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WEBマーケティング屋のブログ

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などを中心にWEB担当者、中小企業様でWEBを活用したい
経営者、担当者の方々に向けて情報を発信していきたいと思います。

久々の投稿になり結構激動の2月後半で、滞っておりました。

 

いろいろあってドキドキしながら裁判所行ったり、病院の行き来の日々になったり(まだ詳しくは何も書けないのですが)不安と安心が毎日訪れてくる様な感じで、捨てる神あり拾う神ありを感じ、心の安定って大切だなと改めて感じます。病院でPCも携帯も使えずにずーっと稲盛本を読んで
あぁ、、、燃える闘魂とだれにも負けない努力と値決めは経営と!知識はあって本も目の前にありながら、何か流されていた自分がいて、たまに自分自身の時間を持たないと!と思ったのもまた新たな気づきでありました。

 

 

 

 

また、自分の場合は自分自身の状況がどうあれ、周り(仕事仲間やお客さん)がガンガン動いてバイタリティのある方が多いので、やる気があるとかないとか関係なくいつの間にか積極的に動く状況があるというのが有難いなといつも思います。

ちなみにいつも元気をもらってる元仕事仲間のYAKKENさん

その時のyakkenさん上司の伊藤さんの挑戦

 


3月はいろいろイベントがたくさんありまして。

普段ボーっとしてる自分に感動をいつも与えて頂いておりますヤマタケ会
(家族のような繋がりを仲間たちと国内外に広めていく活動をしております)


中今の会、第3回目の開催


 

猛獣塾クラウドファンディングスタート

塾頭先月訪問のキューバの話で盛り上がり、そろそろ行った方がいいよ!との事で年内目標に。

 

猛獣塾クラウドファンディング

釈正輪老師

武道礼法体験会 3月7日(木)
講話会 3月12日(火)

https://syaku-syorin.com/

 

最近、釈先生の回顧録ページも用意しました。
特に印象的だったマザーテレサとの出会いを。

マザー・テレサとの出会いと教え

師匠を失った私は彷徨(さまよ)いはじめた。
あるとき私は、衣を着て、綱代笠をかぶり、托鉢をする姿のまま、カルカッタの空港に降り立った。私には会いたい人がいた。そして、その方の居る場所を目指した。


カルカッタの郊外にその場所はあった。当時はあばら家のような粗末な場所だった。
「死を待つ人々の家」と呼ばれるその場所は、マザー・テレサが開設したホスピスだ。私は以前、マザー・テレサが来日した折に、彼女の講演を聞いていた。


「誰も孤独な人間を作らない」というマザー・テレサの言葉は私に大きな感銘をあたえていた。
実際に会えるかどうかわからないまま、私は門をたいた。最初に訪れたその日、マザー・テレサは隣町に行って留守だった。翌朝、訪れた時も会えなかった。昼に訪れた時も会えなかった。3日目も会えなかった。会うことを拒否しているのではないことは、対応してくれたシスターの言葉でわかった。いずれタイミングがあれば会えるであろうという希望を持って、翌日もその場所を訪れ、施設の近くにあった木の陰に立ちつくしたまま、ずっと待っていた。

 

その日、一人の杖をついた老人が「死を待つ人々の家」の前に立った。その老人はみすぼらしい身なりをし、体もやせ細っていた。曲がった腰で、両手を前に差し出すと、門の前で座り込んだ。一人のシスターが駆け寄り、コップに入れた水を差しだす。老人は手でコップを払いのけた。またシスターはコップの水を渡そうとしたが老人はコップを拒否し、両手を差し出して、そこに水を入れるように言った。シスターは老人の汚れた手を水で洗い、その手に水を注いだ。老人は両手に注がれた水をこぼしながら口に運び、一口含むと、崩れ落ちるように地面に倒れこんだ。

 

中からもう一人シスターが出てきて老人を助け起こすと、ふたたびコップで水を飲まそうとした。老人は頑なにコップから水を飲むことを拒んだ。それでもシスターたちは老人に水を飲まそうとした。小一時間もの間、水を飲ませようとするシスターたちと、それを拒否する老人のやり取りがあった。あきらかに老人は力尽きようとしていた。最後に、シスターはコップから水を飲ませることをあきらめ、布に水を吸わせて老人の口に運んだ。


老人は濡れた布から水を吸った。そして安堵の表情を浮かべ、涙を流し、何か言葉を口にして、事切れた。施設の中から、また何人かのシスターが出てきて、老人の遺体を部屋に運び込んだ。そのすべてを、私は少し離れたところで見ていた。

私が呆然とその場で立ちすくんでいると、施設の中から小柄なシスターが出てきて手招きした。私は周囲を見渡し、私が呼ばれていることに気がついた。そばに近づくと、手招きしたシスターはマザー・テレサ本人だった。マザーは、私がここに来たことを最初の日から聞いていたと言い、「日本のお坊さんでしょう?」と尋ねた。私は合掌してから、「はい、そうです」とうなずいた。マザーは私の手を取った。そして私の腰に手をかけ、部屋に招き入れた。
マザーが作った「死を待つ人々の家」は、路上で死にそうになっている人たちを連れてきて、最期を看取るための施設だ。ヒンドゥ教徒の国で、カトリック修道女が良く思われるはずもなく、当初は地元の強い反発があったと聞く。死にゆく人たちへの奉仕を無駄なことと考える人たちもいた。しかしマザーは、最期の一瞬でも人が大切に扱われることの必要性を説いた。

マザー・テレサは言う。


「見捨てられて死を待つだけの人々に対し、自分のことを気にかけてくれた人間もいたと実感させることこそが、愛を教えることなのです。」

 

私が見た先ほどの男性も自分の死期を悟り、ここへ来た。彼は異教徒からの施しをいさぎよしとせずにコップの水を拒んだが、最期にシスターらの優しさに触れ、感謝の言葉を述べた。そして来世では人のために尽くしたいと語ったという。老人と見えたが、実際は四十代だったそうだ。インドには彼のような恵まれない人々が多くいて、マザー・テレサは彼らの為に一生をささげた。
私は来訪の目的を、自分が師匠を失いどのように生きたらよいか迷っていて、ここに来ればなにかわかるのではないかと思ったと告げた。マザー・テレサの言葉はこうだった。


「あなたが日本という素晴らしい国に生まれ、男性であり、いま僧侶であるという事実は変えようのないことでしょう。ならば、その運命を受け入れ、出来ることを坦々としなさい


ミルクティーを頂きながら話した時間は二十分程度であったろう。しかしこの出会いは、私に大きな覚醒をもたらした。それ以来、私は宗派にこだわらずに自分の道を行こうと心に決めた。

