MBSさんのちちんぷいぷい木曜日のコーナー、楠雄二朗(くっすん)と河田直也アナが、歩いて歴史ポイントを訪れ、現地の人と触れ合うコーナー『昔の人は偉かった』の第16章『日本 修行場めぐり』35日目~36日目のまとめ。
【35日目】 2018年01月17日(木)放送
旅の内容:●静岡県 座禅で快眠!?▲この大空に翼広げ飛んでいきたい■美味しくて当たり前?!網目が命★どまん中推しの町?!
スタートは静岡県磐田市・見附宿。目標地点は静岡県袋井市・可睡齋。約13キロのコース。
午前8:00、静岡県磐田市にある、見附宿からオープニング。尺八の音とともに、映像が白黒に変わりノイズも入って時代劇調になる。そこに深編笠をかぶったダウン姿の虚無僧?が登場する。見事に尺八を吹き鳴らした後、挨拶して楠雄二郎と名乗る。
実は、以前の尺八修行(2018年7月放送・京都明暗寺での修行)で尺八の魅力に目覚めて、河田アナにもナイシショでひそかに習っていた。
尺八は『首振り三年ころ八年』と言われ、首を振り音の加減ができるまで3年、コロコロと良い音が出るまで8年はかかるほど難しい。くっすんは短期間で音が出るようになり、目下虚無僧になろうと精進している。
今回は、東海道を中心に歩く歴史旅。東海道は東京・日本橋から京都・三条大橋まで約500キロの街道。道中53の宿場が設けられたことから、東海道五十三次と呼ばれた。
午前8:20、オープニングからずっと深編笠をかぶったままで、顔を出してないくっすん。一応タレントなので、顔を映してもらいたいと許可を求める。「でもやっぱりね。よーく考えたら、これじゃあ(顔が見えないなら)、僕じゃなくてもいいじゃないですか。」と本人はおっしゃるけど、なんとなく雰囲気が出てると河田アナ。絵面としては面白いけど、あっさりと深編笠を脱ぐ。
河田アナが、公園の脇に『磐田市見附宿』の案内版を見つける。
東海道の宿場と言えば、歌川広重は53の宿場に日本橋・三条大橋を加えた、計55枚の浮世絵を描いた。
見附宿の浮世絵は『見附 天竜川図』で、天竜川に渡し船の船頭と乗客を描いた。江戸時代には橋がなかったので、舟で川を渡った。
スタッフさんが事前に、絵に描いてある場所辺りを市役所の方に案内してもらい、撮った写真のフリップが河田アナに手渡される。それを見ると、草木がぼうぼうで邪魔して、天竜川が見えない。今と、昔の浮世絵の風景を見比べると、今昔の感があり、面白いと感じる2人。
唐突に、現在の写真のフリップに、UFOが映っているとくっすん。晴天の空に、小さな黒い影が映っている。と思いきや、河田アナが手で払うと取れたので、ただのホコリだった。
快晴の空の下を東へ歩き、
午前8:40、スタートから0.5キロ、大見寺に到着(効果音:くっすんの尺八)。1315年に創建されたお寺で、境内には江戸時代を生きた浮田幸吉のお墓がある。
本堂の前で、河田アナが浮田幸吉について解説。幸吉は、日本で初めて空を飛んだ人物といわれている。1903年に、ライト兄弟が世界初の動力飛行に成功した、という偉業は広く知られているが、幸吉は1785年に動力を使わずに飛行した。
ご住職の大鐘さんに、本堂の中を案内してもらう。本堂の天井に、『鳥人幸吉の翼 想像模型(1/2サイズ)』がぶら下がっている。ハンググライダーのように風に乗って飛ぶ・・・はず。
大空に憧れた幸吉
江戸時代に岡山で生まれ育った幸吉は、幼いころから空を飛んでみたいという夢をもち、鳥の羽のサイズや体重を測り、自分との比率を計算して、翼のある飛行装置を作った。
1785年に、橋の欄干から飛び立った。
その結果、うまい具合に風に乗って、空を旋回することができたとのこと。ここで話しが終われば美談だが、調子に乗った幸吉は、フライト中に「誰か知ってる人いないかなぁ。」と探した。すると、突然風向きが変わって、墜落した。空を飛んだ英雄となるどころか、騒ぎを起こした罪で岡山を追放されるはめになった。
