2月の上旬にカンタータ礼拝で歌ったあと、3月中旬から合唱の練習もコンサートも教会の礼拝も中止になっていました。一連の規制緩和で、ヘッセン州では教会の礼拝は5月10日から再開。感染防止の諸対策を十分にとることが条件です。

前から歌っている合唱団の本拠地でもある三王教会では、今日5月17日にカンタータ礼拝が開かれました。但し合唱は入らずソリストと器楽だけで演奏します、と教会のサイトに書いてありました。

 

信者でもない我が家は自分たちが歌う時以外に教会の礼拝に行くことはまずないのですが、今日は本来なら自分たちも歌うはずであったカンタータということもあるし、指導者のカントールや、顔なじみのソリストやオケの方たちの顔を久しぶりに見たくて行ってきました。合唱メンバーもたぶん何人か来ているだろうなとも。

 

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感染防止策としてどういうことをやっていたかというと、まずは座席の限定ですね。座ってよい場所が指定されています。1列の長椅子に対し、左右の両端のみ使用可。同居家族は並んで座ってOK。そのあと2列は空けて、3列目ごとに使用可。このようにするので全部で80人ほどしか入れません、ということも教会のサイトに書いてありました。ま、普段のカンタータ礼拝でもいらっしゃる会衆の数はそれ以下なんで大丈夫かな、とも。

 

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出入口の扉は開けっ放しにして(取っ手を触らなくていいように)、入り口受付で名前と電話番号を控えます。(これは防止策ではないけど感染が出てしまったば場合の対処用) 更に、玄関入る前の列から席に着くまではマスク着用。

カンタータの演奏は、普段は前の祭壇まわりでやるのですが、今回は普段使っていない側の2階席で。そこそこ大編成のオケ+合唱が入って演奏できるようにした空間ですが、私が知る限りではそのように使ったことはありません。大きなコンサートの時は椅子を並べて客席になる空間でもあります。ここのひな壇に、ソリスト3名、弦楽器奏者5名、オーボエ奏者1名、小型オルガンを弾く指揮者1名の10人が間隔を開けて立って(オルガンは座って)演奏しました。

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礼拝の中で、普段は会衆も声を併せて節をつけて歌うみたいに読む式文斉唱はなく、賛美歌の斉唱もありません。パンとワインの聖餐式もありません。「私は神を信じます、、、」に始まる信仰告白文と、「天にまします、、、」の主の祈りだけは全員で暗誦します。

こんな感じで、信者の人達にすればちょっと物足りない礼拝なのかもしれませんが、それでもしばらく顔を合せなかった人たちに会えるのを喜んでいたのではないかと思います。私たちも、合唱メンバーの何人かと久しぶりに顔を合せることが出来ました。

、、、で、礼拝の後はマイン河原でガンひよ見物。

 

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もう「ひよこ」って感じじゃないですが、まだまだピヨピヨ言ってます。

 

動画は水中に潜るハイイロガンの子供たち。大きくなったハイイロガンは水に潜ることはしないというか出来ないようですが、幼鳥のうちは潜るんですね。これは東京の大手町で見るカルガモなんかも同じでした。

 

 

 

 
 
帰りに通りかかった刺繍道具屋さん(?)のウインドウには自家製らしきマスクが並んでいました。
 
 
 


 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供の頃から動く機械物は好きでも、生き物にはさほど興味はありませんでした。それで大学は機械工学科、仕事もなんだかんだいって機械にかかわる仕事をしてきました。他方カミさんはナマモノ学科の出身。結婚してからのデート(結婚前の付き合い期間はわりと短かったので)でその辺ブラブラ歩いていると、鳥だとか虫だとか、植物だとかに目が行くようです。