 


 

 

 

 

 

開催日:2019年3月12日(火)
時間:19時~21時
参加費:¥3,000円
場所:ゼン・カフェマリーナ
東京都千代田区麹町4-8高善ビル1階
TEL:03-5213-9839
開催後に毎回懇親会を行っております。懇親会費¥2,000になります。

 


今月開催も10名近くの方にお集まりいただきありがとうございました。

今月はサイト上での紹介を控えているので、以前開催の内容を基に、最近の釈先生の話を聞いている中で重視しているのが「和の精神」

そして、個人的に興味を持つことができた古代史


聖徳太子の時代に振り返って、17条の憲法の第1条に和をもって尊しとなす。それがなぜその時代、第1条に書かれていたのか?そこには周りを武力で制圧ではなく元々の日本には周りを尊ぶ和の精神があったのを地理的な視点と歴史の始点から詳しく教えて頂きました。

 

 

祖父母の世代では
尋常小学校では「神様の子孫」と習い
天照大神とスサノオノミコトの日本神話があり、そのおふたりから続いていく日本人は神の直系の人間とされていた。
それに対し、旧約聖書の創世記では「土から神が人間を作った」との事

 

※世界で類を見ない位血が混じった多民族が日本人であり
現在の教科書では縄文人からスタートする形になっているが、既に縄文時代には下記の様な民族がいたと。
宮古島や沖縄近辺のクマソ
鹿児島のハヤト
出雲のオロチ
難波のツチグモ
関東から岩手、青森にかけてエミシ
北海道のエゾ(アイヌ)
これらの民族は全て船に乗って狩りをしていた。


教科書にある様で無いこの紀元前の民族がどの様にして生まれたのか?どこから来たのか?
等々を講話会の中で聞く事が出来ます。

 

縄文時代は実は海洋民族であり(別名コロボックルとも言います)、鯨やイルカ、オットセイを主食としていた。また稲作は水稲栽培を行っていて、どんぐりやしいのみで防風林も作っていた。それが二千年から三千年も文明が続いていたと言われていて、世界各国の文明が約200、300年に対して縄文文化は2000年、3000年と続いた背景には、世界中の血が混ざっている日本だからこそ他民族(多民族)を受け入れる平和的な感性を持ちえたからこそ出来た文明ではないか。

 

 

DNAも関連していて

染色体がAからTまでの25あるうち、YAP遺伝子と呼ばれるものがありYAP遺伝子は、親切遺伝子とも言われ、日本人特有の親切さや勤勉さなどもこの遺伝子の影響が多大にあると思われます。


村上和雄氏によると「YAP遺伝子は自分を捨てて他人に尽くす遺伝子」だといいます。


日本人は、モンゴロイド系で、遺伝子は日本固有YAP(-)を持ち、これは中国人、韓国人、フィリピン人にもない遺伝子であり、YAP遺伝子は縄文人固有の遺伝子ではなく、中東から来たといいます。

 


古代イスラエル人と日本人くらいしかいないともいわれ、Y染色体DNAのD系統を高度で持つことで有名であり、Y染色体DNAのD系統は、日本人とチベット人や中近東の人の他には、世界のどこにもほとんど存在しないそうです。
YAP遺伝子は、親切遺伝子とも言われ、日本人特有の親切さや勤勉さなどもこの遺伝子の影響が多大にあると思われます。

A:クロマニヨン人

B:ネアンデルタール人

D1:チベット、タスマニア、日本それぞれの男子のみが持ち合わせている

E:イスラエル

その中でD2と呼ばれるものは日本人の男子のみが持ち合わせている染色体(特にアイヌ、オロチが持ち合わせていた)

その様なDNAの観点からも、日本人はシルクロード(エジプト)から大陸を横断し、最終的に飛鳥(奈良)にたどり着いた。そのたどり着くまでに様々な血が混ざり合っているが利他の精神、平和的な感性を受け継ぐ事が出来、それが今も日本人のDNAに引き継がれている。

そこまでの内容を研究しながら伝えて頂けるので、何となくの和の精神が引き継がれてきたとは違って、非常に中身、内容の濃い話で納得しながら聞くことができます。

 

と共に、歴史だけだと知識の満足までになる為、一歩進んで自分自身が目指すのは、日常生活でどう活かしていくか?ヒントが得られるか?が大切だと思っていて日常生活から離れると、勉強するときだけの知識になってしまうと。

 

和の精神が日本を創ってきたのだとするならば、長続きする歴史の中で先祖代々受け継がれてきたものとして和の精神があると。さらに土地に執着しない文化も何かしらのヒントが隠されている様な気がしていて、イスラエル人と日本人の遺伝子が似ているのは、領土拡大を武力で制圧する時代、領土を重視していなかった。だからこそ?朱印船の山田長政はじめ中南米の地に開拓していった日本人がいたのかな?

 

近代イスラエルついてはユダヤ人を中心に
「ユダ族」が世界中を放浪しており(当時のユダ族においては国を創りたいというのが夢であった)

ユダ族が世界中で商売を行って利益が出て(ただし、金貸しでの利益であったこと)と
汗水流して働く事が仕事の基本とみなされていた時であり
そのお金をアメリカ、イギリスに渡して、その見返りにイスラエルという国家を創った。

それは、今のイスラエルでのベンチャーがどんどん生まれているのにも共通していて、世界中の能力を集めてベンチャーが生まれている背景があります。

ソーシャルカジノゲームのPlaytica(プレイティカ)

パーキンソン病治療薬を開発したNeuroDerm

自動車向け半導体Mobileye(モービルアイ)

共通しているのは、育てて売却している事。世界中の企業が買収先を求めてイスラエルに集中していて日本からの投資も、2012年から2016年の4年で100倍の222億円に急増。年間約5500億円のベンチャーキャピタル総投資額

他にも

人口視覚を活用して、視覚障害者の生活の向上を目指す OrCam

レントゲンやMRIなどの画像をディープラーニングによってAIに学習させ、病気の見落としを防ぐ Zebra Medical Vision

年1千社を超える新設企業数、ノーベル賞受賞率、これらが人口一人当たりでは世界一でアメリカの買収総額の20%がイスラエルの会社

単にお金持ちで引退ではなく、次々に新たなチャレンジをする風土というか根底にある教育の部分が影響しているそうです。

・10歳以下で基礎的なプログラミング教育が開始

・12歳からはサイバーセキュリティーの教育

年間で最低でも90時間、より難易度が上のコースでは450時間の学習で18歳ころには世界でも渡り合えるレベルの人材が何人も誕生

技術を開発するだけではなく、どう売り込むかグローバルに受け入れられることを前提に考え、その基には自分の国をもつことすら許されなかった歴史的な背景がある中何もないからこそ、自分がやる!という起業家が産まれる土壌があるのではないか?

