背中合わせに座って、それぞれ好きなことをしていた。トランプタワーの崩れる音を聞きながら、わたしはただ呼吸だけをしていた。
背中はたしかに温かいのに、空気だけはどことなく冷たい。今日はへんてこりんな服を着ないでトランプタワーを作ってる。いい大人が、ふてくされた子どもみたいに座り込んで。
何度も何度も、タワーは崩れる。未完成のまま、何度も何度も。
うまくいかないな。
ぽつりと、そう呟いて。髪をかきあげていた。らしくない、そう言おうとした、はずだった。
一緒に作ろう。
きっとそんなの無理。そのはずなのに。らしくもなく、彼はうなずいたの。
寝癖がぴよぴよと揺れる。あなたはそんなことも気にせずにぼんやりとコーヒーをすすっていた。あなたがほんとうは朝に弱いんだって知っているのは、わたしだけ。
あくびをひとつして。窓の外の、くもった白い空を眺めて。ねむい、なんてつぶやいて。
わたしを、縋りつくようにして抱きしめるあなたの腕が。
格好つけてばかりいるんだから。リーダーは大変ね。寝癖もきれいに直して出かけていく。わたしはだいすきなのに。格好つけないあなたは、とても優しいよ。
欲しいものが、もし別にできたら。わたし。あなたの傍にいられなくなるのかしら。もし、新しいものが。あなたの手に入ったら。わたしが要らなくなってしまったら。
たまらなく好きなの。
縋りつくようにして抱きしめてくるあなたが。その腕が。柔らかい髪が。たまらなく、好きなの。わたしだけが見られる、その寝癖が。
泣いていたら、うさぎのぬいぐるみがわたしの涙をぬぐったの。
もう笑わないで。偽りの笑顔なんて要らない。あのときの優しさは本物だと信じ続けているわたしを、きみは冷たく突き放したけれど。そうやって笑うきみを見るのが、いちばん傷つくから。
いつのまに愛想笑いなんて覚えたの。出会った頃はめったに笑わなかったのに。いつのまに、そんなふうに笑うようになったの。
泣いていたら、うさぎのぬいぐるみがわたしの涙をぬぐったの。泣かないで、って。きみが、困ったように笑いながら。あのとき、きみの操るうさぎのぬいぐるみが、どれほど温かかったことでしょう。
ああ、そうか。わたしが、泣いたから。わたしが泣いたから、きみは代わりに笑うように。
そうか。そうかあ。きみから本当を奪ったのは、わたしだったんだ。
オレは優しくなんてないよ。ばいばい。これ、あげる。
そう言って、きみがわたしに投げつけたうさぎのぬいぐるみが、泣いていました。
そうね、ばいばい。わたしは、うさぎのぬいぐるみを抱きしめて、今日もきみのことを思い出している。
いってきます。
いってらっしゃい。
これがあなたとのさいごの会話。ねえ、わたし、安心していたの。ハンターになることができて、念というものを身に着けたと言って喜んでいたあなたに。もう怖いものなんてないと思っていた。ねえ。それなのに。
なんにも帰ってこなかった。わたしが作ったあの帽子さえ。へたくそで、形が悪かったのに、あなたは気に入ってくれた。いつもかぶってくれた。でも、帰ってこなかった。
いってきます。
帰ってこないなんて思いもしなかったの。だから、笑った。いってらっしゃい、って。笑って、あなたはわたしに手を振って、いってきますって言った。
もう一度、会いたいよ。
紅茶に砂糖を入れるしぐさ。本に向けるまなざし。昼下がりのテラスでくつろぐあなたを、遠くから眺めるのが好きだった。たとえば、洗濯物を干しているとき。部屋の掃除をしているとき。洗い物をしているとき。ふと手を休めて、あなたのほうを向くのが、わたしの癖だった。
わたしの知らない言葉で、寝言を言うときがたまにあるの。そのときのあなたの声は、いつも怒っていて、泣いていて。飛び起きたあなたと顔を合わせれば、あなたの目は月明かりに照らされていつも赤く光っていた。
帰りたいのね。ほんとうに愛していたのね。
目が合ったら、笑いかけてくれた。それから紅茶をひとくち飲んで、あなたはまた本の世界へと帰ってゆく。その姿を遠くから、眺めて。近くへと寄って。わたしもここでひと休みする。
大事なものなんてない。そう言ったときのあなたの目、どれほど寂しそうだったかあなたは知らないでしょう。一緒に星を見たね。夜がいちばん好きだって言ったね。星を見られるから。星を、きれいだと思うからって。
あなたがそう言ったとき、なぜだか、わたしは泣きそうになったのよ。
ゴミばかりが広がる街で、星だけがきれいだった。あなたにもそれが分かったの。それが嬉しかったの。
お金も食べ物も洋服も、命さえ。あなたは誰からだって奪えてしまう。そうでしか生きられなかった。善悪の概念もなく。
ああ、会いたいな。
いまでも星を見ているでしょうか。あなたは何がほしいの?あなたが今いる場所にいれば、いつかは手に入るの?
大事なものなんてない。だから、ここで別れるね。
そう言ったときのあなたの目が、どれほど揺れていたか。知らないでしょう。あなたは知らないでしょう。
星は、手に入らないのよ。知らないでしょう。あなたは、わたしが大事だったんでしょう。
小鳥がね、一羽、きみのそばに飛んできたよ。木の下でお昼寝していたでしょう。きみの肩にとまって、鳴いていたよ。
あのとき、どうして手を離したのでしょう。もしわたしがきみの手を握ったままでいたら、こんなことにはならなかったのかな。きみが憎しみを覚えることも、自身を捨ててもいいなんて思うことも。なかったのかな。ねえ。なかったのかなあ。
小鳥がね、一羽、きみのそばに飛んできたよ。木の下で膝に顔をうずめていたでしょう。きみの肩にとまって、鳴いていたよ。
きみは、泣いていたね。
スケートボードに乗れないって、むすりとしながらわたしを見たの。あの日、からだ中に傷を作って。
練習して、コツをつかんで、今ではもうわたしの支えなど要らないくらい。ほんとうは、縋りついてくれたことを、今でも嬉しいと思っているの。
血だらけで帰ってくるたび、あなたの目は暗くなっていた。わたしに向ける表情は、どれも無邪気な好奇心だったのに。
何を覚えたの?何をさせられたの?聞かなくても分かっている。こんなとき何て言えばいい。どうすれば傷つけなくて済むだろうか。などとくだらないことを考えているうちに、あなたはわたしの横を通り過ぎていった。
嬉しいと、思っていたの。
嬉しかったの。あなたが、スケートボードの乗り方を教えてほしいと言ったとき。笑っていてほしい、なんて、願ってしまったの。きっとここがそういう場所ではないから。この先きっと、あなたが傷つくことを知っていたから。
医者になりたいんだ、って。笑ってた。
白い花が咲いていた。ここから見える景色がとても好きだった。きらきらと煌めく海と、大きなベルが見えたから。
白いシャツがとても眩しかった。机にかじりついて、一生懸命。その横顔を見ているのが、好きだった。
好き、だった。
医者になりたいんだ。知ってるよ。そんなに悲しそうに笑わないで。誰のせいでもない。それでも。それでもきみは、負い目を感じてしまうのでしょう?
やさしいね、きみは。ほんとうに、やさしいね。わたしが摘んだ白い花をなでて、水を取り替えて、笑ってた。
笑ってた。
やさしさが胸に沁みこんで、わたしの視界は滲んでしょうがない。好きで好きで、しょうがないの。