27. | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。




 彰は、振り返り自宅へとゆっくり歩き始めた。自分の人生など、取るに足らないと思えるほどの時間だった。

 彰は雨の中、自分の人生の意味を問いながら歩いていた。

 人は、感涙に浸るとき生きる意味を問うようだ。

 人は多くの時間を生きることに費やす。誰に促されるでもなく食べ動き眠り、生きるために働き、伴侶を得て子孫を残す者が殆どだろう。人類はそうして歴史を繋いで来たはず。

 しかし、世界では生きることすら儘ならぬ社会があることも現実。そう考えれば自分はなんと平凡な生き方なのだろう。幸せなのだろう。

 日々の生活にさほど何困ることもなく仕事を淡々とこなし、特に健康を害する疾患も無く、仕事以外の余暇を自由気ままに楽しみながら過ごしている。

 こんな生活を何年も続けているなら人間腐りもする。

 そんな自分に如何ほどの価値があるのだろう。生きる意味など、ことさら論うこともせず己の価値を評価することなど軽薄かもしれない。しかし、その価値を問おうとする。やはり愚かだ。

 ただ、たった一つ自分の価値を問い自ら答えるとするならば、一人の人間を愛すること。

 人間を欲することしかない。今は、それにすがるしか自分の価値を彰は見出せなかった。

 葵は、たった一人の人間を欲し、その人にのみ自分の価値を問い、そこに生きる目的を見出そうとした。迷いなど無かった。

 それに比べ、彰は確かに生きること全てに行き詰っていた。

 Qualia。。。質感、特質を失いつつあった。ものを見て聞いて触って味わって、そして自分の脳に情報を入れ込む。しかし、それらを心から意識を向け感じ取ろうとしなければ、質感は立ち上がらないし単なる感覚でしかない。

 そんな日々が、最近続いていたことは自分でもよく理解していた。自分が生きることを諦めたのなら、そこに価値など存在しないし質感そのものも無意味になるだろうと思うこともあった。

 誰もが独りであり一人で生死を繋ぐ道のりを、ひたすら歩き続ける。それを、自ら、あるいは他者が強制的に止めること以外、人はその道のりを日々歩き続ける。質感を伴わずに。。。

 しかし、自分の価値を問う前に、生きる意味を問う前に、人間が心を持っているということに不思議さを感じずにはいられない。どのようにして人間の心は生まれるのだろう。脳全体の一千億のニューロンが作り上げるのか?

 「私」という存在を問うことは過去多くの偉人達が言葉を残している。しかし、そのどの言葉も今の彰には何一つ響かない。

 生きるとは、その意味は、私とは、その価値は、そして心とは、その全てが「人間とは何か」という問いに繋がっていくのだろう。

 彰は、歩きながらsecret gardenを彷徨っていた。

 葵との抱擁、その僅かな時を呼び起こしながら、自らの問いを繰り返しながらAn endless spiral。。。果てしなき螺旋のように深い心の底へと沈み込んでいた。

 自宅前に着いたとき、雨が止んだ。

 傘を閉じ、空を見上げると低い雲が足早に屋根を掠め通り過ぎていった。少し空気が晴れていた。朝、机の上から玄関先の横に出して置いた額紫陽花が朝を待っていた。

 彰も、朝を待っていた。心の朝を。。。彰の頬を。。。雫が一粒つたい唇をかみ締めた。

 その雫が雨であるはずは無かった。

つづく