日本が戦後技術立国として育ったのも、資源が無いという状況の中で教育を一生懸命頑張る文化があって、技術が世界をリードし尊敬される領域にまで至った。そんな所の土地が無い、資源が無いからこそ教育・技術が育つ、育てる所が共通項かなと思います。

 

古代イスラエルについては
アダムとイブがおり
サタンがイブにりんごを与えてそのりんごを噛じった結果、羞恥心が芽生え
性の営みを持たせてアダムにも食べさせて神の逆鱗に触れてしまったと。

日本とイスラエルついては
モーゼの話に遡るのですが
モーゼは実は桃太郎と非常に類似した過去があり
どんぶらこのお椀が川で流れてくるところから
これは神様が与えてくれた子供だと思い、育てられ
ただし、モーゼは自分がカナンの出身だということを知って
親子の対立が生じてしまうと。


モーゼは兄がいることを知り(名前はアロン)
アロンはパレスチナを建設し初代国王の名前がダビデであったと。
イスラエルは北イスラエルと南イスラエルとに分かれており、アシリア帝国が治めた後にバビロニア帝国が出てペルシャ帝国が出来た。ペルシャの立法で自治を認めていた時に、イスラエルに帰る事を許されている中で、唯一戻ったのがユダ族であったと。

ほかは東へ東へ移動して日本にたどり着いたと言われています。
また、日本にたどり着くまでにおいては朝鮮半島を経由して渡った経緯があるとの事で
その様な我々の文化文明がたどり着くまでの歴史や背景を知る事が重要であると説いていらっしゃいます。

 


いろいろ書いてる中で、もし歴史が繰り返され変化しながらも続いていくのだとすると、今の混沌としている世の中に中心的な役割を果たすのが日本になるのか?

 

AIが発達した後に来る生き方の見本になるのが日本人になるのか?が興味持つところで、きっと歴史の知識と時代とともに発展、滅んで流れ着いてきた後に、和の精神と技術発達がどう融合していくか?

そんな視点で物事見ていくと、古代史から学んでいくことに興味が持てる様な気がして、ご近所さんの三内丸山遺跡に昔は何とも思わなかったのが、今になって意外と結構いけてるんじゃないかと。

 

三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡 三内丸山遺跡

 

 

 

人間学の学びをきちんと勉強して、現在の実務や家庭に当てていこうという趣旨で立ち上がった
若者世代からおじさん世代に移る、我々同士の会

 

35歳以上の年齢になってくると、20代は、卒業とか就職とか転職もあったりで、何か人生のイベントごとがあるので印象深いときが多いのですが、30代になると自分から仕掛けていかないと人生のイベントが何も無い場合もありで、いつの間にか過ぎてしまうのが早いなと。

 

尚且つ、悩みどころも20代はほぼ自分に対しての悩みが中心でまた成長もあるので、悩みと成長を実感できる世代だと思うのですが、30代になると家族、親、人間関係、お金、病気、などなど表になかなか出てこないけど深い悩みが出てきて、尚且つ20代の頃とは別に必ずしも成長が自分だけではなく組織やチームに対しての場合もあり、自分の努力だけでは難しいという、そんな悶々とする世代なのかなとも思います。

 

だからこそ、というか学びを継続する、その継続の部分においては仲間内の存在が重要だと感じており、優先して家族、子供さん、親が出てくる中でなかなか自分のことがないがしろにならない様には常に伴走を共にしている仲間内の存在がある事が大切なのだと感じるところで、元々は自立する、スキルをつける、土日の使い方で20代は変わる、稼いだ金は自己投資に使えと教えられその通りなのかなと思っていた訳ですが、

 

人と一緒に動く、何かをやるではなくやってもらう、というステージにおいては
相手を受け入れる事として何をするかがメインになりつつあり、価値観を自分のものと相手のものを見ながら共通個所を見出して言葉にしていく作業、相手に響く内容や言葉を考えたりなどなど。1日の中で仕事仲間に対して、お客さんに対して上司に対して部下に対して奥さんに子供さんに、所属しているコミュニティに


といろんな方を相手にする中でいろんな人たちとのかかわりの中でどうやりやすい形を作るかが日々の仕事だったりします。

 

 

そんな中で自分自身に目を向ける機会が少なくなるからこそ、中今の会で自分に焦点を当てて見直す機会を創る。

 

周りの環境が変わっていろんな出来事があるとなかなか動きも鈍くなるのですが、健康において、金銭面において、
人間関係において、明確なものを出していかないと動かない。出していくとやらなければいけない十分な理由が出来てやる気と行動が生まれると。

 

確かにここ数年というか30代になってからは、自分を見直す、やりたいことを真剣に考えるというケースに出くわす場合が多く、改めて自分を見直して自分自身が納得かつ充実している時って、個人の頃に全国行脚営業しながらその土地土地でご縁のあった方がお客さんになっていただき、スタートアップの頃にお会いする機会が多いおかげで思い入れも強く関わりながら日々仕事をしていたと。うちにきてくれた人も、必ずしもパソコンの仕事が好きというよりいろんな活動をしているところに何となく興味を持ち、自分も面白おかしく関われるのではないか。PCが好きなら他の会社さんで教育制度がしっかりしているところの方が全然いい訳で、少しでも興味を持ってもらう所があるとする所が何か?

そんなことを書き出ししている訳ですが、

 

今の自分が成り立っているのは殆どがたまたま出会って、その後もご縁が続いていたのが9割位でたまたまの出会いを受け入れる事と、続いていくのは損得の付き合いじゃなくその人がうまくいくには、収益も精神面も含めてで考える事は自分の中で大切にして続けていくべきこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日、ゼンカフェマリーナにて釈正輪老師講話会開催

サイトの方動画メインな感じにしてみました。

 

 

開催日:2019年2月13日(水)
時間:18時~21時
参加費:¥3,000円
場所:ゼン・カフェマリーナ
東京都千代田区麹町4-8高善ビル1階

 

今年は元号の変更に伴って、天皇陛下、世界から見た日本、日本の宗教など、タブーなくいろんなテーマで開催を予定し、体験会、武道話法茶法も3月開催します。

 

元々、出会った頃から釈先生曰く、和の精神を世界に発信したい という想いが強いのを感じていて、その根底に海外にたくさん行く中、外から見た日本の素晴らしさを中にいる日本人自身があまり知らないのではないか?

