と歯科診療時に患者に申し上げる事があります。勿論出来なくもない場合も多い。しかし基礎疾患がある高齢者の観血的処置には自身に自信が持てないのです。出来なくもない症例を他所(某医科大学)に照会する事は職業柄少し抵抗もあります。(口腔癌の疑いとか全身疾患が口腔内に症状として出た疑いがあるような場合には何ら抵抗がありませんが。)
照会先の先生はすべて好意的だと感じます。民間病院の場合、お礼?にハガキがきます。私は50代。私の時代では考えられない事象なのです。しかし嬉しいものです。事務方やスタッフにも自慢になります。(we85って仕事出来るんや、とハガキを通して思って頂けます。メールも多いので、その場合にはこの限りではない)
私は仕事が出来ません。それは自覚しています。しかし看護師や歯科衛生士らには自身で未熟な事を正直に申し上げます。事務方さんや患者や患者家族には『演技』をします・・・何でも出来るベテラン歯科医のように。それが相手の安心につながるからです。(事務方さんらに対しては単なる見栄。看護師には見栄を張れません・・・。歯科診療の協力やムンテラに必要な存在ですから・・・。)
同級生らと年に1度会いますが、皆さんプライドが高いです。開業歯科医も大学教員になったヒトも同じ。私の「知りません」「出来ません」という発言なんて絶対にご法度とおっしゃいます。しかし私には抵抗などありません。毅然として手に余るような診療には関わらないのです。これは自身に自信がないのか・・・と思われそうですが違います・・・(いや違わないかもしれないです)。
私が愛読みしている『プリズンホテル』に衝撃的な一説がありました。「本当のお金持ちは今日お金の持ち合わせが無い、と言える。しかし本当にお金が無いヒトってお金が無いとは言えない」と。ですから私は大ホラを患者や患者家族に吹いているのかもしれません。「私には出来ません」と。本当に出来ないのに謙虚に安全策を提案するかの如く。如何にも優秀で何でも知っているかのように・・・実は恥ずかしい事なのでしょうね。