Pokemon QuestⅠ:夢の中の魔道士~The beautiful World~
荒い息遣いを続けながら、ファルコは覚醒した。まだ体は起こせるような状態ではないが、彼は仰向けのまま周囲の状況を把握した。どうやら、囲まれているらしい。
「なんだ?貴様ら・・・我輩を裁きにかけようとでも言うのか?」
そう言った彼の声にはまだ、ムクホークの君主としての威厳が残されていた。いや、どんなに格好つけたところで無駄だ、このような体勢では・・・。彼は今初めて、自分を情けなく思っていた。
「裁くのなら、早くやってしまえ・・・我輩は、逃げたりせぬぞ」
しかし彼の前からは、それを肯定するような台詞は返ってこなかった。
「そんなことは望んでおらん・・・」
何だろう、君主である自分よりも威厳に満ち溢れたこの声は・・・。そしてどこか、母の抱擁のような温かさも感じさせる。
「ワシはおヌシを解放しようと思う。ムクホークの誇り高き君主であるおヌシを裁く権利は、ワシには無い」
しかしその優しい言葉を、ファルコは受け入れようとはしなかった。
「我輩に情けなど無用だ!解放されたとて、一度勝負に敗れた者が、この弱肉強食の森で生きていくことは叶わぬわ!我輩はもはや、君主などではない。我輩の誇りは、敗北と共に散ってしまったのだ・・・!」
ふと気がつけば、彼のその目には涙すら浮かんでいた。孤高のムクホークが、生まれて初めて流す涙であった。
だが、かの声は彼のそのような態度を叱咤した。
「・・・馬鹿者めが!」
「争いに敗れただけで消えてしまうほど、お前の誇りは薄っぺらなものだったのか!?そんなつまらん誇りだったならば、最初から無かったも同然ではないか!!」
その激しい叱り方に、しかしファルコはいつものように腹を立てることはなかった。彼は今、新しい世界に目を向けさせられようとしていたのであった。
「よいか、ムクホークよ。戦いに勝つ力だけが誇りではない。王として君臨し、皆が欲しがるオボンの木を独占することが、本当の強さではない。それがわからぬか?」
それを聞いて、ファルコはハッとした。以前にも、これと似たようなことを誰かに言われた覚えがあった。
そう、今ならはっきりと思い出すことができる・・・一度は記憶から抹消してしまったものだったが、負け知らずだった彼が負かされる出来事が、以前にも一度だけあったのだ。若かりし頃、自分より弱いカモネギを餌食にしようと追いかけていたとき、街から来た魔道士が突然彼に電撃をお見舞いし、邪魔したのだった。
あのときの魔道士も、同じことを言っていた。力だけが強さではない、と・・・。
だが、自分はそれを聞き入れようとはしなかったのだ。力に勝るものは、力しか無い・・・彼にその持論を曲げる余地は、当時無かったのだ。
しかし、再び敗れた今なら、それを聞き入れることができる・・・自分がこれまで犯してきた過ちを、省みることができる。
「・・・ようやく、理解したようだな、ファルコよ」
かの声は、そのムクホークの名を呼んだ。
「・・・なぜ、その名を?」
ファルコは驚いた。まだ名乗りもしていないのに、どうして相手は彼の名を知っているのか。
だがそれに対して相手は、愉快そうにハッハッハと笑い出した。そして、こう言ったのだった。
「当然だよ。ワシが、おヌシの名づけ親だからな・・・王たるに相応しい名として授けた、大切な名だからな」
ああ、そうか・・・。今、ファルコの中でもう一つの記憶が蘇ろうとしていた。幼き日、両親から何度も聞かされた話だ。自分が生まれ出でたとき、街からやってきたある偉大な魔道士が、この子は将来立派な王になると言って、自分にファルコという名を授けたのだと・・・。
道理で、父や母を連想させるような温かい声だと思ったわけだ。今自分の前にいる方こそが、ファルコにとっての第三の親・・・。
「魔道士フーディンか・・・」
「いかにも」
優しく語りかけるように、かの声は言った。
そして、こう付け加えたのだった。
「ワシはいつも、おヌシのことを見守っていたよ・・・」
そのとき、ファルコは再び溢れ出てくる涙を抑えることができなかった。そう、彼もまた孤独だったのだ。今まで誰からも優しくされることなく、ただ力でねじ伏せるしか、他者を支配する術を知らなかったのだ。今、ようやく彼は、自分を守ってくれていた者の存在を知ったのだった。
それから、ムクホークの王は再び眠りに落ちた。次に目を覚ますとき、彼は今よりももっと、王としての威厳に満ち溢れた存在になっていることだろう。独り占めしていたオボンの木を皆に開放し、誰からも慕われる偉大な王へと成長を遂げることだろう。
※
事を終えたフーディンは、バクタたちにムクホークの手当てを任せると言った。大魔道士からの突然の仕事の依頼と、相手が獰猛なムクホークであることにおっかなびっくりしながらも、彼らはちゃんと自分らが所持していた漢方薬などを使い、ムクホークの手当てを始めた。
それを見て安心したフーディンは、円から抜け出すと、次の瞬間にはもうどこにもいなかった。恐らく、テレポートを使ってどこかへ行ってしまったのだろう。きっと、他にもやらねばならぬことがあるのだ。
円を作ってムクホークを囲んでいたワンリキーたちも、ようやく安心して仕事へと戻った。陽は、もうじき暮れようとしていた。威勢のいい声を上げながら、彼らは最後の一仕事へ汗を流した。
「・・・しかしあの魔道士、不思議でしたねぇ・・・」
手当てを続けるバクタの横で、アーシアはポツリとそう呟いた。
「な~んにも使い魔を連れてないなんて。どうせなら、このムクホークを使い魔にしちゃえばよかったのに・・・」
「そうだなぁ・・・度々森や山などを訪れては色んなポケモンと接しておられるそうだが、別にだれも使い魔にする気は無いらしい・・・」
それに応じて、バクタは言った。そう、あの魔道士は、いつも一人っきりでいると聞く。魔道士というのは使い魔の力を借りることで、その魔力を増幅させたりできるものである。それを持たないというのは、使い魔の力を信用していないのか、或いは己の力を過信しすぎているのか・・・。また、使い魔を従えないこと自体が、かの魔道士を偉大たらしめている、という話もあった。
しかしバクタには、何か他に理由があるようにも思えた。それが何かは、皆目見当もつかぬものであったが・・・。
「・・・それよりホラ、御覧なさい。このムクホークの寝顔」
話題を変えて、バクタは言った。きょとんとしながら、アーシアはファルコの顔を覗き込む。
すると、最初は彼を怖がっていたアーシアも、何だが急に微笑み出してしまった。それはまるで、威厳あるムクホークの君主というよりも、何だか母親の子守唄で眠る幼きひな鳥のような、愛らしい寝顔だったのだ。
安らかな彼の寝息が、夕闇の空へ、砂糖菓子のように溶けて消えてゆく。そして、昼間のことなど何も知らない月が、空の上で輝き出した。
そうやって自然というものは、哀しみも、憎しみも、つまらない感情を全て飲み込み、優しく包み込んでくれるのだった。