私も最初はカミさんの趣味に付き合っていただけでしたが、そのうち野鳥見物はそれなりに好きになり、中でも水鳥、さらに絞って「ガンカモ類」にはえらい入れ込むようになりました。そのうち日曜日の日帰りデートで(カミさん土曜日も仕事あったので)新幹線乗って伊豆沼までマガン見物に行ったり、福島までハクチョウ見物に行ったりするように。

そのうちの一つ、埼玉の深谷だったか本庄だったか、利根川までハクチョウ見物に行ったのですが、その途中の道端で見かけた「深谷ネギ」の畑の様子が面白くて、それ以来「農作物見物」が共通の趣味に加わりました。私のFacebookの投稿に、ブドウ畑だけじゃなくてイチゴ畑だとかカボチャ畑だとか、そんなのがやたら登場するのもそういう訳なんです。

、、、とまあ毎度のように前置きが長くなりましたが、今日の話題はシュパーゲル畑。

白シュパーゲルはドイツの春の風物としても有名で、しかもフランクフルトの南方、ダルムシュタットを囲む一帯はその大産地。ここに住むようになってすぐ、春の週末の行先にシュパーゲル畑見物は必須科目の一つとなりまして、昔のホームページとかその後のブログとかでも何度か紹介しています。最近でもFacebookにしょっちゅう登場しますね。

3月中旬から私の職場はコロナ禍で在宅勤務になっていますが、昨日はとあるモノを会社まで取りに行く用事が出来ました。天気も悪くないので当然自転車で行きます。んで、会社まで行くとシュパーゲル大産地は結構近いんで、寄り道しない手はありません。例年この季節は会社の帰りにシュパーゲル畑地帯を回って帰宅することが多いですが、今年はその機会があまりなかったので尚更です。

まずは会社で用事を済ませた後、会社そばの自動車洗車場で洗車。先の日曜日の夕方ちょっと乗ってた時に夕立に遭って、バス停で雨宿りしたけど、そのあと地道を15分ほど走ったらすごい泥跳ねでドロドロになっていたので。こういうセルフ洗車場、ウチの近くにいいのがないんです。
 

 

で、本題のシュパーゲル畑、その1。

 

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ここはだいぶ前に収穫終えて、休眠に入ったところのようです。モサモサの葉(実は葉じゃなくて枝で「偽葉」とも言う、というのをたった今知った)が少し伸び始めています。一部の株には花もついています。

 

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シュパーゲル畑、その2。
 
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ここは、収穫かなり進んだけど、まだ少し収獲中のようです。畑の隅っこに収獲用のプラスチックの入れ物が置いたままになっています。、、、と見物していたら、農場の人が一人車でやってきて、頭が出たばかりのをチョコチョコっと掘っていました。

今日は写真を撮りませんでしたが(いつも撮りまくっているので)、綺麗に土盛りしてビニール被せた区画もあって、これは「まだまだこれから」の区画です。行った時刻が遅かったからか、収獲中の風景は今日は見かけませんでした。

撮りためた写真はいっぱいあるので、またの機会に紹介しますね。

 
 

この界隈はシュパーゲルの他にもいろんな野菜畑が広がっていて、農作物見物には事欠きません。

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コレ、何だろう?

メジャーな作物は、これくらい葉が出てくれば大抵見当がつくのですが、これは分かりません。カミさんも降参。
 
 
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これは古い変電設備の建物ですが、今も使われているのかな?

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外から電線引っ張って来るところの碍子には何も繋がっていませんが、地下から来て地下から出て行っている可能性はあります。

 
 

某所で「ピンク色のトチノキの花」が話題になっていました。

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この一角のトチノキの並木は全部ピンク色です。
 
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さてボチボチ帰る時間。帰り道は、これまた某所でも時々話題になっている「高速自転車道」経由で。

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ゆくゆくはフランクフルト~ダルムシュタット間を結ぶ計画だそうですが、今出来上がっているのはSバーンで2駅分、Egelsbach~Erzhausen~DA-Wixhausenのところだけです。FrankfurtとLangenの間、私の定年までに完成するかなぁ。。。
 
