歩く。

 目標地点手前で、マスクをかけた女性に声をかけてもらう。滝行の修行についてうかがうと、けっこう人気らしい。ここで滝行をしたことがあるかも聞いてみると、ないし、しようとも思わないとのこと。

 

スタートから歩くこと5時間30分

スタートから10キロ、午後2:00、目標地点の修行場・勝光寺(しょうこうじ)に到着。昭和31年に、先代のご住職が建立した真言宗のお寺。

 

 本堂の前で、ご住職の井本さんに滝行についてお話しをうかがう。最近滝行ブームがきて、月に100人くらい参加するとのこと。特に女性の参加者が増えている。

 そして、1月2月の寒い時期に来るのは、大きな課題をもっている人が多い。

 

 滝行の前に、本堂の御本尊の不動明王の前で、ご住職から人間繁盛学を学ぶ。人間繁盛するのに、自力・他力・運が必要。他力を借りるために、『他己中人間』にならなあかん。他人を幸せにすることで、はじめて自分を幸せにできる。

 

 続いて、般若心経の読経を行い、さらに座禅を行う。そこで警策を左右の肩に2発ずつもらい、痛さと声をこらえるくっすん。河田アナも同様にもらい、痛さと笑いをこらえる。

 1回で警策が終わり・・・かと思いきや、もう1回追加に、「ウソ?」と笑ってしまうくっすん。2発もらっては「うっ。」と声が漏れる。警策のショックは大きく、くっすんのメンタルや呼吸が乱れまくる。その乱れが河田アナを巻き込んで、とばっちりの警策をもらう。

 

 本堂から300メートル歩き、裏山にある行場に到着。ご住職曰く、「これほど、あの、行に向いてる滝ない・・・。」

 

 いよいよ滝行・・・かと思いきや、ウォーミングアップに駆け足。ダウンを脱いで、滝の前からお寺の駐車場まで、往復400メートルをランニング。

 

 体も温まり、更衣室で腰巻に着替えて、ついに滝行の修行開始。更衣室を出ると、やっぱり寒い気温7℃。

 そして滝に入る最終準備。お酒で、滝と体を清める。ご住職が密教の呪法のひとつ・『九字』を切る。

 手桶に汲んだ水を体にかけて、慣らす。河田アナは、「思ったより、冷たいです。」と定番のコメント。下半身に水をかけたくっすんは、「おおぉぉぉ~。」と絶叫する。

 

 滝の傍らに祀られる、不動明王像に安全を祈願し、準備完了。

 まずは河田アナから。「やるぞ。×3」を唱え、気合注入。「皆さんがこれからも

、健康でありますように。」と祈願し、滝からパイプで分けられてる分水に、約1分間打たれる。打たれている間、ご住職が般若心経を唱える。唱え終われば、終了。見事にやり遂げ、全てに感謝して手を合わす。

 

 続いてくっすんの番。「やるぞ。×3」を唱え、気合注入。「逃げない。×3」と誓い、滝の水に打たれる。目をギュッとつむった、必死の形相で寒さに耐え、言葉通り逃げずにやり遂げた。

 

 滝行を終了し、滝のそばで、すぐに修行のまとめ。「この冬場の滝は、値打ちあるやろ。」とご住職。

 河田アナは、思っていたより水が冷たくて・勢いもあって、厳しい修行だった。滝行のダメージが残っている、くっすんは、体が痛くて動けなかったっすけど、僕はもう、絶対逃げないと決めたから、逃げなかった。

 

最後に41か所目の御朱印、勝光寺の御朱印をいただき、41日目の旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート:南海/近鉄『河内長野駅』→ 塚穴古墳 (2.5km) → 金剛寺 (6km) [昼食] → 『すだれ資料館』→ 目標地点:勝光寺 (10km)

 

 

 

【42日目】 2018年03月07日(木)放送 

 

旅の内容:●広島県福山市「火渡り」▲福山の伝統工芸品でセッション?!紙飛行機は人生?!★不動明王の炎でみんな無病息災

 

スタートは広島県福山市・JR『万能倉駅』。目標地点は広島県福山市・明王院。約13キロのコース。

 

