週末リスニング倶楽部 -10ページ目

20年ぶりの知識復活

初級クラスの授業で、家でCDの英語を書き取ってもらう宿題を出しました。書き取りをすることで、自分がわかっていると思っている語でも結構あいまいに聞いていて書き取れないことがあるからです。


単純に、書き取れていない語は、聞き取れていないからなので、

自分が何が聴き取れて何が聞き取れないかはっきりします。

あいまいさがないので、あとはその聞き取れない語を何度も聞いて、同じ轍を2度踏まないようにすれば、聞き取れる語が増えていきます。


今回、takingやdancingを書き取ってもらったのですが、完全に聞き取れているのに、takeingやdanceingのように、eを残したままingをつけている人が結構多くいました。


中学の1年で習うような基礎の基礎ですが、社会人で20年ぐらい英語に触れていなければ、このような間違いも往々にして起こります。


私の仕事は、中学の頃に習って、その後使うこともなく、頭の奥に眠っているさび付いた知識をとりあえず意識にのぼらせて、もう一度認識しなおすお手伝いをすることでもあります。


そして、思い出した学校で習った知識を、今度はリスニングやスピーキングにも生かせるようにしていきます。


この考古学のような作業をすると、結構基礎が固まってきて、次のステップに行くことができます。







2時間の授業

昔は授業の予習が大変で、どんな情報を提供したらいいのか迷うことがよくありました。

どこかの本に載っていることを載っているままに説明しても、それならその本を買って読んだほうがいいだろうと思っています。


何とか私のフィルターを通してわかりやすくしようという気持ちでやってきました。良質な情報を提供するのだと気張ってもいました。


今もその気持ちはありますが、経験を積んだからでしょうか?少し別のことも考えるようになりました。


この仕事、考えようによっては、私の一人舞台とも言えます。もちろん教材があり、TOEICの講座だったらそれに関連したことを言わなければいけませんが、どう進めるかはすべて私に委ねられています。


どうせするなら、みなにとって楽しい時間に、もちろん私にとっても楽しい時間にしたいという気持ちが強くなってきました。


大体2時間の授業が多いのですが、この2時間をどう過ごすか、新境地に向けていろいろ模索したいものです。




日本語の意味

英単語を覚えるとき、英和辞書を使って日本語の意味を覚えることが果たして本当に有効な手段なのだろうかとこのごろ思っています。


英語を勉強し始めたころから、ずっーと疑問なく英和辞書を使っていないでしょうか?


たとえば私は日本語を母国語として意識せず使っていますが、別の言葉を介して日本語を理解することはありません。


ふと英語のことを考えると、英語を理解するのに、ごく当たり前に頭の中で日本語に変換しているのではないでしょうか?

これは果たして外国語を覚えるときの有効な手段なのでしょうか?


一考に値すると思います。


この辺のことを今、真剣に考えています。