走ったのはこんなところです。
 
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とりとめのない記事ですみません。
 

Facebookの方で「7日間ブックカバーチャレンジ」とかいうバトンが回ってきまして、あれこれ書いたのですが、一番ダラダラ長く書いた記事、こっちに取っといてもいいかな(FBだとすぐ後ろに隠れてしまうので)と思ったのでこちらにも載せますね。

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7日間ブックカバーチャレンジ(7日目)

 

 

「クリスマスオラトリオ」 J.S.バッハ(楽譜です)

6日目まで深く考えずに思い出いっぱいの本を紹介したのですが、「トリ」に困ってしまいました。もともとそんなに本読む方ではないし、紹介したい本はあっても何度も何度も読み返したほどではないし。随分読み返したけど、ここで紹介するようなもんでもない、ってのもあります。それで思い出したのが、私にバトンを渡した主の言葉。「楽譜とかでもいいよ。」

楽譜なら思い出深いのもいくつかあります。昔の思い出か、今の思い入れか。結局後者にしました。

子供のころから音楽にはわりと親しんでいましたが、中学・高校時分のフォークソングを別にすると、自分で歌うことはあまりしていませんでした。合唱に関して言うと、高校の音楽の先生が結構熱心でいろいろやったのが私の「合唱事始め」、でもこれは音楽の授業とその延長上だけ。その次はドイツに来て何年も経った頃、日本人学校のママさんコーラスの演奏会で、「混声の曲もやりたいので歌いませんか?」と誘われたこと。たまたまその女声合唱にカミさんが参加していて、かつ自分も「オケ伴付き」の曲でヴィオラ弾いたのがきっかけでした。けどこれが縁というものでしょうか、その数年後、日本から来るアマチュア合唱団の演奏旅行で「男声が全然足りないので出ませんか?」とお誘いいただいたのはその前のママさんコーラス演奏会で歌ったのがきっかけでした。

それ以前からプロや上手な人たちの合唱メインのコンサートなんかには時々行っていましたし、CDなんかもちょくちょく買っていましたが、自分も歌ってみたいなと思ったきっかけは何だったんだろう?

そのきっかけは思い出せないのですが、その気になってからのことは覚えています。ネットで調べて、素人でも入れてくれそうな合唱団をいくつか絞り、ウチから近くてかつ練習日の都合がつきやすい合唱団の「カンタータ礼拝」を見学に行ったのが2007年の春。すぐあとに指揮者にメール出して、練習に行ってみて、、、以来13年、その合唱団で歌っています。一昨年から2つ目も掛け持ち始めちゃったけど。

その時のデビュー曲は「クリスマスオラトリオ」ではなくて、メンデルスゾーンの「エリヤス」でした。これも合唱ちゃんと始めた曲という意味では思い出深い曲ではあるけど、それから13年経った今でも続いているきっかけかと言うとそうでもありません。自分の興味の中心がバロック期とその前後なもんですから。(器楽だとずっと後のまで興味あります。)

バッハの「クリスマスオラトリオ」を始めて歌ったのは2008年の暮の演奏会でした。この時は1番と4~6番。翌々年の暮のコンサートで1~3番をやってなんとか全曲一通り。その後も1番だけは何度か歌う機会がありましたが、自分の団だけで歌う機会は限られます。他方、シーズンになると多くの合唱団がこの曲を取り上げるので聞きに行く機会は多いです。「2つ目の合唱団」に手を伸ばしてしまったのも、これの1~3番を演奏会でやるってのを見つけて、そこに混ぜて欲しかったから。こちらはこちらで、指導者のキャラも団のキャラも随分違って、これもまた魅力的なのでそのまま続けています。掛け持ちしちゃったので練習が忙しくなり、自転車乗ったりジョギングしたりする時間が減ったのが強いて言えば贅沢なな悩み。

