求人検索機の前で、毎回ため息をついていた

失業保険の手続き前でしたが、本格的に仕事探しを始めたのは、梅雨の走りのような、じめっとした曇り空の日のことでした。

「さあ、気持ちを切り替えて」と自分に言い聞かせながら、ハローワークの入口をくぐりました。館内はほどよく冷房が効いていて、平日の午前中だというのに、すでにたくさんの方が来ていました。

私はいつものように、端末が並ぶコーナーへと向かいました。

「事務職」「市内」「土日祝休み」。

条件を入力して検索ボタンを押すと、画面にはずらりと求人票が並びます。件数だけ見れば、それなりにあります。でも、ひとつひとつ開いてみると、なかなか気持ちが動きません。

時給は最低賃金すれすれ。通勤に不便な場所。「事務職」と書いてあるのに、読み進めるとどうやら何でも屋さんのような内容だったり。

30分ほど画面を眺めて、何も得られないまま帰る。
そんな日が続いていました。

何度目かの訪問だったでしょうか。端末の前に座って検索しながら、ふと思ったのです。

「60代の私が応募できる仕事なんて、もう残っていないのかもしれない」

誰に言うわけでもなく、そんな言葉が頭の中で浮かんで、すっと消えていきました。窓の外の空が、やけに白く見えた日でした。

「生涯現役支援窓口」名前だけは知っていた

この前も書きましたが、ハローワークの中に「生涯現役支援窓口」という窓口があることは、以前から知っていました。

パンフレットにも載っていて、何度も目には入っていたのです。でも、なんとなく足が向かなかったのです。

理由を正直に言うと「高齢者専用」というイメージがあったからです。

正直に言うと、自分がそこへ行くということは、「もう一般の窓口では扱いきれない人」と認定されるような、そんな気がしていました。今思えばまったくの思い違いなのですが、当時の私にはそういう気持ちがあったのです。

いつものように検索機の前に座ろうとして、ふと立ち止まりました。「また同じことを繰り返しても、何も変わらない」。
そう思ったとき、自然と足が窓口の方に向いていました。

帰宅した私は、「生涯現役支援窓口」に行くことを決めたのです。

その後は別の記事に書いた通りです。

受付で番号札を受け取り、少し待ってから名前を呼ばれました。案内されたブースに座ると、担当の相談員さんが穏やかな笑顔で迎えてくれました。

「話す」と世界が変わった

3度目の相談員さんとの会話は、最初こそ緊張していましたが、気づけばずいぶん打ち解けていました。
私の場合、相談員さんが毎回変わるので、最初から説明しなければならないのは、少し面倒です。

「これまでどんなお仕事をされてきましたか?」

「どんな働き方を希望されていますか?」

「得意なことや、逆にちょっと苦手なことはありますか?」

求人票を探すのではなく、まず私自身のことを聞いてくださいます。

これまでの仕事の経歴を話しながら、自分でも整理できていなかったことが、少しずつはっきりしてきました。
長く事務の仕事を続けてきたこと。
人と話すのは好きだけれど、体力的にハードな仕事は難しいこと。
できればフルタイムで、週5日働きたいこと。

そういったことを話していくうちに、相談員さんが手元の資料を見ながら言いました。

「では、これはいかがでしょうか」と10事業所の紹介をしてくださいました。

そこに並んでいたのは、法律事務所の事務員、大学の事務員、個人設計事務所の事務職、企業の事務員そして職業相談員の仕事でした。

どれも、検索機の前でいくら時間を使っても、私が自分では辿り着けなかった求人でした。

「私にも、こういう仕事があるんだ」
そのうちから3事業所の求人票を受け取り、紹介状も出していただきました。

小さな驚きと、それよりも少し大きな安堵が、じんわりと広がっていきました。

うれしかったのになぜか帰り道、気が重かった

3枚の求人票を手にして、ハローワークを出ました。

足取りは来たときよりずっと軽かったのです。
でも、コーヒー店で求人票をじっくり読み返していると、少しずつ気持ちが変わっていったのです。

大学の事務員と個人設計事務所は、通えない距離ではありません。でも毎日となると、乗り換えがあります。朝の通勤時間が今より長くなります。雨の日や体調の優れない日に、果たして続けられるだろうか。

職業相談員の仕事は、場所は近い。でも勤務終了の時間が遅いのです。朝早い働き方には慣れていますが、夕方遅くまでというのは、正直なところあまり経験がありません。生活リズムが崩れないだろうか。

どれも「絶対にダメ」という条件ではありません。でも、どれも少しだけ引っかかるのです。

紹介された時点で一度立ち止まって、じっくり考えるべきでした。

毎日無理なく通えるか。体力的に続けられるか。自分の生活リズムに合っているか。

仕事は採用されることがゴールではありません。続けることが、本当の意味での「就職」なのですから。

焦りが私を急がせた

今考えると、そのときの私の頭の中には「焦り」がありました。

早く仕事を決めたい。無職の状態を終わらせたい。

そしてもうひとつ、「せっかく紹介してもらったのだから、応募しないともったいない」という気持ちも、確かにありました。

相談員さんが時間をかけて探してくれた求人です。「やっぱり応募しません」と言うのが、なんだか申し訳なかったのです。
「とにかく応募しないと」と、応募することを心の中で決めていました。

