46. | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。




「彰、一日って何秒ある?」

「えっ?60×60×60秒だろう」

「一年はいつも365日か?」

「そうじゃないの?あっ、違うか。。。うるう年がある」

「そうだろう。四年に一度2月に一日足すだろうが」

「あぁ。でも何でそんな話?」

「うるう年と同じくうるう秒ってのもあるんだ。大晦日とか6月30日にこっそり1秒付け加えてるはずだ」

「そうなの?」

「ああ。だから60×60×24秒+1っていう1日があるのさ」

「なんだよそれ。。。」




 女将は親子の会話を聞いていて微笑ましく感じていた。




「本題に入ろう。じゃ、1秒は誰が決めたんだ?」

「そりゃ。。。ん。。。」

「だろう?分かんないなだろう。誰もが1秒って知ってるけど、誰がどうやって決めたか知らないだろう。昔は地球が太陽を一周するのに掛かる時間を365日で計算したんだ」

「俺は、それでいいな」

「ところが地球の公転速度ってのは一定じゃない。厳密に言えば364日よりも少し長いんだ。その誤差を考慮して暦表示1900年1月1日の地球の公転の平均角度に基づいて計算して出した一回帰年の3155万6925.9747分の1を1秒にしたんだ」





 帰ってくる度に、彰は父親の迫力に驚かされる。いつも話がとんでもない方へ飛ぶが、それが彰にとっては心地良かった。




「なんで、そこまで厳密に決めたんだ?俺はだいたいの時間が分ればいいけどな。草花や動物は正確な時計が無くても一年を知ってると思うし、俺もその程度でいい」




 確かに彰の生活スタイルなら自由気まま。誰に合わせる必要も無い。あるとすれば原稿の締め切りくらいのものだ。




「まぁ聞けよ。それでも厳密じゃないからって、今は原子秒ってのがあって、時々一秒加えるのさ。確かに正確になってきたけど、厳密には確かな時間なんてない。結局は人間が手を加えている。それでいて、人間はギリギリまで正確な時間を計ろうとしている。これ、変だと思わないか?どうだ?」


「なんで?」


「原子秒なんてぇのは、原子の周りを回る電子のスピンから発するマイクロ波から計算して出された秒で修正されているんだぞ!どこまで正確にしたらいいんだって話さぁ。」


「俺は、1秒の価値に異議を唱えるともりはないよ。だって、例えばクルマの事故なんか0.1秒が命取りになる大事故に繋がる。0.1秒だって大切に時間だと思うさぁ。まあ、俺の生活の時間はそれ程厳密じゃなくても生きていけるけど」




 彰の父はいつも常識を疑うというか疑問を投げ掛ける。




「そうだろう。そうなんだ。今じゃ日本人は時間に正確でうるさいなんて言われているけど、昔の日本なんてぇのはファジーもいいとこさぁ。ぎすぎすしてなかった。ゆとりがあった」


「それ分かるよ」


「日本じゃ、ゆとり教育なんてのが流行ってたんだろう。いくら土曜日が休みだからって、結局時間に追いかけられているのに変わりない。だから時間をルーズにすりゃいいのさぁ。テストだって、本人のペースで終わらせたらいい。終わる時間なんて決めても決めなくても大して変わりないはずだ。お日様が昇って明るいうちに動き、暗くなったら休めばいいのさぁ」


「で、おやじ。何が言いたいんだよ」




 すると女将が一言。




「お父様の言いたいこと、なんとなく解りますよ♪」




 彰は女将を見た。父は女将の言葉に頷いた。




「時間なんてものは人間の尺度じゃ計れないってことさ。それぞれ人の身体の中に時計があるから、それに合わせて生きていきゃいいんだよ。人間のやることは曖昧なんだ。それが丁度いいんだ。物理的な時間を目に見えるようにしようとするから無理が生じる。俺には心の時計がある。美奈枝(彰の母)の姿は出会った頃のまま俺の心の中にある」


「ん?おやじ、どうしたんだ?」


「廃虚と化した建物を保存することに意味があるのかと問う日々が続いた。俺が話してきたことと矛盾するかもしれないが、俺はその街を修復保存する仕事をしながら、その時代に入り込む自分を見つけたのさ。その時、流れた時など一瞬で引き寄せる。過去も未来もない。俺は、そこに生きていた人間の臭いを感じながら、今を生きている。人間で良かったと思う瞬間がそこにある」


「おやじは自分の心の中で生きているようなもんだな」


「ああ」


「認知科学みたいなもんだ。それぞれ脳の時間感覚なんて個人差があるはずだ。二人の人間が同じ生活を過ごしていくうちに時間感覚が似てくる。おやじは、その時代の時間感覚に浸ってそれを楽しんでるだけだよ。母さんと俺は、そんなおやじの自由をただ許して来ただけだ。未来を知ったって言うけど、なんだよそれ」


「そうじゃないわぁ。彰さん。お母さんは、その全てを愛していたのよ。きっとお母様もお父様と同じ気持ちだと思うわ。。。」



 女将が言った。彰の父はビールを飲み干した。



「お前は、恋が下手だよな。彰」


「ん?何言ってんだよ。今の話しと関係ないだろう」





 その時だった。店の引き戸が乱暴に開いた。



「よう♪」



 誠司だった。


つづく