読書感想文の「感想」とは?方法を教えない教育
読書感想文は、一体何のために書くのか?
どうやって書くのか?
あなたは教えてもらったことはあるでしょうか?
私が子供のころは、ただ「書け」と言われて宿題が出されるだけで、読書感想文を書く意味も、具体的にどのように書くのか、何を書くのかについても、全く何も教わりませんでした。
お母さんたちの話を聞くと、21世紀の今の時代になっても相変わらずで、どのように書くのかという書き方も教えないまま、子供に感想文を書かせている学校・先生が大半のようです。
「小学校低学年だと“感想文”の意味すら分からないので、 一人で書くのは無理に決まってますので、お母さんが手伝ってあげて欲しい」みたいなことを言われた人もいました。
「“感想文”の意味すら分からない」と言われても、そもそも子供は教わっていないのだから、わかりようがありません。感想文の意味も、どう書くかも教えず、ただ書けと言われても、子供は途方に暮れてしまいます。
学校教育では、感想文以外にもよくそういうことが見られます。
絵の描き方も教えずにただ描けと言われる。
歌い方も教えずに、ただ歌えと言われる。
各教科の考え方・理解の仕方も教えずに、勉強をさせる。
跳び箱の飛び方を教えずに、ただ飛べという。
ボールの蹴り方も教えずに、サッカーをやらせる。
バットの振り方も教えずに、ソフトボールをやらせる。
はじめて経験することなのに、何も教わらずに「やれ」と言われてやらされるのは、大人にとってさえ難しいことです。まして、人生経験も理解力も不足する子供には、それはさらに難しいことです。
感の良い子やもともと才能のある子なら、少し見たり聞いたりしただけで、できるようになると思います。でも、そういう子ばかりではありません。
私は小学校低学年のとき、横向きに置かれた跳び箱は飛ぶことができましたが、縦に置かれた跳び箱は、全く飛べませんでした。それがあるとき、たまたまテレビで小学生が縦に置かれた跳び箱を飛んでいる場面を、スローモーションで流しているのを見ました。その映像を見て、「縦に置かれた跳び箱を飛ぶときには、両手を突っ張ったままにしないで、手首でぐっと跳び箱を後ろに押すようにすれば飛べる」というのが、始めてわかりました。
なぜそういうことを先生は教えてくれないのか?と腹が経ちました。それからは、縦に置かれた跳び箱も、ちゃんと飛ぶことができるようになりました。
読書感想文も、しっかり書き方を教えずにやらせているため、できない子供、苦手意識を持つ子供が多いのではないかと思います。子供といっても、高校生になってまで感想文を書かせていて、高校までずっとその書き方を教わらずに書かされています。感想文のために、本を読むこと自体が嫌いになってしまう人も多いのではないかと思います。
特に小学生くらいの子供は、自分が考えていることとか、体験したことを言葉にすることがなかなかできません。本を読ませて、感想は?と聞いても、人生経験がないため自分の体験と絡めて話すこともできず、「面白かった」、「つまらなかった」くらいしか、答えられない。「それ以外に何があるの?」という感じです。
それ以外のことを書けというのであれば、具体的に何を書くのかを教えなければなりません。でも、それが教えられることはほとんどない。
そもそも感想文の「感想」とは何なのでしょう?
その本を読んで感じた感情なのか?
本から得られた知識が役立ったかどうかなのか?
主人公や著者に賛同や共感ができたかどうかなのか?
子供に読書感想文を書かせるのであれば、まずその「感想」の意味を教える必要があります。何を求められているかもわからずに、書くことはできません。
そのうえで、具体的な書き方についての指導を行い、書かせるのであれば、教育上の意味はあると思います。
でも、現状はそうなっていません。
感想文は、夏休みや冬休みの難関の宿題の一つ。感想文を書くために本を読まされ、本嫌いになった人もいるかもしれません。感想文だけでなく、書き方も教わらずに作文も書かされるし、読むのも書くのも嫌いになってしまう子供、そのまま大人になってしまう人たちもいると思います。
思えば、やり方や仕事の意味さえまともに教えずに新人に仕事をさせて、できないと言って怒るような先輩社員が会社の中には相当数いますが、こんなところにも日本の教育の在り方が現れているのかもしれません。
感想文の問題は大きいと思うので、また書きたいと思います。

