47. | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。




 誠司がドタドタと、少し太り気味の重い身体を揺らしながら店に入ってきた。




「あら、誠司さん。お帰り」

「女将、ただいま。おっ、彰、今日は早いな」

「お前が遅いんだろう。診察、混んでたのか?」

「急患が入ったから、終わるのが遅くなったんだ」




 彰は父の肩に軽く手を当てながら彰を見て言った。




「俺のおやじ」

「ん?お前の?」

「そうだよ。他に誰がいるんだよ!」





 誠司は、彰の父の顔を見て軽く会釈した。





「彰君の幼馴染で、誠司と言います」

「ん?その名前昔聞いたことがあるなー。誠司。。。」

「日本にほとんどいないんだから、俺の幼馴染なんて知らないだろう」

「ん。。。あっ!思い出したよ。彰の恋敵だ。そうだろう」

「へーっ、お父さんよくご存知ですね。そうです。彰君の恋敵です♪」

「何言ってんだよ、おやじ。もう大昔の話だろうが」

「いや、今も恋敵だ」

「誠司まで。もう、そんな歳じゃねーだろう」

「恋に歳は関係ない!ねぇ、おとうさん♪」

「そう。その通りだよ。誠司君」

「何二人で意気投合してんだか?まっ、勝手にしてくれ」





 誠司も加わり、三人はビールを飲みながら話し始めた。




「誠司君。君は、恋に歳は関係ないと言ったよね」

「はい」

「“つかのま”って言葉を知っているね」

「あっ、はい」

「“つかのまの人気”とか“つかのまの恋”とか」

「“つかのまの恋”なら誠司さん経験沢山あるでしょ♪」




 女将が鋭く突っ込みを入れた。




「いやー、参った」

「誠司君。“つかのま”って言葉は結構大昔からあるんだ」

「万葉集だろう。第四に『夏野行く牡鹿の角の束の間も妹が心を忘れて思へや』ってあるよ」

「ほほぅ。彰もなかなかだな」

「いいよ。どうでも。で?」





 彰は父の言葉に興味を持った。恋と時間と言う二つの言葉からすれば、自分も”中年男の最後の恋”の真っ只中であり、父の言葉の真意を掴む必要がある。誠司はビールをグヒグビのみ始めていた。女将はというと、目はギラギラと輝き彰の父を食い入るように見つめていた。




「“つかのま”の“つか”ってのは漢字で『束』って書くだろう。これは長さの単位なんだよ。人の指って昔から長さをはかるのに使われてきただろう。“尺”なんかも広げた手の親指の先から中指の先までの長さ。で、“束”ってのは親指以外の四本分の指の幅なんだ」

「へーっ、知らなかったよ」

「あら、誠司さん。私は知ってたわ♪」





 
 女将が得意げに言う姿を見て、とても可愛らしく見えた。父が先生で自分達は生徒と言った感じだった。女将はまったくビールを出す気配もなく、完全に優等生になりきっていた。




「時代が変わり、少しずつ“束”は時間にも使われるようになって来たんだよ。一つの束は長くないから、短い時間を表現する言葉になって“束の間”って言うようになったんだ」

「でもさぁ、いま俺達が使っている“束の間”って表現する言葉の前後で時間が同じじゃない気がするけど?」

「彰。その通りだ。そこが肝心なところだ。これでも、お前“恋”が解らん?」

「あーっ、こいつは昔から頭が固くてね。本当に柔軟性に欠けるんですよ♪」

「おいおい、お前みたいなカラフルな奴に言われたくないよ」

「俺は解ったぞ!恋と時間?ん。。。」




 すると女将が話しに加わってきた。




「私も解ったわぁ♪」

「えっ、誠司。何が解ったんだ?」

「へっへー。内緒だ♪」

「女将は?何?」

「んー。内緒♪」

「ありゃー。二人とも内緒?誠司、お前本当に解ったのか?」




 彰は一人取り残された。彰の父は、ポケットにある手帳をゆっくりと取出した。黒皮で薄汚れた手帳だった。土がこびりついてた。




つづく