Pokemon QuestⅠ:夢の中の魔道士~The beautiful World~
ヤミカラスは、また夢の中にいた。空の高い位置から、森を見下ろしている夢だった。
はじめ、太陽は西の空へやや傾きかけていたが、じきに沈むと、東から闇と共に月が現れ、森を静寂が覆った。
その月も、やがて弧を描きながら西へ沈むと、再び太陽が顔を出し森の鳥たちのさえずり声が戻ってきた。
そしてまた、太陽は沈み、月が出るのを繰り返した。
その二日間の、太陽と月の当たり前の動きは、ヤミカラスの目には感動的なものとして映った。
過ぎてゆく日々というものは、なんてシンプルで美しいのかと思った。常に危険と隣り合わせの、
今までの生活の中では決して知りえることではなかった。自然というものはかくも偉大で、自分は今まで、
一枚の羽が風に舞うように、その中でゆらゆらと漂っていただけなのだと思った。
しかし三日目になって、太陽ではなく雨雲が空に広がると、彼はまた不安を抱えてしまった。
土砂降りの雨の中、孤独のあまり死んでしまいたいと思っていた、あのときの記憶が蘇ってきたからだ。
だが、そんな彼を慰めるように、背後から誰かがふわっと包んできた。あの、魔道士フーディンだった。
「雨に怯えたりしなくてもよい。雨は、水をもたらし、全てのいきものの命を救い、包んでくれるものだ」
彼のその言葉に、ヤミカラスは身も心も軽くなるような思いだった。彼の言うとおり、
雨は災いなど運んではこなかった。森は雨を受けて、ただ静かに木の葉を揺らすだけ。
誰かの悲痛な声が響き渡ることも無く、ただ優しげな静けさが広がるだけであった。
ヤミカラスは、フーディンの温もりに触れながら、こう呟くように言った。
「約束通り・・・また来てくださったんでござんすね」
それにフーディンはハハッと少し笑うと、こう応えた。
「・・・ワシは、ただおヌシの無事を確かめに来ただけだよ・・・この森の平和を救った勇者であるおヌシの、な・・・」
自分が、この森を救った・・・?そんな大それたことをやったなんて、ヤミカラス自身には信じられないことだった。
しかしあのムクホークを倒すとき、確かにそんな思いも抱いた記憶はあった。トモダチを助けたい、
自分を応援してくれる者たちも助けたい・・・そして、この森全てを助けたいと。
「・・・けれど」
と、ヤミカラスは再び口を開く。
「あのムクホークと戦えるようになったのは、あなたがこの間夢に出てきて、
あっしに新しい世界を見せてくれようとしたからでござんす」
それを聞いて、フーディンはまたフッと笑った。
「確かにそうだな。ワシが現れなければおヌシは、生まれて初めての友を助けになど行かなかったかもしれんな」
雨は降り終わらぬまま、三日目の夜が訪れた。星の輝きも、月の光も無い本当の闇だ。
しかし雨雲は徐々に、長い尾びれを引きながら遠くの空へと流れていこうとしていた。
「あなた・・・何者でござんすか?」
と、ヤミカラスは以前と同じ質問をフーディンに投げかけた。
「・・・言ったろう、ただの魔道士だよ」
その答えも、以前と同じものであった。
しかし彼は、そのあとでこう付け加えた。
「名前は、“ンゲ”という」
「・・・う、“うげ”?」
その、短くも発音の困難なその名を、ヤミカラスは早くも呼び違えてしまった。
「ハッハッハ、“ウゲ”ではない。“ンゲ”だよ。まぁ、遠い異国の言葉だ。そう簡単に呼べるものでもなかろう」
東の空が、段々と明るくなってゆく。じきに四日目の朝が来るのだろう。雨はまだ続いていたが、
雲はもう殆ど他所の空へと体を移動させ終わっていた。
「ところで、おヌシの名はなんという、ヤミカラスよ」
今度はフーディン側から投げかけられたその質問に、ヤミカラスは答えることができなかった。
彼には両親がいなければ、名前なんてものはある筈がなかったのだ。
しかし、それをすぐに悟ったのか、魔道士ンゲは、彼にこう言ったのだった。
「・・・ワシがおヌシの名付け親になろう」
