タマさんとの話は続き車で帰宅したのは夜の11時を少し過ぎていた。居酒屋で会った男は“記憶が無い”と言っていた。きっと“意味”付けが無くなったからなのか。。。知りもしない男の頭の中に考えを巡らした。そして。。。恭ちゃん。。。なぜそれほど曖昧な“記憶”に執着し消されることを怖がっていたのかと。。。その記憶を呼び起こすきっかけとなった火事。。。それと錬太郎との関連。。。意味付けを考えながら。。。そのまま眠りに就いていた。
翌日からの仕事は相変わらず問題山積。仕事の記憶など消し去ってもなんら支障はないと錬太郎は思った。不確かな社会、何が真実で、何が正義で、嘘と偽善で固め欺瞞に満ちた世の中にどっぷり浸かり、日々が終わる。
今は善でも昔は悪、昔は悪でも今は善、社会的規範など。。。どこへやら、自由気ままに闊歩する人間が手にする“記憶”など考えたくも無いと思う錬太郎だった。タマさんの“記憶”には質感が感じられた。呼び起こされる感覚を強く。錬太郎は恭ちゃんの“記憶”を辿ってみたくなった。彼女の幼いころに意味を持って記憶された自分。いったいどんな自分がそこに居たのか?どんな質感をもって自分がそこで生きていたのか。今の自分の生き方と何か違うように思えてならなかった。
海の隠れ家でタマさんと会話した日から一月ほど経った金曜日の夜11時過ぎた頃。。。電話が鳴った。恭ちゃんだった。土曜日近くまで行くからフォリナーで飲もうというものであった。錬太郎は心が弾むような感覚を覚えた。小雪の降る夜の“記憶”。その意味がどんなものであったか。。。錬太郎は窓から星を眺めた。遠くを見ることは過去を見ること。光は秒速30万キロメートル。一秒間に地球を7周半できるとか。。。遥か彼方の星々を眺めるときは現在ではなく遠い過去を眺めている。空間だけでなく時間の広がりを“記憶”は含んでいると。。。錬太郎は明日の夜、きっと星々を眺めるより遥か彼方の遠い過去を見るような気がしていた。
土曜日の夕方、錬太郎は少し早めにフォリナーに向かった。いつもより2時間も早い。書店に寄って立ち読みをしようと思っていた。錬太郎は立ち読み常習犯であるため、監視は厳しく店主は古本の前で微動だにしない錬太郎の周りで書籍を整理し始めた。錬太郎は気にする様子も無く、相変わらず自分の世界へ入り込んでいた。
すると、背中をポンと軽く触れ
「錬ちゃん♪」
と女性の声。。。恭ちゃんだった。
「あれっ、早いね。。。もう来たの?」
と錬太郎は照れ隠ししながら言うと
「早くきちゃ駄目なの?♪」
と錬太郎の腕に絡んだ。
「お母様から書店の話も聞いてましたから♪」
とからかいながら錬太郎の顔を覗き込んだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。。。お袋様。。。母さんには勝てない」
と呟きながら。。。フォリナーへと向かった。
今夜のフォリナーで遠い“記憶”の意味を探る旅になりそうだと錬太郎は歩幅を彼女に合わせゆっくりと歩いていった。
つづく