誠司がドタドタと、少し太り気味の重い身体を揺らしながら店に入ってきた。
「あら、誠司さん。お帰り」
「女将、ただいま。おっ、彰、今日は早いな」
「お前が遅いんだろう。診察、混んでたのか?」
「急患が入ったから、終わるのが遅くなったんだ」
彰は父の肩に軽く手を当てながら彰を見て言った。
「俺のおやじ」
「ん?お前の?」
「そうだよ。他に誰がいるんだよ!」
誠司は、彰の父の顔を見て軽く会釈した。
「彰君の幼馴染で、誠司と言います」
「ん?その名前昔聞いたことがあるなー。誠司。。。」
「日本にほとんどいないんだから、俺の幼馴染なんて知らないだろう」
「ん。。。あっ!思い出したよ。彰の恋敵だ。そうだろう」
「へーっ、お父さんよくご存知ですね。そうです。彰君の恋敵です♪」
「何言ってんだよ、おやじ。もう大昔の話だろうが」
「いや、今も恋敵だ」
「誠司まで。もう、そんな歳じゃねーだろう」
「恋に歳は関係ない!ねぇ、おとうさん♪」
「そう。その通りだよ。誠司君」
「何二人で意気投合してんだか?まっ、勝手にしてくれ」
誠司も加わり、三人はビールを飲みながら話し始めた。
「誠司君。君は、恋に歳は関係ないと言ったよね」
「はい」
「“つかのま”って言葉を知っているね」
「あっ、はい」
「“つかのまの人気”とか“つかのまの恋”とか」
「“つかのまの恋”なら誠司さん経験沢山あるでしょ♪」
女将が鋭く突っ込みを入れた。
「いやー、参った」
「誠司君。“つかのま”って言葉は結構大昔からあるんだ」
「万葉集だろう。第四に『夏野行く牡鹿の角の束の間も妹が心を忘れて思へや』ってあるよ」
「ほほぅ。彰もなかなかだな」
「いいよ。どうでも。で?」
彰は父の言葉に興味を持った。恋と時間と言う二つの言葉からすれば、自分も”中年男の最後の恋”の真っ只中であり、父の言葉の真意を掴む必要がある。誠司はビールをグヒグビのみ始めていた。女将はというと、目はギラギラと輝き彰の父を食い入るように見つめていた。
「“つかのま”の“つか”ってのは漢字で『束』って書くだろう。これは長さの単位なんだよ。人の指って昔から長さをはかるのに使われてきただろう。“尺”なんかも広げた手の親指の先から中指の先までの長さ。で、“束”ってのは親指以外の四本分の指の幅なんだ」
「へーっ、知らなかったよ」
「あら、誠司さん。私は知ってたわ♪」
女将が得意げに言う姿を見て、とても可愛らしく見えた。父が先生で自分達は生徒と言った感じだった。女将はまったくビールを出す気配もなく、完全に優等生になりきっていた。
「時代が変わり、少しずつ“束”は時間にも使われるようになって来たんだよ。一つの束は長くないから、短い時間を表現する言葉になって“束の間”って言うようになったんだ」
「でもさぁ、いま俺達が使っている“束の間”って表現する言葉の前後で時間が同じじゃない気がするけど?」
「彰。その通りだ。そこが肝心なところだ。これでも、お前“恋”が解らん?」
「あーっ、こいつは昔から頭が固くてね。本当に柔軟性に欠けるんですよ♪」
「おいおい、お前みたいなカラフルな奴に言われたくないよ」
「俺は解ったぞ!恋と時間?ん。。。」
すると女将が話しに加わってきた。
「私も解ったわぁ♪」
「えっ、誠司。何が解ったんだ?」
「へっへー。内緒だ♪」
「女将は?何?」
「んー。内緒♪」
「ありゃー。二人とも内緒?誠司、お前本当に解ったのか?」
彰は一人取り残された。彰の父は、ポケットにある手帳をゆっくりと取出した。黒皮で薄汚れた手帳だった。土がこびりついてた。
つづく