しかし、追放されて懲りるどころか、移り住んだ静岡で2回目の飛行をおこなった。そして、2度目の追放。満足したのか、懲りたのか、幸吉は磐田の地に移り、食堂を営みながら、余生を過ごしたとさ。
幸吉が夢を実現させたように、ご住職は夢をもって挑戦してほしいと子供たちに言って聞かせている。
くっすんも新しいことに挑戦していると、ご住職の前で尺八の演奏を披露、拍手とお褒めの言葉をいただく。
午前9:30、更に東へ歩き、
スタートから4キロ、雪を冠する富士山の頂上が、手前にある山の向こう側にチラリと見える。見附という地名は、江戸時代に京から江戸へ向かう際、初めて富士山を見つけられたことが名の由来とも言われる。
午前10:50、静岡県磐田市から袋井市へ入る。袋井市はマスクメロンの生産量が日本一。マスクメロンの中でもクラウンメロンを栽培している、農家さんへ向かう。
その道中、おかあさん方に出会い、クラウンメロンについてうかがう。そんな珍しいもんでもなく、親戚から頂き、買って食べるってことはないとのこと。「僕も親戚になりたいです。」と、うらやましがるくっすんは、「こっち、じゃあ、お婿さんに来たら?」と誘われる。
スタートから6キロ、クラウンメロン栽培歴20年の、大庭さんのガラス温室を取材する。昼間の温室の中の温度は、30℃に保たれている。全てのカメラのレンズが曇り、カメラマンさんのメガネのレンズも曇る。
マスクメロン
マスクメロンの一種が、明治33年にイギリスから東京に伝わり栽培され始めた。大正時代以降、日照時間の長い静岡県で、盛んに作られるようになった。
種をまいてから、百日前後で出荷する。大庭さんのところでは、8棟の温室で順々に種を植えるので、1年中メロンを収穫できる。
メロン作りで大変なことは、毎日水や温度の管理をすること。管理を怠ると、網目が綺麗にできず、等級が下がってしまう。クラウンメロンは美味しくて当たり前で、あとは見栄えが求められる。
網目が均一で細かい方が等級が高く、等級は上から富士>山>白>雪と分かれる。最高級の富士ともなると、20,000円の値がつくが、全体の収穫から0.1%しかできない。
本来は1本の木からメロンができるのは3つだが、栄養やうま味を集中させるため、小さいうちに2つを取る。地元の方は取った小さなメロンを、しょうゆ漬けや浅漬けにして食べるとのこと。
2人は温室の前で、マスクメロンのしょうゆ漬けを試食させてもらう。「思ったより、美味しい。」と、思ったことをすぐに口に出すくっすん。「フルーツなんで、お漬物にはどうせ・・・どうせ?(向かないだろう。)」と甘くみていたもよう(この前、スイカの奈良漬を美味しいって食べたのに・・・)。河田アナに、そんなこと?では絶対に虚無僧になれない、とダメ出しをくらう。
大庭さんは、今後も富士の高み(マスクメロンで)を目指したい。
午後0:10、東海道から少しそれたので、また戻ってきて、再び東へ歩く。
袋井宿のエリアに入り、
スタートから7.5キロ、ちちんぷいぷい放送圏外にも関わらず、おねえさんから声をかけてもらう。袋井は、東海道のど真ん中だと力説してもらう。
袋井宿が、日本橋 or 三条大橋のどちらから数えても、27番目の宿場町になることから、『東海道のど真ん中』をキャッチコピーにしている。小学校の名前にも、どまん中が付けられているほど。
おねえさんとこの酒屋でも、『どまん中うまし酒』を販売している。地元で90年愛されている『ヤマジ酒店』に招いてもらい、お母さんと妹さんも登場。
酒屋さんの隣りで、夜に居酒屋さんを営業していて、2人はそこで提供している”おもろ”をごちそうしてもらう。
おもろは豚足を煮込んだ沖縄料理で、琉球の古代歌謡『おもろさうし』から名付けられた。大きな豚足にかぶりつけば、ぷるんぷるんの食感で口の中で溶けてゆく。
河田アナは通りすがりの中年2人に対して、とても温かいもてなしをしてくれたことに驚く。
ありがたいことに、オススメのお昼ご飯のお店と袋井名物メニューの『たまごふわふわ』、さらに名所の『どまん中茶屋』を教えてもらった。
CM明け・・・午後0:50、静岡県袋井市。
