小学4年の頃、私は自分が透明な感じがしていました。

 

この世に存在しないか、存在しても半分だけ存在しているような。

 

両親は子どもに無関心で、言葉がけをしない人たちでした。

 

言葉をかけるとしたら、幼稚園のお弁当作りがめんどくさいとか、小学校の算数セットの名前書きが面倒だとか、文句だけ。

 

いつも自分たちの仕事の大変さを語り、それを聞き終わって、いざ私が学校であったことなどを話そうとすると、「うるさい。うるさい。聞きたくない」と言って、聞く耳を持ちませんでした。

 

ソマティック・エクスペリエンシングに関する本を読んで、自分の存在感が不確かなのは、親からの声がけが無かったからかもしれないと思いました。

 

ネグレクトで、自分の存在、自分の感情、自分の感覚などを受け止められ、肯定されたことがほとんど無かったからかもしれない、と。

 

1歳半からネグレクト祖母に預けられ、2歳の頃からぐったりして元気がありませんでしたが、両親は仕事が忙しくて、あまり気にかけていませんでした。

 

祖母は、子どもが話すことを禁じ、何か言おうとしただけで怒られました。「こっち来るな」「しやべるな」と、存在することがうとまれていました。

 

親は幼児の視野の狭さに対する知識が無く、自分たちが歩いている先に子どもがいてもよけずに突き飛ばす人たちでした。

 

私はよく突き飛ばされて、しりもちをついていました。

 

おかげで反射神経が鍛えられ、小学校の頃、ドッジボールではボールをぶつけられたことがありません。

 

ネグレクト親は、子どもの栄養にも無関心です。満足な食事やおやつも与えません。

 

親はよその家の子どもを見たことがないので、自分の子どもが痩せていても気づきません。

 

子どもの虐待を見抜くのは、保育士や幼稚園教諭、養護教諭の役割だと思います。

 

養護教諭の方は、子どもの栄養失調や虐待に、注意を払っていただきたいです。

 

子どもの育て方についても、学校でもっと教えていくべきだと思います。