午前9:00、広島県福山市にある、JR『万能倉駅』の駅舎前からオープニング。駅舎のかげから登場するくっすん。そのとき入口で、背負っていた尺八をぶつけ、2人ともびっくりする。

 

 福山市は広島県で最も東に位置し、広島市に次いで2番目に人口が多い。

 今回の修行は、1~2月がシーズンの火渡り。火の中に自ら一歩を踏み出す、勇気のいる修行。明王院での火渡りが行われるイベント・愛宕大権現大祭の開始が、午後6:00なので時間を気にしながら歩きたい。

 

 明王院は、かつて2013年3月7日放送の『西国街道 厳島神社の桜を目指せ』編で訪れたことがある。そのときは、国宝指定の本堂・五重塔を拝観した。

 

スタートから2キロ、伝統工芸品の福山琴を作っている、『藤井琴製作所』を取材する。

 

 琴を作って60年の、藤井社長に案内してもらい、さっそく福山琴を拝見する。

 高級品の琴で、音が良いのはもちろん、見た目が雅やか。その歴史は古く、江戸時代に初代福山藩主・水野勝成から、歴代藩主によって芸事が奨励されて、福山で盛んに製造された。

 楽器類で伝統的工芸品に指定されているのは、福山琴だけ。

 

 作りかけの、琴の内部を見せてもらう。素材は綾杉で、細かいギザギザの模様が彫られている。ノミを使って内部に彫りを入れることで、音の反響は複雑になり音色が良くなる。

 

 続いては、火入れの作業を見学する。800℃ほどに熱したコテで、琴の表面を焼いて、木目を浮かび上がらせる。木が焦げないよう、加減してコテを当てなければならない。

 焼いた木を磨くと、木目が美しく浮かび上がる。一般的に、木目が複雑なほど高級品とされる。さらに蒔絵などの装飾を施して、福山琴が完成する。

 

 お琴の先生に、特別に福山琴を弾いてもらう。お正月のイメージな曲・『春の海』で、雅やかな音色に拍手を送る。

 せっかくだから、河田アナは先生に琴の手ほどきを受けて、くっすんの尺八とセッションする。曲目は琴の初心者向けの『さくら』で、冒頭の『さくら さくら』はいっしょに演奏したけど、後は河田アナの独奏であった。それなのに、「よっしゃあぁ~。できたあぁ~。」と大きくガッツポーズをとるくっすん。

 

午前10:50、畑のかたわらで休憩している、おとうさんに出会う。年齢をうかがうと98歳とのことで、お元気さにびっくりする2人。

 若い頃、戦争でパプアニューギニアの方へ行って、4~5年過ごしたけど、生きて日本へ帰れたことが一番ありがたい。テレビで50歳や60歳の人たちを見るけど、「もうあんな、若い若い若いわ。」とまだまだ若者扱い

 

午前11:25、スタートから4.5キロ、『紙ヒコーキ博物館』を見学する。紙飛行機専門の博物館で、学生時代から紙飛行機の好きだった、折り紙ヒコーキ協会の戸田会長が2001年に設立した。

 

 館内で協会の事務局長・藤原さんに、お話しをうかがう。

 1階には、約300種類の紙飛行機が展示されている。その紙飛行機群は、戸田会長のオリジナル作品。

 紙飛行機を愛してやまない会長は、なんと紙飛行機滞空時間のギネス世界記録保持者。2009年に滞空時間27.9秒で世界記録を出し、翌年に自らの記録を29.2秒に更新した。いまだに記録は破られていない。

 

 2階では、変わった紙飛行機を拝見する。カモメの形をした紙飛行機は、投げると翼がパタパタ動く。飛行機の形をしていない、飛行リングなるものは、ちゃんとスーッと飛ぶ。

 

 河田アナとくっすんも、藤原さんといっしょに紙飛行機作りに挑戦。藤原さんにノウハウを教えてもらう。紙飛行機の翼の一番後ろを、ちょっとだけ上に曲げることが、良く飛ばすコツ。加減が難しい。

 

