昨日も3人で嵐山の茶店に行き、屋外呑みを楽しんできました。新緑がキレイで透き通った空気を肌で感じながら呑んでいると、命の洗濯という言葉が浮かんできました。真冬の壮大な自然に抱かれるような感覚と対照的で、どちらも魅力的なのです。もう何年も続けている嵐山外呑み、実に気分が良くなるのです。店で良くお会いする男性など、嵐山で呑むために近くに引っ越されてきました。それほどヒトを引き寄せる魅力があるのでしょう。
人出がめっきり少なくなり、静かでのぞかな嵐山を今年はじめて経験しました。私の行く茶店、奥まったところにあるので渡月橋にヒトは多くても茶店ではのんびりできる事も多かったです。しかし先月から人出は減り、渡月橋ですらヒトがまばらで寂しい雰囲気になっていたのです。土産物屋もすべて閉め人力車や保津川下りも休んでいました。
状況はあまり変わりませんが、土産物屋さんが数軒開きました。人出は少し戻った感があり、観光客も少しは来られているようです。何より私が行く茶店が騒動に動じる事なく休まない事が嬉しいです。毎日来る隠居老人の団体も休まず呑みに来られているとの事でした。私は何度か会っていますが、皆お金をあまり落とさず長居するようですから、店側としてはボランティア精神で休みなし営業されているのかな。
保津川下りのヒトに手を振ったり、乾杯したりしながら呑めないのは寂しいです。大声だと会話もできます。見知らぬヒトが手の振り合いが縁で私の呑んでいる茶店に訪ねてこられた事もありました。静かな川を眺めていると、そんな事を想い出したのです。早く元の嵐山に戻りますように・・・。そう願いながら3本目の大瓶ビールを頂きました。