街灯の温かな光がぼんやりと周囲を照らしていた。
アキラと涼子は肩を寄せ、バケツの前で線香花火に火を点けた。
花火は心の衣の袖をすり合わせるかのように、僅かな音を立て小さな花を咲かせ始めた。
「本当は夜空に咲く大きな花火が見たかったね、お兄ちゃん」
「あのときりょうちゃんが来ていれば、大きな花火を見せてあげたのにな」
「でもいいんだ。今はとっても。。。」
「ん?とっても。。。何?」
「なんでもない」
涼子は何か言い掛けたまま口を閉じた。
二人の花火はいつしか寄り添い、光を強く放ちはじめた。
「私、消えそうになる花火の芯を、繋ぐように生きてきたのかな。いつか消えるのに。。。ね」
涼子は少し目を伏せながら言った。
「そうか。。。」
「うん。消えかかる光を絶やさないように、細く小さな芯をいつも繋ぎ足しながら。そんな気がするの。大好きな人と結婚したけ。どんなに愛し守り続けようとしても相手にそれが伝わらなかったらどうしようもなく虚しかった。きっと、いつか終わりが来ること分ってたかも。。。」
「。。。」
「今は結婚していた時の思い出は記憶から消し去ってる。だって、何一つ思い出すことないし寂しいとか悲しいとか感じないの。不思議てしょ」
「ふーん」
「今一人で生きていることが本当にいいかどうか分らないけど、とても清々しているの。ただ一つだけ、いつも心の奥底に誰かがいた。それだけは分っていた。でも、私。。。それが誰なのか分らないまま生きてきた。そんな時。。。」
「そんな時。。。何?君はなぜあの時僕が。。。」
アキラが言い掛けると、涼子は消えかけた線香花火をバケツの中に入れた。
ブシュッと音がした。
まるで話を断ち切るように立ち上がり言った。
「お兄ちゃん」
「なに?」
「一人で生きるより、二人で生きる方がいいのかな?」
「えっ?」
「一人で生きていくって大変だよね」
「一人は気楽かもしれない。でも、全て自分でやらなきゃならないだろう。自分がしたこと全て自分に還ってくるし、誰も手を貸してくれない。そんな生活に慣れるため何かを犠牲にしてるはずだよ」
「何を犠牲にするの?」
「人それぞれだろうな」
「お兄ちゃんは、まだ結婚してるよね」
「うん。。。」
「お話するの?」
「誰と?」
「奥さんと」
「いや。必要最低限しか話さない」
「挨拶はするの?笑うことある?」
「いや」
「ご飯一緒に食べるの?」
「いや。もういいんだ。きっとそういう自分の親夫婦を見て育ったからそれがおかしいと感じなかったんだろう。会話が無くても夫婦だと思っていた。本当は笑顔だって欲しい。笑って食事もしたいさ。でも、もうそんなの忘れたよ」
「りょうは笑ってたよ。一緒にご飯食べて旅行したりいつも一緒だった。仲良しだったよ。お兄ちゃんはそんな夫婦でも一緒にいるなんてりょうには理解できない。一緒にいる意味って何?お兄ちゃん」
「義務、責任」
「それでいいの?笑顔は?いらないの?それがお兄ちゃんの幸せ?この旅は自分の意志で来たんでしょ。お兄ちゃんの意志で。なぜ奥さんと向き合って話をしないの?」
アキラは何も答えなかった。
「私お兄ちゃんに変なこと聞いたかな?ごめんね」
「いや、自分の心の中で封印しているんだろう」
「それって触れて欲しくないってこと?守ってるんだね。奥さんを」
「いや、そうじゃない。過去を呼び起こされると言葉の無い十数年という夫婦生活の中で生きてきた自分をどう理解していいのか分らなくなるんだろうな」
涼子はもう一度しゃがみアキラが手に持つ花火に、そっと手を添え重ねた。
「やっぱり一緒について来ない方がよかったのかな。。。私」
「りょうちゃん。君は。。。社長の。。。」
「そう。。。表に出ることの無い関係の中で育った。私の母が再婚した相手は社長。でも、連れ子の私を母は公にはしなかった。社長と私は血のつながらない親子。アキラさんとは兄弟なの。血の繋がりの無い。。。」
「それで君は父から僕のことを。。。」
「あの丘の話を社帳から聞いた時、私は胸が詰まるようだった。自分の感情がこれほど厄介なものだと感じたことは無かった」
涼子の心の中から溢れ出るように大粒の涙が零れた。
アキラは花火をしたまま、涼子の肩をそっと抱き寄せた。
「もう、何も言わなくていいよ。今夜はもうよそう。うん。もういいんだ」
涼子は涙を隠すことも無く、花火を見つめた。
つづく