スタートから9.5キロ、『とりや茶屋』にて昼食。河田アナは『ランチ(天ぷら・刺身)』を、くっすんは『ランチ(焼肉・刺身)』を食べる。どうしても食べたかったので、デザートのメロンを真っ先に食べるくっすん。味がクラウン&クラウンしているからと、クラウンメロンだと断定する。
そして、袋井市の名物・日本最古のたまご料理とされる、『たまごふわふわ』を2人でシェアする。ミニサイズの鍋のフタをとると、三つ葉のかかった、ふわふわと盛り上がったたまごが飛び出す。
袋井宿で朝食として提供されていた、たまごふわふわを、江戸時代の文献を参考に再現している。名は体を表すのか、ホンマにふわふわ。たまごをメレンゲ状になる手前まで混ぜて、カツオと昆布でとった、沸騰した出汁に入れる。フタをしてわずか10秒で完成する。
午後2:10、快晴の空の下、下校途中に縦笛を吹く小学生よろしく、尺八を吹きながら歩くくっすん。体が午後になって和らいだ?ので、良い音色を奏でる。
スタートから10キロ、『どまん中茶屋』に到着(効果音:くっすんの尺八)。東海道のどまん中に位置する袋井の宿場町で、2000年に建てられた、東海道を歩く人の休憩所。ボランティアスタッフの関原さんにお世話になる。
テーブル型の囲炉裏の前に座り、お話しをうかがう。茶屋の壁に、広重の五十三次の絵が3枚掛かっていて、一番右の絵は静岡『袋井 出茶屋ノ図』である。お茶屋さんに座り、タバコで一服している旅人を描いた作品。
茶屋を出てすぐむかいにある、江戸時代に描かれたその場所を案内してもらう。絵の中に描かれたとされる榎の木に、昔の絵と構図が同じになるよう、現代にヤカン・案内版を配置している。実は、この絵をモチーフにどまん中茶屋が作られた。
絵の中では、ヤカンの火をキセルに移している人物がいて、くっすんはその人物になりきって、同じポーズをとる。
午後2:40、冷たい風のなか袋井市を北上、修行場まで残り3キロ。
午後3:40、スタートから13キロ、目標地点の修行場・可睡齋(かすいさい)に到着(効果音:くっすんの尺八)。1401年に創建された、曹洞宗の禅寺。お寺の案内から修行まで、西垣さんのお世話になる。
まずは、室内にある巨大なひな壇を拝見する。段数32段に、約1,200体のひな人形が並べられている様を見て、圧倒される2人。巨大ひな壇の前に座り、お話しをうかがう。
お寺にひな人形の供養にやってくる、たくさんの方から、たくさんの人形が集まるので、せっかくだから供養とともに多くの人に見てもらって、人形の生命をよみがえらそうと始まったとのこと。お寺の中には、合計3,000体のひな人形がいる。
可睡齋ひなまつりは1月1日~3月31日まで開催している。
お寺の名前についてもうかがう。
家康と居眠り和尚さん
徳川家康の浜松城主だった頃、あるお寺の住職が、旧知の仲だった家康にお城に招かれた。ところがあろうことか、家康と対面のする際、居眠りしてしまった。
家康は「我を見ること愛児の如し。」と自分が子どもの頃から知っているから、そのまま寝かせてあげた。住職は可(べし)睡(ねむる)→眠るべしと可睡和尚と呼ばれるようになり、『東陽軒』という名前だったお寺も、『可睡齋』に改められた。
いよいよ、可睡齋の座禅修行、開始。
修行も実際に座禅を行う、座禅堂で座禅体験を行う。曹洞宗では、壁に向かって座禅を行う。達磨大師が9年間、壁に向かって座禅をしたことに由来する。
今回は、2回の座禅を行う。
1回目の座禅開始。姿勢を正し、目は閉じないで半眼にする。
可睡齋では、呼吸法を大切にしている。調息(ちょうそく)という呼吸法で、口から大きく息を吐き出し、吐き切ってから鼻から吸う。習得して毎日行うことで、自然と深い眠りを得ることができる。
西垣さんは一呼吸が20秒くらいで、ぐっと吸いこんだ空気はオヘソの下に溜める(臍下丹田の呼吸法)。息=自らの心と書くことから、呼吸が乱れれば、すなわち心も乱れる。