 博物館から近くの河川敷に移動し、作った紙飛行機で遊ぶ。紙飛行機は作り方だけでなく、投げ方も奥深い。少し上を狙って押し出すように投げることが、距離を出すコツ。

 河田アナから飛ばし、ちょっと上にいき過ぎたが、まずまずの距離。次にくっすんは、横に曲がったが、風にのってゆっくり着地。2人とも、約12メートルの飛距離を出した。

 

 トリは藤原さんで、河田アナとくっすんとそんなに距離が変わらなかったので、全然納得がいかない。その後も、紙飛行機を遠くに飛ばそうと、ひたすら投げる3人。

紙飛行機で遊ぶこと20分、集合してお開きにする。大人でも子供の頃を懐かしみ、楽しく遊べる紙飛行機。休みの日に、子どもさんと公園で飛ばして遊んでみるのも良いかも、と河田アナ。

 

午後1:05、スタートから5キロ、長らく川原で遊んでいたため、お昼を過ぎてお腹ペコペコ。だがしかし、お昼を予約していたお店は、まだまだ先にある。

 

午後1:55、スタートから8キロ、空腹をまぎらわすため、下調べに余念のない、河田アナが豆知識を披露。福山市の観光大使第1号は、なんとハリウッドスターのヒュー・ジャックマンさん(の演じるウルヴァリンさん)。くっすんも大好きなジャックマンさんは、人気出演映画『X-MEN』シリーズのスピンオフ映画・『ウルヴァリン SAMURAI』で、主人公ウルヴァリン役を務めた。

 

 そのロケ地が福山市・鞆の浦で、たいそう気に入ったという。映画の撮影をきっかけに、ウルヴァリン(の中の人)が福山市観光大使に就任した。

 それを聞いて、「ヒュー・ジャックマンもようやく僕に並びましたね。」と、森口市観光大使だから上から目線のくっすん。ちなみに、ウルヴァリンさんの方が、先に観光大使になった。

 

午後2:30、スタートから10キロ、福山城の前を通る。

 

 福山城の城下町を歩き、

午後2:45、予約していた『割烹 魚勝』にて、だいぶ遅い昼食。河田アナ・くっすんともに、福山市の郷土料理・『うずみ』を食べる。運ばれてきたのは、どんぶりに入った白ごはんで、きょとんとする2人。

 江戸時代に倹約令が出た際、庶民が贅沢な具材を、ご飯の下に埋めて食べたのが始まりと、お店の人に教えてもらう。

 

 温かい出汁をかけて、レンゲでお宝さがし。ご飯の下から、まる1匹のエビを発掘する2人。あっさりしたお味付けで、食材ひとつひとつの味が生きている。魚勝では、鯛やクワイといった地元の食材など、10種類以上埋めている。

 

 CM明け・・・午後3:55、広島県福山市を南西へ向かっている。

 

スタートから約7時間30分

スタートから13キロ、午後4:35、目標地点の修行場・明王院の本堂前に到着。807年に弘法大師が創建したとされる、真言宗のお寺。本堂と隣の五重塔は、国宝に指定されている。

 

 本堂にお参りをしてから、本堂前で、修験者の恰好をした、ご住職の片山さんに、火渡りについてうかがう。

 不動明王に火の力を借りて、煩悩や罪を焼き払ってもらう。明王院では、火渡りの後に、素足のまま愛宕権現の拝殿まで登り、額に紙をあてた上から法印を押してもらう。

 

 くっすんが、「途中で逃げても、叱られませんか?」と聞いてみると、「えーとね、逃げる場所がないんですよ、もう。」とのこと。

 

午後5:40、行事開始20分前、修行着に着替えた2人は、火渡りの参加者にインタビューする。

 まずは、過去何回か参加しているお父さんと、今回初挑戦の男の子の親子。男の子は火渡りを目前にして、楽しみと答える。とーても若いのに、りりしさに感心する2人。今回も、家族の無病息災を願っての参加。

 

 続いて、10回以上参加のおかあさん。火渡りのご利益で66歳まで生きてきて、いままで病気したっていうたら、子どものお産のときだけ、とのこと。心から、無病息災を火渡りのおかげだと思っている。

 

午後6:00、いよいよ火渡りの修行、開始。

 火渡りは、境内の広場で行われる。今回は特別に、修験者の皆さんといっしょに参列させていただく。

 

 火渡りの前に儀式を行い、広場に結界を張って、集まった人たちを清める。

 

 無病息災を願う、祈願文を読み上げると、中央の護摩壇に点火する。

 儀式が終わると、護摩壇を崩して、まだ燃えている護摩と木で、3メートルの火床を作る。.