雨雲はすっかりと姿を消しており、太陽は、既にその頭角を現していた。
ンゲは父親のように温かく、優しい声で、言った。
「おヌシの名は、“コガラシ”だ」
※
「・・・起きた!起きたぞ、ヤミカラスが!」
突然、ヤミカラスの目の前にエテボースの顔が現れた。それに続いてエイパムも、
もう一匹の少し面長のエテボースも、すぐさまヤミカラスの元へ駆けつけてきた。
「四日も眠り続けたんですよ!二度と、目を覚まさないのかと思いました・・・」
面長が泣きそうな声になりながら言う。それで、ヤミカラスは今まで夢を見ていたことを思い出した。
そうか、四日も寝ていたのか・・・。しかし四日という期間は、夢の中ではあっという間に過ぎてしまうものだ。
ここは、エテボースとエイパムの三兄弟が暮らす、木の上の小屋だった。ヤミカラスが眠っている間、
彼ら兄弟がヤミカラスの看病をしていたのだった。
しかしヤミカラスはそれを感謝するよりも早く、取り乱したようにこう言った。
「フーディンは・・・あの魔道士様は、どちらへ行かれたんでござんすか?」
言ったあとで、しまったとも思った。フーディンと出会ったのは自分だけなのに、
エテボースたちがどうして彼のことを知っている筈があろうか。
が、太っちょのエテボースがした返答は、意外なものだった。
「お、おい。それって、さっきまでここにいたやつのことかよ・・・」
まさか。彼は現実に、ヤミカラスの傍にいたのだ。
「教えておくんなせぇ!一体、あの方はどこへ・・・」
「し、知らねえよ・・・いきなり俺たちの前に現れて、お前の看病させて欲しいなんて言ったくせに、
お前が目覚める直前になったら、役目は終わったとか何とか言って、さっさとテレポートして消えちまったんだよ」
テレポートした・・・それならば、もう彼はヤミカラスの手の届かない遠い場所へ消えてしまった可能性もあった。
しかしヤミカラスには何となく、そうじゃないような気もした。追いかければ、まだ間に合うんじゃないだろうか。
それで、ぱっと立ち上がると、すぐにエテボースたちの小屋を飛び出していこうとするヤミカラスだったが、
それを後ろから掴んで阻もうとする者があった。末っ子のエイパムであった。
「・・・もう行っちゃうの?折角、トモダチになれたのに・・・」
そう言う彼のその目には涙さえ浮かんでいて、ヤミカラスにはすぐその手を振りほどくことはできなかった。
が、面長の方の兄が、
「やめなさい、彼にだって事情があるんです」
と言うと、エイパムは自らその手を離した。
それでも、ヤミカラスにはその場を離れることはできなかった。後ろ髪を引かれる思い、
“ソーナノのかげふみ”である。考えてもみれば、彼らエテボースの兄弟は、
ヤミカラスにとっての生まれて初めてのトモダチなのである。それとこんなに簡単に別れて、
追いつくかどうかもわからない魔道士を追いかけることが、果たして正しいことと言えるのだろうか。
だが、そんな思いから彼を解き放ったのも、トモダチの台詞だった。
「何だかよくわからねえけど・・・お前にとって大事なポケモンなんだろ?早く、追いかけろよ」
太っちょのエテボースのその言葉に、ヤミカラスは思わず、深く頭を下げてしまった。
そして、再びエイパムの顔を見る。彼の目からはまだ涙が溢れていたが、
もう、ヤミカラスを引き止めるようなことは言わなかった。
代わりに、彼はこう言った。
「ぼ、僕・・・“テン”って名前なんだ!都会へ行って、音楽家になることが夢だ・・・だから、
もし君があのフーディンと都会へ行くことがあったら、また会おうよ!」
エイパムはまた手を差し出したが、それはヤミカラスを掴もうとする手ではない。
彼を解き放つために、別れの握手をする手だ。
ヤミカラスはそれに、そっと片方の翼を差し出し、こう言った。
「・・・あっしの名は、“コガラシ”。きっと、また会える日が来るでござんすよ」
そして最後に、この間知ったばかりの言葉を言って、ヤミカラスは飛び立っていった。
ありがとう、と。