1回目の座禅終了。床に降りて立ち、5分程度ゆっ~くり歩く、経行(きんひん)を行う。次の座禅に備えて、気持ちをリセットする効果がある。一呼吸する間に半歩進み、堂内を静かに歩く。
河田アナとくっすんが10歩ほど進んだとき、西垣さんに「ずいぶん速いですね。」と注意を促される。2人が振り返ると、西垣さんはたった3歩しか進んでいない。呼吸は、ゆっくりゆっくり丁寧に行う。
経行を行うこと5分、河田アナは、リフレッシュした気になる。くっすんは、「目が覚めました。」と口が滑り?、2回目からは警策が導入される運びとなる。
2回目の座禅では、河田アナに警策、くっすんには強めの警策が入った。
これにて座禅体験が終了。
西垣さんから、ハードな座禅をよくがんばったとお褒めの言葉をいただく。可睡齋のお坊さんは、臍下丹田の呼吸法で朝までぐっすり眠れるとのこと。寝る前の入浴中に、この呼吸を10回やれば快眠間違いなし。
35か所目の御朱印、可睡齋の御朱印(雛祭り限定ver.)は、修行の前にいただいていて、35日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:静岡県磐田市・見附宿 → 大見寺 (0.5km) → 大庭さん家のガラス温室 (6km) →『ヤマジ坂店』 (7.5km) → 昼食:『とりや茶屋』(9.5km) →『どまん中茶屋』(10km) → 目標地点:可睡齋 (13km)
【36日目】 2018年01月25日(木)放送
旅の内容:●東京都中央区 [寒中禊]▲歴史の動いている場所・歴史の動いた場所■異国風のお寺に響くパイプオルガン★もうヘタレとは言わせない?!
スタートは東京都千代田区永田町・国会議事堂。目標地点は東京都中央区・鐵砲洲稲荷神社。約5キロのショートコース。
午前6:00、東京都千代田区永田町にある、国会議事堂の前からオープニング。夜明け前で真っ暗な中、後ろに堂々とそびえたつ議事堂を見やる。くっすんは、なぜか議事堂の建築材料を気にするが、鉄骨鉄筋コンクリート造りなので、頑丈であろう。
今回の修行は、寒中禊。「夏ならよかったですけどねー。」とくっすん、それでは寒中にならない。鐵砲洲稲荷神社(てっぽうずいなりじんじゃ)では、毎年1月の第2日曜日に寒中禊を行っている。氷柱入りのプール?に体を漬ける。それを聞いて、「氷は意地悪ですか?」とツッコむくっすん。
午前10時までに神社に着かないと、修行に参加できないので、早い時間のスタートで、歩く距離は短め。
午前6:15、真っ暗な中、議事堂から東へ歩き、
スタートから1キロ、皇居の桜田濠にある、外桜田門[桜田門]に到着(効果音:くっすんの尺八)。先週の回で使われた、くっすんの尺八演奏効果音システムは、今週も継続。
1860年旧暦3月3日に、大老・井伊直弼が江戸城に向かう途中、水戸脱藩浪士らに桜田門前で襲撃された。直弼には約60人の護衛がいたにも関わらず、わずか18人の刺客に暗殺された。世に言う『桜田門外の変』である。
なぜ暗殺されたのかというくっすんの疑問に、幕末マニア?の河田アナが答える。直弼は安政の大獄で、吉田松陰など幕府にあだなすと、反対派を片っぱしから捕まえて処刑していった。たくさんの護衛がいたのにと幕府の面目は丸つぶれで、明治維新に繋がっていく。
凄惨な事件が起きた場所に立ち、「ああ、恐い。(×2)」とビビるくっすん。
午前6:30、朝明けの空の下、広大な皇居のお濠に沿って歩く。遠き東京の地、有楽町マリオンに『阪急』の文字を見つけ、近き関西ローカルを思い出す。
日曜日の早朝で人気もまばら、東京メトロ『銀座駅』の出口[C4]横を通る。河田アナが「ここが銀座か。」と、和光のセイコー時計の下でつぶやく。
スタートから2.4キロ、銀座4丁目界隈を歩く。そして、『山野楽器本店』の前に立つ。ここは、国土交通省発表の2018年公示地価が、日本一だった場所である。
スタッフさんが用意した、1平方メートルのパネルを、2人でいっしょに持ったところで、河田アナからくっすんへクイズの出題。山野楽器本店前の1平方メートルの、地価はいくらか?
