癌検診の有用性について近藤誠先生の御著書から考える続きです。昨日一昨日のブログから読んでいただければ幸いです。
癌という確定診断するには病理組織診断が必要です。これはすべての癌に言える事です。方法としては病変部の組織をとって、顕微鏡で病変部の細胞の「顔つき」を診るのです。そして悪そうな(正常な細胞とかけはなれた、独特の形、構造等)細胞があると「癌」となるわけです。
画像診断等だけで確定する場合もあります。しかしどんなタイプの癌か、というのは組織をとらないとわかりません。それでは治療方針が立ちません。ですから最終的な病理診断なくては癌の診断はできないのです。
手術中にも病理診断は必要です。摘出した病変が本当に癌なのかを確定するためと(手術するまで良性か悪性か決定できない(注)腫瘍もあります)、どの範囲まで転移があるのかを術中に確認して郭清する範囲を決定するためです。後者を術中迅速診断(ゲフリール)といいます。
しかし近藤先生は病理診断に疑問を持たれています。客観的な診断が出来ないというのです。同じ組織を診ても病理医によって意見がわかれるから信用できないという考え方です。
約20年前くらいまでは病理診断においてヘマトキシリン・エオジン染色だけで診断していました。確かにこれだけでは明確な基準がないので、熟練した医師と経験の浅い医師とでは診断が異なり、信用性が乏しい場合もあったかもしれません。主観が入ってしまいます。実際に大病院倉庫に眠っていた4~50年前のカルテを見て唖然とした経験もあります。
それでも原則2人以上で診断するわけですから、十分信用できると考えられます。逆に病理診断を信用しなければ何を信用するのか?と思ってしまいます。そして、20年前と違い現在では客観性が診断が取り入れられています。
免疫組織染色という手法です。これは癌があるのであれば、ある種の抗体に細胞が染まる(色が変わる)のです。ですから誰が見ても癌か否かがわかるのです。抗体をいくつも組合す事で癌の種類まで診断できます。即治療方法決定に結びつくわけです。
近藤先生は免疫染色をもって考えても病理診断に客観性が無いといえるのでしょうか。「がんもどき理論」は否定できるのではないでしょうか
。もし病理診断の有用性を認められるのであれば癌検診も必要と言われるような気もします。しかし画像診断時の被爆と癌疑いという診断による精神的ストレスは不変なわけです。
世間では、癌は症状が出てからでは手遅れになる、だから定期健診が必要。という事をさかんに言い続けられています。これが「医療者等の金儲けのためなのか」、「患者に対しての優しさからなのか」がポイントのような気がします。実際のところ両方の部分があるのではないでしょうか。
病理診断という側面から近藤誠先生の癌検診否定説を考えてみました。
(注)癌というのは悪性腫瘍の事です。ですから良性の癌というのは存在しません。又悪性腫瘍というのは遠隔転移して最終的に死の転帰をとる可能性が高いのものです。良性腫瘍では転移しません。一部の例外を除いて原則的に生命への危険はありません