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土曜日は旅物語〜フィリピンのホームステイ

$匠の固鞄通信-ドロン


この写真は、昔々にふらんすのあっ!らんどろんさんと一緒に「太陽でいっぱい」という飲んだくれの映画に出た時撮ったものだが、今日の話題は南国フィリピンのこと。

先週のハワイ遍に続き、2回目の海外旅行は南国フィリピンだった。

こう書くと、何やら楽しいバカンスっぽいのであるが、実はこれが過酷な研修旅行だったのでありんす。
専門学校を3ヶ月で卒業(退学とも言う)し、今風に言うフリーターをやっていた。
トルコ風呂掃除やら健康食品販売(お年寄り集めて講習会風に販売するやつ)や、高額な英語教材を「あなたが○○地区から選ばれました」とテレアポ販売するやつとか運送屋やら水商売などなどやった最後が八百屋だった。

先のハワイ旅行から帰ってすぐ翌日から、八百屋の娘と婚約した幼なじみ(一緒に鹿児島から出てきて最初に同居していた友人)が翌年秋に結婚するというので、それまでの約一年の約束で八百屋の兄ちゃんになったのであります。

そんな八百屋時代、二十一歳の夏に鹿児島の教会から(幼児洗礼のカトリックなのです)、「国連の国際青年年にあたり、他国のカトリック信仰についての研修をする」ということで、アジアの中でカトリック信者の多い韓国とフィリピンへ研修旅行が計画されたとの案内が入りました。

約2週間の研修、面白そうだとフィリピン行きを決めたのでした。
時期はお盆の頃、八百屋に長期のお休みを貰い出発地の鹿児島へ帰りました。

出発前に、鹿児島司教館で出発式が開かれ、約20名の青年男女や引率の神父、シスターが集合しました。

行きの飛行機の中で、おちゃらけて写真を撮ったりしているのが残っていますが、現地に付くまではほとんど覚えておりません。鹿児島発沖縄・台湾経由で香港へ行き、香港乗換でマニラまで。
キャセイパシフィックのスチワーデスがとても綺麗だったのが印象的でした。

到着したのは真夏のマニラ。あのアキノ大統領のご主人が暗殺されたマニラ国際空港です。
到着そうそう、あまりの湿気にフラフラ。
同行していたメンバーの半分は奄美大島からの参加で蒸し暑さには慣れているようですが、ほとんど水蒸気の中にいるような湿気に閉口。

迎えにきたマイクロバスに乗り、まずは都心の研修センターへ到着です。
研修センターは煉瓦作りの近代的な建物でしたが、部屋にクーラーがない。
ここでマニラ駐在の鹿児島の神父とシスターが合流し、2日ほど現地マニラの現状のお勉強です。

当時のフィリピンは、あのマルコス大統領の暗黒統治時代の終焉の頃で、社会情勢も混沌としていた頃です。実際に革命が起きたのは翌1986年2月でした。

そんなフィリピン情勢を、研修センターのセミナールームで現地のシスターが話してくれます。
「市民の中にもたくさんの政府スパイがいて、彼らは密告すると報酬がもらえるから生きるために仕方なく密告をさせられている。もし今話していることが密告されたら、私は銃殺刑に処されるでしょう」という言葉が、平和な時代の日本に住む自分にとって、遠い異国のおとぎ話や、親から聞かされる第二次世界大戦の時の話のように、現実味を伴わない本や新聞の中の話のように頭に残りました。

1日目2日目は研修センターでの講義と、カトリック系の放送局で日本語放送もやっているラジオベリタスやマニラ中心部の見学、「あの建物が首都マニラの知事マルコス大統領の奥さんイメルダ婦人がいるビルです」と、このころはまだ観光客気分で写真をパチり。

3日目、ジプニーと言うジープを改造した現地のタクシーに分乗して、ロサリオというマニラ湾沿いの漁港へ出発しました。

ガタガタ道に揺られること2時間程だったでしょうか、まばらなヤシの木の間に粗末な作りの小屋が立つ集落へ到着しました。

ここでそれぞれの家に分けられてホームステイです。
連れて行かれた家・・・小屋と言った方が良いでしょう、ダブルベットのまわりを板で囲い、一畳程の土間。土間には20cm程の幅の板がついていてこれが棚兼食卓です。
あとは土間とベットの間に蚊帳が張られ、ヤシの葉っぱの屋根が乗せてあるだけの住居です。

ホストファミリーは30歳くらいの夫婦、奥さんは大きなお腹をしていますが、まだ子供はいません。
そんなところに放り込まれ(まさに放り込まれたという感じ)、片言の英語で日本のことなどを話していました。

途中「トイレに行くか?」というので付いていくと、家の裏手の砂浜に出ました。
スタスタと砂浜を進んでいきます。同じ様にスタスタ付いていくと

「俺はこの辺でするから、お前はもう少し先に行け」といきなりしゃがみ込みました。


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青空トイレ。仕切無し。

まだ明るかったのでこの時は我慢しましたが、他の家に振り分けられた女性、しかも二十歳くらいのメンバーは「トイレ」と言ったら「空き缶を渡された」と泣いておりました。

そんな集落に電気なんかありません。
薄暗くなるとアルマイトの皿に焼いた魚とパン一切れ。これが晩ご飯です。手で食べます。

食事を終えて少し話をしていたら、「じゃあ、今日はお前が一人でそこで寝ろ」とご夫婦は知合いの家へ行ってしまいました。

真っ暗でやることもありません。

下手に歩き回ってもウンチを踏むか水たまりに足を突っ込むかですので、大人しく寝ることと致しました。

フィリピンの蚊はデカイです。日本の5倍くらいあります。
「マニラ市内で若い女性を見るとき、裕福な家の娘か貧しい家の娘かは足に蚊に刺された痕があるかどうかで分る」と聞いておりました。