 

 まずは、修験者の方々が火を渡る。厳しい修行を積み重ねているだけあって、わずか数秒であるが、躊躇なく完全に火の中を歩いていく。

 修験者たちが渡り終えると、一般の方が安全に歩けるよう、火力を弱める。それでも、かなりの熱が残っている。火傷しそうな熱そうな火床を見て、緊張する2人。

 

 一般参加者の先陣を切って、河田アナ・くっすんがいざ行かん。

 大勢の人たちが見ている中、真剣な面持ちで合掌する河田アナ。修験者の方に背中を押され、歩調を乱すことなく見事に渡りきった。

 続いてくっすん。いつになく真剣な面持ちで合掌するくっすん。修験者の方に背中を押され、最後に歩調が乱れたが見事に渡りきった。

 

 火渡りを終えて、ホッとする2人。「やっぱ、燃えてましたね。」と確認する河田アナ。「足が燃えた。×3」と興奮冷めやらぬ、くっすん。

 

 修行前にインタビューした男の子が、無事火を渡れるか心配になる2人。がんばれと声に出しながら見守っていたら、華麗に渡りきったので、もう一度インタビューする。「熱かったけど、楽しかった。」と一皮むけた様子で、2人は勇気を称えた。

 

 火渡り後は裸足で階段を登り、200メートル先の拝殿へ向かう。火の熱さから一転して、足の裏が冷たくて痛い。

 

足の裏の冷たさを我慢しながら、階段を登ること5分、拝殿に到着。

 紙を額に当て、地蔵菩薩の法印を押してもらうことで、死後に極楽浄土往きが約束されるという。2人は各々に法印を授かり、火渡りの修行を終える。

 

 修行を終えての感想。河田アナは、思っていたより火の燃えた状態で、皆さんが歩いたので、びっくりした。最も火の勢いが盛んなときに火渡りをさせてもらうのは、有り難いとご住職。

 また、一般参加者の最初で、炎が高く上がっている状態だったので、最初の一歩に勇気が必要だった。

 

 修行が始まる前に42か所目の御朱印、明王院の御朱印をいただいていた2人は、こうして42日目の旅を無事終えた。

 

■簡易チャート

スタート:JR『万能倉駅』→『藤井琴製作所』(2km) →『紙ヒコーキ博物館』(4.5km) → 福山城前 (10km) → [昼食]:『割烹 魚勝』→ 目標地点:明王院 (13km)

 2019年03月03日(日)、姫路市文化センター大ホールにて催された、『ドラゴンクエストコンサート in 姫路』に行った。演奏はOsaka Shion Wind Orchestra[大阪市音楽団]。この楽団さんが姫路でドラクエコンサートをされるのは、初めてらしい。

 

 わたくしが子供の頃、一番熱中したゲームがドラゴンクエストシリーズであり、思い入れのある作品順でいくと、5→3→4→2→1→6の順。7・8はプレイしたことはあるが、すでにいい大人だったので、あまり音楽は印象に残ってない。

 

 マンガ雑誌では、週間少年ジャンプに連載された『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』や月刊ガンガンに連載された『ロトの紋章』のファンで、連載中にリアルタイムで読んでいた。

 ダイの大冒険のアバン先生が実は生きていたときは、マジで嬉しくて泣きましたね・・・な~つかしい。最近PS4でジャンプフォースという、今昔のジャンプのキャラ同士が戦う格闘ゲームが発売されて、主人公ダイが参戦したので、ファンの方々がこれまた感激して涙したそうで・・・。

 

 さてさて、ドラクエの音楽については、ゲーム音楽CDを子どもの頃に買ってもらって、ヘビーローテーションで聴いていたので、ドラクエ1~6までの音楽曲は、たぶん死ぬまで覚えているでしょう。音楽CDには、ゲーム音源の曲に加え、オーケストラヴァージョンの曲も収録されていて、実はそっちの方ばかり聴いていた。

