私が毎日読んでいる呑み歩きブログがあります。私と同世代の女性が書かれているもので、記事に登場した店で偶然お会いし名刺交換までした事がありました。それ以来、さらに熱心な読者になったのです。(因みに、当ブロ愚の事はお知らせしていません。それゆえにこの記事を書ける)
数日前、呑み歩きブログでいつものように写真付きの記事があがっていました。そのコメント欄を読んで唖然。呑み歩きブログを書く女性に対して、「自粛が必要な時期に呑みに行くとは何事か、この非国民め」というような抗議がありました。さらに抗議コメントに輪をかけ何人もが女性を攻撃し始めたのです。いつも10コメントもないのに、この日のコメントが100を超えていました。8割弱は抗議ですが2割は同情。しかし、その日を境にブログの記事は更新されていません。
アホ読者の声にブログが潰されたわけです。これを炎上というのでしょうが、例えば個人を誹謗中傷したり政治や宗教の話で対立しての炎上なら理解できますが、自粛しない事への批判で炎上した事にやるせないものを感じたのです。日本人の気質として全体から外れると皆で叩く感覚があると思うのです。そして、「どうして自粛が必要なのか」という根本を考えようとはしません。
小中学生のいじめ問題。個性が強く周りと同じでなければはじかれます。栄養学の間違った常識、糖質制限を叫ぶと多数派から否定批判されます。この自粛問題も、これらと通じ合うものがあると思うのです。マスクをせずに電車に乗ると白い目で見られたという話しも聞きます。これもブログ炎上問題と根本は同じでしょう。
呑み歩きを含めた外出の自粛を私は私の考えで判断し行動しています。ですから自粛するヒトも自粛をせず出かけるヒトも否定批判しません。すべては自己判断なのですから。「コロナをばらまく」という屑のような奴は論外ですが、それ以外にあっては選択をどのようにしてもヒトがヒトを責める事などできないのです。
3密を避ける事が果たして感染のリスクを回避できるのか、これは私にはわかりません。仮に避けられるとしても通勤電車や満員スーパーでの買い物は良くて、マラソン大会参加や海に遊びに行く事は駄目という整合性のない感覚にはついていけません。前者は生活に必須のもので後者にあっては生きていく上でどうでも良い事でしょう。がしかし3密を避ける事が目的であれば前者の方が優先。(結局、多くの日本人はご都合主義?)
大勢の意見に同意し、その通りの行動をすれば世間に受け入れられる。逆の事をすると叩かれる。そこには真理がありません。ヒト(政府や専門家)の知識に翻弄されているだけ。この感覚を持つ者ばかりだと寂しい世の中になるなあ・・・と私が愛読しているブログの炎上問題を通して感じました。