蚊の侵入を防ぐため丁寧に蚊帳を閉め、ベットの中央で床に付きました。

夜中、暑くて寝苦しく何度も目が覚め、右へ左へゴロゴロ・・・・

翌朝、足や腕に大きな腫れが出来ていました。
そうです、ゴロゴロしながら蚊帳にくっついてたんです。
蚊帳の意味がありません。泣

翌朝、主がやって来て「漁の船が帰ってきた」というので、一緒に砂浜に出ました。
そこは、昨日の薄明かりでは気がつかなかった空き缶やプラスチックゴミがいっぱいの荒れた砂浜で、細長い船体を二つ横に繋げた船・・・日本の海水浴場で見かける手こぎボートの半分くらいの細さの貧しい手こぎ船にポリ袋一杯分くらいの魚を積んだ漁船が数隻。

「昔はたくさん魚が捕れたんだけど、最近は日本の大きな漁船が網で獲るので、小魚しか取れなくなってしまった」「日本の漁船は、沖の母船に魚を揚げて、母船の中で缶詰にしてそのままフィリピンへ輸出している」「私達の海で獲れた魚なのに、お金だして缶詰を買わないと食べられないんだ」

マルコス時代のフィリピンでは、賄賂さえ送っておけば日本の会社が好き勝手なことが出来ていたのでした。

砂浜を離れ、市場の方へ行くと大勢の人が集まっています。
南国の果物や捕れた魚が、コンクリートの台に乗せられて売られています。
贅沢なんかはほど遠い、生きるために必要な最低限が並べられた市場。

そんな中でも子供達は元気です。

市場からステイ先へ戻る途中、子供達が後をついてきます。
「名前はなんだ?」
「マコトだ」

それから「マコト、マコト」と大声で言いながら段々子供達が増えてきました。

最初に名前を聞いてきた子供が「マコトは俺の友達だよね」と皆に自慢しています。

たくさんの子供達が口々に「マコト、マコト」と叫び(呼び、じゃなくて)ながら楽しそうに付いてきます。

家のところまで来て、主が「マコトは、マが沢山の意味、コトがシラミの意味だから、子供達が沢山のシラミと喜んでいるんだ」と大笑いです。


ということで、タガログ語の勉強になった市場帰りでした。

長くなったので、続きはまたの機会に。
皆さんも、ボンボヤージュ!

変り種トランク:今日はディスプレイ用のトランク風ケース

$匠の固鞄通信-ディスプレイトランク


ド~ンとでっかいトランク・・・トランク風ディスプレイ台です。

アパレル屋さんの店頭ディスプレイ用にご依頼を頂きました。
鹿児島・福岡・京都・吉祥寺の店頭でご覧頂けます。

「トランク風」と「風」がついておりますが、大体、ファッション系の店舗というモノは長くても5年でディスプレイをやり直します。

ということは、それ以上の耐久性は必要ないということです。
また、今回の場合は「開閉して中に何か仕舞っておく必要が無い」ということで、
トランクには見えますが、「開閉しない台」というのが正しいところです。

大体においてこのような台は工務店が作る方が安いのですが、

・本物に似せたいので革捲きで
・金具もトランク用を

というご希望がありましたので、こちらで承ることとなりました。

正面に付いている錠前金具、多分、日本で入手出来ないんです。
数年前に私がアメリカのアンティークな業者で見つけ、トランクを作ってもらっている工場が
鞄用金具の卸をしている業者に言って仕入してもらった物です。

ということで、他の業者ではなかなかこの金具が手に入らないのであります。

店頭でスポットライトを浴びるので、どんどん日焼けしていくでしょう。
心配なのは、上に乗せたマネキンや衣料で隠れる部分と、ずっと光を浴びる部分で
焼け方にムラが出来るところです。

どうかこんがりと焼いて下さいね。

5年経って内装変えるときは譲って欲しいなあ、と思います。

コチラが店内に置かれた状態です。

$匠の固鞄通信-Re+トランク


普通の旅行用やビジネス用のトランクカタログはコチラ

クラシック革トランク風の書類ケース

$匠の固鞄通信-広沢トランク1


本日ご紹介は小型のクラシックタイプ革トランクです。

旅行用に中型クラシックトランクは需要が高いのでありますが、「中型クラシックをそのまま小さくした感じで仕事用の書類ケースを作って下さい」とのご要望でお作りさせて頂きました。

外観は、まんまクラシックタイプなのですが、サイズが380mm-225mm-100mm(ボディー外寸)と、中に丁度A4
サイズのファイルが収まる大きさです。

どうですこの威風堂々としたたたずまい。

$匠の固鞄通信-広沢トランク2


取り外しできるショルダーストラップ付で、内部はシンプルにゴム口のポケットがあるだけです。
で、よく見ると・・・


こだわりの「紫ステッチ」なのです。

$匠の固鞄通信-広沢トランク3



では、また書きますね。
もっとたくさん見られる革トランクカタログはコチラから。