昨日の帰りに乗車した特急車両の車内には私を含めて2人しか乗車していませんでした。列車全体では多く乗っていたのですが、私が指定した車両が2人だけだったのです。(空いた車両を希望したから)
唯一の他乗客は70歳くらいの派手なオバサンでした。このオバサンが酷かったのです。大声で携帯電話をし、電話相手に怒鳴りはじめたからです。
オバサンは私が居る事に気づかず、貸切と勘違いしているものと思いました。そこで、私は咳きばらいしてみたのです。
普通ならば、電話を切るか声を小さくするはずです。しかしオバサンに常識はありませんでした。どんどん声が大きくなっていきます。
折角眠りながらゆったり帰ろうと思っていたのに台無しです。そこでさらに咳払いをします。するとオバサンの怒鳴り声が大きくなります。まるで意地になってだしているようなのです。
私はあきらめました。注意できない弱気な私ですから、我慢するしか選択肢はありません。「どうせ1時間もかからないから」と思う事にしたのです。心の中で責める事も止めました。
すると声が小さくなり、すぐに切れたのです。あれほど不快だったのに嘘のようです。そして思いました。心で責め続けていれば電話は続いていたのではないかなあ?と。
心の質は増強されるような気がしました。責める気持ちはどんどん増えていきとどまりません。するとそれが相手にも伝わり、相手も又イライラを返してくる。しかし無になると、それが相手にも伝わるように思えます。
逆に優しい気持ちも増強されるような気がします。例として、野良猫に対して温かい気持ちで居ると、どんどん可愛くなっていくのは優しい気持ちが増強している証のような気がします。
車内での不快な出来事を通して「こころ」の性質に気づいたのです。できるならばヒトを責めたり恨んだりする心は持たないようにしたいです。それが増強し相手に伝わると悪循環になりますから。