分かりやすくパネルを地面に置き、くっすんが答えていく。最初80万円と答えるが、河田アナに『もうちょっとするんちゃう?』と言われ、150万円に増額。河田アナが、パネルの表面の紙をめくると、5,550万円なり。
庶民派のくっすんは目が飛び出し、銀座で店を構えるすごさを実感する。ついでに、「ちなみに河田さんの家の土地は、いくらぐらい?」と、さりげなく聞く。言わへんわと断固拒否するが、どうしても聞きたいくっすん。くっすんの誘導尋問?に、ちょっと言うそぶりを見せたが、さすがにテレビでは『言わへんわ。』。
歌舞伎の殿堂・歌舞伎座の前を通り、
午前7:15、築地市場があった、築地が目の前。卸売市場の機能は、豊洲へ移転したが、飲食店が100軒ほど並ぶ商店街、『築地場外市場』は健在。
築地市場
1923年の関東大震災で、東京の魚市場は壊滅的な被害を受けた。そこで、海軍から土地を借り、開設した東京市設魚市場が、築地市場の始まり。全盛期は、年間5,000億円を超える、世界一の取引額を誇った。
午前7:30、築地場外市場にある、有名なマグロ買うおっちゃんの店・『すしざんまい 本店』にて朝食。店頭で、『はい、すしざんまい』の構えをとる、等身大の社長人形がお出迎え。店内を覗くと、満員御礼でびっくりする2人。
河田アナ・くっすんともに、『海鮮ちらし丼 大名椀付き』を食べる。海鮮ちらし丼の具は、中トロ・マグロの赤身・カンパチ・イカ・サーモン・アジ・ホタテ・ビントロ・アカエビ・イクラ・アナゴ・玉子と盛り沢山。
もしかして3億円のマグロが食べられるかもと期待していた2人、食事前に副店長に聞いてみると、初セリの翌日に完売したとのこと。社長さんの気前が良いので、大トロ・中トロ・赤身は、通常と同じ価格で販売された。
海鮮丼を食べようかと箸をとる2人に、スタッフさんからお知らせが・・・。なんと、自分らは3億円のマグロを食べたという。実はスタッフさんたちは、すしざんまい本店のロケハンに、初セリの次の日に訪れたのだ。
そのときにスマホで撮影した、3億円のマグロの中トロの画像を見せてもらう。見た目はごく普通なので、河田アナが味の方を聞くと「3億円の、味がしました。」と返ってきたので、間髪を入れず「ホンマかいな。」とツッコむ。
スタッフさんたちの僥倖をうらやましがるも、気を取り直して、海鮮丼に手をつける。どのネタも脂がのっていて、まさに味ざんまいに贅沢ざんまい。過酷な修行の前に、スタミナをつける。
午前8:15、お腹いっぱいで、再び歩き出す。築地場外市場を出て、横断歩道を渡り、
スタートから3.5キロ、築地の名前の由来になっている、築地本願寺に到着。元々は、西本願寺の別院として浅草にあったが、1657年の明歴の大火によって消失してしまった。もう一度お寺を立て直したいとの願いに、幕府に代替地として海だった場所を与えられた。
熱心な信者によって、海を埋め立てて寺が再建されたことから、この地を築地と呼ぶようになった。築地本願寺の本堂(国の重文)は、昭和9年に再建された。
築地本願寺の東森さんに、異国の雰囲気漂う、本堂についてお話しをうかがう。本堂は古代インドの仏教寺院をモチーフにしているとのこと。
本堂の中に入ると、1970年の寄贈された、ドイツ製パイプオルガンが鎮座している。本堂では、仏教音楽の無料コンサートを開催している。