ってことで、合唱で歌うことが自分の趣味の大事な一部となるに至ったのは、この「クリスマスオラトリオ」を歌った影響が大きいと思います。練習含めてページを開いた回数でいうと、相当の愛読書でもこの楽譜には及びません。あ、この楽譜だって「試験に出る英単語」開いた回数には及ばないと思うけど。

 

ウチで晩ごはんのとき、お酒を飲んでも飲まなくても、大抵なにかCDをBGM的に掛けるのが昔からの習慣でして、ここ数年はバッハのカンタータ集をかけることが多いです。全部で200曲以上あるので、特に気に入ったの以外は同じ曲を何度も聞く機会はそんなになく、しかも大抵BGM的に聞き流しているのであまり頭に残っていないことが多いです。今日もそんな感じで漫然を聞き流していたのですが、ふと気がついたら、なんかバッハのカンタータ「らしくない」雰囲気の曲をやっています。こんなのあったっけ?

重唱の掛け合い、レシタティーボ(台詞)の雰囲気とか、ほとんどオペラに聞こえます。でもバッハはオペラ残してないはず。CDのトラックは18番、解説を開くと「Quodlibet, BWV 524」と。なるほど、いわゆるカンタータには分類されていないと。もう少し読むと、おそらく結婚式のために作曲されたカンタータの中の一曲だけ、楽譜が残ったものであろうと。更にこの曲も1ページ目と最終ページが紛失しているのでなかなか確定的なことが言えないそうです。、、、というのは1995年当時に書かれた解説で、今はもっと分かっていたりするかもしれませんね。

 


先程聞いていたのはコープマンの演奏です。YouTubeでざっと見たところ、別の演奏者のが2つほど出てきました。どちらも「オペラっぽい雰囲気」はやや控えめの大人しい(?)演奏ですが、もしご興味あったら覗いてみてください。

 

Quodlibet, BWV 524
 

コロナ対策の諸規制のもとでの生活で4週間経ちました。この間に自分の生活がどんなふうに変わったか、あるいは変わらなかったか、その辺について書いてみたいと思います。

コロナ関係のニュースが目立つようになったのは1月後半だったか2月前半だったか、もう思い出せません。4月に一時帰国を予定していたけど、どうしようか、やめておいた方がいいかな~と思い始めたのもこの頃でした。この夏に日本から遊びに来る計画の友人たちとは、「いくら何でも夏には収まっているでしょう」などど、今から思えば甘々の予想を立てていました。ドイツにいて、身近に差し迫った問題だと実感し始めたのは3月上旬、いや中旬になってからでしょうか。

(1)まずは自分の仕事とその周辺について。

自分が関係する仕事で、日本からの出張可否が話題になったのは2月下旬のこと。この時点ではドイツは渡航延期勧告の対象になっておらず、かつ訪問先の受け入れ制限もないことを確認したので出張は実施されました。むしろ例のクルーズ船のニュースが話題になっていて「アジアからの来客」が警戒されていました。

出張第一陣が3月上旬にベルリンにやってきて、翌週の第二陣にあわせて私もベルリン入りしました。自分の移動には列車の切符を取ってあったけど、不特定多数の人と長時間一緒にいるのが不安になったので急遽車移動に変更しました。

仕事先は研究機関で、コロナ対策の一つとして「外部を交えたセミナー類は中止」のお達しが出たばかり。我々の仕事(機械装置のトレーニング)がそれに該当するかどうかで先方内で議論があったものの、集まるのは数名のみ、仕事場所は広い会議室かクリールーム内なので低リスクと判断され、仕事は続行。

その初日(3月16日)に、「明日からレストラン類は18時までの営業になります。テイクアウトは18時以降も営業可」というニュースが流れ、「明日から晩ごはん面倒になりますね~」と話しながら、その日は普通に外食してビール飲んでいました。