というところから、

 

日本人こそ日本を知る!の大切さを基に講話会を開催しております。

 

自分自身も強烈に印象に残っているのは、山田さんの話(山田長政)
 

1624年徳川家光の時代に朱印船貿易でタイと貿易していた(当時はアユタヤ王朝)

山田長政をはじめ、3千隻、述べ1万8千人が行き、植民地支配ではなく文化を教え、技術を教えていたと。

戦後のチリ、アルゼンチン、ペルーなど60万人近くで現在は4世の方々が多数いる中、プランテーションでの小作などが主であったが、初期の移民は白人地主に搾取される事も多かったため、成功に至れずに潰えてしまった者、帰国した者も少なくない。

 

日本人の特質とも言えるきめの細やかな管理が重要となる養鶏や果実栽培等の分野を中心に徐々に成功する者も現れ、ブラジルでは大地主になる者も現れた。(小野田さんも)
※多分ですが、人は一人で生きられない中、本当に一人で生き続けた人で
戻ってみたら小野田さんの知っている日本が知ってる日本ではなくなってしまった。


8月15日に靖国で講演される中、勇ましすぎる話も結構多い中で、誰かを責めたり悪口言うのを小野田さんから聞いた事がほとんどなく、唯一当時古泉首相に対して参拝する約束を何故しないのか?位でそれ以外は優しい雰囲気としゃべり方でルバング島よりも、個人的にはその後日本に戻って1年でブラジルに移住した後の話の方が魅力的で。
 

どこに放り出されても食っていけるよ!という話。

ちなみに50代半ばから借金して牧場スタートで、そして、事業が軌道にのって悠々自適生活に入ってもいいのに、
川崎の金属バット殺人事件をきっかけに
子供たちが不幸にならない様に講演活動と
たくましさと協調性を身につけるために自然塾を展開。
 

自分が50代になってから開拓者精神で異国の地に1人やりつづける覚悟が持てるかな?と思うとすごい人だなと感じます。何がエネルギーになって活動し続けていくのか?そこに何かヒントを得られそうな気がします。
 

 

 

これらの成功者の功績等により、日系人は移民受け入れ国内でも一定の評価を得るに至り、”nikkei”と言う単語が認知される程になった所が多い。と

他にも

台湾:八田與一
ブータン:ダショー西岡
インド:杉山龍丸

海外で尊敬されている日本人の方々、でも日本ではあまりしられてない

私財を投げうってでも
自分にかかわる地域のため、人のために尽くす事が出来た方々で

そんな「人を学ぶ」事が魂が感化されたり行動に移す事が出来るきっかけとして大きいのではないかと思います。

書物から
制度から
文化、音楽、信仰から
といろんな角度から知る、学ぶ事が出来ますが

人から入るというのが
自分の場合は一番響く所なんだなぁと。


出来る事なら、直接会って話して、現地に行ってみてというのが
何よりの教育ではないかと思うところであり
それなしに、知識の理解で
私財を投げうつ覚悟はできないなと。
 

身近なところでは、しいのみ学園の話を昇地さんから話聞いていた際
小児麻痺の息子さんが受ける壮絶なイジメを日々目の前にする中で
私財を投げうってしいのみを創ろうと決意
(正確には露子姉さん(奥様)のご実家の私財なのでありますが)

階段から落とされる、鉛筆で顔を突き刺す、毎日気持ち悪い呼ばわりされる

普段は明るい人ですが、息子さんの話の時だけは
あまり話したがらず、明るい顔は見せなかったのが印象的で
壮絶な体験、逆境を経験するからこその乗り越える強い覚悟が生まれるのかなと。

 

振り返ると自分自身も前向きに何をしたい、これにチャレンジしたい
というのは無く、会社が潰れる、金がない、家がない、でもこのメンバーでまた集まって何とか復活したい
というのがきっかけで独立した経緯があり、日雇いしながら仕事しながら悶々としながら
ドミトリーハウスで何とかやってたのが個人1年目でしたが

 

多分、逆境を目の前にしなければ
会社を辞め、自分でやろうという所には行かなかったんだろうなと思うと

逆境の時の決断がその人を創っているのではないかと思う所です。

 

なので、釈先生曰くの
世界に向けてというのがきっと、たくさんの海外の体験の中から出てきた深い想いと思っていて
知識、書物から出てきたものではなく
逆境の体験、覚悟から生まれたものなんだと思います。

 

何とかその意図をくみ取って活動していきたい訳でありますが
それなら、自分も海外文化を見て知って聞いて
そこから得るものが、私財を投げうってでもこれをやりたい!が生まれるのだろうと思います。

 

といろいろ書いてて感じるのは
そんな覚悟に対して、人が興味を持つ、協力者が生まれる、お金が来る
そして、覚悟が引き継がれる

だからこそ、人の逆境と覚悟を知り、学ぶ事が、自分自身の強烈なモチベーションと行動につながる気がします。


和を学ぶ、和の精神を学ぶというのは、和の精神が無い逆境の地で和を創った人を学ぶ為に人物も取り上げていきたいと思います。

 

 

 

3月の忌部女神ツアーに続き、

 

3月30日に、都内にて林先生、けんちゃん先生による講演、対談

3月30日土曜日 13:30〜16:30

東京マスミスペース

  • 〒170-0002 東京都豊島区巣鴨4丁目5-2
 

忌部族三木家で「あわうた」を奉納したことのあるアーティスト竹林加寿子さん

昨年の透明な在り方フォーラムでも素晴らしい歌声を披露していただきました。

 

 

日本文化の伝承を目的とした御代代わり。天皇即位にあたる儀式に深く関わってきた、阿波忌部一族。
その古代史研究家として有名な林先生をお迎えして、大嘗祭とは?忌部とは?御代代わりの日本人としての意味は何なのか?をお伝えいただきます。

 

 

また、徳島県の出身で、長年にわたって阿波忌部族のあり方を研究され、長年の親交も深い松前兼一様との対談も行い、歴史の中に隠されてきたもの、今このときに浮き上がってきているものを一緒に考えていきます。

そして、日本人が本来が宿している調和性の力を、音で体に響かせます。阿波忌部の人間国宝である忌部族三木家で「あわうた」を奉納したことのあるアーティスト竹林加寿子と、巫女でありスタヂオ言霊唄い手である涼恵(すずえ)の二人によるコンサート。

御代がわりののこと時に、あなたの中に宿るものを思い出す一日になることでしょう。

 

 

 

社会起業大学時代の同級生で同じクラスの山内さんが立ち上げられた

北海道農業インターン
~ネイチャーダイブ・アグリダイブプログラム~

 

