3.創られた人間
いったい誰に自分は創られたのだろう。
DNAに刻まれた記録を辿り、自分の行動を重ね俯く。
みな創られた人間なのに、なぜこれほど自分を掘る。
いったい何処に自己がある。
何も考える必要はない。
全ては刻まれた記録を頼り生きていける。
意志で何を変えようと言うのだ。
愚かにも明日を変えようというのか。
封印した言葉は"動機"としてしか表せず、綴る言葉も消え失せていく。
こんな自分を笑う声が心の中から聞こえる。
何一つ変えることのできない人間に、意志は勝てるのか。
覚悟さえ嘘に流され、ただ現実を漂うだけなのか。
あこがれは人間に翼を生む。
心に翼を与え、飛び立とうとする。
しかし肉体という現実だけが取り残される。
現実を削ぎ落とすことさえ叶わず、矛盾という嘘だけが軽々と中を舞う。
それでも"幸せ"になりたいと叫ぶ。
時間だけが議論する余地も無く過ぎていく。
ただ普遍的な繋がりを持つ心だけが、肉体を引き連れ"動機"を意志と共に担ぎ出す。
僕はただ"動機"を抱きしめ道を辿るだけの愚かな人間かもしれない。
書かれた文字をなぞるほど自らの覚悟を見、矛盾という嘘を現実の中で呑み込む。
"幸せ"を抱きしめる腕は、自分を卑下するかように頭を覆う。
思い出は全て記憶していても、記憶を全て思い出すことは出来ない。
忘れるべき記憶は、滑らかな忘却となるのか。
僕はそれほど融通の利く人間ではないから、忘却という言葉に浸ることなど出来ない。
僕の心に据えられた"動機"という意志は、今も"幸せ"になりたいと叫び続ける。
消えかかる空も海も砂浜も、frameを遠し眺めるものが遠く愛おしく重なり映るだけ。
再現することの出来ない思考は、いつまでも"動機"を据える。
なぜ創り上げた"動機"が壊れそうになると悲しいのだろう。
"幸せ"になりたいという心は掴みかけた"幸せ"の姿を見せる。
僕は涙を流すより早く"思い出"を甦らせる。
一つの道しか選べぬ人間。
残酷とも言える帰路に立ち、見えぬ明日を選ぶしかない。
この足で道を進むしかないことを知っていながら、今だ立ち止まり空を眺める。
「これでよかった」とは言えない。
「幸せだった」と言いたい。
自分に何を断念させるのか。
答えなど出ているはずなのに、なぜ"動機"を言葉に出来ない。
やはり創られた人間なのだろうと諦めるのか。
いや。
諦めるくらいなら僕の"動機"はとっくに消えている。
"自分がどうしたいのか"という命題を思いだし、刻まれた記憶に立ち向かう勇気が残されていることに気付いたから。
だから僕は自分の意志で"幸せ"になりたいと思うんだ。
そんな僕がいる。
To be continued








