ロバータ・フラック 「やさしく歌って」 | ウルトラマン・Hの ひとりごと

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ロバータ・フラック」は、1937年、米国ノースカロライナ州出身のシンガーソングライターです。

父はピアニスト、母はオルガニストという、音楽一家に育ちました。

彼女は、黒人ミュージシャンの中では珍しく、正当な音楽教育を受けています。

幼い頃からピアノに親しみ、大学では何とクラシックを専攻し、オペラの発声法まで学んでいます。


音楽の教師をしながら、ナイトクラブでピアノを弾いてキャリアを積みます。

そして、1969年、スカウトされて、「ファースト・テイク」でデビューを飾りました。

高校の教師から歌手に転身したというわけです。


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1972年、映画「地下室のメロディ」に使われた、「愛は面影の中に」が全米第1位の大ヒットを記録して、一躍有名になりました。

この年のグラミー賞最優秀レコード賞を受賞しています。


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1973年、「やさしく歌って」が、再び全米第1位の大ヒットとなりました。

グラミー賞の最優秀レコード賞、最優秀楽曲、最優秀女性ボーカルの三部門を受賞しました。

ちなみに、最優秀レコード賞を2年連続で受賞したのは、彼女の他には「U2」のみです。


やさしく歌って」は、原題を「Killing Me Softly With His Song」といいます。

ノーマン・ギンベルが作詞、チャールズ・フォックスが作曲して、1972年に発表されました。


女性シンガーの「ロリ・リーバーマン」が、「ドン・マクリーン」(当時はまだ無名)の唄った「Empty Chairs」という曲を聴いて感銘を受け、「Killing Me Softly With His Blues」という詩を書きました。

この詩を基にして、ノーマンとチャールズが曲に仕上げたものです。


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こうして出来た「やさしく歌って」は、1972年、ロリの歌でリリースされましたが、全くヒットしませんでした。

偶然、飛行機の中でBGMでかかっていたこの曲を聴いた「ロバータ・フラック」が一発で気に入り、シングルとしてリリースするや、瞬く間に全米1位になったのでした。

ビルボード誌では、5週間連続で第1位を達成しています。


彼女の代表曲、「やさしく歌って」は、ネスカフェのCMソングとして使われたこともあって、日本でもヒットしましたのは、記憶に新しいところです。


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1970年代は、母校のハワード大学のクラスメイトだった、「ダニー・ハザウェイ」とのデュエット曲を多く残しています。

1978年の「クローザー・アイ・ゲット・トゥ・ユー」がヒットして、話題になりました。


1983年には、「ピーポ・ブライソン」とのデュエット曲、「愛のセレブレイション」がヒットしました。



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彼女は、あの「矢沢永吉」さんの大ファンだったそうで、彼の曲もカバーしているようですね。


それから、知らなかったのですが、秋田犬のブリーダーもしているそうですよ。


つづく