「ディヴ・クラーク・ファイヴ」の「ビコーズ」と言えば、「ビートルズ」の「イエスタデイ」と言っているようなもので、オールディーズ・ファンには外せない1曲です。
この「ビコーズ」、団塊の世代前後の方々はだいたい知ってる度高いと思いますが、若い方々には知名度がグッと低いと思います。
これは何故かと言いますと、リーダーのディヴ・クラークが、楽曲の権利をしっかり押さえてまして、なかなかレコードの発売を許可しなかったからです。![]()
ですから彼らのシングル盤っていうのがほとんどないんですね。(ベスト盤はありますが・・・。)
今ではCDなんか手に入れるのは難しいかも知れません。
これじゃあ聞きたくても聞けないじゃないか・・・、ってことなんです。
「ディヴ・クラーク・ファイヴ」は、ドラムのディヴ・クラークを中心に1963年デビューした、英国の5人組のロック・バンドです。
1964年、「グラッド・オール・オーバー」を発表して、当時のビートルズを抜いて全英チャート第1位になった事で、一気に注目を集めるようになりました。![]()
その時の第2位の曲は、ビートルズの「抱きしめたい」でした。![]()
リバプール・サウンドの雄「ビートルズ」に対抗して、彼らの音を、彼らの出身地から「トッテナム・サウンド」と呼ばれていましたが、今聞いてみると、どちらも似たような音ですよね。
ディヴ・クラーク・ファイヴは、どちらかと言うと本国英国よりも米国の方で人気があったようです。
1964年に発表された彼らの代表曲「ビコーズ」は、米国でチャート第3位になりました。
しかし、英国で「ビコーズ」は、チャート10位になった何とかいう曲のB面扱いでして、ほとんどヒットしていないのです。(A面の曲名忘れました。)
もうひとつ、米国で唯一NO1・ヒットになった「オーバー・アンド・オーバー」と言う曲がありますが、英国では何とチャートの最高が45位だったのです。
このように、ディヴ・クラーク・ファイヴのヒットの傾向には、ちょっと面白い事実があるのです。
1967年、米国で彼らは、「青空の恋」をヒットさせてベスト10に入っていました。
同じ頃、本国英国では、「エブリバディ・ノウズ」がチャート第2位を記録しています。
そして、日本では、バラードの「ビコーズ」がヒットしていたのです。
違ったイメージの曲が、それぞれの違った国でヒットするという、珍しい現象が起きたのでした。
「ディヴ・クラーク・ファイヴ」のライヴでは、ドラムが最前列にデンと控えていて、ディヴ・クラークが目立ちたがりだったのか、とにかくドラムのやかましいバンドだったそうです。
彼らのライヴは見た事がないので、本当かどうかは分かりませんけどね。
ライヴといえば、このディヴ・クラーク・ファイヴ、1966年にビートルズが来日するよりも前に、日本公演の話があったそうです。
しかし、商売上手なディヴ・クラークが、法外なギャラを提示したらしく、来日の話は決裂してしまいました。(ノ_-。)
ちなみにこの「ディヴ・クラーク・ファイヴ」、ビートルズと同じ1970年に解散してしまいました。
そして、2008年、ロックの殿堂入りを果たしています。
そうそう、1985年、ジョン・レノンの息子の「ジュリアン・レノン」が、スローなテイクでカバーしていましたね。
そんなこんなで、リアル・タイムで彼らを知っているオジさんには、「ビコーズ」は、オールディーズの大事な1曲なんです。 (もちろん我がバンドのレパートリーです。)![]()
「ビコーズ」、イントロから(G・G+5・G6・G7・・・)と流れるコード進行がたまらなく良いのです。
これに優しくキーボード(オルガン)が被さってきて、・・・う~ん、うっとりしてきますねえ。(^ε^)♪
つづく