北海道の自然の大地で農業インターンシップ

将来、就農や食を通じた地域活性化を志す大学生 日本の農業を学び母国へ還元を志すアジアの若者 農業に本気の参加者が続々と参集しています。 迎え入れるは十勝の志ある農業者、そして農業関連事業者。 本気の志が繋がり合うマッチングを創ります。

そんな想いをプレゼンしていたのが6年前、その後WEBで関わらせて頂き、

 

現在は現地に在住しての活動をされています。 当時は、WATAMIに所属していてそのころいろいろ世間からのバッシングが強い時期に、

育ててもらった御恩がある、大変だけど今こそ頑張ろう

という姿勢で取り組まれていたのを見ていて、そんな素敵すぎる感じの方。

 

 

農業ビジネスも、当初は会社内の新規事業として立ち上げられた所からのスタート。

自分は組織に馴染めない人間なので、、サラリーマン経験は殆ど無いのですが、大企業の中で社内で立ち上げるというのは、多分起業するよりも大変で面倒じゃないかと。
(想いはあってもOKは上司、社長が出す)尚且つ、収支を立ててクリアしないといけない。その中で自分が納得するのではなくて報告して社内での承認を得ないといけないし、モノを作って販売する前に人を集める心の部分で想いを伝えてから実際に現場で日々お会いしながら受け入れ農家さんと大学生の間でコーディネート役として活動しないといけない。

と思うと、やりがいはあると思うのですが実際やるとなると大変だなぁと。でもその先にこの人がいないといけないんだ!という所まで是非行ってほしいと願っています。

 

私自身は、介護NPOのお客さんが増えてきたからというのがきっかけで入ったのですが、実際には何か変革を起こしたい、このままでいいのか?そんな悩みを抱えながら、時に愚痴も言い、集まって飲んだり、そんな時間を共にしている中で

 

だれか1人、そしてもう1人、さらにもう1人

と一歩踏み出してチャレンジする機会があると、次々と連鎖していく感じで、何か活動していたり、動いていたりが周りが当たり前の様になってくると、いつの間にか自分も!という感じになって、自分になくても話が飛び込んできたりetc

人間、環境によって変わるんだなぁというのを実感します。

 

 

 

 

2019年3月23(土)、24日(日)春分の阿波女神ツアー開催します。

今年も忌部ツアーが3月開催になり、3月30日は都内にて林先生、けんちゃん先生による阿波忌部の講演も予定されています。

阿波忌部を教えていただいてから、母親の実家にあたる徳島でも地元で知る人はほぼ皆無で、歴史上抹殺されているという事で地元の人も全然知らないんだと思います。多分訪問する神社が殆ど質素な作りである事が歴史から消されてしまっているのだろうと。そして、いろいろ辿るといろんなことが見え始めてきて

 

現在も天皇陛下が御即位後に初めて行う大嘗祭に「麁服(あらたえ)」を献上しており、また、神山町やつるぎ町には天岩戸伝説にまつわる神社があるなど、その由縁は数多くあります。麁服(あらたえ)天皇陛下が即位される大嘗祭ではお召しになられる麻の織物は、今も忌部直系氏族の三木家のみが調整、調進することになっている。

 

忌部氏は、古代から大和王権の祭祀を中臣氏と担当していた。本来、伊勢神宮をはじめとする王権祭祀を司っていたのは、忌部氏だった。
特に、忌部は祭祀のための祭具を調達。

阿波勢力(阿波忌部族)は海部とともに大和王権の成立直前となる2世紀後半から4世紀頃に、日本各地へ進出。
彼らは、麻・穀を植え、農業・養蚕・織物・製紙・音楽(弦楽器)・建築・漁業・農業土木技術を伝えた祭祀族、海洋民、産業技術集団であった。
また、近畿に大和王権の象徴となる前方後円墳の諸要素と古墳築造技術を伝えた。そして、大和王権成立の立役者となった。

 

ちなみに、実家の住所は麻植郡で「麻」がついているのを何も感じなかったのが、忌部を知ってから実は深い意味があるのではないかと。
さらに、個人的に面白いのは吉野川という川の周辺でいろんな著名人が生まれていて、何かがあるのでは??とさらに興味を持つ訳であります。

大体吉野川周辺にて出生されている方で

麻植郡の名士
後藤田増三郎さん(後藤田正晴さんのお父さん)

大塚製薬創業者、武三郎さん

池田、蔦監督

エルカンターレ 大川隆法さん

山口組 田岡一雄さん

三木武夫元総理

瀬戸内寂聴さん
 

 

 

大嘗祭

天皇が即位後最初に皇祖および天神地祇 (てんしんちぎ) に新穀を供え,これを食べる儀式
その年に収穫された米などを神々に供え、自身も食し、五穀豊穣(ほうじょう)や国家安寧を祈る
古くはこの祭りによってあらたな天皇の資格が完成するものとされていた。

 

 

 

言葉の由来

「あは(泡/阿波)」→「あぶく(泡)」→「あびる・あみる(浴み)」→「あま(海人/天)」
「あは」→「あわ」「は」→「わ(倭人)」

中国人は、日本語の「わ」に、漢字の「倭」を当てた。
日本人は、日本語の「あま」に、漢字の「天」を当てた。

「わ」「あま」は、どちらも、「あは」から派生した海人を意味する言葉であり、同時に、大王を意味する言葉でもあった。

 

「新唐書」-「東夷伝」日本伝には、
「其王姓阿毎氏自言初主號天御中主至彦瀲凡三十二世皆以尊為號居筑紫城」という記述がある。
「阿毎(アメ)」を名乗る王の、初めての名は「天(アメ)御中主」だったという。
日本情勢を、そのように中国は認識していたのである。
ここには、外国から王家が日本に来たという記述は見られない。

「あは(阿波)」→「あま(海人)」→「あめ(天皇・大王)」

 

 

 

 

歴史的に抹殺されている

書物としては残っていないが恐らく歴史的に抹殺されているであろうから公に世には出せないとのこと。 また、士農工商において現在の制度になっているのは江戸時代以降から、その前は士農工商の下には2つ分類されており 実はその1つに天皇家とのかかわりの所があったとのこと。 

 

 

血統(血をまぜらせたくない)それは卜部族や忌部族はその名の通り、占いをやって、葬式をやっていた。

 

それも天皇家のを行っていたとのことで、血統がまざっているであろうというのは近親相姦で障害を持つ可能性が高く、血統を大切にするからこそそこに他の血が交わらない様にとのことであえて他の部族が入らない様に排除する形式を持っていたとのこと。

それが藤原家なのか持統天皇なのか武力により抹殺された説が強く。

 

それまでは蜂須賀小六が豊臣時代に流れてきたの歴史認識でした。。

そしてご先祖様は川田という山奥で高利貸しをやっていて・・後藤田増三郎さん、後藤田耕平さん(正晴さんのお兄さん)、三木申三さんなどなど、地元の名士の先生の話をよくひいおばあさんから教えて頂きました。

 

大きい視点で

これからの時代、平和的な感性を持って農耕、祭祀、などを広めていた忌部族だとするなら、新たな価値観の発見というのは意外と昔を調べれば見えてくるor参考になるor和の精神や伝統って意外と昔々の人たちの活動にヒントがある

ではないか?