このニュースと同時に出入国管理強化のニュースが流れ、それらに敏感に反応したのが日本側の職場で、「今から取れる一番早いフライトで帰って来なさい」という指示が出ました。出張者はその日の晩のうちに翌日(3月16日)の帰国便を押さえ、翌日の午前中だけ仕事して帰国の途へ。その時は過剰反応じゃないの?なんて思いましたが、結果的には正解だったと思います。

トイレ紙の買い溜めと売り切れがニュースになったのはその前々週くらいからでしたが、身近なスーパーには普通にあったので気にしてなかったのが、実際に空になっている棚を見てちょっと焦ったのがこの出張からの帰り道でした。

少し遡って、私の職場では3月9日の週から「交代で50%出社50%在宅勤務」の指示がありましたが、その後の状況悪化を受けて、3月18日(水)から「オフィス勤務者原則100%在宅勤務」となりました。客先の工場はほとんど稼働を続けているので客先勤務者はほぼ平常通りです。あとオフィスでも物資の出し入れやITの人達は交代で何名かは出社しています。

私を含め、オフィス勤務の技術職というのは平たく言うと「後方支援組」で、普段の仕事の大半は現場から取り寄せたデータを解析してレポート書いて、次のアクション案を考えて、という仕事なのでオフィスにいるか自宅にいるかはさほど問題ではありません。自宅に大きなモニタがない人は自宅仕事は苦しいかもしれませんが、私の場合は別目的でモニタを買ってあったのでこの面も問題なし。

連日の在宅勤務というのは初めての経験ですが、風邪気味の時とか、台風で交通マヒしたときとか、在宅仕事自体は時々やっていました。ただ、これからしばらく毎日となるとちょっとは環境も整備したいということで、居間の片隅の小机(=仕事机)の廻りのガラクタを片付けて場所を確保しました。その後また散らかってきましたが。。。

(2)イベントの中止や飲食業、一般商店の開店規制などについて

公的規制が実施される以前から、まず国際見本市の類が自主判断として中止のものが増えました。感染拡大防止はもちろんですが、仮にむりやり開催しても、出展側も訪問客も、来られない&来ないところが多いだろうという判断もあったと思います。

大規模イベントの中止が、強制力のある「規制」ではなくて「要請」の形で出回り始めたのが3月上旬でしたっけ? 当初は「屋内で1000人以上」が対象だったので、所属する合唱団で「ウチらのコンサート会場は満席でも500人ほどだから大丈夫だね」なんて会話していたのもこの頃。プロサッカーの試合が無観客でやるようになったのもこの頃だったでしょうか?(私はサッカーにはあまり関心がないので記憶いい加減)

3月8日のハーフマラソン大会、どうなるのかなーと気にかけていましたが、これは実施されました。走っている最中はどうせ集団の中には入らないので低リスクだとして、更衣室や荷物預かりを使いたくなかったので、そのまま走れる格好で車で行って車で帰りました。もっともこれはコロナ以前の前年もそのようにしていました。給水がちょっと気になったのですが、自分で水を持って走る道具を持ってないので結局は給水所の水をそのまま飲みました。ま、あの時点ではフランクフルトの感染者数はまだごく少数でしたし。

強制力のある公的規制はドイツでは各州の権限で出されますが、それにあたって国と各州の間でできるだけ調整する努力はなされています。以下、ヘッセン州の場合について記します。

3月14日付の州規制で、「人と人との接触制限、間隔を1.5m以上」などが出され、スーパーのレジなどでは早速床にテープで目印が貼られたり、「必ずカートを使ってください」の運用が始まったりしました。同時に外出も「必要最小限に」との規制でしたが、単独や2人までの外出はOKで、散歩やジョギングなどの屋外スポーツも「単独か同居人同士、またはそれ以外なら2人まで」の条件でOKです。これは現時点(4月13日)でも同じです。

