幼い頃の自分を正確な記憶と共に蘇らせ、思い起こすことのできる人間がどれだけいるだろ。
人間だれしも思い出したく無い記憶もある。過去なんて辿りたくないと叫ぶ人間の方が多いのかもしれない。もう十分つらい涙を流し続け消し去りたい幼い頃の記憶を辿ることなんて出来ないだろう。
例えその記憶に辿りついたとしても、現在を変えることも変える必要も無いだろう。
今を生きている自分が、これまで歩んできた自分を否定するようなものだから。
自分自身が好きになれないなら、人を愛することも難しいだろう。
それは理解している人間が一人、過去へ立ち戻ろうとしている。
自分にとって都合のいい記憶、或いはどうしても避けて通りたい記憶というものは時の流れと共に修飾されがちだが、自分ではどうでもいいと感じる記憶だけが時の流れの修飾から免れる。
それはOne Sceneとでもいえる記憶。
自分にとっては意味を見い出せない。
その記憶の前後に意味は無く、そのsceneだけが記憶に残されていると事実に遭遇する。
自分にとって何故その記憶が正確に残され、繰り返し思い起こされるのか理解できないまま大人になっていく。
その意味づけは後から幾通りでもできるが、きっとそのsceneに戻らない限り本当の意味には辿り着かないと感じ始める。
別にこだわることではないだろうと心を許す友が言う。
しかし、繰り返し立ち上がる記憶に心は過去を辿り始める一人の男。
One Sceneに人生変える出来事が隠されているとも知らず、例えその過去を知ったとしても現実を変えることは出来ないことを知しながら。
なぜ、それほど無関心だった記憶に捉われていくのか。
その記憶の意味を知っているのは過去を辿ろうとする男ではなく、自分を知っている人々とその男との人間関係の中でしか理解できない。
そこに自分の無意味だと思われた記憶の意味を知り愛を知っていく。
きっと、その時が来る。
誰にでも。。。
避けることの出来ない
記憶の扉を
自ら開くことが
出来るのか
ひとりで
生きることに
誰もが
慣れた
振りをしながら
抱き締める
両腕を
待ち望む
しかし
無条件の
愛を
知らぬまま
生きたなら
何故
これほど人に
愛を求めるのか
理解できないほど
愛を
待ち望む
心に
疑問を
持ち始める
愛が
自然に
与えられる
ものだと
知った人間に
甘えられる
胸の温もりは
無条件な
愛だった
愛とは
無条件に
与えられるものだと
知った時
過去の
記憶の意味が
理解できるのかも
しれない
修飾されない
無意味な
記憶
辿り着くのは
人間関係という
性を背負う
dramaなのかも
しれない
人は
関係でしか
存在しないという
意味なのかも
しれない
君の場合
僕の場合
53の意味が
理解できるのは
君でしか
ない

