「涙の太陽」は、1965年、「エミー・ジャクソン」がデビュー曲として放った英語の歌です。
作詞は、エルビス・プレスリーを日本に始めて紹介した、あの「湯川れい子」さん、作曲は、「中島安敏」さんでした。
この時、湯川さんが自分の名前を直訳して、「Reiko Hot Rivers」の頭文字を取って、「作詞:R.H.R」としたものですから、多くの人は洋楽のカバーだと思っていたそうです。
湯川さんって、ちゃめっけあったのですねえ。
「エミー・ジャクソン」は、英国人を祖父に持つ日系2世で、本名はエミー・イートンと云います。
「ジャクソン」という名前は、彼女のアイドルだった「ワンダ・ジャクソン」からいただいたと云われています。
彼女は当時から日本に住んでいて、日本語の字は読めなかったそうですが、英語力を買われて、湯川さんのDJ番組のアシスタントに抜擢されました。
そして、彼女の歌唱力に目を付けた湯川さんが、コロンビアレコードに紹介し、「涙の太陽」でデビューすることになったのです。
「涙の太陽」という曲、アメリカン・グラフィティを彷彿とさせるサウンドで、テケテケテケテケ・・・という、あのヴェンチャーズのエレキ・サウンドが聴けるのが、何とも良いですよね。
そういえば、1965年といえば、ヴェンチャーズが日本を席巻していましたね。
この歌、米国のティーン・エイジャーの切ない恋心を唄っています。
彼女は、アルバムをたった1枚しか残していません。
「涙の太陽~ザ・エミー・ジャクソン・アルバム」と名打ったLPレコードがこれ。
もしも、このLPの現物があったとしたら、大変なプレミアが付くと思いますよ。
エミー・ジャクソンの日本語盤もあるのですが、青山ミチさんがカバーして、競作になりました。
1973年には、安西マリアさんがリメイクでカバーして、70万枚をセールスする大ヒットとなりました。
安西マリアさんは、その年のレコード大賞・新人賞を受賞しています。
この曲をカバーしている歌手は他にもたくさんいて、田中美奈子、山本リンダ、渚ようこ、愛内里菜、三東ルシア、メロン記念日等です。
インストでも、ヴェンチャーズやエド山口と東京ベンチャーズ、スプートニクス、寺内タケシ等がカバーしています。
それから、テレサ・テンが日本でデビューする前に、中国語でカバーをしていましたよ。
これが、唄い出しの、「ギ~ラ ギ~ラ 太陽が・・・♪」のポーズ、懐かしいですねえ。マリアちゃん!!
Take me take me
take my heart and all
I was born to be yours~♪
つづく