学校の授業休止指示がどのときの規制に記されていたか見当たらないのですが、息子が通う職業学校(市立)は3月16日の週からリアル授業がなくなり、ネット上での課題のやり取りとチャットで授業に代わるものが細々とながら行われています。(但しこの2週間はもともと春休み)

合唱団の指導者から、春のコンサートの中止の連絡が来たのは3月13日と14日でした。今あらためてそのメールを読み返すと、中止決定の根拠は「3月13日付け、フランクフルト市衛生局の指示」とありました。州だけじゃなくて市単位の規制もあるんですね。

3月15日に「RTF」という自転車走行会の今シーズン最初の回が開催のはずでしたが、数日前に「中止」の広告が出ていました。Kreis(いくつかの市の集合体としての行政単位)からの「推奨」(この時点では命令ではない)に基づいての判断と書かれていました。

3月17日付の州規制で、娯楽施設、文化施設、飲食店、一般商店(食品医薬品等を除く)の閉鎖が指示されました。この中で人が集まるイベント類禁止が明記されていますが、フランクフルト市ではそれを13日に先取りしていたということでしょうか。同時に、引き続き営業してよい商店等の種類は事細かく規定されているとともに、食品・医薬品・ガソリン等の日常必需品の店は引き続き営業することが「要請」されていました。更には役所や銀行、郵便、公共交通機関などは引き続き業務継続することもここで明記されています。また飲食店については、テイクアウトと配達での営業は認められていて、これは現時点も続いています。

このあとわりとすぐだったと思いますが、スーパーや商店のレジのところに、アクリル板やビニールなどで、レジ係と客の間で直接息がかからないようにしたものが一気に普及しました。あと店によっては現金支払いお断りのところがあるほか、そうでなくてもカード払いする人が多くなったように思います。(それまでスーパー等では現金払いの人が結構多かった。)

なお現時点(4月13日)では、一般企業のオフィスや工場の閉鎖指示はありません。ただ工場などでは、需要減や従業員の通勤回避等のために自主判断で休業しているところはありますし、オフィス関係では在宅勤務可能な仕事は在宅としている会社が多いようです。

(3)自分の生活のこと。

我が家のような「一般人」の生活に大きく影響があったのは、3月14日の「接触制限」と3月17日の「一般商店休業」ですね。それから今日まで約4週間、この状態での生活を続けています。

まず私にとって一番影響があったのは、趣味の合唱やオケの練習がなくなったこと。変な話ですが、、、2つの合唱団(それぞれ週イチ)と1つのオケ(隔週)の練習がなくなると、夕方~夜の時間に余裕が出来ました。でもやっぱり、これらが全然ないのは寂しいです。1つの合唱団の方では指導者が「練習ビデオ」を製作して、これをYouTubeでみながら、もしくはダウンロードしたファイルを再生しながら、普段の練習みたいな練習を一人で出来るようにしてくれました。

通勤がなくなったので、仕事時間はこれまでと同じだとしても自分の時間が増えました。ただ私の場合、雨でなければ自転車通勤していましたので、単に通勤しないだけだと運動不足になってしまいます。幸い、春になって日が長くなったのもあって、夕方雨が降ってなければ自転車乗ったりジョギングしたりして運動量と体重の維持に努めています。

状況もっと厳しいイタリア、スペイン、フランスなどでは、ジョギングやサイクリングなどは禁止で、散歩すら場所と時間を厳しく制限されていると聞きます。ドイツがそこまで厳しい状況になっていないのが幸いです。

スーパーやドラッグストアの類は「これまで通りの営業」を国や州からも要請されていて、一時買い溜め影響で品薄のものもありましたが、今はマスクと消毒液以外は正常近くになりました。

 

