「リトル・エヴァ」と「グランド・ファンク」によって、2度全米チャート第1位に輝いた「ロコ・モーション」。![]()
同じ曲が、違うアーティストによって、2度も全米ナンバー・ワンになった楽曲は、長い音楽の歴史の中でも、たった9曲しかないそうです。(その9曲が何なのか、知りたいところですが・・・。)
その中のひとつが、この「ロコ・モーション」なのです。 ![]()
ところで、「グランド・ファンク」は、以前は「グランド・ファンク・レイルロード」と名乗っていました。
「レイルロード」という、鉄道に関連したネームを持つバンドが、蒸気機関車の「ロコ・モーション」を取り上げたのは、果たして偶然だったのでしょうか。
そうそう、オリジナルを唄った「リトル・エヴァ」は、2003年、59歳の若さで亡くなっています。![]()
その時の新聞の見出しには、「世界一有名なベビー・シッター、逝く」と書かれていたそうです。![]()
「ロコ・モーション」を作曲した「キャロル・キング」は、今思えば、実に人(男性)との出会いに恵まれていました。
ハイ・スクール時代には、先輩に「ニール・セダカ」が居ました。
音楽の英才教育を受けてきたニールが、キャロルに作曲の技法を教えています。
クィーンズ・カレッジへ進学すると、後に夫となる「ジェリー・ゴフィン」と出会います。
ジェリーが作詞し、キャロルが曲を付けるというソングライター・カップルが誕生しました。
このカレッジには、あの「ポール・サイモン」も在籍していて、すでにプロとして活動していたポールから、デモ・テープの作り方や多重録音の技法を教わっています。
1960年、娘を出産したキャロルは、シンガーでの活動を休止、作曲に専念することになります。
その年の暮れ、黒人女性グループ「シュレルズ」に提供した「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロウ」が、全米第1位の大ヒットとなりました。 ![]()
この「シュレルズ」、その後の「ロネッツ」や「シュープリームス」等のガールズ・グループ・ブームの火付け役になったのでした。
バック・コーラスを得意とする女性グループ「クッキーズ」へも、「チェインズ」という曲を提供してヒットさせています。(「チェインズ」は、ビートルズのアルバム、「プリーズ・プリーズ・ミー」にもカバーされていますよ。)
この「クッキーズ」でリード・ボーカルを取っていたのが、「リトル・エヴァ」なんですね。
それでリトル・エヴァは、キャロル夫妻のベビー・シッターもするようになるのです。
人の「運命」って、どこでどうなるか、分からないものなのですねえ。![]()
「ロコ・モーション」は、実は、「D・D・シャープ」という女性シンガーが唄う事になっていたそうです。
契約の問題が発生して、彼女が唄えなくなって困っていた時、ベビー・シッターのリトル・エヴァが、部屋で楽譜を見つけて、鼻歌混じりに唄っていたところを、キャロル夫妻が見初めた。
というのが、リトル・エヴァのソロ・デビュー逸話なのです。
ちなみに、リトル・エヴァの「ロコ・モーション」のバック・コーラスは、「クッキーズ」のメンバーなんですよ。
そうそう、キャロル・キング自身が唄った「ロコ・モーション」は、あの大ヒットとなった「つづれおり」はもちろん、その後のアルバムにも収録されませんでした。
それは、1980年リリースされたアルバム、「パールズ」に初めて収録されました。![]()
それから、この「ロコ・モーション」は、1988年、「カイリー・ミノーグ」によってカバーされ、三度目、ヒット・チャート上位に名前を連ねました。
Everybody's doin' a brand new dance now. ![]()
Come on baby, do the Loco-Motion. ![]()
つづく