「ちょっと待った…」

俺は武田にタイムをかけた。

地球人の精子をコリン人の精子に変える?
だったら最初からお前らの精子で授精させればいいじゃないか。

もっともであろう意見を口に出して言った。

「エルスはまだ発展途上惑星にすらなっていませんからね。」

きっと理解し難いですよ?
と鼻で笑い

「エルスの遺伝子は残しつつ、コリンの精子に変換させるのですよ。」

と確かに理解し難いことをぬかした。

んなこと現実的に不可能だろ?

「理論上可能です。なにしろ“データ”ですから。」

まず精子をデータ化することが地球では不可能なんだよ。

「…ですが、“データならでは”の問題が発生したのです。」

苦笑しながら武田は言う。
まさかと思うが

「容量か?」

「…!その通りです。」

武田は驚きを隠せない表情で言った。

俺のウィンドウズ2000も容量にはたくさん悩まされてるからな。
エロ画像、エロ動画を保存しすぎて…
気持ちはよくわかるぜ。
…が、しかし

精子をデータ化させたり、俺んちであるアパートを銀河の彼方へと瞬間移動させたりと、超科学的なコトができるくせに

たかが“容量”だぜ?

そんくらいのこと、数秒で解決できるだろ?

「ではそれを踏まえた上で実験開始です。」

俺の心の問い掛けはむなしく、武田の冷静沈着なセリフにかき消された。
「すべての謎の答えは、あの扉の向こうにあります。」

武田は扉に手をかざし

「¢£∴∞§ÅΔБыя…」

呪文のような言葉を発した。
扉はそれに応じるよう音を立てず静かに開く。

「こちらへどうぞ。」

「…。」

主観で広くも狭くもない、部屋の中央に直径2メートルほどの無色透明な“球”が置かれている。

「この球は?」

デカい水晶玉みたいだ。

「簡潔に言うとメインコンピューターです。」

許可を得てその球を触ってみた。
ひんやりと冷たい。

「突然ですが、今からある実験を行いたいと思います。」

武田は球に手を触れ呪文を唱えた。
…もしかしてこの呪文はコリンで使われてる言葉なのか?
そんな推測を立ててみた。

「…あ!」

球にオタマジャクシのような生物が一匹、大きく映し出された。

「これは一般的なエルスの精子です。」

なるほど。
保健体育の教科書に画かれていた通りの形をしている。

「現物ではなくデータですが、まぁその理由も後ほどわかるでしょう。」

データ化された精子はウヨウヨと元気よく尻尾を動かしている。

「我々コリンとあなた方エルスのDNAは当然のごとく異なります。」

そうだろうな。

「この精子をコリンの卵子に授精させても…」

「受精しない。」

と俺は答えた。

「その通り。腐って終わりです。」

そこで我々は…と力強くためて

「受精を可能にするため“エルスの精子をコリンの精子に変換させることにしました”」

と、また訳の分からないことを言い出した…。
武田が言った通り、扉の向こうに答えがあった。

エリオネットが俺んちに爆弾を仕掛けた理由、
俺の精子データがハッキングされた理由、
俺の精子がどう特殊なのか、etc.

謎が晴れ、心も晴れるかと思ったが、そんなことはない。
ハッキリ言ってメチャクチャ怖い。
どうか悪い夢であってほしいくらいだ。

「ではアヤミ、アキト様をお部屋の方へとご案内しなさい。私は暫くここに残るから。」

武田は彼女の肩に手を置き、言った。

はい。
と返事をした彼女は俺の手を握り、例の電気のスイッチを押した。

研究室は武田と研究員等をおいて、元の狭い資料室に戻ったが、事実を知ったショックが大きくて全く驚けなかった。

「ここがあなたの部屋よ。」

資料室の向かいにある“仮眠室”と名された部屋を指し彼女は言った。

入室すると六畳ほどの広さで、ベッドが一つポツンと置かれたとても簡素な部屋。

「…再確認のため、もう一度聞くけどさ…」

アヤミちゃんは うん と静かに返事をした。

「俺、マジで宇宙人に狙われてるのか…?」

「ええ。」

彼女は頷いた。

「あなたの体の一部、髪の毛などを採集するため多種多様な異星人があなたの元へ友好的なコンタクトを取りにくるはずだわ。」

友好的…それならまだいいんだけど…

「またそれとは正反対の…」

彼女は一拍置いて

「採集対象のあなたを消滅させようと企んでいる異星人もいるわ。」

身も凍る言葉を吐いた。

武田曰わく、約6074種類の宇宙人が俺の命を狙っているらしい。
俺の精子が特殊だという理由でだ。

「…ここに居れば安全なんだよな?」

「うん。」

「…なら、ちょっと寝ていいか?」

短時間で非現実的な出来事がありすぎて、心も体もクタクタだ。

「添い寝してあげようか?」

彼女はイタズラに言うが、今の俺に気の利いた返答を期待しないでほしい。

「…おやすみ、アヤミちゃん。」

普通の挨拶をした俺に、彼女はふふっ微笑み

「あたしのことは“アヤミ”でいいよ?」

と言った。

……。

「おやすみ、アヤミ。」
俺は少し照れて、そして目を瞑った。