信じたいところで。

 

忌部族を知ってから、今まで幕末、戦国だけ大好きだったのが古代についての興味を持つきっかけとなりました。

ただ、歴史的に抹殺されている事もあり、士農工商の下のところに位置していた関係で?昔から人権運動の盛んな地域でもあります。

 

 

農業の視点からは林先生の講演から

※剣山系の農業を守ることは、日本屈指の植生や生態系を守ることにもなる。

歴史が続くには農業と共に信仰があったという事で

剣山系の伝統農業を支える信仰と習俗について第1段階から第8段階までの流れに沿って解説頂きました。

 

 

3000年に亘る信仰の重層構造として

第1段階:縄文後期から原始信仰:アニミズム 影信仰(遺跡)、石窪信仰(遺跡)、石棒のマツリ、立石列石(ストーン、アライメント)

第2段階:縄文晩期~弥生:原始信仰の発展、特定の事物にカミ、精霊が宿る観念(カミ信仰) 森内部に簡素な石囲い(石殿)、立石列石、立石(メンヒル)

第3段階:弥生~古墳時代(本格的な農耕の開始):本格的なカミ信仰と斎場の形成 集会所としての斎場の形成「盤座」(巨石)信仰、「盤境」の形成、四至石などの結界的遺構、神山信仰(神奈備山)、銅鐸、銅剣のマツリ、祖霊信仰(氏神)、古墳祭祀

第4段階:古代(飛鳥、白鳳、奈良時代) 「社」(神社、ヤシロ)の成立 仏教の流入、修験道の成立

第5段階:奈良時代~平安時代:神仏習合思想の成立 山岳仏教(真言宗)、修験道の発展、仏像、御堂、芸能の成立

第6段階:鎌倉時代 鎌倉新仏教の流入、浄土宗、浄土真宗、念仏踊り

第7段階:室町時代 芸能の発達、板碑(供養碑)の流行

第8段階:近世(江戸時代以降) 御堂文化の隆盛、お大師講などの共同体を維持する講制度、庚申信仰(庚申塔)、地神さん(地神塔)、秋葉信仰(秋葉神社)、不動信仰(不動明王)、大師信仰(大師像)、地蔵信仰(地蔵さん、六地蔵)、お接待文化、遍路文化など

従来の
・古い、貧しい、非効率、前近代的な遅れた山間部の農業から
限界集落化を防ぎ、豊かな日本国家創生の原点となる【ソラ世界】の最興を目指したい。ソラ世界においては、徳島剣山系の多種多様な傾斜地農業において
標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じ作物を栽培し、適地適作農業を営んでいるのが剣山系における傾斜地農業の最大の特徴である。

忌部は宗教改革もおこなった。
(倭国創生、つまり大和王権を成立させるに至り、現在にまで続く宗教改革を行った。)

 

傾斜地農業は、結構な角度で、それが平地と比べると空気が滞留せずに循環し続けるのがいいみたいです。日本列島の中で火山活動の影響を受けていない特殊な地域で、農作物の栽培に不適な火山灰土壌(酸性土壌)が非常に少なく、農耕に適した土壌でもあります。

 

 

日本の農業のルーツは阿波忌部族がもつ古代農法にあるのではないかとの事で、衣食住全てを伝えていたのが阿波忌部族。それを現代に紐解くと「地方創生事業」の大本として展開したのが阿波忌部族であり、阿波忌部族が行っていた古代農法を知り、それが数千年もの間、伝統が絶えずに続き、継承されていた農法を知り、行う事が次の時代への新たな気づき、そして文化を継承し守り続ける大切さを知る事は阿波忌部を学ぶ事につながるであろうと。

 

 

 

 

 

 

 

阿波忌部女神ツアー

 

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阿波忌部女神ツアー

 

 

開催日:2019年2月13日(水)
時間:18時~21時
参加費:¥3,000円
場所:ゼン・カフェマリーナ
東京都千代田区麹町4-8高善ビル1階
TEL:03-5213-9839

 

 


1月開催時

世の中が進む事に対して、価値観が希薄になっている事を感じている。
それは年間3万人近くの自殺者がいる中
日々問題を抱えている事が凄く多くなってきて、

我々の親世代、おじいさん世代の方々が大事にしてきた事は何なのか?
私たちがこの国に生まれた事の意味はどこにあるのか?

それを講和会を通じて、日本人は素晴らしい民族だと自覚する所からご自身の経験を通じて、特に外から見る日本の素晴らしさの視点も踏まえて今年も活動していく旨のお話を頂きました。

いじめ、自殺問題、これからの時代と価値観など

厳しい、きつい、辛いと思われる内容を話されるのは、釈尊が現実の厳しい、貧しい方に対して説法を行っていたというのもありますが、これからの時代に対しての警鐘の意味もあって、海外情勢、天災、不透明な時代の価値観、など現実を直視してそれを乗り越えていくにはのメッセージが強いのではないかと思っていて、

個人としてしあわせを願う、望む、努力する人は増えていると思うのですが、社会情勢は逆にどんどん厳しい状況になっていくというのは前々から仰っているところであり、私の様な団塊ジュニア世代が突如抱える親の病気があったり、老人の貧困があったりなど現実が大変であればあるほど心の持ちようも強いものが求められる気がしていて、心についての学びの機会が自分の場合凄く多いなと感じます。

 

ただ、病気とか貧困とかはなかなか表に出ないというか表に出しにくい、相談しにくいという事も感じていて、加持祈祷で解決出来る訳ではなく現実を直視し続けて説法を行い続けるという釈先生の姿勢は一貫してぶれないところだと感じており、自分自身も歴史の勉強をする為に参加していた講和会だったのが、段々と心、お金、の悩みに対して何かヒントを得たいという気持ちで学ぶ様に変化してきているなというのを感じていて、釈先生が言う仲間の大切さというのが、単に悩みのうちあけだけではなく、解決策に対して向かう仲間の存在

 