 さらにヤマハさんのピアノ楽譜本も買って、弾いていた。

 

 とまあ、ドラクエとその音楽には、非常に思い入れがあるので、姫路でコンサートがあると知ったときは、ありがたやーとなった。

 姫路でのコンサートの後援に神戸新聞社さんがあり、神戸新聞に宣伝が何度も載っていた。2019年03月02日(土)にも、神戸市三宮でドラクエコンサートがあったが、行こうと思えば行けたが、ドラクエ9メインで、9はやったこともないので、パスした次第。

 

 

 前置きが長くてすみません・・・。コンサートの会場は、姫路市文化センター大ホール。JR姫路駅から徒歩で向かい、開演時間の15:00の10分前に到着。

 前から10列目の端っこよりの席であった。楽団の全体が見えて、近すぎず遠すぎず、絶好のポディション。

 

 お客さんは、自分のようなドラクエ世代のおっさんばかりと思っていたが、10代20代の若者も以外に多く、大人が子どもを道連れにしたのかファミリー層も目立った。

 

 公演プログラムはこちら⇩

 

第1部 

 ◆吹奏楽による『ドラゴンクエスト1』

   ・序曲

   ・ラダトーム城

   ・フィナーレ

 始まりは、ドラクエの代表曲『序曲』。ゲーム好きで有名な、お笑い芸人コンビ・麒麟の川島さんは、コンサートで序曲の冒頭を聴いただけで、涙が出るとか・・・。自分は涙は出なかったが、鳥肌立ちっぱなしであった。

 『フィナーレ』はエンディング曲。ピアノでよく弾いていたので、1で一番好きな曲。

 

 ◆吹奏楽による『ドラゴンクエスト2』

   ・遥かなる旅路~広野を行く~果てしなき世界

   ・恐怖の地下道~魔の塔

   ・聖なるほこら

   ・この道わが旅

 フィールド曲・『果てしなき世界』は、仲間が2人そろって、ロトの子孫・3人パーティーになったとき流れる曲で、当時の感動がよみがえった。2で一番好きな曲。

 『この道わが旅』はエンディング曲。アニメ版『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』のエンディング曲であり、歌詞が付いていた。「出会いと~別れを~ 繰り返しながら~」(涙)。

 

 20分の休憩

 

第2部 

 ◆吹奏楽による『ドラゴンクエスト3』

   ・世界をまわる(街~ジパング~ピラミッド~村)

   ・冒険の旅

   ・海を越えて

   ・おおぞらをとぶ

   ・戦闘のテーマ~アレフガルドにて~勇者の挑戦

   ・そして伝説へ

 フィールド曲・『冒険の旅』は、とても勇ましく、ワクワクがとまらない曲。ゲームで終盤まで聴かされても、全く飽きない。最近では、トヨタの車のCMで使われたことが話題になった(車が4人パーティーを組む、斬新な演出)。

 『おおざおらをとぶ』は、空飛ぶ鳥・ラーミアに乗っているときの曲。静かなハープとフルートの演奏から、動に転ずるとき、鳥肌を禁じ得ない。

 ラスボス曲『勇者の挑戦』は、ボスの圧倒的強さと迫力を表現した、終始クライマックスの曲。ドラクエ3は、ボスの強さがほんと絶妙にバランスよく調整されてましたね・・・(ぎりぎり勝てそう or 負けそう)。

 エンディング曲・『そして伝説へ』は、ゲームの名場面を振り返る、走馬灯な曲。このころより、ドラクエのエンディングの尺がだんだんと長くなり始めた。ちなみにドラクエと並ぶ人気RPGのFFでも、6はエンディング曲がものすごく長い。

 

 アンコール

 ◆吹奏楽による『ドラゴンクエスト4』?

   ・間奏曲

   ・序曲

アンコール曲はいったいなんだろうと思っていたら、天空シリーズからだった。序曲に始まり、序曲に終わる。

 

 指揮・進行を務めた西村友さんの軽妙なドラクエトークも、笑いを誘い、楽しめた(ドラクエで主人公に、自分の名前を入れる方なのね)。

 

16:40、全てのプログラムが終わり、幕。

 

 とても濃厚な時間を過ごした。以上。