スキーター・ディビス 「この世の果てまで」 | ウルトラマン・Hの ひとりごと

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音楽について語りたくてたまらないんです。

スキーター・ディビス」は、1931年、ケンタッキー州に生まれました。

本名は、「メアリー・フランシス・ペニック」といいます。


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スキーター」とは、彼女の生地の方言で、「」のことをそう呼ぶそうです。

彼女は、幼い時、ちょこちょこと動き回り、ブンブンとうるさかったので、おバアちゃんが「スキーター」とあだ名を付けたそうです。


彼女は、ハイスクール時代に、友人の「ベティ・ジャック・ディビス」と二人で、「ディビス・シスターズ」を結成していました。

ディビス」というのは、その名残です。


スキーター・ディビス」といえば、1962年の大ヒット、「The End Of The World(この世の果てまで)」ですよね。

作曲は、「アーサー・ケント」、作詞は、「シルビア・ディー」という、米国のライターでした。


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1953年、カントリー・シンガーを夢見ていた彼女が、友人ベティとデュオを組んで、「I Forgot More Than You'll Ever Know」を発表して、これがその年のトップ・カントリー・ソングとなりました。


ところが、その年の夏、乗っていた自動車が大事故に遭遇し、パートナーだったベティが亡くなったのです。

もちろん、スキーター自身も、瀕死の重傷を負ってしまいました。


精神的にも、肉体的にも、傷ついてしまったスキーターは、唄う事を止めようかと考えます。


しかし、亡くなったベティのためにと、ソロ歌手としてデビュー、「この世の果てまで」を、ベティを偲んで唄ったのでした。


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この曲は、失恋の歌と思われがちですが、内容は、親しい人と死別してしまった時の気持ちを歌ったものなのです。


この曲は、多くの歌手にカバーされています。


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日本では、どちらかというと、「ブレンダ・リー」のカバーの方が有名かもですね。


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珍しいところでは、「カーペンターズ」もカバーしていました。


スキーター・ディビス」は、70才を越えてからも、カントリー・シンガーとして活動を続けていました。


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2004年9月、ナッシュビルのアライブ・ホスピスで、癌により他界しています。

享年72才でした。


つづく