お金の大変さ=仕事を与えてくれる、お金を融通する

心の苦しみ=考え方のリセットや具体的な手法

 

の様に段々と、悩みを共有するところから解決策に向けて共に進んでいく仲間の存在というのがこれからますます求められていくのかなという感じを持ちます。

 

自分自身もどうしようもなく心廃れて何も動けない状況下においてあいつはダメだ、もう終わったと言われ続けた数年間があり、、反対に何とかしようとしてくれる人もいて、そんな不安定な自分だったからこそ?状況、環境を変えるきっかけとして講和会の主催のチャンスをいただいたのかな?と。

 

同じ世代の団塊ジュニアのアラフォー世代の人たちの中で、大体は仕事の報酬、人間関係、親の介護と子育て

今のままでいくと、厳しい現実ばかりが突き付けられる中で

価値観の多様性

も強く仰っていただきました。

才能を持った若い世代がどんどん海外に出ていくのはその価値観の前兆、予兆の様な感じで、今まで俺はこうやったの価値観が通用しなくなる中で、当たり前の様に視野が国内だけ、閉塞的なところから外に対して向いてきている(向かざるおえない)段階に差し掛かっているのではないかと。

その時に、多種多様な人たちとの関わりが増えていく為、昔から仰っている

「日本人が世界に旅立つ事。そして日本の文化が世界に誇れる人材がどんどん海外に出て尊敬される事」

自分たちのルーツを知る、他人のも知る。その差異を認めながら新しい文化、文明を創る事が大切!

その文化を学ぶ為の講話会なのかなと。外向きな姿勢や行動しようというのは前向きになれる事が多く、悩み抱え込むのは内向きというか抱えて悩んで時が過ぎる訳ですが、そこは何かを勉強したりしても心や環境変えて何かしらの行動につなげて心を前向きにする。まで結びつかないとまた、抱えて悩んで勉強しての繰り返しだなと。

外に向ける大切さは、講話会からの学びも重要ですが、まず私自身がそうである(外向き、前向き、上向き)状況を創って、良かった事例などをどんどん発信できる状態にして、雰囲気で変えていく場のエネルギーも環境の変化と思って変えていくという事から始めたいなと思うところであります。

 

 

 

ピーチスノウステージ1.2を教えていただいた吉澤講師によるピーチスノウ リズムガイダンス!

 

 

・立春から始まる運気のリズムをつかんで、自分の個性を知るきっかけを!

「自分を知る」

何故、重要なのか?

大きなテーマである、自分のやりたい事は何なのか?本当にやりたい事は?ぶれないで自信を持てるか?

 

この部分は、誰でも考え迷う所だと思いますが、今の自分にとって「相手の心を見る事」特に仕事において「価値を提供する」ことに重きを置いている訳ですが、価値観が組織により人により異なる

異なるケースに毎回合わせて、でもいいのですが
そうなると完璧な人間に近づかないと難しく、いつの間にか自分で悩みを抱えてしまい、病気が重なって結局上手くいかず状態になってしまっていた事もあり

むしろ、相手(お客さん)も自分自身を本当にしっかり分かって進むべき道が分かっていないかもしれない。位の偉そうな感覚でもいいのかなと。

 

自分も足りないところがあり、お客さんもたりないところもある。仕事仲間の方も足りないところがある。

各々の足りないをダメ出しじゃなくて、足りないところがあるからこそ、出番がある。頼る、頼られる、信頼、人間関係を築く事が出来る。多分、頼る能力があるというのは素敵なことで「あいつのためにひと肌脱ぐぞ!」という感じですが

頼るときに何でもかんでもじゃなく、あの人はこんな力をこんな輝きを持っているからお願いしたい!が見えてると見えていないとでは全然違うなと。

 

例えば自分自身もWEBに関しては!というのがベースになると思うのですが、マナーとか財務とかプレゼンテーションとか女心とかはまるっきしダメダメでして。。多分懇願されても困ってしまう状態に。

 

でもWEBの事なら!
あと仏教とか。哲学とか

 

は頼られたら頑張ろうという気持ちになる訳であります。

 

だからこその自分の強みと相手の強みを知って、+相手の弱みというか苦手なことも知る事で進むべき方向を相手にも提示、指示してあげる事が素敵な事なんだと思います。

 

その手法としてピーチスノウだと思っていて、自分の個性や家族、友達同僚みんなの個性が分かれば、「本当はあなたのやりたい事や方向性はこっちの方じゃないのかな~?」とちょっと提示してあげる事が凄く価値があったりチームで進める際に理念や目的など大義を掲げて完了ではなく、個々人の個性、価値から見てどのポジションと役割があればその人が輝けるか!

 

最近、会社でも副業が認められる中で、ますます小さい単位でチーム、プロジェクトで動く事が出てくるんだと思いますが、

 

ドラクエやスラムダンク、ワンピースの様にいろんな仲間を集いながら、それぞれが得意な分野で発揮出来る様に頼ったり頼られたりで自分のキャラクターと役割は何か?で考えながらチームを創ったりすると面白く楽しくできるかもしれません。

 

ホミロンとかベビーパンサーとかなりたいかも

 

 

 

松下幸之助の歩んだ道から 頼る大切さを。

 私が健康なとき、調子のいいときは、自分で仕事しますよ。しかし、熱が出たりなんかするときは、できません。だからどうしても人に仕事を頼るということになるんです。「じゃあ君、ひとつやってくれよ。私はきょう熱があるから頼むで」と、こういう調子ですわ。これはもうそうせざるをえないですもんな。そうすると、その時分は、大将と言いますわ、小さい町工場ですから。「大将が病気やったらしょうがない。やったろ」とこういうことでしょうな。それでだんだんその人たちがジリジリと仕事するようになったわけですね。
 だから、人がよく働いてくれたということは、私があんまり「こうせえ、ああせえ」と言うよりも、「こうして下さい。頼むよ」と、こういう状態であったからだと思うんです。自分の体が弱いことが成功の一つの要因になったんです。

具体的には 

推命学から五行陰陽、色彩人間学を用いて知ることから行います。
陰陽学説とは 世の中に存在するべてもを陰と陽二つ要素から成り立つ考え方

光と影の様に、相互(相手を必要とする)(バランスが取れる)

反発ではなく相互に成り立つと言う点では西欧のあれかこれかの立場よりあれもこれも!みたいな。
昔の中国の文化、中国仏教で浄土教や禅宗が共存した様に日本も神道、仏教が反発ではなく相互に成り立っている

そして色の効果の

色彩人間学を通じて生まれた生年月日で先天的に持っている個性がどの色に該当するかと後天的に作られる環境などを組み合わせて自分を知るという事を行います。

●日時:2019年2月7日(木) 18:30~20:45(開場は18:15です)
●会場:人形町区民館
〒104-0061 東京都中央区日本橋人形町二丁目14番5号
●会費:おひとり1,000円(会場費、資料代)
※勉強会後、懇親会があります。(2~3千円程度)


昨年から参加できず状態ですみませんが続いておりますが、

復習とアクションが自分の今年テーマの一つであり

中小(よりかは零細企業)である自分自身が、どう変化すべきかを考えながら、参加していた60回くらいまでの法則を自分なりにまとめて行動していこうと思っております。

できるだけ自分自身を実験台にしてやってみて、事例を自分の言葉としていえる様に。

 

まず、売上について
いいものが売れるよりもストーリーがついたもので売れる

 


ストーリーを作るにあたって
自分なら、何をストーリーにするか?