せっかくだから特別に、パイプオルガンで仏教音楽を聞かせていただく。奏者は法衣姿の伊藤さんで、曲目は『恩徳讃(おんとくさん)』で、親鸞聖人の教えを音楽(歌)で表したもの。
曲が終わったので、惜しみない拍手を送る2人。すると、もう少し演奏があるというので、耳を傾けると、『ちちんぷいぷい』のCMに入るときのメロディであった。粋な計らいに、拍手を重ねる。
お寺でお坊さんが演奏するパイプオルガンを聞き、感動する2人。いつものコンサートでは雅楽の演奏も加わると聞き、尺八見習い奏者のくっすんは、勢いでセッションを持ちかける。DJ風タレント曰く、「グルーヴ感ですね、音楽というのは、こう、一体になれるものですから。」。
パイプオルガンの演奏に合わせ、となりで適当?に尺八を吹くくっすん。珍妙なセッションが終わり、「ピッタリ。」と自画自賛するくっすんに、「俺は尺八ない方がいい。」と、はっきりバッサリの河田アナ。伊藤さんには、「素晴らしかったです。」と言ってもらう。
午前9:00、築地本願寺を後にしようとすると、神戸からお越しの観光客の方に声をかけてもらう。菅笠のおかげで、遠くから発見できた。
築地本願寺はカフェが有名で、朝早くから人が並び、整理券が配られる。午前7時40分から並んで、朝ごはんを食べたとのこと。スマホで撮った朝ごはんを見せてもらうと、18個の器に盛られた18品のおしゃれな料理が、長方形のお盆に整列している。
築地本願寺から修行場まで、残り1キロ。この時間になって、冷たい風が吹きはじめた・・・寒中禊日和?
境内から聞こえてくる、太鼓と笛の音が二人を出迎えるように、
スタートから5キロ、午前9:30、目標地点の修行場・鐵砲洲稲荷神社に到着、すでに禊用プールが設置されていて、怯えるくっすん。
841年に生成太神を祀ったのが、この神社の始まりとされる。また、幕府がこの地で鉄砲を試射したことが、名前の由来ともいわれる。
寒中禊について、本殿の前で宮司の中川さんにお話しをうかがう。昭和30年から始まり、今回で64回目になる。身を削ぐような厳しい行をすることで、地域の人や自分の安寧を願う。
直径6メートルの円形型禊用プールは、1本135キロの氷柱を2本入れて、キンキンに冷やしてある。水温は7℃と、誰もができる修行ではないので、参加できない人たちの分まで、修行者一同が身を清め、心をひとつにしていく。2人は自分のためだけでなく、家族のため、身の回りに人のため、視聴者のためにがんばる。
いよいよ、寒中禊の修行、挑戦開始。
参加する男子は、白ふんどし一丁に白ハチマキに着替えて、女性は白衣に着替えてスタンバイ。腕組みして寒さに堪えているおにいさんに、参加理由をインタビューすると、実は結婚する新郎さんで、ご友人方といっしょに禊にきた。奥さんは、まだ寝ているとのこと。カメラに向かって、奥さんに宛てて「めっちゃ寒いですけど、きょう、がんばります。」と決意表明。
今年の参加者は合計105人。とある女性にインタビューすると、参加15回目の超ベテランで、年齢は71歳とのことでびっくり。正月はこれをやらなきゃ、と毎年参加している。
メガネをかけた男の子にインタビューすると、いま小学3年生で、寒中禊初挑戦。隣にいたお父さんから聞くと、2019年が自分の厄年なので、一人で参加するのもアレだからと、息子を道連れにした。男の子は、「俺もやりたい。」といやいやでもない。