でも書類を書き始めてから、急に不安が押し寄せてきました。

「本当に通い続けられるだろうか」「毎日続けられるだろうか」「もっとよく考えるべきだったのではないか」

布団の中で天井を見ながら、そんなことをぐるぐると考えていました。

応募するだけでも大仕事です

仕事を探したことのない方には意外なことかもしれませんが、応募するだけでも相当なエネルギーを使います。

履歴書を書く。職務経歴書を整える。志望動機を考える。

特に難しいのが、志望動機です。
なぜこの仕事に応募したいのか。どんな経験を活かせるのか。入社して何ができるのか。
私は毎回、何度も書き直します。一行書いては消して、また書いては考えて。気づくと数時間経っていることもあります。

書類が完成する頃には、ひと仕事終えたような重い疲労感があります。

だからこそ、つくづく思います。

焦って応募してはいけない、と。

心の準備ができていない状態で書く志望動機は、どこかぼんやりしています。「なぜここで働きたいのか」が自分の中で定まっていないまま書く文章は、読む人にもきっと伝わってしまうでしょう。

十分に納得して応募するからこそ、言葉に気持ちが乗っていくのだと、今は思っています。

「応募できる仕事」と「続けられる仕事」は、違う

今回の経験でいちばん強く感じたことを、正直に書くと、「応募できる仕事」と「続けられる仕事」は、まったく別のものだということです。

求人票を見ていると、ついこんなことが気になります。

応募条件を満たしているか。年齢は問題ないか。採用してもらえそうか。

でも、本当に大切なのはその先です。

毎朝ちゃんと通勤できるか。体力的に無理なく働けるか。生活リズムを崩さずに続けられるか。

60代になると、ここがとても大切になります。

若い頃は、多少無理をしてでもなんとかなりました。体力もありましたし、回復も早かったのですが、でも今は違います。疲れの取れ方も、体の内なる声も、以前とはずいぶん変わっています。

だからこそ、今は採用されることよりも、「続けられるかどうか」を先に考えることが、60代の仕事探しにはとても重要だと感じています。
たとえ採用されても、続けられなくて辞めてしまうと、その後仕事に就くことが怖くなるかもしれませんし、そこの企業では今後60代以上の人を採用することをやめてしまうかもしれません。そうなると他の方にも迷惑をかけてしまいます。

少しだけ遠回りに見えても、自分の生活に本当に合った仕事を丁寧に選ぶこと。それが結局、いちばんの近道なのだと思っています。

ハローワークは相談する場所

今回の経験を通じて、改めてわかったことがあります。

ハローワークは、求人検索機を見る場所ではありません。人と話して、相談する場所です。

相談員さんは、求人票には書かれていない情報をたくさん持っています。職場の雰囲気、社員の年齢層、過去の採用実績、企業の特徴、そういった生きた情報を教えてもらえるのは、窓口ならではの強みです。

また、自分では考えもしなかった仕事の可能性を、提案してもらえることもあります。

私はずっと「一般事務」という枠の中でしか考えていませんでした。
でも相談員さんは、大学の事務補佐員や職業相談員など、自分一人では思いつかなかった選択肢を見せてくれました。それだけでも、窓口に行った価値がありました。

「ちょっと敷居が高いかな」と思っていた生涯現役支援窓口は、実際は相談員さんは丁寧で温かい場所でした。特別な手続きも必要なく、ふらりと立ち寄るような気持ちで相談できます。

もしまだ窓口に行ったことがない方がいれば、ぜひ一度、足を向けてみてほしいと思います。

焦らなくていい、自分に合う場所は、きっとある

最後に、今仕事を探している方へ、少しだけお伝えさせてください。

60代の仕事探しは、簡単ではありません。

年齢の壁を感じることもあります。不採用が続いて、気持ちが沈むこともあるでしょう。
「もう自分には無理かもしれない」と思いそうになることも、正直あります。

でも、焦って決める必要はないのです。

仕事は毎日のことです。通勤も、勤務時間も、職場の人間関係も、全部毎日のこと。だからこそ、「採用されるかどうか」だけで選ぶのではなく、「自分がそこで毎日を送れるかどうか」を、じっくり考えてほしいのです。

私は今回、焦りから少し急ぎすぎてしまいました。でもその経験があったからこそ、「続けられる仕事を選ぶこと」の大切さを、体で理解することができました。

完璧な仕事なんて、どこにもないかもしれません。でも、自分の生活に合った、無理のない仕事は、必ずあるはずです。

焦らず、丁寧に、自分のペースで。

それが、60代の仕事探しで私がいちばん大切にしたいことです。

さて、応募した3件ですが、そのうち大学の事務職は書類選考を通らなかったときょう通知がありました。勝手ながら通勤が、と思っていたので正直ホッとしました。

ハローワークを通さないで応募した1件も、まだ返事はありませんが、別の求人サイトで私が応募した条件よりもさらに良い条件で求人が出されていました。

これからはもう少ししっかり自分の棚卸をして、自分に合った仕事を探したいと思います。