商材のすばらしさ、自分自身、商品にかける思い
などなど

自分自身の価値を改めて考え直すと
感謝、喜んでくれたケースというのがどういうときがあったか


もちろん成果を出した時という場合ではあるのですが、それって結局一瞬(その場、その瞬間)が多くて
それ以上に、運用、運営を同じ目線で対応し続けてくれること(アドバイスあり、実務あり)
なかなか目に見えた成果で考えると難しいですが、言い換えると
同じ目線で、大変な部分楽しい部分両方含めて
タッグパートナーの様な感覚で接してくれる事が今まで感謝された事なんだと感じます。


それはお客さんや仕事仲間でも
年々、WEBに関しては答えが見えない中において

・我々はどうすればいいかの指針や方向性を差し示して欲しい
というのがあると感じます。
 

技術的に、WEBができる、プログラムができる、デザインができるそれぞれスキルはあっても
自社サイトやサービスに当てはめると

・社内のリソース(画像撮影したり文章用意したり)
・システム的にできるかできないかの判断があり
・アップした後の集客、満足度アップのフォローがあり

一つずつやろうと思うとノウハウと実務に追われて
結局本業優先でやってない状態にみられてしまったりと。。

 

だからこそ、技術に特化やデザインに特化は大企業さん向けで
中小、零細企業については圧倒的にリソースが足りない状況を
一連の流れを補うサービスに価値ありと思うところで
そこに必要なのは
・全体を俯瞰してみる視点
・専門技術に特化するよりも、システムもマーケティングもある程度把握しながら提案(ディレクション)と活用方法の2つが重要
・フォロー体制
の3つかなと思います。

 

PDCAやAISAS,AISIESの理論があふれる中で
実際にやろうと思うと、会社として提供ならばお金がかかる
でもそこまでお金かけたくない。

ならば、その手間がかかるところを細々とやり続けなければ改善は見られないし、

SNSの絡みでなおさら特化するよりも全体を見ながら
何に興味を持つか、強みがあるかをみないといけない

という感じでやること多いのですが。。
勇気をもって無駄を排除しなければ



次に
戦略を立てたらそれに人の心を育てる為の言葉やメッセージを出していかないといけない

 

お金おかりることはできても仲間は作れない。お金を得るときのこうどうと仲間を得るときの行動は異なり、お金を得る事によって企業を作る事はできるが、仲間がいるかは別。その仲間は何でそのひとのことをやってくれるのか?
大企業でも戦略を立てたらそれに人の心を育てる為の言葉やメッセージを出していかないといけない。

 


「営業で個人で頑張れ!という会社は黒字化していない」

 

中小企業の経営者の中に黒字が出せる人と出せない人との違い

いい会社の経営者においては黒字化出来ている経営者が多い。
個人の能力を測定しても営業に適する組織化は黒字化にならないケースも多い。

能力があるのにいい会社にならないのは組織化、習慣で動く仕組みが無いというのがある。

黒字にしたら組織化する、それを維持できればいいのであるが
その仕組みを会社の中に持っている所が少ない。

 

組織化するほどの人数がいなくても習慣は可能なので、習慣について考えると、「売れた」という時は以外と想定外のところ(紹介、口コミ)だったりしていて、意図した売り上げアップというのは正直あまりないのが自分の現状ですが、

 

もし紹介、口コミだとするならば

なぜ紹介したいと思うのか
を紐解いて、それをしっかり整えることではないかと。

安いから、話しやすいから、などなどありますが


本質はこの人にお願いしたらここまで見てくれるというのが事前に分かっていることかなと。

 

ただ単に作りたいなら自分でなくてもいい訳で、この人にというのが先ほどの全体を見る、考える、動くという事が自分の提供できる価値なのかなと感じます。
 

会社を見るのは財務、人事、労務、総務、営業などなどもちろんプロフェッショナルではないのですが、それを見ていく姿勢は大切だなと。業界や競合なども見ながら、話する時にただWEBだけの話ではなく業界を見ている人競合を見ている人と話ができる。多分自分自身も自社のサイトをリニューアル依頼したならば、業界とかお客さんのこととかやりたい事とかいろいろ言いたい事注文したい事がたくさんある中で、そういう微妙なニュアンスというか意図をくみ取ってもらえる方がいたら、お願いしたいと思うだろうなと。
 

また、悩みどころも共有しながら、自分のリソースで提供できる事があれば動くというのが言葉ではさらっと一行で済ませるのですが、これやったら素敵というか心のグリップができるのではないかと。
 

そんな価値の部分を頭で何となく理解するより、紙に書いてブログに書いて見返す事も今年のテーマであります。

頭を整理して書いて、見返して人に話せる様になればいい会社の勉強会で聞いてる話も自分の言葉として少しでも話ができる様に。


最後に

いい会社とは

 

以前は、知名度がある、規模が大きいというのを基準にいい会社だと認識していたのが
法政大学の坂本教授との出会いにより 会社訪問を共に訪問する中で、いい会社の定義を改めるに至ったところからお話頂きました。

見えるものでいい会社ではなく、見えない所でいい会社が何なのかが判断軸であり

1,000社訪問する中において、いい会社にはある一定の法則があると気づきがあった。

会社は誰の為にあるのか? ⇒従業員とその家族
そして大切なのは それを口頭ではなく、実践しているか否かの分かれ目がいい会社になっているか否かであると。

更に大原則として 「しなければならない事」
※例えば働きたいのに教育の場、働く場を提供していない会社 「してはいけない事」

※例えば、朝の決まった時間に会社に来ていない、それを気にしていない会社の風土がある
この様にしなければならない事としてはいけない事を基準に コンサル活動を展開する中で、いい会社になる要素を伝えながら実践していく事でいい会社になる要素を作っていくとの事です。