午前10:30、寒中禊の幕が上がる。まずは、鐵砲洲稲荷神社弥生会の会長さんから開催宣言と、無理しないように注意の呼びかけ。
次に、宮司さんが、修行の無事を祈願する。さらに、神社本庁から寒中禊を指導する資格を与えられた、道彦による神事が行われる。「今日は、雪が降んなくて、残念でした。」と参加者の緊張をほぐす。
いよいよ、冷たい水に浸かる・・・と思いきや、みんなで神社のぐるりをランニング。その距離、200メートル。しかし、体が温まるどころか冷えて冷えて、「日陰が嫌や。」と弱音を吐きだすくっすん。
続いて、振魂(ふりたま)行事。祓戸大神(はらえどのおおかみ)の名を唱え、魂を奮い立たせる。まだまだ、鳥船(とりふね)行事。掛け声とともに船をオールでこぐ所作を行い、体の邪気を祓う。準備運動を兼ねて、10分間行う。
雄健(おたけび)行事で、神に向かって叫び、決意を示す。雄詰(おころび)行事で、手刀で邪気を断つ。仕上げは、氣吹(いぶき)行事。深呼吸で、体と心を整える。
待ちに待った?寒中禊の本番。人数が多いため、2つの組に分かれて交互に禊を行う。河田アナとくっすんは、後半の組。前半の組の禊を、見守る。寒中禊は、1回に約30秒浸かる。禊中は、祓戸大神の名を唱え続ける。
前半の組の禊が終了し、2人も意を決して氷の入った極寒のプールに入る。道彦さんの合図で腰を下し、ひたすら『祓戸大神』を連呼して、必死の形相で冷たさと、そして己と戦う。こんなにも長い30秒があろうか・・・、ようやく後半の組が終了。
今度は、前半の組が再び、禊を行う。待っている組は、鳥船ではげます。厳しい寒さの中で、参加者の心が1つになる・・・、同じ釜の飯を食うならぬ、同じ寒中禊を経験する。
2回目・3回目と禊を行い、どんどん極限な精神と肉体の状態に追い込まれていく2人(特にくっすん)。
満身創痍のくっすんを見て、スタッフさんが「無理やったら、無理って言ってください。」と声をかける。周りの方々から、4回目は大丈夫か?と心配してもらうが、ここで止めるワケにはいかないと、自分で行けると判断して、覚悟の4回目。
河田アナとくっすんは、限界突破で気力を振り絞り、渾身の禊を行う。祓戸大神を連呼していたくっすんは、最後に「夏になれ~。夏になってくれ~。」と祈る。
そして2人は、30秒×4回の寒中禊を達成。神様に、修行達成の報告とお礼をして、参加者一同が自分たちに拍手を送る。
ふんどしの上に防寒着を着て、修行を終えての感想。2人とも入っている間は、冷たい・寒いを通り越して、痛い。くっすんは、逃げたい逃げたいという気持ちに勝とうと、一生懸命祈っていた。
大勢でしんどいことをいっしょにやっているので、周りの人ががんばっているから自分もがんばらなあかんと思った。一人では到底達成できないのが、寒中禊。
なんと、ロケ日のネットニュース[時事通信社]に、河田アナとくっすんの必死の禊姿が掲載された。
36か所目の御朱印、鐵砲洲稲荷神社の御朱印をいただいて、36日目の旅を無事終えた。
■簡易チャート
スタート:東京都千代田区永田町・国会議事堂 → 外桜田門 (1km) → 『山野楽器本店』前 (2.4km) →『築地場外市場』→ 朝食:『すしざんまい 本店』→ 築地本願寺 (3.5km) → 目標地点:鐵砲洲稲荷神社 (5km)
































