我が家では、以前は食材はカミさんがほぼ毎日、その日に食べるものを買う感じで近所のスーパーか街中の市場へ行っていましたが、買い物に出かける回数は減らそうということで、だいたい週2回(スーパーと市場、交互に各1回)で済ませるようにしています。スーパーの買い物は人が一番少ないとされる月~水の昼前か昼過ぎに行くようにして、以前は土曜日に必ず行っていた市場の買い物も、金曜日の午前中に行くようにしました。これはカミさんが専業主婦なのと、更に私も「在宅」になったから出来ることなのですが、言い換えれば平日夕方と土曜日にしか買い物に行けない人たちも多くいるわけなので、そうでない我が家は、せめてそういう混む日時を避けて行くのが自分たちにも他の人達にもベターな選択と考えています。

コロナ以前の週末は、土曜日の朝が市場の買い物、それ以外の時間は天気に応じてカミさんとジョギングしたり、仲間と誘い合って自転車乗りに行くことが多く、合唱のコンサートが近くなると週末集中練習が入るという感じでした。3月中旬以降は、合唱のコンサートも練習も、自転車イベントもみな中止になってしまいましたが、個人か家族か、他人でも最大2人までで散歩・ジョギング・サイクリングするのは今のところ自由なので、私自身はそんなに辛く感じていません。でもこれはたまたま私の趣味がそういうものだから助かっているわけで、サッカーやテニス(これも閉鎖中)が趣味だという人、映画とかライブとかに行くのが好きだという人には辛いところと想像します。

外食に関しては、我が家が「ちょっと気合を入れて」外食に行くのは、家族誰かの誕生日となんちゃら記念日くらいのもので、あとは週末などで出かけて帰りが遅くなった時に外食することがちょくちょくありましたが、旅行はもとより日帰りでも遠出することは無くなったので、外食できないから困るということはありません。それに、飲食店のデリバリーサービスはこれまで以上にやっているところが増えたようなので、食材が尽きた時とか、料理する気力がない時はそれらを使えばよいと思っています。もっとも、、、我が家はこれまで宅配ピザすらほとんど使ったことがないので、今更手を出すのはちょっとハードル高いですね。ま、これは必要になったら何とかなるだろうと。

、、、というのは我が家の場合ですが、例えば独身や単身の日本人駐在サラリーマンの場合、日本食屋へ一人で行って、お店の人や常連客同士でおしゃべりしながら晩ごはんというパターンの人も結構いらっしゃり、そういう方たちにはとっても不便かつ淋しい、辛い状況ではないかと想像します。

(4)経済のこと

経済のことは、私自身がよくわかっていないのであまり詳しくは書けないのですが、、、

私の職場は、在宅にはなったけど今のところは100%仕事をしていますので、給料は普通に出ます。休業や時短操業している工場の勤務者などは、会社が直接負担する給料は勤務時間に比例して削減されますが、削減分の何割だかが雇用保険(?)から支払われることで、雇われ人の側は壊滅的なダメージは避けられるようになっています。飲食業に携わる人も、少なくとも会社組織の社員身分であれば同じ扱いと聞きます。

会社の経営側、さらには自営業者の方にはそういう補償がないので、臨時助成金(返済不要)だとか特別融資の形での援助の制度が急遽整備されて実行されつつあります。他方、現時点での制度は「事業を休んでも出ていく必要経費を補填する」という形なので、「必要経費」が少ないフリーランスの芸術家、ジャーナリスト、カメラマン等の方々はほとんど援助が受けられず、この空白をなんとかすべきだとの請願が各方面から出され、対応が検討されつつあると聞きます。

、、、という感じで、まだまだ抜け落ちているところはありますが、「休業を命令するが、補償もする」というのが国の基本スタンスで、これは頼もしいと感じます。

もっとも、国のお金も無尽蔵ではないので、このような援助が際限なく続けられるわけではありません。状況を慎重にみながら、緩和できるところを少しづつ緩和して行って、、、ということが並行して議論されています。


なんだか、起承転結のないダラダラ文章になってしまいましたが、明日は仕事なのでこの辺で。